サバのすすめ
お昼は屋敷のメイドさんが作ってくれた昼食を頂いて、昼過ぎにもう一度キーナさんに船を出してもらった。
その時間は穏やか過ぎるほどの凪で、帆船には向かない船旅だっただけに、一生懸命船を漕いでくれたキーナさんには感謝だ。
「湾内は軽くだけど一周できたかしら。何匹か釣れたみたいだったけど、逃がして良かったの?」
あたしとユフィはルアーで何本か魚を釣ったんだけど、それは全てリリースしておいた。
「今日食べる分はもう釣れてるんで」
「ガッシー多かったね」
「あの子たちは釣れにくい時間でも釣り人を楽しませてくれる、いい子なんだよぉ」
あたしたちが釣ったのはほぼガシラ、カサゴだった。一匹だけユフィがオオモンハタを釣ったんだけど、それも泣く泣くリリース。
オオモンハタもめちゃくちゃ美味しい魚なんだよな……。けど、今日は仕方ない。次、食べる時まで元気に育ってくれ。
「どう? 次の釣りに繋がる参考になったかしら?」
「それはもう、これでもか! って、くらい勉強になりました」
「ふふっ、期待に応えられたなら良かったわ」
あたしが勝手に名付けるけど、この「フィーリア湾」のマップは脳内に刻まれた。水深と地形変化も、大雑把ではあるかもだけど把握できた。
情報量としては、最新技術を駆使したあたしの世界とは比べものにならない。でも、これだけで十分だ。先人の漁師たちも、魚探なしで魚を捕らえていたんだ。あたしにだって、できないわけじゃない。
そう意気込んで拳を握るあたしを、船はゆっくりと港へと導いてくれた。
さて、晩ご飯の準備に取り掛かりましょうか!
今日はロイドさんもネリスタさんもいるから、全部で五人前の料理になる。それでも全然足りる分のサバは釣ったから、食材に問題はなしだ。
まずは定番の〆サバから。これは昼の釣りに出掛ける前に仕込んでおいたものだ。サバをキッチンペーパーに包んで水で湿らせる。その上から塩を振ることで、塩を全体に馴染ませるのと同時に生臭さをキッチンペーパーで吸収してもらう。
この状態で一時間、冷蔵庫に放置。昼ご飯の前にやって、食べ終わったらちょうどいい時間だ。キッチンペーパーを新しいものに変えて、その上から酢を掛ける。こうすることで満遍なく酢に浸るってわけだ。
漬け込む時間はお好みで三十分から一時間ってところかな。今回は釣りに行ってた間、ずっと漬けてたから二時間半ってくらいか。
「魚をお酢に漬けてるから、ピクルスみたいな感じ?」
「んー、やってることはそうだけど考え方としては、刺身の派生形かな? 前にやったヒラメの昆布締めみたいなものだよ」
「じゃあ、絶対美味しいやつだ!」
ユフィは今日も手伝い……と言うか、あたしが料理するのを興味深そうに眺めている。キーナさんはロイドさんとネリスタさんと大人の話をしているみたいだ。
「〆サバは最後に切って盛り付けるから、お酢を切っておいて、先に揚げ物に取り掛かろうかな」
「揚げるって骨せんべい?」
「ううん、今日はサバの切り身を揚げるよ」
サバを一口大くらいの大きさにカットして、酒と醤油を同量、味醂を少し加えたタレに十分ほど漬ける。タレから上げたら片栗粉を塗して、表面がしっとりしたところでもう一回片栗粉を振る。二度付けすることでサクッと揚がるんだ。
これを一七〇℃ほどに熱した油へダイブ。最初はぶわぁーって大きな泡と音を立てるけど、中に火が通って水分が抜けると静かになってくる。それくらいがちょうどいい揚がり具合のサインだ。
「これは……サバの唐揚げ!?」
「あたし的にはサバの竜田揚げ、かな」
唐揚げと竜田揚げにそこまでの違いはないそうだ。ただ、唐揚げは小麦粉を、竜田揚げは片栗粉を使うことが多いんだとか。でも、それも絶対ってわけじゃない。実際、あたしは唐揚げ作る時に片栗粉使うし。
ただ、あたし的には「サバの唐揚げ」って言うより「サバの竜田揚げ」って言う方が凝ってる感がある気がするんだよね。だから、今回は竜田揚げで行かせてもらおう。
「盛り付けたら白髪ネギと素揚げしたシシトウを添えて完成っと」
「醤油の香ばしい香りがするねぇー」
「お次は煮物だね。ただ、今回は普通に煮付けにするんじゃなくて、ちょっと趣向を変えてみようと思うんだ」
まずは鍋で酒を沸騰させてアルコールを飛ばす。醤油と砂糖をすき焼きの割下くらいの甘さになるまで加えたら、半分に切った青唐辛子を入れて再度沸騰させる。
その間にサバを厚めに、長ネギを斜めに切っておく。これが煮物の具材だ。
鍋が沸騰したら味見して、ちょうどいい辛さになったら青唐辛子を鍋から出しておく。今回、キッチンでやる作業はここまでだ。
「あれ? 煮ないの?」
「うん。これはみんなの前で煮て、出来たてた食べてもらおうと思うんだ」
そのための七輪もメイドさんに準備してもらっている。火加減の調整がちょっと難しいけど、この世界にはカセットコンロがないから仕方ない。
ただ、コンロ自体はあるんだよねぇ、この世界……。どこからどうやってガスを供給しているのかわかんないけど。てか、そもそもガスなのかさえも不明だし。あたしも知らない未知のエネルギーで燃えてるのかも知れないし。
「お鍋みたいな感じってこと!?」
正にその通り。サバのすき焼きだから、
「そう。これはサバすきだよ」
実はこれ、作るのは初めてなんだ。九州から能登半島の辺りで食べられている漁師の浜料理らしくて、前に旅番組かなんかで見たことがあった。なかなか作る機会がなかったんだけど、レシピ自体は簡単だから憶えていたんだ。
今回はゴマサバを使ったけど、サワラやマグロなんかでも美味しいんだとか。
「じゃあ、あとは〆サバを盛り付けたら今日の晩ご飯の完成だ」
メイドさんに料理を運んでもらっている間、あたしはサバの切り身を持って庭に出て、乾燥ラックに下処理しておいたサバを並べる。これが明日の朝食、ゴマサバの一夜干しになるってわけだ。
ダイニングへと向かうと、もうみんなの前には料理が配膳されていて、あたしを待ってくれているような状態だった。少し慌てて座ったのはキーナさんの隣で、どうやら大人三人は既に食前酒か何かを飲んでいるみたいだ。
「ミコト、今回の魚は何を使ったんだ? 改めて聞かせてくれないか?」
「今回はサバと言う魚の仲間で、ゴマサバと言う魚を使いました。あたしの国では一般的な、大衆魚と呼ばれるものです。ただ、この魚は特に傷みやすく、生で食べるのは難しい魚です」
「この刺身は生のようだが……?」
「それは〆サバと言って、酢で締めたものになります。新鮮なサバだからこそできる、貴重な生食の料理です」
「そうなのか!? それは早速頂こう!」
「そのままでも美味しいですし、お好みでからし醤油でもどうぞ」
いつもより長めに漬けたからな……。あたし自身もどんな感じに仕上がったか、気になっているところではあるんだよね。だから、みんなと一緒に一口……。
……―—うん! サバの鮮度がいいのはもちろんだけど、ここのお酢は優しい感じで美味しい!
「うわぁー……刺身で食べた時と全然違うね……」
「酢の円やかさがサバを包み込んでる感じ。食感もぷりぷりで弾力のあった身から、少し柔らかめでねっとりした食感に変わってる」
「確かにそのままでも上品な美味しさがあるけど、からし醤油のアクセントもいいわね。からしのピリッとした刺激が鼻を抜けて、その後に爽やかな酢が魚の旨味を連れて来てくれる」
「こんなにも美味いのに傷みやすいとは罪な魚だな、ゴマサバは」
と、言いながら大人三人はいつの間にか運ばれていたビールをグラスに注いで傾ける。キーナさんに至っては一気だ。さすが船乗り、海のおと――じゃなかった、海の女って感じだ。
「こちらはゴマサバを揚げたものか?」
「竜田揚げです。下味は付いているので、そのままどうぞ。マヨネーズに付けるのもありです」
魚で竜田揚げって言うと、小学校の給食で出されていたマグロの竜田揚げを思い出す。あれ、美味しくて結構好きだったんだよなぁ。
……マグロか。この世界ではさすがに……無理? 無理だよね……? けど、いつか釣ってみたい……!
「うーん! サクサクで美味いな、これも! 何だ? まるで鶏の唐揚げを食べている気になるほどジューシーだ!」
「少し黒いから焦げているのかと思ったら全然……。優しい味わいで、いつまでも噛み締めていたくなるわ……」
「これのお供はご飯だね! ミコトが言うように、マヨネーズ付けたら更に進むよぉ」
「ユフィ様。七味も掛けて、七味マヨも結構いけますよ」
「キーナさん天才!?」
キーナさんも自分から進んで魚を楽しめるようになってきた感じがする。多分、船乗りだから人一倍、魚を嫌い怖がっていたはずの人だ。そのキーナさんが、こんな笑顔で魚を食べてくれていることが、何だか無性に嬉しく思えた。
「鍋もいい感じになってきたね」
七輪の上に置いていた鍋から蒸気が上がる。蓋を開けると、ぶわっと白い湯気が踊った。
「醤油のいい香りね。すき焼きかしら?」
ほぅ、こっちにもすき焼きはあるのか。まあ、あれは牛だし普通に食べるよね、こっちの世界の人も。お祖母ちゃんは鶏肉が好きだったから、たまに鶏すきにしてたけど。
ただ、今日は魚ですき焼きにしちゃうぞー。
「あれ? 具が入ってない?」
「それは今から入れます。これは確かにすき焼きみたいなものですけど、煮込むって言うより、このタレで茹でるって感じですね」
「しゃぶしゃぶみたいなもの!? わ、私のような一般市民では食べられないものを……。さすが貴族の晩餐ね……!」
作ってるのは一般市民ですけどね。てか、しゃぶしゃぶもあんのね、この世界。だったら、ブリしゃぶも結構受け入れられやすいんじゃ……。まあ、そのためにはブリを釣らなきゃだけど。
そんなことを考えながら、あたしは席から離れて鍋の前に立ち、茹で上がったサバとネギをお皿に盛る。それをメイドさんたちがそれぞれの許に運んでくれて、今晩のメインディッシュが出来上がった。
「サバすきです。普通のすき焼きと違って、少し辛みも加えてあるのでゆっくり食べて下さい」
すき焼きって普通甘いもんね。けど、この浜料理に辛味は欠かせない。だってこれは、冷えた体を温めるための漁師飯なんだから。
「んんっー!」
ぱくりと同時に食べた三人が一様に目をかっと見開いて、ユフィはご飯を、大人三人はお酒を豪快に流し込んだ。
はぁー……はぁー……。
そんな息遣いがこっちにも聞こえる。
もしかして……。
「か、辛すぎました?」
「「「「違う!」」」」
四人は声を揃えて叫んだら、すぐにまたサバすきへと箸を伸ばす。
額に汗を浮かべ、頬を赤く染め、口からは「はぅはぅ」と白い湯気を吐き出し、熱いのなんか気にせず掻っ込む。
「辛いけど、美味しいぃいいいいいー!」
「ああ、そうだ……! この辛さが体の芯から温めてくれるようで、今は別に寒くはないのに、なぜか体がこれを欲してしまうのだ!」
「ち、違います、ロイド様……! これは火照った体を静めるため、脳がお酒を欲求しているんです……!」
「キーナさん! つまりは冷酒ね!」
「いえ、ここは敢えて温かいものを……。このサバすきの熱と辛さを上手く包み込むために……」
「熱燗だ! 熱燗を用意しろー!」
「そうです! 熱燗にした酒の甘さが、この料理には絶対合います!」
「ユフィが言う通り、あなたは天才だわ、キーナさん!」
「私はご飯おかわり」
うん。
大人三人のお酒談議を無視して、おかわりを所望するユフィがたいへん可愛いのであった。
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