領主様
「クライブ様が領主になられたのは五年前。それ以前からフィーリアは観光化に力を入れていたんだけど、クライブ様の代になってより一層活発になったの。けど、やっぱり戦争の影響は大きくて、他の貴族たちも武器の流通に力を入れるよう進言するようになったんだよね」
「いくら領主とは言え、多くの貴族からの反感は買いたくない、か……。けど、根っこの部分はフィーリアを大切に想う領主様ってわけだ?」
「うん。だから、海を綺麗に守ろうってミコトの言葉も聞いて下さると思うんだ」
そうなればいいんだけど……。まっ、それはあたしの料理の腕次第、なんだけどね。
「私、ミコトってやっぱり凄いって思ったよ」
「あたしが? 凄い?」
「だって、私だったら男の人三人も相手に、あそこまでちゃんと怒れないもん。お父様を呼びに行ったのだって、半分は怖くなって逃げたようなものだし……」
「それでも、あたしはユフィに感謝してるよ。あの時、ロイドさんを連れて来てくれてなかったら、どうなってたことか」
あたしはあの時、ナイフを握ろうと……――。いや、これは深く考えないでおこう。
「自分の大好きなものが穢された気がしてさ。つい熱くなっちゃったんだよ」
「私、クライブ様のイメージってそんな感じなんだ。熱いハートの持ち主、じゃないけど、人情に篤い人って言うのかな? だから、ミコトと波長が合いそうな気がする」
くすっと微笑むユフィ。それだけで、どれだけ勇気付けられるか。
よし、このご令嬢を釣り上げたみたいに、今度は領主様の心を釣り上げちゃいますか。
翌日、あたしたちは馬車で領主様の屋敷に向かうことになった。今更だけど、この世界での陸上の交通手段は主に馬車だ。船も帆船だし、エンジンがないんだろうね。
馬車って初めて乗ったけど意外と快適だ。もっと揺れるかと思ったんだけど、そうでもない。田舎の道路を車で走った時の方が全然揺れる。座席もソファーみたいに柔らかくて、お尻も痛くない。
もちろん、エアコンなんてものはないけど、今の時期なら窓から入ってくる風で十分涼しい。
「ミコト、言われた通り米は確保したぞ」
馬車の中は対面式の座席になっていて、ロイドさんはあたしとユフィの向かい、進行方向とは逆の向きに座っている。
「材料は我が家にあったもので足りたのか?」
「ええ、大体は。昆布はアサカさんから貰いましたけど」
「一応、念のために聞いておきたいんだが、何を作るつもりなんだ?」
「一品目はやっぱり魚をダイレクトに味わってほしいので刺身でいきます」
「おぉ、それはいいと思うぞ」
「それの派生形として二品目はカルパッチョです」
「か、かるぱっ……何だそれは?」
この世界にはカルパッチョがないの? まあ、イタリア料理だし、なくても当然っちゃ当然だけど……。
カルパッチョはイタリア料理の一つだ。日本だと魚料理って思われがちだけど、元々は生の牛ヒレ肉を使った肉料理だ。日本には牛肉の生食文化があんまりなかったから、魚でアレンジして作られるようになったんだとか。
「予め味付けした刺身料理って感じですかね。醤油で頂く刺身とはまた違った楽しみ方ができると思います」
「うわぁー、何だかもうお腹空いてきちゃったよ……」
「楽しみにしててね。三品目はシンプルに塩焼きで。ユフィは経験済みだけど、魚は頭も食べられるから、マダイの兜煮を四品目に持ってこようかな」
そして、最後にご飯もの。マダイでご飯って言ったら、やっぱ鯛めしかな? けど、今回釣れたのは一匹だけ。もう一匹釣れてれば、丸々一匹使った豪快な鯛めしが作れそうだったし、そっちの方がウケはいいんだろうね。
でも、今は手にある材料でやらなきゃいけないんだ。
「五品目はご飯を使ってタイを食べてもらおうって考えてます」
「そうか。どれも楽しみで、ユフィが言うように私も腹が減ってきたな。馬車を急がせるか」
「い、いや、さすがにそれはやめてあげて下さい……」
運転手さん? に悪いし。
馬車に乗って十分ほどが経った頃だろうか。どうやら到着したみたいで、馬車がゆっくりと停まった。馬車の扉が開いて、降り立ったあたしの目の前には、洋風なお城と見紛うほど立派な建物が聳え立っていた。
こ、これが領主の屋敷か……。凄い屋敷だろうなとは思ってたけど、想像をちょっと超えちゃったからか、ここに来て緊張が……。
「ミコト、平気?」
あたしの緊張を真っ先に察したユフィが、そっと手を握ってくれた。それだけで緊張が消える、なんてことはない。けど、緊張に向き合えることはできた。
「うん、大丈夫。今回は名目上、領主様のために料理を作るわけだけどさ、あたしはやっぱりユフィに一番に食べて、そして喜んでほしいんだよね。だからさ、今日もユフィのために腕を振るうよ」
「楽しみにしてるね、ミコト!」
そのままあたしたちは、手を繋いだまま屋敷へと一歩踏み出すんだった。
屋敷に入るとあたしはメイドさんたちにキッチンへと案内され、ロイドさんとユフィは先に領主様に挨拶へ向かうそうだ。一人になって心細いけど、一人だから集中できるぞ、と逆に自分を奮い立たせた。
「ハマナ様、キッチンはこちらです」
「ど、どうも」
「キッチンにあるものは好きに使っても良い、とのことです。何か足りないものや、ほしいものがあれば、いつでも仰って下さい」
「ありがとうございます」
よし。じゃあ、早速取り掛かりますか。
持って来たスチールボックスを作業台の上に置いて、切り分けておいたマダイを取り出す。まずは兜煮から始めようかな。
マダイのお頭は縦に半分にして塩をふる。少し置いてからお湯を掛けて冷水で冷やす、霜降り処理だ。
煮付けの汁は前と同じで酒と味醂を一対一で沸かしてアルコールを飛ばす。今回は甘めに仕上げたいから濃口醤油にして、更に砂糖も加える。
ありがたいことに、この世界にはアルミホイルがあるから落し蓋にこれを使おう。
真ん中に穴を開けて、ここから蒸気を逃がしてあげる。そうすれば、どうしても残ってしまう魚の臭さもここから蒸気と一緒に出てくれるんだ。
落し蓋をすることで少ない煮汁でも対流してくれるから、煮汁に漬かっていなかった上の部分にも味が染みてふっくら仕上がるし、わざわざ引っ繰り返す必要もないから身崩れもしない。
あくまでもこれは煮付けであって、煮込みじゃないから煮すぎは注意だ。六分から七分が目安かな。あとは火を止めて、じっくりと味を染み込ませていく。
これを煮ている間に塩焼き用の炭を準備して、刺身とカルパッチョを仕上げるか。
もうあたし、どこかの料理屋さんで働いてる気分だよ。
クロダイの時とは違って切り身の塩焼きだから、包み焼きにはせずに、炭で直焼きだ。皮をパリッと香ばしく仕上げたいね。
刺身は腹の部分と背の部分、二種類の違いを楽しんでもらおう。
一般的には背の方が脂が少なくて、身がしっかりしていて、さっぱりした味わいかな。逆に腹は脂が乗っていてマイルドな感じ。
背側は薄めに切って薄造りに。腹側は厚めに切って豪快に。
どうでもいいけど……昔は刺身のことも切り身って言ってたそうだ。けど「切る」って言葉は腹を切る、切腹ってことを連想させて侍にとっては縁起が悪かった。だから、刺身って言葉に変えたんだとか。
けど、関西の方では「刺す」って言葉も「切る」ってのを意味した。だから、関西の方では刺身のことを「お造り」って言ったりするんだ。
けど、念のために言っておこう。諸説あり、と。
余計なことを考えながらも刺身は盛り付けて完成。今度はカルパッチョ用の玉ねぎを薄くスライスして水に晒す。こっちは背中の部分を使うのがいいかな。
お皿に玉ねぎスライスを敷いて、その上にマダイの薄造りを並べていく。そしたら塩、胡椒を振って、彩りにベビーリーフとプチトマトを添えて、オリーブオイルとお酢を掛ける。
当たり障りのない、王道なカルパッチョだな、とお思いだろう。けど、これは致し方ない。これは当たり前に和食がメインだったお祖母ちゃんに教わったものじゃなくて、お祖母ちゃんの許を離れ、実家で一人レシピ本を見ながら作った料理なのだ。
だから、基本に忠実ってわけ。悪いか?
おっと、そんなことしてたら炭がいい感じになってきた。アサカさんに予め、七輪を領主様の屋敷に届けておいてもらったんだ。これで炭火焼きができる。
別にキッチンにあるグリルでもいい。あたしだって実家だったら普通にグリルで焼いてるよ。けど、せっかくこう言うことができるんだ。使わない手はない。
ただの塩焼きに、香ばしい炭の香りを付けるんだ。
ふぅー……できた……。
できた、よね?
一度は完成だと思ったんだけど、何かが不安になって、あたしは冷蔵庫を開け閉めしていた。
刺身の盛り付け、これでいいよね? 煮付けは……! うん、温め直した。焼きの塩加減、これで大丈夫かな? 薄くないかな?
考え出すときりがなくて、何なら最初からやり直したい気分にさえなってきた。
「ハマナ様」
「は、はい!」
そんなところにメイドさんの声。あたしはそれで我に返った。
「お食事の時間です」
「そ、そうですよね。わかりました。これをお願いします」
「かしこまりました」
軽く会釈をすると、次々にメイドさんが現れて、あたしの料理を丁寧に運んでいってくれた。あたしはもう、このキッチンに倒れ込みたい気分だったけど、最後まで見届けなくちゃいけない。
メイドさんたちと一緒にロイドさんとユフィ、そして領主様が待つ広間に足を踏み入れるのだった。
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