思い出の味
どんな人がタイプ?
って、そう聞かれたら即答する第一条件がある。
魚を綺麗に食べる人。
いや、そんなことはどうでもいい。
マダイの兜を解している間、クライブ様とロイドさんはいつの間にやらメイドさんに頼んでお酒を飲んでいた。まあ、それは全然構わないんだ。
魚が肴になる。魚があるとお酒が進む。そう感じてくれたなら、この上ない喜びだ。
アサカさんのお墨付きもあるし、目玉は二人にあげようかな。ユフィはまだ苦手みたいだしね。
解した身を小皿に盛り付けて、煮汁も入れておく。そして、最後に軽く、気持ち程度の山椒を振っておいた。
「マダイの煮物、と言うわけか。うーん……芳醇ないい香りだ。ミコト、この端にある丸いものは何だ?」
「それはマダイの目です」
「め、目だと!?」
ロイドさんも、何なら周りにいるメイドさんたちも同じように驚いている。そんな中で、ユフィだけが苦笑いを浮かべていた。
「先に言っておきますけど、これは本当に好き嫌いの分かれる部分です。無理して食べる必要はないし、これを食べないと魚の本質を知れないとか、そんなことでもありません。ただ、知ってほしかっただけなんです。目も食べられること。それはどんな味がするのか。それが自分に合うのか、合わないのか」
「ユフィの皿の方には入っていないが、私とクライブ様で頂いていいのか?」
「目は二つしかないですからね。それに、ユフィはもう経験済みですし」
「そ、そうなのか!? ユフィが魚の目玉を……?」
「まあ、ちょっと苦手だったみたいですけど。確かにこれって、ちょっと大人な味だと思うんですよね」
成長したらわかる美味しさって言うのかな? 子供の時はダメだったのに、大人になったら普通に食べられる。ブラックコーヒーみたいな感じかな?
言ってるあたしもまだまだ子供なんだけどね。
「それに、お酒にはよく合うと思います。アサカさんが大絶賛してました」
お酒に合うことか。それとも、アサカさんが絶賛していたってことか。どっちのワードが刺さったのかは知らないけど、二人は目の色を変えてマダイの目を口にした。
「眼球の芯って言うのかな? 果物の種みたいなものが入ってて、それは食べられないので、出しちゃって下さい。周りのゼラチン質の部分を食べる感じです」
目玉と言うくらいだから、眼球の中には白くて丸い玉が入っている。それを口から取り出した二人は、ワイングラスを手に取り、一気に傾けた。
「確かに、これは美味くて酒に合う! しかし、ワインではこのパンチ力に負けてしまうな」
「そうですね。刺身やカルパッチョのような上品な味わいにワインはよく合いましたが、これはもう少し強めの酒の方が……」
「いい提案だ、ロイド。よし、焼酎を持って来い」
この世界の人って呑兵衛が多いの? それとも偶然、あたしがそんな人としか出会わないのか?
「見た目には真っ黒な煮汁で、味の濃そうな印象だったが、食べてみるとマダイの味もしっかりと味わえる一品だ。この少し甘い煮汁にも、マダイの旨味は負けていない。そして何より、このアクセントが面白いな」
「これ、前に食べた煮付けにはなかったよね? このピリって痺れる感覚は一体……」
山椒って言う調味料がある以上、食べたことがないってことはないと思う。けど、まさかここで使うのかって驚きが、いい意味で頭を混乱させているのかも。
「山椒をちょっとだけ上から掛けたんだ。甘じょっぱくて濃厚な煮汁は確かにパンチ力はある。けどそれって、クドいとも言えるんだよね。すぐに飽きられちゃう。だから、味に奥行きを与えるアクセントがほしかった」
何か凄腕の料理人みたいなことを言ってるけど、別に大したことじゃない。感覚としてはうな重やうな丼に山椒を掛けるのと同じことだ。
だって、そっちの方が美味しいじゃん?
「いやはや、恐れ入ったぞ、ミコト」
「そ、そうですか?」
「うむ。これほどまでに完成された美味な料理を作っているにも拘らず、食べている間の些細な味覚の変化にまで気を回している。山椒を使ったのはそう言う気遣いがあってのことだろう?」
「大袈裟に言うと、そうかも知れませんけど、あたしは単純にいろんな味を楽しんでほしかったってだけですよ」
けど、そんな風にあたしの料理を汲み取ってくれたのが嬉しくて、あたしは頬を掻いていた。
「それにしても、魚は小骨があって食べ辛いと聞いていたのだが、そうでもないのだな。まあ当然、ミコトがこうして身を解してくれているからだろうが……――」
何かに気付いた領主様が箸を止める。それに少し遅れて、ユフィも訝しげに首を傾げていた。
これは一匹の魚に二個しかないからね。一つはクライブ様に、そしてもう一つはユフィの小皿に忍ばせておいたんだ。
「それはタイの胸ビレとエラの間くらいのところにある骨です」
「何か、不思議な形をしているな?」
そうなんだ。丸い穴が開いた、平たくて曲線を描く骨。
「それ、魚の形に見えませんか?」
「あっ、確かに! この丸い穴が目みたいに見えるね!」
「そう。タイの中にあるタイの形をした骨。タイのタイ、って呼ばれるものだよ」
あと、鯛中鯛とも言われたりする。人間で言うところの肩甲骨みたいな部分で、これも目玉と同じで一匹の魚に二つしかない。
「しかし、どうしてそれをわざわざ私とユフィの皿に?」
「めでたいタイの中にあるタイ、と言うことで、あたしの国では縁起物になっているんです。お祖父ちゃんは財布に入れておけば金運がアップする、って言ってましたね」
「スズカゼの文化は本当に面白いな。争いが落ち着いた際には是非行ってみたい」
ああー……これ、大丈夫かな? いつかスズカゼに行って、あたしが言ってたような文化なんてないじゃないか、ってなったら、あたし大嘘吐きじゃん。詐欺罪とか偽証罪とかで捕まらないよね……?
まあ、あたしもいつまでこっちの世界にいるかなんてわかんないしね。
「後で綺麗に洗って、少し乾燥させて下さい。割れやすいので気を付けて。けどまあ、その骨って大体の魚にはあるんで、貴重なものってわけでもないんですけどね」
「そ、そうなの!? じゃあ、クロダイにもクロダイのクロダイがあるってこと?」
「うん、あるよ。形は違うけど犬や猫にも足の骨ってあるわけでしょ? それと同じで、魚類には形が違うけど、この骨があるんだよ。ただ、どんな魚であっても、この部分の骨のことはタイのタイって呼ばれるんだけどね」
「何で?」
「んー……正解かどうかわからないけど、ここの骨が一番綺麗に魚っぽく見えるのがマダイらしいんだよね。だから、ここの骨の総称がタイのタイになったのかも」
魚には釣って食べる以外にも、こう言った側面もあるんだよって伝えられたのは良かったんじゃないかな。やっぱりマダイにして正解だった。
「それにしても、魚は生でも良し、焼いても良し、煮ても良し。正に万能なのだな」
「気に入って頂けて光栄です。じゃあ、最後は相性抜群のお米とのコラボレーションを楽しんでもらいたいです」
「おお! 確かにスズカゼと言えば米!」
三人の前にご飯が盛られた茶碗がそっと置かれた。
「じゃあまず、刺身をご飯の上に乗せて下さい。背側、腹側どっちでもいいですけど、個人的には背中の方が好きですね。ここは自分の好みでどうぞ」
「自分で料理を仕上げていくと言うことか。これもまた面白いな」
「では、刺身を乗せ終えたら土瓶から出汁を注いで下さい。この量もお好みですけど、ご飯の上に乗せた刺身が浸かるくらいがおすすめです」
この出汁は昆布とマダイのアラで取ったものだ。マダイの旨味を濃縮させたエキスみたいなものかな。
「おおぉー、何といい香りか……」
「そこに醤油をほんの少し。最初は一滴垂らすくらいがいいですよ。後で追加していけばいいんですから。そして、ワサビもお好みで入れて下さい」
「透明だったマダイの刺身が白くなっていく……! 煮えてしまったようだが、これでいいのか!?」
「はい、大丈夫です。あとは……思う存分、掻き込んで下さい」
三人が揃って喉を鳴らしたような気がした。茶碗を手に取り、まずは控えめに摘まみ上げる。一切れの刺身と、そこに絡む白米。ゆっくりと垂れる出汁に気を付けつつ、三人は静かに口へと運ぶ。
その刹那、電気でも走ったかのように三人は体をぶるっと震わせ、目を大きく見開いた。次の瞬間には茶碗を口許まで持っていって、お箸なんかガチャガチャ言わせながら、子供みたいな食べっぷりを見せ付けていた。
「お、おやめ下さい、クライブ様! 領主ともあろうお方が、そんな下品な……!」
「ロイド様にユフィ様も! 領主様の前ですよ!」
三人のあまりの変貌ぶりに、メイドさんたちがパニックになっちゃったよ。けど、制止されても三人は止まらない。止まらないどころか、勢いは増していく。
「米をもう一杯頼む」
「クライブ様!」
「許せ! いや、許してくれ! 頭ではわかっているのだ! このような醜態を晒すわけにはいかぬ、と! しかし……この美味さには勝てないのだ!」
ロイドさんとユフィも同意するみたいに何度も頷く。
「決して豪快な味付けと言うわけではないんだ。寧ろ、上品な味わいとも言える料理。だが、これはこうやって食べないわけにはいかないと言うか……。本能がそうさせると言うか……」
「わかります、お父様! これは多分、こうやって豪快に食べないと、この料理に対して失礼に値するんですよ!」
「正にその通りだ! 今日はお互い、何も見なかったことにしよう!」
「お母様には内緒です!」
何言ってんだ、この親子は……。
三人揃っておかわりをすると、今度はいろいろと自分好みにアレンジしているみたいだ。
クライブ様はワサビと醤油が少し多めが好きみたい。ロイドさんは腹側の刺身が多めだね。ユフィは……おおっと、ネギとか生姜なんかの薬味を加えるパターンを思い付いたか。大人二人よりも上級者って感じだね。
それぞれにアレンジを加えていくけど、三人とも変わらないのは、その豪快な食べっぷりだった。途中からはもう無駄だと悟ったのか、メイドさんたちは何も言わなくなっていた。
「ぷはぁー!」
腹太鼓まで叩いちゃって、貴族らしからぬ三人は満足そうに息を吐いた。幸せそうな笑顔を見ると、作った甲斐があったなって思う。
「これは食べすぎてしまったようだ……。しかし、こんな感覚はいつ以来だろうか。若い頃は暴飲暴食もしたものだが、この歳になってここまで食べるとは……」
領主様、結局五杯くらい食べてたもんね。うちのお父さんでもここまでは食べないよ。
「ミコト、教えてくれ。最後のこの料理は何と言う?」
「これは鯛茶漬けです」
「鯛茶漬け、か……。実に美味かった。世辞なしに言う。死ぬ前の、最後の晩餐は鯛茶漬けがいい。それほどまでの美味さだ」
「そこまで気に入って頂けたのなら感無量です。これはあたしの思い出の料理なので」
お祖父ちゃんはそんなにお喋りな方じゃなくて、どっちかって言うと寡黙な方だった。けど、別に厳しいとか怖いとか、そんなのじゃなくて、あたしが釣りに付き合うのを黙って見守ってくれているような人だ。
そんなお祖父ちゃんが初めてあたしのために作ってくれたもの。それが鯛茶漬けだった。作るって言ってもご飯の上に刺身を乗せて、沸かしたお茶を注いで、醤油とワサビで味付けした、正に漢飯って感じのものだ。
今回みたいな手間を掛けた出汁茶漬けじゃない。盛り付けだって適当だ。お茶を注いで、ぐちゃぐちゃ掻き回すから見た目も酷い。
けど、それがめちゃくちゃ美味しかったんだ。
美味しいのと、嬉しかったんだと思う。お祖父ちゃんに、ようやく釣り人として認めてもらえたみたいで。
「ミコト、私はきみに出会えて本当に良かったよ」
「ありがとうございます、クライブ様」
そして、ありがとう、お祖父ちゃん。あたしに鯛茶漬けを作ってくれて。
よければ、いいね ブックマークして頂けると励みになります。
引き続き宜しくお願い致します。




