いざ、大海原へ
サビキ仕掛け作りに精を出していた翌日、アサカさんがやって来て、キーナさんの準備が整ったことを教えてくれた。ただ、その日は風が強くて危険なため、明日一度船に乗ってみないかって話だ。
あたしは即答でオッケーして、ユフィも当然一緒だ。でも、まずは様子見って感じだから気合いを入れすぎず、朝の七時に港で待ち合わせることにした。
ちなみに、アサカさんは別の用事があって来られないそうだ。
そんなわけで、あたしとユフィはキーナ船長の許、大海原へと出港するのだった。
「へぇー、最初はそんな風に船を漕ぐんですね」
「そうよ。風を捕まえるまでは人力。パドルで船を動かすの」
キーナさんは船尾に立って、一本の木の棒を押したり引いたりしている。パドルって言うと公園の池なんかに浮かぶ手漕ぎボートを思い描きそうだけど、あれは確か「櫓」ってやつだ。
和船で使われたもので、観光地の川下りとかで船の後ろで櫓を漕いでいる映像を見たことがある。
思ってたより揺れないな……。今日は波が穏やかだからかな?
操舵室の後ろにあるスペースに座って、のんびり海を眺めていると、急にキーナさんは船の前方へと駆け抜け、帆を張った。
すると、程なくして、
びゅう――
背後から少し強い風が吹き抜けて、マストを大きく膨らませたんだ。当然、それによって船の速度も上がった。
「い、今何で急に帆を……? もしかして、風が読める……?」
「そうね。でも、船乗りとしては当然の技術よ。風だけじゃなく天候も読めないと船乗りとしてはやっていけないわ。まあでも、察知能力の鋭さはそこら辺の船乗りには負けないわ」
あたし、当たり引いたんじゃん?
確かにアサカさんも、腕がいい、とは言っていた。単純に船を操るテクニックのことなのかと思ってたんだけど、それに加えてキーナさんは特別な才能を持っているんだ。
天候を読む。これは釣りにとっては重要なファクターだ。釣りに出掛ける前は天気予報を必ずチェックするし、あっちの世界だとお天気アプリを入れて、定期的に確認したりしていた。
けど、こっちの世界じゃ当然アプリは使えない。新聞に天気予報はあるけど、リアルタイムなものじゃないし、局地的な天気までは予想されていない。
「どこか行きたい方向とかある?」
「じゃあ、せっかくなんで川が流れ込む河口の沖合でお願いします」
「了解」
だから、天候だけでなく、風までリアルタイムに読めてしまうキーナさんの能力はかなり心強い。
そんなキーナさんは操舵室の横側にある窓枠に腰掛け、身を外に乗り出すような恰好で船を操縦している。しかも、足で。
足を操縦桿に掛けて、たまにそれを器用に回すんだ。
「そうやって運転するんだ? てっきりこっちに立つのかと思ってた」
「ユフィ様には行儀悪く映ってしまうかも知れないですけど、こうした方が広く海を見渡せるので」
実はこれ、お祖父ちゃんもたまにやってたんだ。お祖父ちゃんの場合は操縦桿の真上に立って、同じように足でハンドルを回すんだ。
小さい頃はちょっと目線が高くなったからって、そんなに変わんないでしょ。と、そう思っていたんだけど、意外な時にお祖父ちゃんが正しかったってことが判明した。
それは数学の授業。三平方の定理を習ってた時だ。
説明は全く理解できなかったんだけど……その時に数学の先生が「人から見える水平線の距離は大体四キロくらいだ」とか言いながら、黒板に図と数式を書いていった。
どんな計算法だったのか憶えてないけど、こう付け加えたのは憶えてる。「だから、少し目線を高くするだけで、例えばちょっとした台に乗るだけで見える距離は一キロ伸びるってことだな」と。
キーナさんがこれを理解しているのか、それとも船乗りの間で編み出された技術なのかはわからない。けど、この操縦スタイルは理に適った乗り方なんだ。
「もしかして浅瀬や岩礁があったりするんですか?」
「さすがね、ミコト。河口部付近には川から流れてきた土砂が溜まって浅くなった場所がいくつかあるの。乗り上げて座礁することはないけど、船底を擦るのはゴメンだから」
「他にこのフィーリア近海でわかっている海底の変化ってあります?」
「そうね。河口部とは反対側、湾奥には海藻がたくさん生えているわ。パドルがよく絡まって操船しにくい場所ね」
海藻が豊富なのはいいことだ。小魚にとっては安心できる住処だから、そこで大きく育って外海へと旅に出るんだろう。貝やウニにとっても海藻はいい餌だから、湾奥は海産物が豊富なはずだ。
「その湾奥から進んだ、今いる辺りは岩が多めの海底ね」
「それ、何でわかるんです?」
「ミコトはフィーリアが観光地だったのは知ってる?」
「ええ、聞いてます」
「その時に流行ったのが遊覧船なのよ」
ほぉ、クルージングってやつか。
「船を海上に停泊させて、ランチするの。その時の錨を下ろした感覚で海底の様子がわかるのよ。岩場だと錨が掛かって停めやすいけど、砂場だと掛かるところがなくてズルズル動く」
「も、もしかしてフィーリア近海の海底の様子って全部わかってたり……?」
「全部って言うのは畏れ多いけど、大まかなエリアとしては把握してるわ。先人の船乗りたちのお蔭でね」
最高だ、最高すぎる! 大まかでもそこまで把握しているのはマジでありがたい!
この世界の船釣りであたしが最も懸念していたこと。それは魚探、魚群探知機がないことだ。
釣りをしない人でも魚探って聞くと、何となくは想像できるんじゃないかな。レーダーで魚の群れを捕捉する機械だ。これがあるのとないのとでは、釣果に大きすぎる差が出る。
もちろん、魚探がなくても釣りはできる。お祖父ちゃんもそうだった。魚探に頼らなくてもバンバン釣り上げてた。
けどそれは、長年その海に通い続け、何十年と培った経験によるものだ。今のあたしにそんなものがあるわけがない。
だから、魚探以外の方法で魚の居場所を探さないといけないんだ。それは前みたいな鳥の動きだったり風の流れ、潮の流れだったり、いろいろ。
そして、一番大きな情報源は海底の変化だ。
「あと、海底の変化ではないけど、よく魚が跳ねている場所や海鳥が密集するエリアなんかも把握してる。今向かってる河口付近も、よく魚の影を見掛けるわね」
大当たりじゃん。大当たりすぎるって。年末ジャンボ当たるくらい。
キーナさん、釣り船の船長としての初期ステータスがめちゃくちゃ高いんですけど。
「私も気になっていたことがあるんだけど、ユフィ様が着ているものってライフジャケット?」
「そうだよ。ミコトが提案して、アサカさんが作ってくれたの」
「やっぱりそうですか! それ、軽そうだし機能性もありそうだし、山でお会いした時から少し気になっていたんです」
「釣りに行く時は必ず着用するのがルールだってミコトに教えてもらって、釣りする時は必ず着てるよ。だから、キーナさんが言うように釣りの邪魔にならない軽さなんだ」
見たところ、キーナさんはライフジャケットを着用していないみたいだ。もちろん、それが違法なわけでも、ルール違反なわけでもない。あくまでも、ライフジャケットの着用はあたしの世界でのルールなんだ。
「私も別に着たくないから着ていないわけじゃないんです。ただ、船の操縦は結構動き回るので暑いし邪魔で……。けど、ユフィ様が着ているものは薄いし、まるで普段着のような感じがして……」
「良かったら着てみてよ」
「い、いいのですか!? で、では、少しだけ……」
操縦席、と言うか窓枠から降りたキーナさんは、ユフィからライフジャケットを受け取り、腕を通す。それで動いてみたりしながら、時折「おお……」と感嘆の声を漏らしていた。
「これ、動きやすくて凄くいい……! ポケットもたくさんあるし、便利そう。何より軽いのが驚きだわ」
「それ、アサカさんのお店で売り出す予定ですよ」
「あいつのギルドでお金を使うのは癪だけど、これは買わせてもらうわ」
「ありがとうございます」
って言うのも、釣りギルドが発足したことによってアサカさんのギルドとは提携関係になった。アサカさんが作って売った釣り具関係の売上の一部が、釣りギルドにも頂けることになったそうだ。
あたしはそんなのいいって思ってたんだけど、ネリスタさんとアサカさんの大人の話し合いで円満に決まったって言うんだから、子供には口出しできないよね。
けど、それ以上にキーナさんがライフジャケットを身に付けてくれるようになることが嬉しい。釣りの時以外でも、船に乗る時は身の安全のために常時身に付けてほしいんだ。これが他の船乗りにも広まれば、法律とか条例にしなくたって、みんな自然とルールを守ってくれるようになると思う。
「この辺りでいい?」
「はい、大丈夫です」
「じゃあ、帆を畳むわね」
船は河口部から三百メートルくらい沖に浮かんでいる。船縁から海を覗くけど、底は見えない。
「ここら辺の深さってわかりますか?」
「錨を下ろした感じだと十五メートルから二十メートルって感じね」
「ポイントとしてはいい感じか。せっかくなんで釣りしてみてもいいですか?」
「ええ、そのつもりで来たし、どうぞ」
特にターゲットも設定していない、初めてのエリア。まず何釣りをしたいかはアングラーそれぞれだと思う。手堅く魚を見たいから餌釣り、のんびりとぶっ込み、数が見込めるサビキ。
いろいろ選択肢がある中で、あたしはルアーだ。好きってのもあるけど、何か初エリアってルアーを投げたくなるんだよね。
「ミコトはルアーやるの?」
「水深とか海底の様子とか、自分の手でも感じておきたいからね」
「そっか、じゃあ、私も……って、あれ? そのルアー、初めて見るね?」
「船のルアー釣りの代表格って言ったらこれなんだよ」
「そ、そんなのがあるの!?」
まあ、あたしが持ってるのはおかっぱり用のライトなやつだけど。
「これはメタルジグって言うルアーだよ」
「め、メタルジグ……! な、何かカッコいい響きだね!」
そ、そう? 言われてみたら……そうなの、かも? 何かの必殺技っぽく聞こえなくもないのかな……?
「私もそれ、使ってみたいんだけど……」
「いいよ。いくつかあるから好きな色、選びなよ」
「やったー!」
うきうきはしゃぐユフィ。眼福だぁ。
実はこれも毎度お馴染み百均ルアーで、カラバリ迷わずコンプしちゃったから結構持ってる。大手百均さんの企業努力には、ほんと頭が上がらないよ。
Ⅾソーさん、Sリアさん、ユフィの愛らしい笑顔が見られたのはあなたたちのお蔭です!
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引き続き宜しくお願い致します。




