五目釣り
アサカさんのロッドが大きく撓る。さっきまで全然アタリがなくて座って釣りしてたんだけど、この時ばかりはさすがに立ち上がって、両手で竿を握っていた。
「み、ミコっちゃん! これはヤバいんちゃうん……!?」
「とりあえず竿を立てて! ゆっくり慎重にいきましょう! 魚を疲れさせるんです!」
延べ竿はあたしたちのロッドに比べて柔らかい。あの撓りがラインへの負担を軽減してくれているんだ。だから、無理はせず、持久戦に持ち込む。
「さっきまでの引きとは全然違うよね、これ……。もしかして、何か凄い魚なのかな?」
「多分……」
この時間帯、この場所、そして勢いよく走るようなこの引き。
ちらりと見えた魚影は銀色に輝いて見えた。
「やっぱボラだ!」
「ぼ、ボラ!? 何やボケーっとしてそうな名前やけど……この引きはマジで力強いで……!」
大きいものだと九十センチくらいにもなるボラは、結構どこにでもいる魚だ。基本的には海にいるけど、小さいうちは川に遡上することもある。
たまにニュースなんかで「川に魚が大量発生!」みたいなのが流れるけど、あれは大体がボラの幼魚だ。川で何の前触れもなく、いきなり魚がぴょーんとジャンプする。これもボラが多いよね。
だから、遊泳力が高い魚とも言えるから、確かに引きは力強い。
「竿の撓りを利用して、ボラを好きな方に行かせないようにして下さい。徐々に疲れて浮き上がってくるはずなので、そこをあたしがタモ網で掬いますね」
「ふぎぃー! こっち来いや……!」
「アサカさん、ちょっと後ろに下がって、竿を自分の体の方に傾けて下さい」
「お、おっけー!」
だいぶ疲れてきたみたいだね。ゆっくり上がって来てる。針は……うん、上顎のど真ん中に掛かってる。これならバレる心配はない。
ボラは最後の抵抗を見せようと水面で暴れるけど、時既に遅し。ジャンプしたと同時に網を差し出すと、まるで自分から飛び込むみたいにボラは上手く網の中に収まった。
「ふぅー……つ、疲れた……」
「ナイスファイトです、アサカさん」
腰が抜けたように座り込んだアサカさんは、肩で息するように深く呼吸をしていた。魚との駆け引きって思い返せば数分なんだけど、その数分に全神経と全体力を集中させるみたいな。瞬発的な疲労って言うのかな。
大物であればあるほど、一瞬のファイトでも疲れちゃうよね。
「何か、しゅっとした魚だね」
「確かに、今までの魚に比べたら細長いかもね」
「顔は小さいのに目が大きくて、ちょっと間抜けな顔だけど可愛いかも」
ま、間抜けな顔、か……。ボラに失礼だけど、あたしもユフィに言われて「確かに」と納得してしまった。
「大きさは三十センチってところかな」
「これは食べれんの?」
「あたしの国では身が臭いとか言われるんですけど、綺麗な環境で育ったボラはめちゃくちゃ美味しいです。新鮮なうちの刺身ならマダイにも負けませんから」
「そ、そうなん!? うち、めっちゃ凄い魚釣ってもうたやん」
「これで四種類目ですね。あと一種類!」
ボラが臭いと言われる原因は、臭いって言ってる人間のせいだ。ボラは劣悪な環境にも強くて、そう言ったところで育ったボラは臭いって言うんだ。
で、その劣悪な環境ってものを作ったのは人間。
自分で水辺を汚しておいて、その水辺が汚いからってそこの魚を食べない。それってどうなんだろう……。
とか考えながら、ボラは締めてスチールボックスに入れておいた。
「ギルドの話の続きですけど……成果を出さないと支援金が減らされるって言ってたじゃないですか? 成果ってどんな風に見せるんです?」
「商業ギルドやったら単純に売上見せればええけど、うちらみたいな職人ギルドの場合は街への貢献度って感じかな」
「貢献度?」
「例えばめっちゃええ商品作って、街のみんなが喜んでくれたとか。貴族様や領主様の役に立ったとか。ミコっちゃんの場合やと、そうやな……。フィーリア周辺で釣れる魚を調べてピックアップして、それの食べ方なんかを纏める、とかかな?」
「なるほど! 海洋調査、みたいなものですかね。それならやっていけそうです」
「そこで必要になる道具はうちが作る。そしたら、うちのギルドの評価も上がるし、ミコっちゃんの貢献度も上がる。これがギルドの提携やね」
ウィンウィンってやつか。
言ってしまえば、この五目釣りもギルド活動の一環ってことだよね。ロイドさんにも、今まで通り釣りをしていたらいい、って言われたけど、ほんとにその通りだな。
けど、陸から狙える魚には限りがあるよね……。大きさだってそうだ。沖へ出れば、もっとデカい魚が狙える。
「アサカさん、今すぐってわけじゃないんですけど、舟に乗って魚を釣ってみたいなって思ってるんです」
「舟に乗って? はぁー、その発想はなかったわ。けど、海の上なんて揺れるし、沖へ行くとめっちゃ深いんやろ? そんなとこで釣りなんかできんの?」
「今あたしが持っている装備だけじゃ不十分です。だから、そこをアサカさんに補ってほしいんです。あと、それよりも重要なのが船乗りです。安全に航行できて、海の知識にも優れた人なら尚のこといいですね」
「腕が良くて知識もある船乗りか……。うちの知り合いで一人、思い当たる奴がおるけど、やっぱ腕がええだけに忙しいみたいなんよな、そいつ」
「お話だけでもできたりしませんかね?」
「それは全然構わんと思うよ? 声掛けといたるから、セッティングできたらまた言うな」
「お願いします!」
「ちなみにそいつも、うちと同じくらいの酒飲みや」
にしし、と笑うアサカさん。
だから、美味い肴を用意しとけよ、ってことか。
「あれ!? 釣れてた!」
ちょっと離れたところでユフィの声。その感じからすると、付けた餌の様子を見ようと巻き上げてみたら、いつの間にか魚が釣れてましたってところだろう。餌釣りにはよくあることだ。
どれどれ、何が釣れたのか――。
「初めて見る魚だね、これも。ミコト、これ――」
「ユフィ! 触っちゃダメっ!」
「えっ……!?」
まさか、こんな時間帯に釣れるなんて……。早起きなのかい、きみは……。それともボラを釣った時に起こしちゃったかな……?
「ごめん、ユフィ、大きな声出して」
「う、ううん……。でも、触っちゃダメって……?」
ユフィが釣った魚は十センチほどの小さな魚だ。全体的に黒くて、口の周りには四つの髭。その見た目は正に海のナマズだ。
「これはゴンズイ。ヒレに毒針を持つ、危険な魚なんだ」
「ど、毒!?」
毒針は胸ビレと背ビレに付いていて、刺されてソッコーで死ぬような猛毒じゃないけど、かなり痛いらしい。
このゴンズイは夜行性で、こんな昼間に釣れることは滅多にないと思う。あたしは初めてだ。だから、油断してたのかも……。もし何も知らないユフィが、あのゴンズイを素手でキャッチしていたかと思うと……。
「だから、この魚が釣れた時は絶対に素手では触らないで。針を外す時はペンチなんかを使って、こうやって……」
ペンチでフックを摘み、小さく振ってあげると針が外れ、ゴンズイは海の中へと戻っていった。
「は、はぁー……」
ユフィもアサカさんみたいに座り込んでしまったけど、これは疲れとかじゃなく完全に腰を抜かしてしまったみたいだ。
「ユフィ、大丈夫?」
「うん、ちょっとびっくりしただけ」
「ごめんね、あたしがちゃんと前以って説明してなかったから……」
座り込みながらも、ユフィは首を振りながら笑みを浮かべてくれた。
「ううん、ミコトはずっと教えてくれてた。海には危険なものがたくさんあるんだってことを。私もそれを頭では理解してたつもりだった。でも、実際に危険なものを目の当たりにして、驚いちゃったって言うか……。理解するのと体験するのとでは、また違うんだなって」
「……こ、怖くなった?」
釣り、嫌いになった?
「全然! もっと、もっともっと釣りのこと、魚のことを知りたくなったよ! それで、私も誰かに教えてあげられる日が来たらいいなって思うんだ」
「……そっか。ありがとね、ユフィ」
「でしょう? もっと褒めていいよ?」
「えっ? な、何で……?」
「だって、五種類達成でしょ?」
無邪気に笑うユフィ。アサカさんも親指を立てて、けらけらと笑っている。
あはっ、そっか、そうだった……!
「五目釣り、コンプリート!」
「いぇーい!」
桟橋の上でタッチを交わすあたしたちを、傾き始めた太陽がそっと見守ってくれていた。
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