潮干狩り
さて、潮干狩りに行こうと言っても、ガチでアサリやハマグリなんかを探しに行くわけじゃない。海洋調査って言うと大袈裟だから、海浜探索とでも言えばいいかな? 海やその生き物と触れ合ってもらおうってことだ。
てなわけで、三人は動きやすい服装に着替えてもらったんだけど、意外と貴族の人でも長靴とか普通に履くみたい。それに驚いてユフィに耳打ちすると、建設現場や土木作業の視察に行ったりもするから、そう言う時に履くんだそうだ。
事務仕事ばっかってわけじゃないんだね。
「さ、さて、ミコト……。い、岩場に来たわけだが、そ、その……奴の気配は、どうだ?」
いや領主、ビビりすぎでしょ。声が震えてんじゃん……。
「ああー、こっちの磯には結構いますね。生き残っててくれて良かった」
と、足を踏み出すと、あたしの靴を避けるように黒い小さな物体がぶわーっと広がっていく。
「ぎゃぁあああああー!」
大の大人と、あとユフィまで悲鳴を上げている。一緒に釣りをしてたから平気なんだと勝手に思ってたけど、やっぱ普通は苦手だよね、これは。
特に害はないんだけど、その素早い動きと見た目が生理的に受け付けない。だから、ゴ〇ブリと同じ。
「慣れてくると可愛いと思うんだけどな……」
Gは慣れんけど。
「ほら、この通りフナムシは逃げているだけで、基本的には何の害もありません。フナムシがたくさんいるってことは、掃除屋さんがたくさんいるってことなので、その磯場は綺麗な磯ってことです」
「結構、岸のギリギリにいたりするけど海に落ちちゃわないの?」
「たまに落ちる奴もいるね。けど、短い距離なら泳げるんだよ、フナムシは。その時に魚に食べられちゃったりもするけど」
「魚はフナムシ食べるの!?」
「うん。だから、フナムシを餌に使う人もたまにいるね。あたしは捕まえるの下手だから、やらないけど」
磯に上がると、潮が引いているお蔭で所々に自然のプール、潮だまりができていて、絶好の観察ポイントになっている。
「潮が引くことによって、岩の窪みに海水が溜まって外の海と切り離されたプールになってますよね。これを潮だまりって言います。ここには取り残されちゃった海の生き物がたくさんいるんで、観察すると面白いですよ」
「おお、本当だ! 小さな魚が結構いるな」
「ハゼ類の魚ですね。クライブ様、こっち見て下さい。とても綺麗な魚がいますよ」
「何と、これは!? 青い……宝石のような魚ではないか!」
「ルリスズメダイ、かな? ソラスズメダイかも知れないです」
釣りのターゲットになるような魚じゃないし、食べるような魚じゃないから、そっち方面の魚はちょっと詳しくないんだ。
「そう言えばミコト、海に木は生えないよな?」
「えっ? ま、まあ、普通は生えないですよね……」
何? いきなりどうしたの、ロイドさん……?
「ずっと疑問に思っていたのだが、木が生えないのにどうして海には栗が落ちているのだ?」
「……はあ?」
「いやほら、あそこや……あそこにも」
ロイドさんが指差す方向。そこには真っ黒な、毬栗があった。
「ああ。あれはウニですよ」
「うに?」
「栗みたいな植物の実じゃなくて、あれも立派な海の生物です」
「あ、あれがか!?」
「一応食べられるし、あたしの国では高級品の一つですよ」
「あれを食べる!?」
何か反応がいちいち失礼な気がしないでもないけど……全く知らなかったんだから仕方ないよね。あたしだって、初めてウニを食べた人って度胸ありすぎだと思うし、どうして食べられると思ったのか謎だもんね。
「あのトゲトゲの殻を割って、中の身を食べるんですよ」
ほんとはあれは身じゃなくて、卵巣や精巣なんだけどね。
「み、ミコト! 海の中にお星様が落ちてるよ!?」
ああー、それは見なくても何のことかわかるよ。お星様が落ちてるかぁー……。ユフィは可愛いな。
「それはね、ヒトデって言うんだよ」
「ひとで? これも海の生き物なの?」
「今まで見たことない?」
「うーん……。今はミコトがいるからこうやって海に来るようにもなったけど、前は近付くのは危ないって言われてたから……」
海に魔物がいるって教えられたら、そりゃ怖くもなるか。
「あれ? でも、最初に出会った時はどうして海にいたの?」
「あれは遠くからミコトを見付けて、あの人はあんな危ないところで何してるんだろうって、最初はちょっと眺めてたんだよ。それが気になるうちにだんだんと近付いて行っちゃってて……」
それで、ちょうどあたしが魚を釣ったところを目撃したってわけか。
「ヒトデも食べられるの?」
「食べる地方もあるって聞いたことはあるんだけど、実際あたしは食べたことないなぁ。食べられるヒトデも限られた種類のものらしくて、あたしはそれを判別できないからヒトデに関しては食べるのはちょっとやめとこうね」
そもそも、食べ方もわかんないしな。さすがに生じゃないだろうから、茹でるか焼くか、だとは思うけど。
「ミコトよ、岩に生えている、この亀の手みたいなものはなんだ? そこら中にあって気味が悪くもあるが……」
「クライブ様、今自分で正解言ってますよ」
「なぬ?」
「それはそのまま、カメノテです。亀の手に似ているからって名付けられた、貝の一種ですね。スープに入れると、いい出汁が出て美味しいですよ」
「こ、これも食べられるのか!? 海とは食材の宝庫だったのか……!?」
「他にもワカメや昆布なんかの海藻は……まあ、海の野菜って考えてもらえたらいいですかね。ここにも小さいカニやエビがいますけど、沖の方へ行けば食べられるサイズのものもたくさんいます」
ナマコも見付けたんだけど……今日のところはスルーさせてもらった。きみの出番はまだちょっと早いかな。ナマコくんだって海の魔物呼ばわりされたくないだろう?
それからは三人が何か見付けては、あたしが知る限りの知識を披露した。新しい何かを知るってことは、いくつになっても楽しいものなんだろう。ロイドさんもクライブ様も、童心に帰ったように磯を楽しんでくれたようだ。
「ミコト、私たちは大きな過ちを犯していたようだ」
夕暮れに染まる海。その浜辺に立つあたしと領主様。傍目にはJKと中年男性。
ユフィはフナムシにもう慣れたらしく、素手で捕まえた後、それを手に持ったままロイドさんを追い駆け回し、実の父親の泣き叫びっぷりを見て喜んでいる。
何だろう、この光景は……。ユフィ、あんた……恐ろしい子……!
「私たちは海のことを知ろうともせず、ただただ魚を邪険に扱い、この海を汚すことも厭わなかった。何と愚かなことをし続けていたのか……」
「知らなかったんだから仕方がない、にしても気付くのが遅すぎです」
「相変わらず容赦ないな」
「領主様がそうしろと仰られたのでは?」
ふふっ、とクライブ様は小さく笑う。
「ああ、その通りだ。慰めてもらう気など更々ない。私たちは過ちを認め、前へ進まないといけないのだ。確かにその一歩は遅かった。だが、踏み出せたのなら走り抜けることもできるはずだ。私はこの歩みを加速させるぞ!」
「釣りギルドも全力でサポートします」
「ああ、頼む。ところで、ミコト?」
「はい?」
「今日の夕飯なんだが……お前がまた作ってくれないか?」
このおっさんは夕日にいい感じに照らされながら、何を言ってるんだろう?
「スタインウェイ家の夕飯作りがあるので無理です」
「そこを何とか!」
「無理なものは無理です!」
「よしっ! 今晩はスタインウェイ家でご馳走になろう!」
「領主が我が儘言うなっ!」
あの時はノリと譬え的な意味で言ったんだけど、これが現実のものになるとはあたし自身も思ってもみなかったよ。
あたしは領主様を普通にぶん殴っていた。
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