親分登場!
小さいカマスを六匹釣った後、まだ時間はあったから湾内を巡ってみたんだけど、カマスに出会えることはなかった。って言うのも、途中から雨が降ってきてしまったんだ。
レインコートも着ているし、雨粒もそんなに大きくはない、にわか雨程度だから釣りをすることは可能だ。けど、船だし、しかも帆船だし、何が起きるかはわからない。キーナさんと話し合った末、夕マヅメの釣りは途中で終了することにした。
釣った小さなカマスは持ち帰って、アサカさんの工房で塩焼きで頂くことに。干物したら縮んで、何が何だかわからなくなりそうだし、小さすぎて刺身にも向かない。ここは簡単に、鱗と内臓だけ取って丸焼きにするのが一番だろう。
「ミコトはカマスの動きを予期していたように思えたけど、あの湾奥に風が入り込んだから今回は釣れたの?」
七輪の炭を転がしながら、キーナさんはそう切り出した。
いつも塩焼きに七輪を使うのは、炭で焼くと美味しそうって、しょーもない理由がある。あと、こうやってみんなで七輪を囲みながら魚を焼く、ってのも楽しい気がするんだ。今日に限っては、雨で冷たくなかった体を温めるって意味もあるけど。
「大きな要因になったのは確かですけど、風が吹けば必ず釣れる、必勝法ってわけではないんです。他にもいろんな小さな要因が重なって、あそこにカマスが来てくれた。そこに偶然、あたしたちがアジャストできた。そんな感じだと思って下さい」
「けど、ミコっちゃんが言ってたように時間が早すぎたせいでサイズが伸びんかった?」
「それもあると思いますし、冷静になって考えたら、大きいサイズがいるレンジを攻めきれていなかった可能性もあります」
「小さいサイズと大きいサイズがいるレンジが違うってこと?」
「これも絶対ってわけじゃないんですけど、比較的小さいサイズは群れの上にいて、大きいのはその下にいることが多いんです」
思い返してみれば、あたしは小さいのが釣れたレンジを釣るように指示してしまった。もしかしたら、その下に大型のカマスがいたかも知れないのに。
あたしだけでもボトム付近を狙っておくべきだった……。
「突破口。ミコトはそう言ったよね。これもそのうちの一つ。今度は一匹釣れても落ち着いて、どのレンジを狙うか見極めないとね」
「だね。あたしも待望の一匹だったせいか、舞い上がっちゃってたかも」
お祖父ちゃんとは昔、あれだけ釣った魚だって言うのに……。
「キーナさん、またあそこに風が吹き込みそうなタイミングってわかりますか?」
「今日の雨はすぐ止んで、温かい空気に包まれるはずよ。多分、南風が吹く。だとしたら、あの湾奥に直接風が吹き込む形になるわ。タイミングとしては……二、三日後ね」
「じゃあ、明日は一旦休息日として明後日の朝からまたカマス釣りに挑戦しましょう」
おおー! と、みんなの拳が挙がったところで炭の準備ができた。網の上にカマスを寝かせ、程良いところで引っ繰り返す。皮目が香ばしく焼けて、中まで火が通ったら完成だ。
「見た目はキスっぽいね。頂きまーす」
「魚をこうやって丸齧りするのって、何だかわくわくするわね」
あたしも腹の辺りにかぷりと食らい付く。小骨があるけど小さいから全然気にならない。淡泊なんだけど、カマスが持つ風味はしっかり感じられる。
うーん……懐かしい味だ。けど、
「美味しいんだけど何か物足りないような……?」
「せやな。何かジューシーとは違う……水っぽい感じって言うんかな……?」
「今までの魚に比べると旨味とか甘味の部分が弱いような気もするわね」
仰る通り。これはまだまだカマス本来の味を出しきってはいない。
「やっぱり小さいサイズなんで脂の乗りがイマイチですね。もうちょっと成長すると身も引き締まって、ほくほくした焼き具合になると思います」
「次はそれを釣り上げてみせましょう」
「はい!」
ぷしゅっ――。
どこかでそんな音がしたかと思うと、アサカさんが瓶ビールを傾けてグラスに注いでいた。
「い、いや、これはこれで冷えたビールに合うかな、と……」
「アサカ、あなたね――」
「キーナの分もあんで?」
「……頂くわ」
結局始まってしまった飲み会に、あたしとユフィもジュースで付き合うのだった。
二日後の朝、風はまだ吹いてなくて、湾奥での釣りは不発に終わった。けど、他ではアジが結構釣れて、海の状況としては悪くないように思える。
そして、お昼ご飯と休憩を挟んでからの夕方。ここに来て、いよいよ南風が吹き始めた。潮の香りを漂わせる暖かい風が帆と期待を膨らませる。
「シチュエーション的にはバッチリやろ、これ!」
「かなり期待できます。だから、慎重にいきましょう」
そこから誰も口を開かなくなった。みんな、集中モードだ。遥か上空でトンビの鳴き声が聞こえるだけ。
そんな沈黙は突如として破られた。
ガツン、ガツン、と強いアタリがあったかと思うと、急激にロッドが撓る。
「き、来たっ!」
「私も来たよ!」
ユフィとのダブルヒット。どうやら何かの群れが湾奥に入ってきたみたいだ。
頼む! 頼むからカマスであって!
慎重に巻き上げると、徐々に魚影が見えてきた。白く長いその魚体は、パッと見でも二十センチ以上はある。
「出たー! カマス! しかも、いいサイズじゃん!」
「私もカマスだったよ! って、ミコトはダブル!?」
通りで重いわけだよ。あたしは二十五センチ前後のカマスを二匹、ユフィは一匹を釣り上げた。
「かなり上の方で食いました。これ、ボトムに着いたらある程度速めに巻いちゃって、中層より上で釣りするイメージでいいかもです。もしかしたら、巻き上げてる途中で食い付くかも知れません」
「オッケーや」
ボトムから狙いのレンジまではただ巻き。それでアタリがなければ、しっかりアピールするって作戦かな。
「き、来たわ! これ、前よりも全然強い引きじゃない……!?」
「ホンマや! こっちにも来よったで!」
もしかしたら結構大きめの群れが入ってきたのかも知れない。仕掛けを投入したら、とりあえずカマスが釣れる。正に入れ食い状態だ。
しかも、嬉しいのがダブルヒット以上が当たり前ってところだ。
「あ、あれ? ミコト、仕掛けがまだボトムに着いてないはずなのに急に軽くなったんだけど……?」
「多分、掛かってる! ユフィ、すぐに巻いて!」
「う、嘘でしょ!?」
嘘なんかじゃないってことは、すぐにわかる。ユフィのロッドが大きな弧を描いたから。
「フォール中に食ってきたんだよ」
「そ、そんなことってあるの!?」
「結構あるよ。魚の食い気が満々な時なんかは、ね」
「てことは……!」
「最高のチャンスタイム到来だよ!」
ただ、これだけカマスに食い付かれると、仕掛けの方はボロボロになる。あたしのサビキも三つやられた。そろそろ代え時かな。
「み、ミコト? このカマス、今までのよりちょっと大きい気がするんだけど……」
ま、まさか、来ちゃった……!? 来たんじゃない!? 親分が!
「ユフィ、それ……アラハダだ!」
見た目はちょっと大きいカマスに対し、あたしが新たな単語を叫ぶもんだから、三人は同じように首を傾げていた。これってカマスじゃないの? って感じで。
「ああ、ごめん……。カマスにもいろんな仲間がいて、さっきまで釣っていたのはヤマトカマスって言う種類。今、ユフィが釣ったのはアカカマスって言うの。アラハダって言うのはお祖父ちゃんとお祖母ちゃんが住んでいた地方での呼び名で、それで育ったから思わず出ちゃったんだ」
「わ、私には大きさ以外の違いがあまりわからないのだけど……」
「アラハダって言うのは『荒い肌』から由来してます。つまり、鱗が大きくて荒々しいんですよ」
「ああー、確かに言われてみれば……」
「アラハダはヤマトカマスよりも大きく育ち、脂の乗りも全然違ってきます。つまりは、ワンランク上のカマス。カマスの親分です」
ああ! と、ユフィとアサカさんが声を上げる。そう、その話は黄金アジの時にしていたんだ。
「これがミコっちゃんの言ってた本命なんや!?」
「私、黄金カマス……じゃなかった、アラハダ釣っちゃったー!」
「お手柄だよ、ユフィ!」
「私たちも負けていられないわね!」
そこからカマスは爆釣。時折、あらはだ――アカカマスも混ざって釣れ、トータルはもう数えきれないほどの、スチールボックス一杯のカマスが釣れたのだった。
「こ、こんなに釣れたのは嬉しいんだけど……」
「ミコっちゃんこれ、今から処理すんのよね……? できるん、この数……?」
カマスが詰まったスチールボックスは、もう一人では持ち上げることができなくて、アサカさんと一緒に船から降ろすほどだった。
「もちろん」
こんな数、捌けるわけない。そう思ってるんだろう。まあ実際、あたしもこの量は初めてだ。でも、お祖母ちゃんはこれ以上のカマスを、たった一人で捌いていたんだ。
じゃあ、あたしにだってできる。いや、やってみせる。
「アサカさん。包丁を一つ、あたしに売って下さい」
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