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航海士




 森の中で出会ったキーナさんは、せっかくだからと護衛をしてくれることになった。仲間を連れて戻って来る、なんてことはないと思うけど、イノシシに遭遇したばかりで二人っきりはちょっと不安だったんだ。


「キーナさん、勇敢だよね。イノシシの前に飛び込んでくるんだもん」

「いえ、ユフィ様をお助けできて良かったです。私もこれに慣れているわけじゃないので……」


 と言いながら、キーナさんは肩に掛けた猟銃に手をやる。

 そう言えば、狩猟ギルドじゃないって感じのこと言ってたよね。


「キーナさんって普段は何をされてるんですか?」

「私は航海ギルドのメンバーよ。だから、船乗りね」

「そ、そうだったんですか!? えっ? それが何で狩猟ギルドの手伝いに?」

「ここのギルドメンバーに欠員が出たのと、航海ギルドも狩猟ギルドと同じで危険な生物に対して耐性があるってことかしらね」

「危険な生物……? ああ、サメとかクジラですか? やっぱいるんだ、こっちにも」

「こっちにも?」

「あ、ああ! あたし、別の国の出身でして……!」


 この設定をいちいち説明するのは面倒臭いんだけど、これをしないとあたしは不審者確定だから仕方ない。


「つまり、ミコトの国ではあの巨大で獰猛な魔物をサメやクジラって呼んでいるのね?」

「実際に見てないんで断言はできませんけど、聞いた特徴から察するにそうだと思います。あと、サメとクジラは魔物じゃないです。大きいけど魚です」


 クジラは哺乳類だけど、これこそ説明するのは面倒だから省こう。


「あれが魚!? 船を沈められたり、襲われて食い殺された船乗りもたくさんいるのよ!?」

「……人を殺すものが全て魔物なら、さっきのイノシシだって魔物じゃないですか? クマは魔物ですか?」

「そ、それは……」


 魚だけ厄介者扱いして、魔物って総称されるのは納得がいかないよ。


「あと、クジラに関しては船を襲っているわけじゃなくて、事故であることがほとんどです。あんな大きな体だから素早い動きって難しい。だから、船を避けようと思っても避けきれず、衝突してしまうことがあるんです」

「危うく船ごと呑み込まれそうになったって話を聞いたわよ?」

「それは船を呑み込もうとしたんじゃなくて、その船の近くにいた小魚の群れを食べようとしたんです。そこにたまたま船が浮かんでしまっていただけ」

「クジラって言う魚はそうかも知れないけど、サメは違うってことなのよね?」

「サメはイノシシやクマのように、獰猛で危険な動物です。もちろん、不必要に人を襲うんじゃなくて、イノシシと同じで自分の身を守るために仕方なく、です。こっちが下手に刺激しなければ、襲われずに済むことの方が多いと思いますよ」


 とある映画のせいで凶悪なモンスターみたいなイメージが染み付いちゃってるけど、最大の魚類であるジンベエザメは基本食事はプランクトンだし、ネコザメはあたし的には見た目可愛いサメだと思ってる。


 つまり言いたいのは、サメに出会ったら必ずしも襲われるわけじゃないってことだ。さっきのイノシシみたいに、ちゃんとした知識があれば危険じゃないってこと。


「あたしも聞いていいですか? 港にある船ってどれも小さい気がするんですけど、あれで他の大陸に渡ってるんですか?」

「ううん。大陸を渡る船はもっと大きな帆船よ。ただ、フィーリアの港には大型帆船が入港できないのよ。港の周りは遠浅で、大型帆船だと座礁してしまうの。だから、小さな船で迎えに行って、積み荷や人を港に送り届けるのよ」


 大型帆船。それこそあたしが想像する通りの海賊船とか観光地の遊覧船とか、そのサイズ感のものだと思う。

 確かにそれくらいの大きさがないと海を渡るのは怖いよね。けど、あたしが想像する大型帆船での釣りって……釣り、できんのかな……? むずくない?


「つまり、航海ギルドの皆さんはフィーリア近海のことは知り尽くしている」

「まあ、そうとも言えるわね。それが何か……?」

「いえ、こっちの話です」


 キーナさんは不思議そうに首を傾げていた。


 大型帆船が入って来れない遠浅の近海なら、サメやクジラとの遭遇率もそれほど高くないと思う。だったら、小さな船でも海に出られるし、それを承諾してくれる船乗りもいると思う。


「あなたたちは魚を捕獲して利用するギルドなのよね? 基本的にはどんな利用法があるの?」

「基本は食料として、です」

「た、食べるの!? 魚を!?」


 いやまあ、わかるよ? わかるんだ。ずっと魚を食べる文化がなかった人からしたら、いきなり魚食べます、って言ったらそら驚くよ。

 テレビとかでさ、アマゾンの奥地の原住民の人たちの生活を見てさ、「ええっ!? そんな虫の幼虫食べんの!?」とか思っちゃうじゃん? それと一緒だとは思うよ?


 けど、未だに慣れないんだよな、この反応には。


「適切な処理をすれば安全に、美味しく頂けますっ」

「ごめんなさい! 気を悪くさせるつもりはなかったの」

「い、いえ、こっちこそ……」


 意識はしてなかったけど、ちょっと棘のある言い方になっていたのかも知れない。だから、キーナさんに悟られたことで余計に罰が悪くなってしまった。

 あたし自身はそんな子供じゃないって思ってたんだけどな……。こんなことでイラついて、それが表に出ちゃうなんて……。


「逆に納得がいったわ。ちょっと疑問だったのよ。今更、領主様が魚に関するギルドを設立する理由って何だろう、って。魚を美味しく食べるか……。その発想はなかったわ」

「あたしもそこは疑問なんです。何で、ここの人たちは魚を食べようとは思わなかったんでしょうか? キーナさんなりの考えでいいので、聞かせてもらってもいいですか?」

「そうねぇ……」


 キーナさんが足を止めるので、あたしたちも足を止め、キーナさんに向かい合う形となった。


「ユーシア大陸で言えば、国土が豊かで食べるものに困ってはいなかった。だから、わざわざ海に出てまで魚を獲って食べようって言う考えに至らなかったんじゃないかしら? 海よりも森の方が行きやすいし広かったから」


 ふむふむ、なるほど。食の探究者である我々日本人の国土は極めて狭い。しかも、周りを海で囲まれた島国だ。だから、不毛な地でも海の恩恵に預かることができた。海、川と言う水産資源を追求し、食べられるもの、食べ方を脈々と受け継いでいったのだ。


 って、何かお堅いこと言ってるけど、簡単に言えば魚なんか食わんでも生きていけたから別に魚なんていらなくなーい? ってことが、この世界の常識ってことだ。

 だから、研究も理解も全然進んでない。魚のことだけ、ほんと遅れてる。


「確かに、お肉の方が断然美味しいですもんね……」

「い、いや、でも、生き物の多さは海には敵わないと思うの! 船乗りをしているからわかるんだけど、海には本当にいろんな種類の魚が、群れになってたくさんいるの。もしもそれが、私たちにとって有益な資源になるのなら、これは革命的なことよ」


 革命的……。産業革命……? 何か授業でやったような……?


 この異世界ってちょっと文明レベルが低いのかなって思ったりする部分もあるんだけど、進んでいる部分はあたしがいた世界と遜色はないんだ。

 冷蔵庫、冷凍庫はあるけど電子レンジはまだないっぽい。ガスのコンロもあるし、蛇口を捻れば普通に飲める水が出る。なのに、車も飛行機もなくて、船は帆船。


 まあ、あたしにとって住みにくい世界じゃないから別にいいんだけどね。


「良かったら、私にもあなたたちのギルド活動を見せてくれない?」

「釣りを見たいってことですか? それは是非とも! あたしとユフィで釣れた魚を見せてあげますよ!」

「ゆ、ユフィ様もやるの!?」

「はい。釣りは狩猟と違って子供も女性も、みんなが楽しめるものなんですよ」

「私は子供じゃなーい!」

「ああ、そうじゃなくて……譬え! 譬えだからね!?」


 剥れるユフィのご機嫌を取るあたしを、面白おかしそうにキーナさんが眺めていた。


「あたしたち、夕方はこの川の下流、河口の方で釣りをしようと思ってるんで、もしお仕事が終わって時間があったら見に来てみませんか? 時間的に今は釣果を……ギルドとしての成果を上げるのは難しそうなので」

「うーん……今日の夜は知り合いに誘われていて、それまでの時間なら付き合えるわ。けど、短い時間でも、まずはあなたたちのギルド活動を見てみたい。お邪魔させてもらうわね」

「はい、是非!」


 キーナさんには河口に行く大体の時間を伝えて、森の中で別れた。さっき出たイノシシをもう少し追うらしい。


「よし、本命は河口だけど、この上流でウォーミングアップを済ませておこうか」

「おおっ! ミコト、気合い入ってるね」

「ギルド同士の繋がりが大事って、いろんな人が言ってるからね。航海ギルドのキーナさん。この人との繋がりは大事にしたいって思うんだ」

「いいと思うよ。私もキーナさんはいい人だと思うから」

「頼りになるしね」

「あと、カッコいいもんね」


 妙なところで意見が合ったあたしたちは、あれだけ静かにしろって言ってたくせに、くすくす笑い声を零しながら、もう少し上流へと歩いていくのだった。




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引き続き宜しくお願い致します。

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