雨の日に
アジの干物作りに成功してから、あたしの中で少し干物熱が盛り上がっていた。
って言うのも、干物ってそんなに作ったことはないんだ。お祖父ちゃんちにいた頃は全部お祖母ちゃんが作ってたし、実家暮らしの時はその日食べる分しか基本持って帰らなかった。
だから、ロイドさんにはアジ以外も干物にできるとは言ったけど、あたしはアジでしか干物を作ったことがなかった。
高校くらいからは手間暇かけている余裕もなかったし、海釣りに行ける機会もそう多くなかったからね。でも今は、時間はたっぷりあるし、海にはすぐ行ける。
キスの干物ってどうなんだろう? カサゴでやったらどうなるかな? マダイの干物とか高級感ヤバくない!?
と、妄想が止まらなくなっていたのだ。
だから、釣りに行って魚をゲットしまくって、いろんな干物を作ってやるぜ!
そう思ってはいるんだけど、心の中とは裏腹にあたしは朝から部屋に籠っていた。
薄暗い部屋の中で、あたしはテーブルに向かう。窓が風で少し揺れて、絶えず水の粒が窓を叩く。
今日は朝からずっと雨なんだ。
釣りに行きたいけど行けない。それが余計にあたしの干物熱を沸々とさせていた。
「ミコトー、いる?」
「うーん? いるよ、ユフィ」
そんな時だった。ドアの向こうから聞こえた声に返事すると、ユフィがあたしの部屋へとやって来た。
「今日は釣り行かないの?」
「雨だからねぇ」
「雨だと釣れない?」
「うーん……そんなことはないけど、条件としてはあんまり好ましくないかな。釣れにくいって意味もあるけど、やっぱ一番は身の安全だね。川の場合だと増水して危ないし、足許も滑りやすくなる。海は波が高くなるから、たとえ桟橋でも安心はできないしね」
「じゃあ、雨って釣り人にとっては最悪の天気なんだ?」
「暴風雨とか長雨は最悪だけど、例えば通り雨とかはそこまで悲嘆することじゃないかもね。その場を一旦リセットしてくれるって考え方もあるから、釣れてない時なんかは恵みの雨って思うこともあるよ」
あと、バス釣りなんかだとよく言われるんだけど、雨が水面を叩くからバスの意識が上に向く。そうなるとトップウォーターに出やすくなったりするんだ。雨粒と雨音でアングラーの気配を消してくれる、とも言うね。
「なるほどねー……って、ミコトはさっきから何してるの?」
「サビキの仕掛け準備だよ」
興味を持ったらしいユフィがすぐに駆け寄ってきて、あたしの手許を覗き込む。テーブルの上に広がるのはラインと、アサカさんが作ってくれたサビキ用の釣り針だった。
あれからもアサカさんはサビキの針を作ってくれて、今手許には五十個以上の針がある。
「こ、こんなにたくさん作ってるの!?」
「一人三つは仕掛けを持っててほしいから、最低でも十二個だね。けど、たくさんあるに越したことはない。針はまだあるから、大量生産しないとね」
一つの仕掛けに針を五個付けた。最低で一人につき十五個を使う。それが四人分だから最低ラインで針は六十個使うってわけだ。
「な、何でこんなにたくさん必要なの? サビキ釣りってそう言う釣りなの?」
「そう言うわけじゃないんだけど、今回はちょっと特殊な事情があるんだよね」
短めのラインに針を結んで、それを五個、等間隔に大本となるラインに結んでいく。これがエダスと呼ばれる部分だ。一番下に錘を結び、上にはスナップって言うルアーや仕掛けの取り外しに便利なアイテムを付けて完成だ。
このスナップは川でも海でも使うことがあって、あたしは多めに鞄に入れていた。釣具屋さんでも一袋に十個入りとかで、別段高価なものってわけでもない。
釣り糸を結ぶ。これはアングラーの宿命ではあるんだけど、細かい作業が多くてさすがに肩が凝ってきた。
一旦手を止めて、一息つく意味も籠めて、あたしはユフィとの会話に専念することにした。
「前にも話したけど、カマスってギザギザの歯を持ってるんだ。これは簡単にラインを切ってしまうほど鋭い。だから、釣れたとしても仕掛けが切られてダメになっちゃうことがよくあるんだよ」
「だったら、ラインを太くて丈夫なものにしたらいいんじゃないの?」
「そんなことしたら、ラインが魚から丸見えだよ」
「あっ、そっか……」
「サビキって餌を針に付けてるわけでも、餌に似せたルアーを結んでるわけでもない。剥き出しの釣り針に、ちょっと小細工したものを並べて結んでるだけなんだ。だから、仕掛けのラインは細くて、魚から見えにくい方がいいんだよ」
その仕掛けを結ぶ糸、道糸って言われる部分は太くても全然いい。単純に、魚を騙す部分だけのラインを、視認しにくい細めのラインを使いたいってだけ。
「じゃ、じゃあ、大切に……慎重に扱わないとダメ、かな……?」
「そこまで深く考える必要はないよ。こうやって五個針を付けてるでしょ? そのうちの一個が切られちゃっても、そのまま釣りは続行可能なんだよ。アピール力が針一つ分減ったってだけ。けど、さすがに釣り針一つだけになっちゃったら心許ないでしょ? だから、代えとなるスペアがたくさんあった方が安心なんだよ」
「消耗品、みたいなもの?」
「そうだね。そう思ってくれた方がいいかも。大切に扱ってくれるのは嬉しいけど、そのせいで魚が釣れなかったら意味ないもん」
「じゃあ、私も手伝うよ」
「ほんとに? それは助かるよ」
作業を再開させて、ユフィにも仕掛けの作り方を伝授する。貴族の割りに、って言うのは失礼なのかな? ユフィって手先が器用で、これもすぐに覚えてどんどん仕掛けを作っていってくれた。
「さっき長雨も最悪だって話してたけど、雨が上がった日とかってどうなの?」
「おお、いい質問だね、ユフィ」
「えへへ」
「これもあんまり良くない条件だね。川だと増水して流れも速くなって、水が濁ってしまうことが多い。こうなったら釣りどころじゃないよね。ただ、魚だって濁流の中を泳ぐのは嫌だから、比較的水が綺麗で流れの落ち着いた場所にいたい。だから、釣りするポイントが絞りやすい、とは言えるかもね」
「ああー、なるほど」
「海だと雨って淡水だから、極端な言い方になっちゃうけど雨水と海水の二層になるんだよね。そうなると海水に住む魚は雨水を嫌って逃げちゃうんだ」
「やっぱり釣りにくいんだ?」
「まあね。でも、スズキみたいに海水でも淡水でも大丈夫な魚は元気なままだけどね」
あと、クロダイなんかも活性が上がるって言われてる。
「これから雨がよく降る時期になるから、釣り人にとっては嫌な季節だね」
前にユフィから聞いたけど、この世界、この地方にも日本と同じような四季があるみたいだ。夏は暑い時だと三十五度近くまで気温が上がり、冬には軽く雪遊びができるくらいの雪が降る時もあるそうだ。
日本で言うと都市部、東京、名古屋、大阪辺りのイメージだろうか。
そして、これから始まるのは梅雨。こっちでは単純に雨期って言うそうだけど。
「雨期が終わると物凄い嵐が来る季節になったりするの?」
「うん、そうだよ。スズカゼもそんな感じなんだ? ハリケーンが起きて、酷い時なんかは家が壊されるくらいだよ」
台風も来る、と。そうなると夕立ちとかもあるだろうから、おかっぱりもだけど船釣りも気を付けないとな。
「ねえ、雨着ってわかる?」
「レインコートのこと?」
おっ、それで通じるんだ。良かった。
「そうそう。それって普通に手に入る? これからの釣りで、途中から雨に降られるってことも増えてくだろうからさ」
「確かにそうだね。市場の服屋さんで売ってるから、今度買いに行こっか」
「長靴もある?」
「あるよ。もう、ミコトったらフィーリアを田舎だと思ってるでしょー?」
「そ、そんなことないよ。ただ、あたしがいた国と文化とか全然違うからさ……」
特に違うのは文明レベルだけど。
「今度、お母様に雨対策の装備を新調できるか聞いてみるよ」
「うん、ありがとね」
なんて、お喋りをしながら作業をしていると、いつの間にか目標だった十二個は簡単に達成してしまっていた。けど、あたしたちはまだ作業を続ける。さっきも言ったように、たくさんあって問題はないし、何ならカマス狙いじゃなくてもサビキは使えるしね。
憂鬱な雨の日だけど、あたしたちは会話に花を咲かせながら、サビキ仕掛けを作り続けていた。
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