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出刃包丁




釣れたカマスはユフィとキーナさんに頼んで屋敷へと運んでもらい、あたしはアサカさんと工房へ向かった。


「今更、包丁がほしいってどないしたん?」

「屋敷にも包丁はいくつかあるんですけど、手に馴染むものがなくて……。切れ味は申し分ないんですけど、あたしにはちょっと軽すぎて怖いんですよね……」


 包丁って重すぎるのもダメだけど、軽すぎるのも扱いに手古摺るんだよね。勢い余りそうって言うか、逆に力が入っちゃうって言うか。


 アサカさんの工房やキッチンは何度も見ていて、そこで「あっ、これいいかも」って目を付けていたものがあるんだ。


「これです、これ!」


 工房の棚の上。その隅の方に置かれた包丁は、少しだけ埃を被っていた。


「それって出刃包丁やん。魚切るのに、それが便利なん?」

「アサカさんならよくわかると思うんですけど、自分に合った道具って人それぞれじゃないですか?」

「まっ、そうやな」

「あたしは自分の家ではこう言うタイプの包丁を使ってて、手にもよく馴染んでいるんです」


 ユフィの家は別として、普通の一般家庭で包丁をあれこれ揃えるのって難しい。お金が掛かるし、置き場所にも困る。だから、これ一本あれば大丈夫だよ、ってのがほしい。

 それが、あたしの中では出刃包丁なんだ。


「て言うか、何でこんな形状の包丁作ったんです?」

「いや、何でって……昔からこう言うタイプの包丁はあるし、普通は片刃なんやけど、それは両刃にしてくれって言われて作ったもんなんやけど……」


 謎だ。

 あたしの世界では、出刃包丁って魚を捌くために作られた包丁なんだ。刃元が厚くて丈夫だから、魚の頭を落としやすい。刃先の方で三枚におろしたり、内臓を取ったりするんだ。

 けど、この世界では魚を捌く習慣はない。なのに、出刃包丁は生まれた。


「うちが聞いたんは、硬い野菜とかその種とか、あとは肉の骨をぶった切るための包丁が必要で、そのために作ったって話やで」


 それなら、あり得ない話でもないか。確かに出刃包丁は魚を捌くために作られたけど、今じゃ肉や野菜も出刃で普通に切る。特に両刃だと真っ直ぐ切れるから尚のこといい。

 だから、これ一本あれば大丈夫、なんだ。


 まあ、これが生まれた経緯なんてどうでもいいか。手に馴染んだものがこの世界にある。まずはそのことに感謝だ。


「アサカさん、これいくらですか?」

「んー、友情価格で五千フィル!」

「買った!」

「毎度ありー」


 今じゃスーパーとか百均でも包丁は売ってるけど、普通に刃物屋さんで買うと相場は大体三千円から五千円程度。アサカさんの腕の良さを考えれば、五千フィルは安い方だと思う。


 包丁を手に入れたあたしはアサカさんと急いで屋敷へと戻った。

 キッチンへ向かうと、ここからが大忙しだ。まずはこの大量のカマスの鱗を取る。まな板の上に水道の水を流しながら、一匹ずつ丁寧に取っていく。ここで面倒臭がったら、せっかくのカマスが台無しになってしまう。


「ねえ、ミコト。それくらいだったら私にもできそうだから、やってみてもいいかな?」

「えっ? 全然いいよ。手伝ってくれるなら、ありがたいし」

「うちらも何か手伝うで」


 そうだね。ここはみんなの手を借りよう。その方が早く終わる。つまり、カマスの鮮度が保たれる。


「じゃあ、ユフィとアサカさんで鱗取りをお願いします。あたしはそれを捌いていくので。キーナさんはあたしが開いたカマスをブラシで綺麗に洗って下さい」

「わかったわ」


 屋敷のキッチンは広いし、四人が作業するスペースも道具も揃っている。


 さて、あたしはカマスの背開きといきますか。

 まずはカマスのエラに沿って包丁を入れて、包丁の先の方を使ってエラを取り出す。そしたら頭の付け根辺りに切れ目を入れる。頭を切り落とさないように注意だ。

 尻尾を上にして置いたら、背ビレのちょっと上の辺りに真っ直ぐ切れ目を入れる。これから開いていく目印を付ける感じかな。そしたら今度はそのラインに沿って、身を開いていく。

 包丁が中骨に当たっている感触を手で確認しながら、ゆっくりと包丁を進めていく。この時に一気に開く必要はないんだ。少しずつ、何回かに分けて開いていけばいい。

 腹の方まで刃先が入ったら、内臓を破らないように注意だ。内臓は簡単に取れるから、それを処理したら背開きは完了。あとは中骨付近に黒い血合いが残っているから、これを包丁やブラシで掃除してやればいい。ここの作業を今回はキーナさんにやってもらう感じだね。


「う、うわっ、ミコっちゃん速っ……! うちら二人でやってんのに、次から次へとすぐ捌いていくやん」

「いやいや、全然。これでも遅い方なんですよね……。だから、アサカさんも焦らないでいいんで、丁寧にお願いしますね。そこの作業で魚の美味しさが決まっちゃうようなものなので」

「お、おう……!」


 職人であるアサカさんが手を抜くとは思っていない。ただ、大事なポジションを担っているって自覚してもらうことは、作業のクオリティーにも関わってくるんじゃないかな。


「ミコト、ここはガッツリ洗っちゃっていいのね?」

「はい、ガッツリやっちゃって下さい。その血合いが生臭さの原因になるので、絶対に残したくはないんです」

「オッケー」


 もちろん、キーナさんのポジションも大事な部分だ。

 魚に限ったことじゃないけど、料理ってちょっと手を抜くだけで、簡単に不味くなるものだと思う。綺麗に洗わないだけで、筋切りをしないだけで、灰汁取りをしないだけで。ちょっとしたことでも、それをしないだけで美味しさが半減してしまう。

 だから逆を言えば、手を抜かなければ簡単に美味しい料理は作れるんだ。誰にだって。


「鱗取り終わったよ」

「じゃあ、ユフィは大きめのボールに海水くらいの塩水を作っておいてくれる? アサカさんはキーナさんの手伝いに回って下さい」


 干物作りはアジの時と変わらない。開いて綺麗にしたら、塩水に一時間ほど漬けておいて、その後に干す……んだけど、ここでもう一品。


「あら? 今度は頭を落とすの?」

「ちょっと開き方を変えて、違うタイプの干物を作ろうかと思いまして」


 頭を落としたら内臓を取って綺麗に洗う。今度はお腹の方から包丁を入れて、腹開きにしていく。中骨の上を沿うように、背中を切ってしまわないように気を付けながら……。

 開いたら皮を上に向けて置いて、また中骨の上を沿うように包丁を進ませる。尻尾の辺りまで来たら、中骨を包丁で断ち切っちゃう。これで身から中骨が取り外せるんだ。

 最後に開いた両サイドにある腹骨を削ぎ落したら腹開きの完成だ。


「この開き方だと血合いもあんまり残らないんで、軽く洗って塩水に漬けておいて下さい」

「……やったら、初めからこの開き方でええんちゃうん?」

「効率で言えばそうなんですけどね。見映え的にと言いますか、頭が付いてた方が綺麗に見えませんか?」


 尾頭付きって言葉があるけど、これは多分あたしの世界での言葉だろうね。縁起物、お祝いの席なんかに尾頭付きの、特にマダイが振る舞われる。お相撲さんが大きなマダイを持ってるのとか、ニュースで見るよね。

 そう言う文化が染み付いているから、魚やエビなんかでも頭が付いてると豪華に感じちゃうのは日本人の性なのかな。


「うーん……まあ、確かに魚食べる感は強いかな?」

「私はわかる気がするわ。やっぱり丸焼きって言うと豪勢で豪快なイメージがあるもの。食材も大きく見えるし」

「ああー、そうゆう言い方されるとそうかも」


 けど、ちょっとはこっちの世界の人にも受け入れてもらえる可能性はあるってことかな。


「違うタイプの干物って言うのは、開き方が違うってこと?」

「ううん。そこから更に下味を付けて干物にするんだ」

「あ、味付きの干物!? 何それ、凄い!」


 相変わらずいいリアクションをありがとう、ユフィ。


 さて、塩水に漬けている間に残りのカマスは三枚におろしていこう。

 結局、アラハダ――アカカマスは全部で五匹釣れた。どれもが三十センチオーバーのグッドサイズだ。それは干物にはしないで、ここで丁寧に三枚おろしにしていく。


 カマスは身が柔らかい魚だ。大名おろしでももちろん構わない。だけど、せっかくのアラハダだ。余すことなく頂きたい。だから、ここは時間が掛かってでも丁寧におろしていった。


「アサカさん、この包丁マジで最高です」

「そう言う包丁使うのって、獣を解体するような厳ついハンターとかが多いんよね。やから、頑丈さ重視。けど、女のうちが扱おうって思ったら重いんよ。キーナみたいに女性でも狩りする人はおるわけやし、包丁も女性向けのがあってもええんちゃうかなって、作ってみたんがそれ」


 切れ味が申し分ないのは然ることながら、重量感がちょうどいいんだ。あと、柄の太さとか丸みとか。これは人れぞれの好みだから、アサカさんの作品があたしにフィットしたのは偶然なんだろう。

 けど、これのお蔭で作業のスピードと精度が格段に上がったのは言うまでもない。


「けど、そんな気に入ってくれたんやったら、その包丁を『魚専用包丁』みたいに売り出してもええかもな」


 いや、だから出刃包丁は元々そうなんだって……。

 まあでも、今後のため、この世界でも魚を料理する人を増やすためにも魚専用のアイテムを確立していくのは必要なことなんだろうな。


「その時は私たち釣りギルドが太鼓判を押してあげるよ」

「おっ、頼むでぇ、ユフィ様」


 何か友達同士の冗談の言い合いみたいに見えるけど、これもこれで商談なんだよな、とか呑気に考えていた時だった。


「み、ミコトっ!」


 血相を変えて飛び込んできたのはロイドさんだった。大きく肩を揺らし、荒い呼吸を繰り返す。ただならぬことがあったってことは、誰にでも予想ができた。


「た、大変だ! 魔物が……! 『透明な悪魔』に子供が襲われた!」


 ロイドさんの一言に、あたしたちは息を呑んだ。

 透明な悪魔。あたしにはそれが何を意味するのか全くわからない。けど、遂に出てしまったんだって思いが頭中を駆け巡る。


 この焦りようだ。フナムシの時とは緊張感が全然違う。

 多分、ほんとに出たんだ……。魔物が……。




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引き続き宜しくお願い致します。

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