ミコト、ぶちかます
「あたしはユフィの友達です」
それは明確にさせておきたかったんだ。ギルドを作ったのは確かに大人の提案だ。けど、あたしはそれをやらされてるわけじゃない。あたしの意志で、ユフィと一緒に作り上げているんだ。
「だったら、何?」
「釣りギルドはあたしとユフィの二人で結成したものです。あたしだけでもできなかったし、ユフィだけでも無理。だから、シルキー様が言うように相当気分がいいですよ。世間知らずの平民と弱小貴族が、上流階級のお嬢様すら経験のない名誉を頂いたんですから」
「な、何よ、あなた……!」
隣ではユフィも慌てた様子で小さくあたしの名前を呼ぶけど、そんなことはどうでもいい。このお嬢様は言ってしまったんだ。魚は卑しい身分の者が食べるもの、って。
喧嘩売ってるの? なんてレベルじゃないよ。これはもう、宣戦布告。戦争を仕掛けられたのと同義!
「あたしはミコト・ハマナ。釣りギルドのギルマスです。もうお忘れですかぁ? 随分と頭の弱いお嬢様だ」
「こ、こいつっ! お父様! この無礼者をすぐ捕らえて下さい!」
「最初に無礼を働いたのはお前だと思うぞ? 領主としても父親としても、ミコトだけを非難するわけにはいかないな」
「くっ……!」
さすがクライブ様。賢明で寛大な人だから、ちょっと言い返しても大丈夫だろうって言う、あたしの予想は中ったみたいだ。
さて、ジャブは打った。次は渾身のフックってところか。
「シルキー様。あたしはあなたに魚料理をお出しします。是非、召し上がって下さい」
「嫌よ! 嫌に決まってるでしょ!」
「食べるくらい、いいじゃないですか。そんなに魚が怖いんですか? 実に小心者ですね。本当にクライブ様の娘なんですか?」
「あなた、いい加減にして……! それ以上は私が……!」
うん。これ以上はやめとこう。これじゃあ、ただの喧嘩になっちゃう。
「不味ければ不味いと正直に仰って下さい。粗末な料理を出したと言うことで、どんな罷免も受けます。ですから、一度でいい。いや、一口だけでもいいです。あたしの料理を食べてもらえないでしょうか!?」
さっきまでの態度を改めるように、あたしは深々と頭を下げた。
「……や、約束よ。私が不味いと言えば、どんな罰も受ける」
フックで相手はぐら付いた。ここで畳み掛けたいところだけど、一旦引いて狙うは必殺のストレート。
「はい。でも、その時は正直なジャッジでお願いしますね」
はてさて、このお嬢様にぶちかます魚は何がいいかな? お父さんはマダイだったから、別の魚がいいかな?
そんなことを考えながら、あたしは右手の拳を握り締めていた。
領主様の屋敷からの帰り道。クライブ様は馬車を出すと言ってくれたんだけど、あたしは海の様子が見たくて、それを断って歩いて帰ることにした。
別にユフィは馬車で帰ってもいいんだよ?
そう言ったんだけど、ユフィも歩きたい気分だったそうで、二人で海沿いの道を歩いていた。
「ミコト、ありがとね」
「何が?」
「シルキー様に言い返してくれたこと。私もミコトと同じようなことが言いたかった。けど、私がそれを言ってしまうと家族を巻き込む大問題に発展しちゃう。だから、言えなかった」
「あたしは貴族のこととか全然わからないけど、多分そうなんだろうな、とは思ってたよ。けど、立場とか抜きにしても、あのお嬢様には単純にムカついたんだ」
「ねっ? 絵に描いたようなお嬢様だったでしょ?」
「そこはユフィの言う通りだったよ……」
くすっと微笑むユフィに、あたしは苦笑いで頭を掻くしかなかった。
「シルキー様に出す料理、何かイメージしてるものはあるの?」
「クライブ様も同席するって話だから、マダイは除外かなって思ってるんだけど、それだけだね。時期的には釣れる魚は豊富なんだけど、それが逆に迷わせるって言うか……」
「もう少ししたら、キーナさんが船を出してくれるようになるしね。それからでも全然遅くないんじゃない?」
「確かにね。ここら辺の沖の海がどんな感じなのかは、まだよく知らないし……」
眺めた海の上には、鳥が数羽飛んでいた。
水深はどれくらいあるのか。底は砂地か、それとも岩場か。海底だってずっと平坦なわけじゃない。起伏はある。それがどこにあるのか。
知らないことが山ほどある中で、一体何を狙って釣ればいいんだろう。いや、寧ろターゲットなんて決めずに、釣れた魚で勝負してみる?
「ユフィは魚のどんなところに感動した?」
「うーん、そうだね……。やっぱり聞いてた話と全然違ったところ、かな? 生臭くなんかないし、ミコトの料理でお腹を壊した人なんていない。骨が多いのは本当だったけど、取り除くことができるし、小さい骨ならよく噛めば食べられるもんね。あとは、いろんな食べ方があるってことかな」
「いろんな食べ方か……」
「生で良し、焼いて良し、煮て良し、揚げて良し。他にも違う食べ方があるんじゃないかって、わくわくするんだよね」
違う食べ方……。あと出てない定番で言えば、蒸す、か。蒸し料理。一般家庭でなかなかやらないってイメージかもだけど、酒蒸しくらいならやるんじゃないかな。
酒蒸しか……。さっぱりしていて食べやすいし、魚臭さを取るには抜群の調理法だ。
蒸籠でもいいしフライパンでもいいけど、目の前で蓋を取った時にぶわっと上がる白い蒸気。湧き立つ華やかな香り。演出的にも貴族向きだと思うんだよね。
でも、いまいちインパクトが足らないような……。相手をノックアウトするような右ストレートには衝撃度が足りない……?
「魚ってお肉みたいだよね。いろんな料理の仕方がある。まあ、お肉を生で食べるのは難しいって聞いたことがあるけど、代わりに干して保存食にできるもんね」
うん? 干して……保存……!?
「あった! あったじゃん!」
「う、うわぁ! ど、どうしたの、ミコト!? いきなり大きな声出して……」
「あったんだよ! まだやってない、魚の身近な食べ方が!」
「そ、そうなの!? それって一体……?」
「ユフィが今言ったことだよ。肉と同じ。干す、だ!」
「干した魚……?」
そう、干物だよ!
何でこれを忘れていたんだ。バカかあたしは。干物はあたしの魚料理の元始。あたしが記憶している限りでは、生まれて初めて口にした魚料理って言うのが、ある魚の干物だったんだ。
「やっぱユフィは天才だ! 最高のギルドメンバーだよ!」
「そ、そんなこと――」
「あるって! ユフィがいなかったら、あたしは大事な思い出を忘れちゃうところだった」
「大事な思い出?」
「干した魚は、あたしのお祖母ちゃんが丹精込めて作ってくれた、思い入れのある料理なんだ」
だから、干物なら何でもいいってわけじゃない。知っての通り、干物は大体の魚でできるものだ。アジ、サバ、サンマ、ほっけ、などなど……。
けど、あたしはあいつで干物を作りたいんだ。レアな魚ってわけじゃないんだけど、あたしが初めて食べた魚がそれだから。
そして、あのお嬢様にぶちかますにはちょうどいい。あたしの、まだまだ薄いかも知れないけど魚の歴史を、右拳に乗せてぶちかます。
「じゃあ、釣りたい魚も決まった!?」
「うん、もちろん」
「次は何釣るの!?」
ふふん、それはね……。
「魳だよ!」
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