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突破口




 アサカさんとキーナさんが聞き込みに出ている間、あたしたちは屋敷に戻って部屋のテーブルにフィーリア湾の海図を広げていた。


「ユフィは船で釣りしてて、どの辺が良かったなとか感じた?」

「うーん……期待が膨らんだのは河口の辺りと湾の奥、かな。沖の方は変化に乏しいから、釣り応えがないって言うのかな……。精神的にも疲れるかな」

「あたしも湾奥は最有力候補だったんだよね。けど、あそこで何もなかったってのが、正直堪えたよ……」

「魚も疲れて、やる気がなかったのかもね」

「やる気……?」

「お父様がね、せっかくメイドさんが美味しい料理を作ってくれたって言うのに、仕事で疲れてるからって碌に食べずに寝ちゃう時があったんだよ。疲れているからこそ食べてほしかったのにね」


 やる気がなかった。魚のスイッチが入っていなかった。

 魚にそんな気分の上がり下がりがあるのかって思うかもだけど、あるんだ。しかも、それは些細な変化でもスイッチがオン、オフするんだ。

 例えば雨が降るとか。無風だったのに風が吹き始めるとか。流れがなかったのに、緩やかに流れが出始めたりだとか。


 そんな些細な環境の変化によって、魚の食い気は唐突に変わったりするんだ。


「湾奥は昨日も今日も風裏だった……。つまりは変化に乏しい場所。さっきユフィが言ったみたいに、そのせいで魚も疲れてやる気がなくなってたのなら……」

「あそこに風が吹き込めば、何かが変わる……!?」

「それはあるかも……! ううん、全然あるよ! 他の場所にだって!」


 あたしは勝手に攻め切った、もう打つ手なしとか思っていたんだ。でも、実際はまだまだ攻めきれてない。たった二回の釣行で全て知ったつもりでいたんだ。バカじゃないか、あたしは。

 ちょっとした変化で釣り場はがらりと表情を変える。同じポイントであったとしても、あたしがまだ見ていない景色はまだまだ存在しているんだ。


「ユフィ、ラインチェックしておこう。傷付いた部分があったら、結び直して交換して。万全の準備をして、夕方の釣りに備えるよ」

「おっけー!」


 アサカさんとキーナさんの分もラインチェックを済ませたら、次はあたしたち自身の準備を整えないと。

 てなわけで、ゆっくりと昼寝させて頂くことにした。



 陽が傾き始める前、三時頃には港に集まって、まずはアサカさんとキーナさんの聞き込みの結果を聞くことに。


「カマスかどうか断定はでけへんけど、こんな感じの細い魚を見たって船乗りは何人かおったで」

「どんな感じで見掛けたんです?」

「大体が死骸や。海に浮いてたり、浜に打ち上がってたり。ギザギザの歯が特徴やって言うてんけど、みんな気味悪がって触ろうともせんから、そこが判断に困るとこやね」


 魚のことをよく知らないんだから、そりゃ仕方ない。死骸を見掛けたのを憶えててくれただけでも感謝しないと、ってレベルだろうな。


「あと、海鳥が細長い魚を咥えていた、と言う情報もあったわ」

「そこも微妙なところですね。カマス以外にも細長い魚はいますし」

「見掛けたポイントはみんなバラバラ。湾内全域って言ってもいいかも。ただ、沖ではなく、陸側に多いように思えたわ」


 浜で見付かった死骸が生きたまま打ち上がったものか、死んだものが打ち上がったのかで見方は変わってくるとは思うけど、湾奥の海藻地帯の期待値はまた上がったね。


「キーナさん、あの湾奥に風が入り込む時間ってありますかね?」

「風が? そうね……」


 きょろきょろと辺りを見渡したり、雲を見ているのか上空を眺めたり。体全体で天候を感じ取っているんだろうか。

 すると、キーナさんが僅かに微笑んだように見えた。


「これから風向きが変わりそうよ。あまり長い時間、吹かないと思うわ」

「急ぎましょう!」

「了解」


 あたしたちは急いで船に飛び乗って、キーナさんが櫓を漕ぐ。どうやって捉えたのかはわからないけど、キーナさんの予想は中っていた。湾奥の海が、風で少し波立っているように見えるんだ。


「波が立ってるから小魚の群れがいるのかよくわかんないね」

「いるとは思うんだ。ただ、時間的にちょっと早いのが懸念材料かな。でも、贅沢は言ってられないよ。短いチャンスだって言うなら、そこに集中しよう」


 ポイントに到着したら、すぐさま仕掛けを投入。魚からの反応を待つ間にも、少し冷たい風が頬を打つ。

 誰にもアタリがないまま十分ほど経とうとした時だ。あたしの手許に小さなアタリがあった。集中していたお蔭かな。アワセのタイミングはバッチリだ。普段なら油断して逃してたかも。


 けど、引きが小さいな……。また小さなアジか……―—。


「違う! カマスだ!」


 ええっ!? と、船の上が騒然となる中、あたしは慎重にリールを巻き、カマスを船上に獲り込んだ。


「凄い! やったよ、ミコト!」

「さすがだわ! ミコトの読みが勝ったんでしょうね!」

「ホンマ、言うてた通りの見た目やな」


 これでこの湾にもカマスがいるってことが証明された。けど、釣れたのは十五センチもなさそうなサイズ。こんなので満足できるわけがない。

 いや、しちゃいけない!


「みんな、嬉しいのはわかるけど釣りを続けて! もっと大きいのがまだいるはずだから! 釣れたのは中層から表層付近だよ!」


 前以って言っていたことを思い出したんだろう。みんな、はっとした表情をした次の瞬間には持ち場へと戻っていた。


「ご、ごめんね、ミコト。嬉しくてつい……」

「いいよ、全然。あたしも嬉しくて踊り出したいくらいだよ。けど、今は我慢して、みんなでたくさん釣った後にゆっくりと喜びを分かち合おう」

「だね!」


 カマスの群れが入ってきたんだ。そう思ったんだけど、そこまでアタリが連発しない。みんなも一匹ずつは釣り上げたんだけど、どれもが望んだサイズじゃなかった。


 短いチャンス。ここでものにしておきたいのに……。


「ああー! 逃げられた! てか、テグス切られてるやん!?」

「私もっ……! もう針を二つも失ったわ……」


 カマスサビキの宿命とは言え、こんな大事な時に起きてほしくないラインブレイク。それが全員に襲い掛かり、リズムが乱れる。


「み、ミコト、仕掛けがぐちゃぐちゃに絡まっちゃったよ……。助けてぇ……」

「そ、それは解いてる余裕はないかな。新しいのに付け替えよう」

「うん……」


 全然釣れてないのに、船の上だけが慌ただしい。そうして気が付いた頃には風が止んでいた。


「つ、釣れんくなった……?」

「群れが離れたんでしょうね。これも風が止んだタイミングか……」

「小さいけど一応キープしたんよね? どれどれ、何匹くらいかな……」


 アサカさんはスチールボックスの中を覗き込み、愕然と肩を落とすのだった。


「ち、小さいのが六匹だけ……? 四人でやって、これだけ……?」

「夕マヅメには早い時間だったので、大きいカマスの活性がそこまで高くなかったのか。もしくは、そもそも大きいサイズのカマスがいない群れだったのか。それはわかりませんけど、こんな程度じゃシルキー様を満足させられるわけがないのは確かですね」

「うちらがミコっちゃんの足引っ張ったせいやな……。ごめん、ミコっちゃん……!」


 アサカさんと同じく、ユフィもキーナさんも暗い表情を浮かべている。

 まったく、この人たちは……。謝ることなんて何一つないのに。


「何言ってるんですか。あたしたちは、こうやって実際にカマスを釣ったんです。ここにカマスがいるってことを証明したんです。まずはそこを喜びましょうよ。そして、次はサイズアップを目指せばいいんです」


 何事もステップバイステップだと思う。小さな歩幅でもいい。一歩ずつ、着実に進んでいくんだ。

 そして、歩幅で言えば今回の一歩はかなり大きなものになりそう。


「ようやく掴んだんですよ、あたしたちは。このカマス釣りの突破口を」

「本当に風がここまで状況を変えるなんて……」


 ユフィも半信半疑だったんだろう。でも、釣ったことでそれが確信に変わった。


「あのタイミングでカマスが釣れたこと。それはカマス釣り攻略のキーポイントになる」




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引き続き宜しくお願い致します。

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