キスの塩焼き
釣れたのはキス、シロギスって呼ばれる魚だ。これは大体十五センチくらいかな。白くて細身の魚で、透明なヒレ、光に当てると虹色に輝く体をした、綺麗な魚。だから、砂浜の女王、なんて呼ばれたりもする。
「へぇー、これがキス? 綺麗な魚だね」
どうやらキスの優美さは異世界人にも伝わるみたいだ。
「これをどうやって食べるの?」
「一番シンプルな食べ方、塩焼きにしようと思うんだ。だからユフィ、流木を少し集めてくれないかな?」
「うん、わかった」
砂浜を駆けていく金髪少女を見送ってから、あたしは準備を始める。まず、釣り用バッグから取り出したるは、アウトドア用のナイフ。
何でこんなものを持ってるかって言うと、あたしの趣味は釣りともう一つ、料理なんだ。
最初は釣った魚を家に持ち帰って、家で捌いて料理していた。けど、魚は締めないと鮮度がどんどん落ちてしまう。かと言って、包丁を持ち歩くのはかなりヤバい奴だ。
あと、銃刀法にも気を付けないといけないしね。正当な理由もなく刃渡り六センチ以上の刃物を持つと違法なんだ。で、この「正当な理由」って中にはキャンプや釣りも含まれる。
だから、釣りの往復の道中で刃物を持っていることはセーフではあるんだけど、剥き身の包丁を持ち歩くのは怖くて、お小遣いを貯めてケース付きのナイフを買ったんだ。
「キスを捌くの久々だな」
さすがにまな板までは持ってなくて、平たい石を探して、その上でキスの鱗をまずナイフの背中で取り除く。今回はユフィに、魚を食べてる、って感覚を味わってほしいから、丸焼きにしようと思う。
だから、腹を裂いて、内臓を取り出して海水で洗ったら下処理は終わりだ。
次に割り箸くらいの枝を拾って、それの先端をナイフで削る。串を作っているんだ。
このナイフ、包丁なんかより刃は厚くて丈夫で、そんなに太くない薪なら割ることだってできるんだ。
「ミコトー、流木ってこれくらいでいいー?」
ユフィが両手で木を抱えながら、こっちに駆け寄って来る。
おうおう、たくさん拾ってくれたもんだ。全然足りる。
「大丈夫だよ。ありがと、ユフィ」
「流木を集めて何するの?」
「焚火だよ。それでこのキスを焼くんだ」
砂浜を少し掘って風除けを作り、そこにナイフで細く切った流木を並べる。ライターは釣り用バッグに常備されていて、それで火を付けた。
そこまで頻度は高くないんだけど、ワームを改造する時にライターを使うんだ。ワームはゴムみたいなものだから、炙って溶かすと別のワームにくっ付けることができる。
これで自分オリジナルの改造ワームを作ったりするんだけど、さすがにここまでやるのはオタクやマニアの域かもね。
「串焼きにするんだね。もっと火に近付けなくていいの? 早く焼けそうだけど?」
「焼き魚の基本は強火の遠火、ってね。火に近付けると確かに早く焼けそうだけど、表面がどうしても焦げちゃう。そのくせ、身の中は焼けてなかったりするんだよ。だから、美味しく焼くためには、じっくり火を通すのがいいんだ」
焚火の風除けに作った砂の淵に串を刺して、たまに焼いている面を引っ繰り返しながら、火を通していく。
ただ、残念ながら塩は持ってない。だから、焼く前に少し海水に浸してみたんだけど、これがどう出るか。塩焼きって言うより、浜焼きって言った方がいいのかな?
「できたよ、キスの塩焼き!」
木の串に刺さった細身の焼き魚。こう言うのはアユとかマスとか、もうちょっと体高のある魚でやった方が見映えがいいんだよね……。キスだと細いから、ちょっと貧相な感じがしないでもない。
でも、
「わぁあー、美味しそう!」
と、ユフィは「これでもかっ!」ってくらい、目をキラキラさせてくれた。
魚が嫌いな、魚を食べる文化のない人間を、見た目だけで感動させられるって、あたし結構凄くない!? って、我ながら思うよ。
「食べていい!?」
「い、いいけど……その、怖くないの? 最初にあたしが食べてもいいんだよ?」
毒味を提案しても、ユフィはぶんぶん首を左右に振る。それは犬が嬉しそうに尻尾を振っているみたいで、子供が「早く食べさせて!」とせがんでいるようで、あたしはとにかく嬉しかった。
「じゃあ、どうぞ」
「頂きます!」
食べ方わかるかな、って一瞬思ったんだけど、本能なのか偶然なのか、ユフィは豪快にキスの腹にかぶり付いた。
もぐもぐと頬を動かし、ごくりと喉が鳴る。そのすぐ後のことだった。
「な、何これ、美味しいぃいいいいいー!」
と、大絶叫のユフィ。期待以上の反応に何だか笑えてくる。
「まず皮がパリッとしてて香ばしい! うっすら塩味もするんだけど、身がとにかく甘いんだよ! しっとりしてて、上品な味! クセとかも全然ない!」
何だ、この子。食レポ上手いな……。
「キスって釣り人にはポピュラーな魚なんだけど、さっきも言ったように、料理としては高級な部類に入るんだよね。その理由がこの美味しさ。淡泊なんだけど魚の旨味をよく感じられる魚なんだ」
「これってもっと大きくなるの?」
「もう少しくらいは大きくなるよ。何で?」
「大きいと食べられる身も増えるでしょ?」
考え方が可愛いな。こっちの子供はみんな、こんな感じなんだろうか。
「まあ、でも大きくても三十センチくらいかな。そんなサイズ、なかなか釣れないけどね」
「魚ってこうやって焼くと美味しくなるの?」
「塩焼きは確かに大体の魚には合う調理方法だけど、別の食べ方をしても美味しいよ。キスだと天婦羅とかフライみたいに揚げるのもいいね」
「へぇー、そうなんだ? ミコトは料理にも詳しいんだね」
言ってから思ったんだけど、こっちの世界にも天婦羅とかフライってあるんじゃん。だったら、魚もちゃんと料理すればいいじゃん。
まあ、魚に対するイメージがそもそも悪かったから、食べ物って言う認識がないんだろうな。食べ物に困っているわけでもないのなら、わざわざ食べられるように研究する気も起きないだろうし。
「料理も好きだからね。あたしの両親は忙しくて、ほとんど家にいなくてね……。だから、一人で作って食べることが多くてさ……」
「ミコトはどこから来たの?」
「えっ!?」
おっと、これは考えてなかった。さすがに「異世界です」とは言えないよね。頭のイタい奴だって思われちゃう。ユフィだからってわけじゃないけど、ここで異世界人の知り合いを失うのはちょっと困るんだ。
だって、あたしはこの世界での衣食住を確保できていないんだから。
「名前の感じとか、見た目は極東の島国っぽいけど……」
おおー! この世界にも日本っぽい国があるのか!? それでいくか!? その設定でいってみるか!?
「じ、実は……そうなの!」
「……大変だったでしょ?」
「えっ? 何が?」
急に暗くなるユフィ。これはどう言う意味なんだ!? どう言うリアクションなんだ!?
「他の大陸に攻められたって……。もしかして、ミコトは戦争から逃げてきたの?」
戦争してるんかーい! やめてよ、マジで! 戦争なんて何もいいことないから!
ま、まあ、でも疎開してきた、みたいな設定はいいかも知れない。この歳で旅をしている、なんて設定もおかしな感じがするし。
「そ、そうなんだよね。家族はまだ国に残って、自分たちのやるべきことをやってるんだ。そこは心配しないでいいからね。両親はあたしの誇りだから」
「立派だね、ミコトは……!」
お国を守る軍人さんみたいに思われたかも、だけど……そこはごめん。嘘です。
父は運送業で日本を走り回り、母はとある企業のエリート幹部で世界を駆け回っている。だから、家にもあんまりいないんだけど、そのお蔭で比較的裕福な暮らしをさせてもらっていたから、誇りとまでは言わなくとも感謝はしてる。
「ただ、国の外には知り合いもいなくてね。どうしたものかと、釣りをしながら考えてたんだよ。魚さえ釣れれば、あたしにはそれを料理して食べる術があるからね」
「だったらミコト、うちに来ない!?」
ちょっと誘導したみたいで悪いとは思うんだけど、その言葉を待っていたのは事実なんだ。
「それは本当に、心の底からありがたいって思える言葉なんだけど……大丈夫かな?」
「もちろんだよ、ミコト。ミコトのことはスタインウェイ家が全面的に保護します」
「けど、本当にあたし、何もできないよ? お金だってないし……」
「ミコトは釣りができるでしょ?」
「えっ?」
「私に釣りのこと、魚のこと、もっと教えてほしいの。そして、魚がこんなにも美味しいものだって世間に広めることができたなら……」
頭だけが残った串を握り締めているのを見て、どうでもいいことに気が付いた。
あっ、ユフィ、いつの間にかキス完食してるじゃん。
「我がスタインウェイ家の復興にも繋がるかも知れないから!」
少しの間、せめてこの世界がどんな世界なのかを知る間、泊めてもらえたらなー、くらいに考えていたんだけど……。
もしかしたらあたしは、結構な「大物」を釣り上げてしまったのかも知れない。
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