進撃のゴマサバ
アジの中にもマアジ、ヒラアジ、シマアジみたいに種類があるように、サバにもマサバとゴマサバがいる。見た目の違いはゴマサバには、その名の通りゴマみたいな(実際はゴマより大きいけど)黒い斑点が付いている。個体によってはこの斑点が出ない奴もいるみたいだけど、ここのゴマサバくんはしっかり斑点が付いていた。
一般的にゴマサバはマサバより劣る、と言われるそうなんだけど、そんなことは全然なくて、屋久島で食べた首折れサバもゴマサバだった。
ゴマサバの旬は春から夏。だから、今くらいの時期だ。逆にマサバは秋から冬にかけて、脂が乗って美味しくなる。
しかも、サバって奴は煮ても焼いても揚げても美味しい万能さんなのだ。酢で締める〆サバなんかは魚料理の代表格なんじゃないかな。それくらい、みんなに親しまれている魚だろうね。
そして更に、ゴマサバは安い! 一般的評価のせいなのかは知らないけど、大きいサイズのものでも安いんだ。世のお母さん方の救いだね。
「サバは魚の中でも鮮度が落ちるのが特に早い。だから、釣れたらすぐ締めるのが美味しく食べる基本だよ」
船に乗せてあった木の桶みたいなバケツに海水を貯めて、サバの胴体を掴む。
「前以って言っときますね。今からこのサバの首を折ります。血も結構出ます。残酷な感じに見えるかも知れないんで、嫌だったら目を閉じても大丈夫です」
ユフィはもう慣れた様子だから、これはキーナさんに言ったようなものだった。でも、そのキーナさんは覗き込むようにあたしの作業を見つめるのだった。
「エラに指を入れて、そのまま体の上の方に持ち上げるように……ボキっと首を折る。そしたら海水に漬けておいて血を抜く。尻尾を持って逆さまに向けて、魚から滴る水が綺麗になったら血抜き完了のサインだね」
そう言えば、キーナさんは狩猟ギルドで狩りもしているんだよな。動物を締めたりしているのかも。魚を締めるよりもハードだよね。だったら、あたしの気遣いは余計だったかも。
「血抜きが終わったら氷水を入れたスチールボックスで冷やしておく、っと」
「いつにも増して手早いね……――って、もう釣りしてるの!?」
「ユフィもサビキに付け替えて! サバの群れが入って来たんだと思う! このチャンスは逃せないよ!」
「わかった!」
普段はもう少し深い、沖合にいる魚なんだけど、雨の影響で湾内に入ったのかも。
一般的なサビキはコマセを撒いて、魚を誘き寄せるものだ。けど、あたしたちが使っているサビキにコマセはない。つまりはひたすら魚が来るのを待つか、ドンピシャで魚の群れに仕掛けを落とさないといけないってことだ。
だったら、この千載一遇のチャンスは見逃せないよね。
「ユフィ、ボトムキープしたらリールを二から三巻きくらいのところで誘ってみて」
「りょーかい!」
やっぱり群れが入って来たんだ。しかも、結構大きめの群れ……。サビキを落としている最中に、もうアタリがある。ユフィもすぐヒットしたみたいだし。
「お、重い……!」
しかも、あの引き……もしかしたら……。
「うわぁー! 二匹も釣れた! 二匹釣れよ、ミコト!」
「やったじゃん、ユフィ! ダブルヒットだ!」
これがサビキの面白くて楽しくて嬉しいところだ。針をいくつも付けているから、他の釣りではあんまりない複数ヒットが見込める。そして当然、複数の場合はその引きも強烈だ。
「わ、私もさっきより重いような……」
「こっちも来ましたよー!」
あたしもダブルヒット、キーナさんに至ってはトリプルだ。こうなってくると、釣りしながら締めるって作業が難しくなってくる。
ここはあたしが締め作業担当に回って、二人にどんどん釣ってもらおうかな……。
そう思っていた矢先、キーナさんが豪快にサバの首を圧し折った。
「き、キーナさん?」
「私は船乗りよ、舐めないで。これくらい、何ともないわ」
キーナさんが手伝ってくれたことで作業効率は格段にアップ。このままスチールボックスがサバで一杯になるんじゃないかな。
そう思っていたんだけど、次第にアタリは減っていき。十分も経たないうちに、魚からの反応は全くなくなった。
「うーん……群れが移動したみたいだね」
「こ、こんなに早くいなくなっちゃうの!?」
「桟橋で釣るようなアジは、あそこが住処ってわけじゃないんだけど、沖の方から岸際に帰って来たアジなんだ。だから、その場に長くいてくれる。けど、さっきのゴマサバはたまたま通り道に出会えたって感じかな。船の下を偶然通り過ぎてくれたってわけ」
「カマスもこんな感じの釣りになる?」
「そうだね。多分、場所を転々としながらの釣りになると思う」
ただ、今日はこれで終了かな。
あたしはスチールボックスを開けて、まさかの釣果に苦笑いしてしまった。
「もっと見て回りたかったんですけど、一度戻りましょうか。サバの処理をしておきたいですし」
「何だったら、その作業が終わってからまた船を出してもいいわよ」
「い、いいんですか!?」
「ええ、今日は一日空けてるし」
「じゃ、じゃあ、夕食食べていって下さいよ! このサバで美味しい料理作りますんで!」
「あら、そう? それは楽しみね。じゃあ、急いで帰るわよ」
帆を張ったキーナさんは、また窓枠に腰掛けて船を操作する。当たり前にあたしの世界の船より遅いけど、こうのんびりと海を進むのも悪くないな。
「そう言えば、今更だけどユフィって船酔い平気なんだね?」
「うーん、あんまり船って乗ったことなくて意識したことはないんだけど、案外大丈夫みたい」
「酔い止めの薬とかってあるの?」
「調合ギルドに行けば薬を作ってもらえると思うよ」
話を聞いていたキーナさんも振り向いて、首を振っていた。
「ええ、ユフィ様の言う通りよ。ミコト、酔い止めがほしいの?」
「もしもの時のためにあればいいな、って。酷くはないんですけど、あたしは軽く船酔いするんで。細かい作業とかしてると特に」
ラインを結んだり、絡まったラインを解いたり。そう言う作業をしていると、頭が重くなって生欠伸が出るんだ。
「いい調合ギルドを紹介してあげるわ。風邪や怪我をした時なんかも頼るといいわよ」
「ありがとうございます」
そんな世間話をしながら、船はゆっくりと港へと帰港するのだった。
屋敷に着いたら急いでサバの処理を始める。釣れたのは全部で二十七匹。どれも三十センチ前後のいいサイズだ。
血抜きの時点で内臓は取って軽く洗っているから、今度はブラシを使って綺麗に血合いを取り除いてあげる。三枚に下ろしたら、身をじっくりと観察する。
「ど、どうしたの、ミコト? いつにも増して眺めてるね」
「サバにはアニサキスって言う寄生虫がいることが多いんだ。これを食べてしまうと激しい腹痛に襲われる。だから、それが付いてないかチェックしてるんだよ」
アニサキスは魚が生きている間は内臓に寄生している。けど、その魚が死ぬと筋肉の方へ、身の方へ移動するんだ。だから、スーパーで売っているサバの切り身にもアニサキスが付着していることはある。白い小さな糸くずみたいな奴だ。目視できるサイズだから、それを見付けたら絶対に取り除こう。
一般家庭で生のサバを食べることはなかなかないと思うけど、〆サバは要注意だね。酢で締めただけじゃアニサキスは死滅しない。火をよく通すか、逆によく冷凍させるか、でアニサキスは除去できる。
「確かに魚を仕方なく食べた人の体験でよく耳にするのは腹痛よね」
「全部が全部アニサキスってわけじゃないと思うんですけど、魚は生で食べる場合も調理する場合も、注意が必要な危険な食材です」
「そ、それ、魚を普及させる側が言ってもいいの……?」
「正しく恐れることって必要だと思うんですよ。肉や野菜もそうじゃないですか。調理の仕方や保存が正しくできていないとお腹を壊す。それを経験で知っているから、正しく恐れて危険を回避している」
「た、確かにそう言う考えもあるのかも……」
アニサキスの治療には胃カメラとか内視鏡とか、あとは症状を抑える薬を使う。それがこっちの世界にあるとは思えないから、魚の危険性もちゃんと伝えていかないといけないんだって思う。
「よし、大丈夫だね。なら、ここは釣り人の特権……刺身をちょっと食べてみましょうか」
今さっき危険な食材だって言ったところだけど、二人の顔に不安はまるで映ってないなかった。あたしを信頼してくれているのか、魚ってものを理解してくれているのか。どっちかはわからないけど、どっちでも嬉しいことだ。
一人二切れずつ切って、醤油に付けて一口。
「んー……! やっぱサバの刺身は最高だ!」
屋久島のサバに勝るとも劣らない、こっちの世界のサバもいい脂してるよ。
「これ、美味しい! 今までの魚と同じように脂が乗ってるんだけど、凄くあっさりしてる気がするよ! 身もぷりぷりで力強い感じだね!」
「今、この瞬間しか味わえないものだと思うと、余計美味しく感じるわね。確かにこの味は繊細が故の旨味なんでしょうね」
さて、このゴマサバちゃんたちをどう料理しようかな。
あたしはサバを捌きながら、料理のイメージを膨らませていく。
〆サバは定番だから入れるとして、せっかくだし何匹かは干物にしておきたいな。味噌煮も定番どころだけど、煮物料理は別でやってみたいものがあるんだよなぁ。あとは焼くか揚げるか……。
うーん、この量を料理にするのは久しぶりだからな。イメージがどんどん膨らんで、波のように押し寄せてくる感じだ。
ゴマサバめ……! 侮りがたし!
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