対決! 巨大魚
気長に待つ釣りって言っても、アタリがあるまで何もしないわけじゃない。やっぱ流れは穏やかでも餌は徐々に下流へ流されていくし、餌が付いているのかの確認も兼ねて、たまに仕掛けを上げて、何もなければまた上流の方へキャストする。
それを繰り返していると、少し橋の上が賑やかになってきた。どうやら商人の荷馬車が通っているみたいだ。
あたしは日陰から出て、橋を見上げていた。
「あれって川の向こう側の街へ行くんだよね? ユフィはその街、行ったことあるの?」
「〈ダルク〉には何度か行ったことあるよ」
隣町の名前はダルクって言うのか。
「鉱山の麓に栄えた街で、鉄鋼ギルドがたくさんある街だよ。アサカさんも貴金属はダルクの知り合いのギルドから買ってるって言ってたよ」
「釣り具も金属は結構使うからな。あたしもそのうち、お世話になるかも」
「腕っ節のいい人たちが多いから活気があって賑やかな反面、何かと騒がしい街ではある、ってお父様は言うけど」
喧嘩とか、いざこざが多いってことなんだろう。もしダルクに行くことがあれば大人と一緒か、アサカさんに付いて来てもらった方がいいかもね。
「結構遠いの?」
「馬車で一時間とちょっとかな」
馬車ってあたしが乗った印象だと、そこまで速くはなかった。急ぎの時はもっとスピードを出すんだろうけど、通常時は自転車くらいの感覚だ。
それで一時間だから、まあまあ遠いか。
「有名なのは鉄鋼業だけ?」
「あと、肉料理が美味しいよ」
じゅるり……。
いや、待って。確かに魚が好きなんだ。けど、ずっと魚料理ばっか食べてると、たまにはお肉も食べたくなるじゃん!?
もちろん、ユフィの屋敷でも肉料理は結構出てくる。でも、腕っ節のいい人たちが集まる街の肉料理なんて、ワイルドでジャンキーなものを想像しちゃうじゃん!?
そんで、そう言うのって間違いなく美味いんだよ!
「ミコト、今お腹鳴ったでしょ?」
「鳴ってな――」
ギギーっ!
あたしのお腹は鳴ってない。けど、別のものが音を鳴らした。それはあたしのリールのドラグだった。
「み、ミコト!?」
「何か掛かったみたいだね!」
あたしはすぐさまロッドの許に駆け寄り、手に取る。その間にもドラグは歪な音を響かせていた。
ドラグを少し締めて……アワせる!
「よしっ! 乗った!」
ぐぐんと一気にロッドが撓り、手許には岩でも引っ張っているような重い衝撃が伝わってくる。
「お、重っ!? 何、これ? スレ掛かり!?」
「どうしたの、ミコト!? だ、大丈夫!?」
「う、うん! 大丈夫は大丈夫だけど……」
少し腰を落とし、安定した足場を確保してからロッドをゆっくりと立てる。その間にもリールからはじわじわとラインが吐き出されていて、今までの魚にはないずっしりとした重みが手許に伝わってくる。
「もしかして大物?」
「かも知れないし、スレかも。餌釣りではあんまりないんだけどな……」
「スレ?」
「ルアーではよくあるんだけど、魚の体に針が掛かっちゃうことをスレって言うんだ。このスレ掛かりの場合、魚を変な体勢で引っ張ることになるから、ロッドやラインへの負担が大きくなるの。よく引くくせに、釣れたら小さいってこと」
「何か、いろいろ残念だね」
そうなんだ。スレはこっちが意図してないアタリで、あんまり嬉しくはない。凄い引きだから期待値は上がるのに、いざ釣り上げみたら小さくてがっかり。しかも、体に針が刺さるわけだから、不必要に魚を傷付けてしまうことにもなる。
それをありがたく頂くのならまだしも、リリースせざるを得ない魚だったら申し訳ない気持ちになってしまう。
ギギーっ!
「この重たい引き……スレ掛かりっぽいんだけど、ちょいちょい走るな……」
スレだとしたら、あんまり無理はさせたくない。魚の体を傷付けてしまって更に、そこでラインが切れたとしたら最悪だ。魚体に針が刺さったままになってしまうんだから。
回収できたら針は外れる。けど、回収できないままラインブレイクしたら……。
「まずは正体くらい確認させてよね……!」
ぐっとロッドを体に引き寄せると、五メートルくらい前の水面が揺れた。その波紋はすぐに流れで消されてしまうけど、上がってきている手応えは確実にあった。
「み、ミコト! 今、ヒレみたいのが見えたよ!」
光の加減であたしの位置からは水の中がよく見えない。だから、ユフィが後方の少し高い位置に立って、水面を監視してくれてしたんだ。
「てことは、だいぶ上がってきたね……!」
ロッドを握り返して、ふぅーと一息入れる。
ばしゃん、と大きな水飛沫が上がる。それと同時、うねりを上げながら、水面を大きな魚体が引き裂いた。
「こ、鯉か! マジか!? 鯉だったかー!」
黒い尾ビレと金色に輝く魚体が一瞬だけ見えた。その一瞬で十分だ。
この引きの強さと体の一部さえ見えたら、正体はわかる。
「コイ?」
「うん、コイ。あたしの国だと、全然釣りをしない人でも知ってる、最大の淡水魚じゃないかな」
他にもピラルクーとかオオナマズとか、何百キロサイズの淡水魚はいるけど、コイって言えば最もポピュラーな巨大魚だろうね。
コイって言うのは二種類いて、多分みんなが想像するやつはヤマトゴイって言って、大陸から入って来たもの。で、日本に元から生息していたのがマゴイ。マゴイは希少種だから、コイって言うと一般的にヤマトゴイのことだ。
「そんなに大きな魚なの?」
「大きいやつで一メートル超えるのもいるよ。今釣れてるのはそんなにはないと思うけど」
ただ、それでもどうしようか……? タモ網に入るようなサイズじゃなさそうだし、引っ張り上げるには重すぎる。リリースするって決めてるし、わざわざ釣り上げる必要もないんだよね。
「おおー、まだ走るか、こいつ……!」
徐々に近付いてはいるんだけど、コイの方はまだまだ元気らしい。
左右にロッドを捌きながら格闘すること五分以上。ようやく疲れたのか、コイがぷかりと浮かび上がってきた。
「ふぅー……ユフィ、このままロッドをお願い」
「えっ? 何するの、ミコト?」
「水の中で針外して、そのままリリースしちゃうよ。さすがに大きすぎる」
目測で五十センチを少し超えるくらい。無理に引き上げてもコイの負担になるだけだ。
ユフィにロッドを託し、ペンチをそっとコイの口許に近付ける。一人でできないこともないんだけど、このサイズだと暴れられてこっちが怪我するかも知れない。二人いるんだし、こうやってリリースに集中した方が安全だし早く外せるしね。
「よし、リリースできた。じゃあね、もっと大きくなれよ」
コイは悠々と川の深みへと消えていった。
けど、コイって日本じゃ厄介な外来種なんだよね……。結構汚い川でも生きていけて、何でも食べちゃうから自然を破壊しちゃうんだ。魚でそう言うのってブラックバスを思い浮かべるだろうけど、それと同じレベルで危険視されている。
「コイは食べないの?」
「食べられるけど、あたしは捌いたことないんだよね。あと、泥抜きしなきゃだし」
「泥抜き?」
「綺麗な水に一日から数日入れておいて、泥臭さを抜く処理をしないとダメなんだよ。だから、生きたまま持って帰らないと。けど、あれは無理でしょ?」
「確かに……」
ふぅー……けど、コイとのファイトは楽しかったなぁ。あれくらいのサイズになると、釣ってやった感が倍増するよね。あたしのコイの自己記録は七十二センチ。記録更新はならず、だけど楽しかったから満足の一匹だ。
「ミコト、さっきから何やってるの? ずっとラインを触ってるよね?」
「うん? ああ、これね。これはラインチェックだよ」
「ラインチェック?」
無意識のうちにあたしは指でライン、一メートルくらいを何度もなぞっていた。
「こうやって指で触って、ラインが傷んでないか確認してるんだよ。小さな傷もラインブレイクに繋がっちゃうからね。大きい魚を釣り上げた時なんかは特にチェックしておくといいよ」
うん、大丈夫。傷はなさそうだ。
コイとのファイトで魚が散ったのか、それから暫くアタリはなかった。そうしているうちに時刻はお昼時。そろそろお腹が空いてきた。
「ユフィ、そろそろお昼にしよっか」
「さんせー!」
保冷バックに入れておいたのは、今朝あたしが作ったおにぎりだ。こっちの世界に海苔があるのか不安だったんだけど、いつだったかメイドさんに聞いたら数は少ないけど流通しているそうで、手に入れてもらっていたんだ。
昆布にしろ海苔にしろ、魚介類は食べないけど海藻は食す世界みたい。ワカメもあるって言ってたし。ただ、あんまり使うことはないらしい。
「頂きまーす」
ユフィはぱくりと一口。美味しそうに頬張ったかと思うと「んんっ!」と目を見開いて、自分が齧ったおにぎりをまじまじと見つめる。
「これって、もしかして魚!?」
「そうだよ。ユフィが食べたのは、焼いたアジの身を解して梅干しと和えたものだね。こっちは味噌と和えたアジが入ってるよ」
「焼いてあるから香ばしくて美味しいね! 梅干しだけだとちょっと苦手だけど、これなら好きかも!」
「ほんとに? それなら良かったよ」
「あっ、でも梅干し食べちゃうと釣れなくなるんじゃ……」
「うーん、今回は魚と和えてあるから大丈夫ってことで。正直言うと作ってみたかったんだよね、これ」
実はこれ、初めて試してみたんだ。魚でおにぎりって言えば鮭。けど、さすがに鮭は釣れない。いつかは釣ってみたいけどさ。
てことで、アジで代用してみようって考えたわけだ。ただ単に焼いたアジの身だけだと魚臭いかなって思って、梅肉と味噌の二つの味にしてみたってわけ。
「これ食べたら、もう少し上流に行こうと思うんだけど、ロイドさんには何か言われてない?」
「森に入ってもいいとは言われたけど、あんまり奥には行かないようにって」
そりゃそうだよね。あたしとしても、まだよく知らない異世界の森は怖い。けど、釣りたい欲求が湧いてくるんだから困った話だ。
「でも、狩猟ギルドの人たちが今日森に入るらしくて、いつもよりかは安全かもって。お父様は『まさか、ミコトはそこまで予想して日取りを決めたのか!?』って言ってたけど……」
「そんなわけないじゃん。たまたまだよ」
ソッコーできっぱり否定すると、
「だよねぇ……」
と、苦笑いのユフィだった。
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