スタインウェイ家
スタインウェイ家があるのは海沿いの街〈フィーリア〉って言うそうだ。海沿いの街って言うと、港町を想像するんだけど、あたしの想像とはちょっと違う。
この世界には漁師って職業がないから、港に泊まっている船はみんな輸送船や客船。しかも、エンジンがまだないのか、全て帆船だ。海賊王に俺はなるぞ的な、パイレーツなカリビアン的な船だね。
街並みもどこか少し古くて、木造だったりレンガ造りだったり。田舎っぽさもあるんだけど、住んでいる人はそれなりに多そうで、結構賑わってはいる。
うーん……地球で言うところの中世ヨーロッパって感じ? 知らんけど。
「フィーリアはこの辺りでも大きめの街なの?」
「まあ、そうだね。海が近いから貿易が盛んで、人の出入りも多い。ここ〈ユーシア大陸〉の中でも栄えている街の一つではあるかな」
ふむふむ、ここはユーシア大陸、と。
スタインウェイ家に向かう道中、会話の中からこの世界の情報を聞き出していた。
「さっきさ、スタインウェイ家の復興がどうとか言ってたけど、ユフィってこの街の偉い人の家族だったりする?」
「も、もし、私が偉い人だったら、ミコトは私と友達になってくれない?」
おいこれ、偉い人確定じゃん。大物フラグ立ってんじゃん。
けど、そんな不安そうな顔で上目遣いなんてされちゃ、言えることなんて限られてるよ。
「そんなわけないじゃん。自慢じゃないけど、あたしは友達とか全然いなくてさ。ユフィがあんな風に釣りや魚のことに興味持ってくれて、本当に嬉しいんだ。出会えたのがユフィで本当に良かったって思ってるよ」
「ミコト……ありがとう」
さっと目許を拭ったユフィは、すぐにまた明るい笑顔を見せてくれた。
「私たちスタインウェイ家はフィーリアの街を盛り立てた貴族の一つなの。特に観光、他の街にはない魅力についての発信に力を入れていた。でも、今のフィーリアの主な産業は物流。特に、武器関連の」
人が変わったみたいだった。あんなにも幼くて、子供っぽかったユフィが、今は真面目な顔で真面目な話をしている。
別にバカにしていたつもりはないけど、やっぱり貴族の子供なんだな、ってこの時改めて思った。
「今のフィーリアでは、そっち方面を支援する貴族たちが力を付けてきてる。けど、お父様はもっと別の方面からフィーリアを盛り上げたいと思っているの。だから、ミコトの知識や技術がスタインウェイ家を導いてくれるんじゃないか、って」
「あたしなんて、小さな島国の田舎出身だからさ、今のところ手伝えるようなことなんてないと思うんだ」
「そんなことないよ! ミコトは私たちにないものを持ってる!」
「かもね。だから『今のところ』なんだよ。あたしはこっちの社会のことは全然わからない。だから、ユフィのところで学ばせてほしいんだ。それで、あたしにも何か力になれることを見付けたい。その力で、ユフィに恩返しができたらな、って思うんだ」
ぐすっと鼻を啜ったユフィは、いきなりあたしの胸に顔を埋めて、抱き付いてきた。おいおい、街の往来で何してんのさ。
てか、あんた有名人なんだから「ユフィ様が抱き付いているあの子は誰?」「新しいメイドか?」とか囁かれてるじゃん!
「と、とりあえずユフィの家に案内してよ。あたし、喉渇いちゃった」
「うん、こっちだよ」
離れてもらう口実だったんだけど、言葉にしてみて気付いた。あたし、結構本当に喉渇いてるわ。そう言えば、こっちに来てから何も飲んでないもんね。
街を歩いて十分くらいだろうか。海辺からは少し離れたところに、それはあった。
正に、絵に描いたような豪邸だ。何か無駄にデカい門。その先には無駄に広い庭。無駄に装飾が施された玄関。そして、無駄に大きいエントランス。
無駄無駄言って失礼なんだろうけど、口には出ないけど頭には浮かんじゃうんだよね。お金持ちって無駄なことが好きだな、って。
あたしんちにも無駄になぜかルームシアターが設備されていた。いやいや、あんたら仕事でほとんど家いないでしょうが。あたし、そう言うの見る趣味ないし。ほしいとも言ってない。ほんと、無駄だ。
「今、お父様は仕事で出ているから、まずはお母様にミコトを紹介するね」
「お、お邪魔しまーす……」
今更だけど、あたしは普通の……いや、普通よりもっとラフな服装だ。釣りに出掛けていたんだから動きやすい、汚れてもいいような恰好でいるのは当たり前。こんな服装で貴族様のお屋敷に入っていいものなんだろうか。
「あ、あたしの恰好って変じゃない? 失礼にならないかな?」
「別に変じゃないよ? トレジャーハンターとか狩人はそう言う身軽な恰好だから」
いや、あたし、トレジャーハンターでも狩人でもないから。ただの女子高生だから。
貴族の屋敷ってメイドさんや執事、使用人みたいな人がたくさんいるものだと思っていたんだけど、今のところ廊下で擦れ違う人はいない。ただ、こんな広い家を貴族が直々に掃除するわけないだろうから、今は別の仕事をしているか、もしくは住み込みじゃないってパターンなのかも。
そんな、どうでもいいことを考えて緊張を解しつつ、案内された部屋には、ユフィと同じ輝くような金色の髪を靡かせる女性がソファーに座ってカップを傾けていた。
「あら、ユフィ。そちらのお嬢さんは?」
単にお茶を飲んでいるだけなのに絵になってしまうほどの美人。凄い似てるってわけじゃないけど、一瞬でわかった。この人がユフィのお母さんだって。
いいなぁ……。こんな綺麗なお母さんで……。
「こちらはミコト。〈スズカゼ〉出身の亡命者で、魚の捕らえ方と調理法まで知る……えっと、りょうし? って人だよ」
いや、漁師でもない! あたしは単なるJKで釣り人だ! てか、いきなり結構な情報量ぶっ込んだけど、大丈夫かな?
あと、ここでも一つ情報を得た。スズカゼ。それがこの世界で言う極東の島国の名前なんだ。確かに和風だな。
「ユフィ、ミコトさん。ここに座って」
少し表情を硬くさせて、ユフィのお母さんは向かいのソファーを勧める。当然、断ることなんてできず、あたしはユフィの後ろを歩き、一礼してソファーに腰を下ろした。
「まずミコトさん、ご家族は無事なの?」
「えっ、ええっと、はい……。自分たちはまだ国でできることがあるから、と残りましたが、あたしには国を出た方がいい、と。頼る当てもなく歩いていたら、ユフィさん――いえ、ユフィ様に声を掛けて頂いたんです」
「そうなのね。紹介が遅れたわ。私はユフィの母で、ネリスタよ。どうやらユフィはあなたに心を開いているようだから、普通に呼んであげて」
「は、はい」
あたしのお母さんと同い年くらいなのかな? でも、もっと若く見える。ユフィのお姉さんです、って言われても信じちゃいそうだし。
そんなネリスタさんはテーブルにあったベルを鳴らした。すると、程なくして「これぞメイドだ!」って服を着た女性が現れ、
「客人に飲み物をお願い」
「かしこまりました」
と、あたしの前に紅茶みたいなものが入ったカップを持って来てくれた。
やっぱ、メイドさんいるんだね、ここ。
「立派なご両親をお持ちね、ミコトさん」
「い、いえ、それほどでも……」
「けれど、頼る当てもないと言っていて、ユフィがここへ連れて来た。つまり、ここでミコトさんを保護しよう。そう言うことかしら?」
「だ、ダメ!? お母様!?」
「そんなこと言ってないでしょう? いいわよ、歓迎するわ。ミコトさん――いいえ、ミコト。ここを自分の家にように思ってくれて構わないわ」
い、いや、ええっと、とんとん拍子で話が進んじゃってるけど大丈夫なのかな、これ?
「ほんとにいいんですか!? あたし、身分を証明するものとか何も持ってないし……。普通に怪しい奴だと思いますし……。そんな奴がお嬢さんの傍にいてもいいのかな、って……」
あたふたするあたしに、ネリスタさんはくすっと笑った。それがなぜか、幼い頃に見た母親の笑みと重なって見えたんだ。
「いいわよ、ミコトなら」
「……何で、ですか?」
「ユフィとは街の外で出会ったんでしょう? ユフィのことだから、使用人の目を盗んで屋敷を出たんでしょうね」
ぎくっと、肩を揺らすユフィ。
「ミコトが何か悪いことを企んでいる人間なら、一人でいるユフィに手を出すはずよ。誘拐したり監禁したり。こんな面倒なことをしてまで、貴族の中に潜り込もうなんてしないわ。ましてや、スタインウェイ家のような弱小貴族にはね」
悪戯な笑みを見せたネリスタさんに、あたしの心は一気に軽くなった。
嘘を吐いて住まわせてもらうことに多少の罪悪感はあった。けど、烏滸がましいかも知れないけど、ネリスタさんのその笑みには、あたしも家族の一員なんだよ、って言ってくれているような気がして、本当に心の底から嬉しかった。
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