船釣りに向けて
アサカさんとキーナさんのお酒が進んでいく中で、準備が整ったものがある。酒に漬けて冷やしておいた肝だ。
魚の肝なんて食べられるの? なんて思われるかもだけど、アンコウの肝、あん肝は有名だよね。あとはカワハギの肝とか。
ただこれは、ご飯のお供と言うよりはお酒のつまみ。一匹のヒラメから取れる肝も少ないしね。
そしてもう一つ、刺身用に切っておいたものに一手間加えた昆布締めだ。
昆布は一度お酢で洗い流して拭いておく。柔らかくなった昆布に切っておいたヒラメの刺身を並べて、軽く塩を振る。
そう言えば昔、レシピ本を見ていた時「軽く塩ってどれくらいだよ!?」って思ったことがある。人にとって重さなんて違うじゃん。だったら、グラム表記してくれた方がいいよ、って。
それで、お祖母ちゃんに聞いてみたんだ。「軽く塩ってどれくらい掛けるの?」
「軽くだよ、軽く。わかりにくかったら掌に塩塗して、その手でぽんぽんって触ってやればいいよ」
いやはや、わかりやすい。レシピ本の編集者さんはうちのお祖母ちゃんを見習えばいいと思う。
それはさて置き。昆布にヒラメの刺身を並べたらラップで包んで、重石代わりにお皿でも上に置いて冷やしておく。十分くらいだと浅漬け。それでも全然いいし、このまま一晩寝かせても美味しいよ。
「おっ、また新しい料理?」
「はい、今度はヒラメの昆布締めと肝です」
「うっわ、美味そう! 肝も薄いピンク色で綺麗やな」
「昆布締めはからし醤油、肝はもみじおろしとポン酢でどうぞ」
昆布締めは醤油なんか付けなくても、そのままでも全然美味しい。けどある時、お祖父ちゃんの知り合いで、あたしにとっては釣り仲間だったおじさんに聞いたんだ。
しめサバはからし醤油で食うのが美味い! と。
今回はしめサバじゃないし、そんなに漬け置きしてたわけじゃないけど、和からしも魚に合うんだよってことを知ってほしかった。
もみじおろしはお手製だ。って言っても、大根おろしに一味を混ぜただけだけど。
「肝……。つまりは魚の内臓ってことよね……」
ごくりと喉を鳴らすキーナさん。確かに内臓って動物もそうだけど、魚でもなかなかにハードルは高いよね。
けど、ユフィが我先にと箸を伸ばして肝を食べて、ご満悦の表情を浮かべるんだから、もう待ったなし、だ。小さく切った肝を箸で摘まみ、ポン酢に付ける。上にもみじおろしと少しのネギを乗せて、そのまま……お口へダイブ!
もぐもぐ。
咀嚼音なんて聞こえないはずなのに、キーナさんの表情がそう言っているような気がした。
「アサカ! これは冷酒よ! 辛口端麗のやつで!」
「お前がそう言うんやったら間違いないな! 待っとけ! 冷やしてんの持って来る!」
程なくして、テーブルの上に一升瓶がどーんと置かれる。それを注ぎながら、ヒラメを食べながら、アサカさんとキーナさんは蕩けたように頬を緩ませていた。
「これは味も食感も初めてで、他に譬えようがないわね。確かに内臓だけあって、舌に残るものがあるけど、それはクセと言うよりは旨味ね。しかも、かなり濃厚な」
「それを辛口でキレのええ冷酒でスパっと流し込む。そしたら口の中がリセットされて、また次の料理へと箸が進む。酒飲みの気持ちわかってんなぁ、ミコっちゃん」
いや、知らんし。飲めないし。
お酒の効果もあるとは思う。でも、あたしはその幸せそうな顔を見られただけで、そんなひと時を魚によって作れただけで、嬉しい気持ちで一杯だった。
ヒラメ料理も残りは骨せんべいだけとなって、大人二人はそれをバリボリ食べながら、お酒を飲んでいた。キーナさんも魚に対する警戒心はもうほとんど薄れたみたいだ。骨せんべいはスナック感覚で食べられるしね。
「いきなり仕事の話になるんやけど……キーナ、どうや? ミコっちゃんたちのギルド、手伝ってくれへん?」
「……私が手伝えることって、船を出すことよね?」
「せや。船に乗って釣りをする。これができたら釣れる魚の数も大きさも断然増えるんや」
断言はしてないけど、可能性としては高くなる。マダイにしろ、今回のヒラメにしろ、大きな個体は遠くの海、沖にいることの方が多いんだ。
それを釣るためには、船乗りが絶対的に必要になる。
「あたしからもお願いします! こうやって出会えたのも何かの縁だと思うし、その縁はアサカさんにも繋がってた。けど、そう言うのを抜きにしても、あたしはキーナさんがいい。キーナさんとお話しして、キーナさんのことを知って、だからこそキーナさんじゃなきゃ嫌だって思えたんです」
「ミコト……」
「私もキーナさんがいい! イノシシから守ってくれたのは、勇敢で勇気のあるキーナさんだもん。危険な海に出るのなら、安心できる人がいる船の方がいい」
「ユフィ様……」
とくとくとく……と、キーナさんは自分のと、アサカさんのグラスにお酒を注いだ。それを手に取ると、少しだけ前に差し出して、僅かに笑みを浮かべるのだった。
「わかったわ。私が船を出してあげる」
「ほ、ほんとですか!? やったー!」
「だから、ミコトとユフィ様もグラスを持って」
あたしたちはお茶が注がれたグラスを、アサカさんとキーナさんのグラスにそっと寄せる。何かこう言うのって男の人がやるイメージだったんだけど、女子同士でもわくわくするもんだ。
「私たち四人で釣りギルドを世界中に広げるわよ!」
「よっしゃ、乾杯や!」
「かんぱーい!」
グラスが甲高く鳴り響いた後は笑い声が絶えない夜だった。
翌日、早速キーナさんに呼び出されたあたしは港に来ていた。とりあえず、船がどんなものか見てほしいそうだ。あたしとしてもキーナさんの船には興味がある。
「航海ギルドでも船は何隻も所有していて、ギルドメンバーは好きに使えるんだけど、いつでも空いてる船があるわけじゃないからね。釣りギルドの船には私個人の船を使うわ」
「これがキーナさんの船ですか。カッコいい……!」
全長は十メートルあるかなってくらい。ほぼ中央に一本のマスト、小さな屋根付きの操舵室。ヨットとも呼べそうな感じだけど、ヨットの帆は三角だったよね? 停泊しているから帆は畳んでいるけど、これは四角い帆だ。
当然、木造だけどしっかりした造りだし、安心感は結構ある。
「そう言えば、船を操縦するのに何か資格とかっているんですか?」
「特にないわ。けど、何の知識もなく船を出すなんて自殺行為でしょうね」
そりゃそうだ。
「普通は師匠や先輩の船に同乗して、少しずつ憶えていく感じね。あとは親に、子供の頃から教わるってことが多いかも。うちも船乗りの家系だし」
「じゃあ、家族でギルドをやってるんですか?」
「うん。でも、両親は大型帆船に乗っての遠洋航海。一年に数回顔を合わす程度ね」
私も実家ではそうだったな。まあ、別段寂しいとか思ったことはないけど。
「この大きさの船だと、どれくらい沖にまで出られるんです?」
「フィーリア近海は大きな湾になっているんだけど、湾の仲は比較的安全に航海できるわ。けど、湾の外になると危険度は一気に上がる。ただ、ミコトの知識があれば緊急事態も未然に防げるんじゃない?」
「うーん……。あたしは魚と釣りの知識はありますけど、船の知識はそこまでないんで、頼りにされるとちょっと困っちゃいますね」
お祖父ちゃんの漁船には何度も乗せてもらったことはあるけど、当然操縦なんてしたことないし。しかも、帆船ってなると乗るのすら初めてだ。
「まずは安全な範囲での釣りにしましょう。小さな事故でもギルドの看板に傷を付けちゃうことになりそうですし」
「そうね。できたばかりの、しかも周りにとっては未知のギルドだからね。不安要素がない方がいいに決まってる」
「とりあえずは船での釣りがどんな感じになるのかを知るために、港から少し離れた距離で釣りしてみましょうか」
「ええ、いいわよ。ただ、航海ギルドの方の依頼が少しまだあるから……五日ほど時間をくれない?」
「ええ、それは全然。急ぎじゃないし、キーナさんには本業があるんだから、そっちを優先させて下さい」
準備ができ次第、連絡するってことだけを決めて、キーナさんとは港で別れた。海岸沿いの帰路を歩きながら、晴れた空と青い海を眺める。
ああー……釣り竿持ってこれば良かったな……。
とか思ってしまうあたしは、ほんと釣りバカだ。
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