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渓流釣り




 森に入ると川幅は一気に狭まり、その分、流れも速くなっている。こうなってくると、狙えるポイントが絞られてくるから楽と言えば楽かも知れない。まあ、それと釣れるかどうかってことは直結しないけどね。


 使うルアーはユフィが小魚を模したミノープラグ、あたしはクモをイメージしたワームのノーシンカーリグ。


「ワームって虫を再現したルアーのことなの?」


 まあ、言葉通りそうだよね。


「うん。けど、虫以外にも魚に似せたものもあるよ。ワームって本当に種類が多くて、今はこれだけしか持ち歩けてないけど、家には段ボール一箱分くらいあるからね」

「そ、そんなに持ってるの!?」

「いろいろ気になって買っちゃうんだよね……」

「ふぅー、ミコトお金持ちぃ」


 いや、そう言うわけじゃないんだよねぇ……。


 ルアーにはソフトルアーとハードルアーの二種類あって、ワームはソフト、ミノーとかメタルバイブみたいなプラスチックや金属でできたものはハードルアーって呼ばれる。

 んで、ハードルアーってのはそれ一個で何百円、時には何千円ってするのに対して、ソフトルアーは袋に五個とか十個入って何百円って感じ。とても安価なんだ。


 けどまあ、ワームは一度針に通しちゃうと使い回しはほぼ無理。魚に食い付かれてボロボロになったらもう使えない。消耗品みたいなものだ。

 でも、ハードルアーは多少傷付いても繰り返し使えるもの。アングラーの中には塗装が剥がれてボロボロになっても、御守り代わりに使い続ける人がいるくらいタフなルアーでもある。


 一回の釣行で見れば安いのはワーム。でも、この先長く使っていくことを考えたならハードルアーって感じかな。そこのお金に使い方は、あたしみたいなお小遣い限られた高校生はシビアになっちゃうよね。


「ワームって見た目からして釣れそうだもんね」

「確かにリアルとの再現度は高いと思うよ。見た目も、質感も含めてね。でも、それを上手く扱えるかどうかはリグ次第」

「りぐ?」

「ワームの仕掛けのことだね。ワームにはいろんな仕掛けがあって、今あたしがやってるのはノーシンカーリグ。錘――シンカーを使わない針とワームだけの仕掛けでやってる」

「だから、ノーシンカー」

「そう。このシンカーの付け方や付ける位置の違いでリグの種類はめっちゃ増えていくんだ。テキサスリグ、ジグヘッドリグ、ダウンショットリグ、フリーリグ、キャロライナリグ――」

「ま、待って、待って! 全然憶えられないよ!」

「まだまだあるぞぉー」

「も、もう無理だ……」


 頭を抱えてヘコむユフィを見て、可愛いなとか思ってしまうあたしは罪な女なのだろうか。


「大丈夫だよ、ユフィ。あたしもその全部のリグを使いこなせているかって言ったら、そうでもないんだよ。確かに知識はある。けど、それを実際使えるのかってなると、話は別なんだよね」

「ミコトにも苦手なリグがある?」

「そう言うこと。自分の中で釣果の高いリグはどうしても多用しちゃうよね。だから、経験値も上がる。でも、あんまり釣れないリグは使う頻度が減って、扱い方も上達しない。実際、名前は知ってるけど使ったことのないリグもあるしね」


 ちなみに、あたしが一番使うリグはネコリグだ。


「ワームって手が出しやすそうに見えて、実は奥が深いんだ。リグもそうだけど、針の刺し方で釣果にも差が出てしまう繊細な釣りなの。だからあたしは、ルアーフィッシングの玄関口はハードルアーでいいんじゃないかなって思うんだ」

「私にもそうしてくれたもんね」

「ルアーを結んで投げて、ただ巻けばいい。まずはそこからでしょ? それで釣れたら嬉しいでしょ? 難しいこと考えるのは、釣りに興味を持ってもらってからでいいんだよ」


 いきなり知識だけを詰め込んでも面白くない。お堅い話ばっかだと飽きちゃう。だから、最初は難しいことは抜きにして、とりあえず好きにやってみたらいいんだと思う。

 ルールとマナーさえ守ってくれたら、釣りのやり方なんて無限大なんだ。


「とりあえずキャストしたらいい……って言うけど、こんな狭い川だとどこに投げたらいいんだろう?」

「基本は流れが遮られて、緩くなっているところ。ヨレ、とも言うね。川がカーブしてた時、内側は流れが速いけど外側は流れがヨレて緩くなる。そう言ったところって魚が身を潜めて溜まりやすいんだ」

「じゃあ、ああ言う、滝……とまでは言わないけど、水が高いところから落ちているポイントはどうなのかな?」

「あそこも一級ポイントだよ。流れの落とし込み、だね。ああ言ったところは川底が抉られていて、深場になっていることが多いんだ。そこで、上から落ちてくる餌を待っている捕食魚は多いよ」


 簡単に言えば流れの変化、それを探ればいいだけだ。川幅が狭いと、それを見付けるのも簡単だよね。


 あたしたちは川から離れて歩きつつも、気になったポイントがあるとキャストしてルアーを通す。何の反応もなければまた歩く。そんなランガンをしながら、川を上っていっていた。


「うーん……魚っ気はあるんだけど、チェイスすら全然ない……。何かが合ってないんだよね……。ルアーのカラー……? ううん、大きさかも……?」


 おおぅ……。ユフィが遂に釣り師ならではの独り言を言うように……。一体、誰の影響なのやら……。

 うん! あたしだよ!


「あとは時間だね。川も海と同じで朝マヅメと夕マヅメが期待値は大だから。けど、夕方まで森で粘るのは危ないから、夕方は河口に行こうね」

「はーい。けど、渓流の魚も一匹くらいは見ておきたいな」

「渓流は美味しい魚が多いからねぇ。あたしも料理してみたいよ」


 時期になればスーパーでもアユやニジマスなんかが並ぶことはあるけど、イワナとかアマゴは見ないもんね。だから、あたしも料理経験は数少ない。ここは是非とも釣り上げて、料理の幅を広げたいところだ。


 ガサッ!


「うん?」


 パキ、ポキッ!


 どこかで茂みが揺れる音がしたかと思うと、何かが小枝を踏み締めるような音が聞こえる。

 えっ……!? ま、まさか……!? いやいや、そんな……。狩猟ギルドの人だよね!? そうだよね!?


 あたしのそんな願いは叶うことはなく、前方の草叢から姿を現したのはイノシシだった。


「えっ? き、きゃっ――」


 あたしはユフィを背後から抱き締めるように口を押さえ、耳元で囁いた。


「ダメ、ユフィ。大声上げないで」


 こくり、とユフィは頷いた。


 やっば……。大型犬くらいあるじゃん、このイノシシ……。キーナさん、何かあったら助けを呼んでって言ってたけど、今ここで大声出すのは不味いよ……。


「目を逸らさないで。ゆっくり後退するよ? いい?」

「う、うん……」


 イノシシだけじゃなくクマもそうだけど、遭遇した時に背中を見せて逃げるのはとても危険なんだ。捕食者の狩猟本能のスイッチを入れてしまう。だから、相手を刺激せずに、少しずつ後退るのが正解。


 けど、イノシシはあたしたちを完全にロックオンしたのか、こっちを睨んだまま鼻息を荒くさせる。


「最悪、あたしがここであいつを食い止めるからさ。ユフィは狩猟ギルドの人たちを呼んで来てくれる?」

「そ、そんな……! 危ないよ……!」


 あたしも小さなナイフ一本で太刀打ちできるなんて思ってないよ。けど、囮になるとしたら貴族のお嬢様じゃなくて一般市民のあたしでしょうが。


 ごくり、と喉を鳴らす。それさえもイノシシに聞かれていそうで、意識しないと呼吸をするのも忘れてしまいそうな緊張感だった。


「やあっ!」


 それを引き裂いて、あたしたちとイノシシの間に割って入ってきたその人は、勇ましい掛け声と共に猟銃をイノシシへと向けた。


「き、キーナさん!?」

「……逃げたわね」


 突然現れたキーナさんにイノシシは驚いたらしく、キーナさんが発砲する間もなく森の奥へと消えていったようだ。

 実はイノシシって臆病な動物で、別に襲いたくて人間を襲ってるわけじゃないんだ。イノシシの方も人間を怖がっていて「くそー! どうせ襲われるなら、やられる前にやっちまえー!」みたいな感じで、自分の身を守るために仕方なく攻撃するんだ。


 だから、相手を刺激せずに静かにしていれば、大抵はイノシシの方から逃げていく。今回の場合はちょっと特殊で、キーナさんの登場にマジでガチでビビったパターンだね。

 運が良かったパターンだから、おすすめはしないぞ。


「あなたたち、大丈夫!?」

「あ、ありがとうございます、キーナさん。絶妙なタイミングで飛び込んできてくれて助かりました」

「何だか獣臭い感じがしたのよね。それで近付いてみたら、あなたたちを見付けたってわけ」

「に、臭いでわかったんですか!?」

「鼻はいい方だと自負してるわ。雨の匂いとかわかるもの。あと、普段から森に入るわけじゃないから、ちょっとした変化にも気付きやすいのかも」


 雨の匂いはあたしもちょっとわかるかも。湿気を孕んだ独特のあの風が吹くと、そろそろ降るな、とか思うもん。


「けど、よく慌てなかったわね。偉いわ、ミコト」

「えっ、い、いや……まあ、その……慣れてる? ので……」


 いきなり頭を撫でられて、あたしの頬の熱は急上昇。男子に頭を撫でられるより何か恥ずかしい! いや、男子に頭撫でられたことないんですけどね!


「ミコトの顔が真っ赤っか」

「か、からかうなっ!」


 せっかく涼しい森に来たのに、一瞬のうちにあたしの体温は真夏日くらいになったような感覚だった。




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引き続き宜しくお願い致します。

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