ボウズの日に
その日はアサカさんも一緒ってことで、日が暮れるまで釣りを楽しむことができた。こんなにも釣りに集中できたのは久しぶりかも知れないな。キャストしっぱなしで腕と肩が痛いよ。
ああぁー、楽し……くない!
いや、釣り自体は楽しいんだ。けど、悔しさがそれを上回っている。
だって、あたしたち、坊主なんだから。
「はぁー……」
「そ、そんな気ぃ落とさんでもええやん。釣れへん日やってあるやろ」
帰り道、落ち込むあたしとユフィに優しく声を掛けてくれるアサカさん。その手に持つのはランプ……と言うか、キャンプなんかで見掛けるランタンだ。しかも、ガスやオイルのランタンじゃなくて、電気を使ったものっぽい。
それがあたしたちの帰り道を照らしてくれていた。
確かにこっちにも電気はあるよね……。もっと小さいライトってないのかな? なかったとしても、アサカさんなら作れるはずだ。ヘッドライトも。
「そりゃ、自然を相手にしてますから釣れない日は全然あります。けど、坊主の時はやっぱりヘコむんですよ……」
「ボウズ? 何や、それ?」
「あっ、ええっと、釣り人の専門用語って言うか、一匹も魚が釣れなかったことを坊主って言うんですよ。ほら、坊主頭って毛がないじゃないですか。それで、魚っけがない、ってことと掛けた言葉ですね」
あと、オデコって言う人もいるね。これも意味は同じ。け、がない。
「けどミコト、海で貝を拾ってたよね? スチールボックスに入れてたし。あれは何に使うの?」
「あれだけ期待されてたからね。魚じゃなくても、せめて何か作りたいって思ってさ」
岬の先の方は磯場になっていて、岩がごろごろ転がっていた。そこをよく観察してみたら、見付けたんだ。子供の頃によく食べていた、おやつを。
「えっ? 貝って食えんの?」
「食べられますよ。クロダイやさっきのキビレだって食べちゃうくらい、美味しい食材ですからね」
「けど、拾ってた貝、結構小さなかった?」
「ですね。そこら辺の小石程度ですよ。ほら」
あたしはボックスから一つ、貝を取り出した。円錐形の貝殻をした巻貝で、十センチ前後ってところだろうか。裏向けにするとサザエみたいに蓋が付いている。
「これ、何て言う貝なの?」
「んー……これはちょっと正確な名前がわからなくてさ……。うちのお祖父ちゃんはこんな感じの貝を纏めて『ガンガラ』って呼んでたんだけど、これは多分、方言とかうちの地方での名前だと思うんだ」
「じゃあ、ガンガラでいいんじゃない? 魚も貝のこともミコトにしかわからないんだから、ミコトが決めちゃっていいんじゃないかな」
てなわけで、この貝はガンガラに決定。
あんまり獲りすぎてもいけないから、一人五個、計十五匹捕まえておいた。貝って比較的、好き嫌いが分かれる印象があるから、もしかしたら口に合わない場合もあるし。
それを工房に帰ってから調理する。って言っても、今回はめちゃ簡単。塩茹でにするだけだ。だから、ご飯っていうよりも、ほんとにおつまみ。あたしたちにとっては、おやつだ。
「今回はお試しってことで、あんまり量はないけど、気に入ったらたまに獲って来ようね。じゃあ、どうぞ」
二人はガンガラを手に取り、じーっと見つめる。たまに引っ繰り返してみたりして、首を傾げたり、唸ったりしていた。
「な、なあ、ミコっちゃん……」
「これってどうやって、どこを食べるの……?」
あっ、そっか。あたしはアホか。魚は何となく食べられる部分はわかるだろうけど、貝はちょっと難しいよね。アサリやハマグリなんかの二枚貝ならともかく、巻貝はハードル高いっしょ。
「ご、ごめん、ごめん。じゃあ、お手本を見せるね。こうやって貝を裏返して、蓋と貝殻の隙間に爪楊枝を刺す。そしたら、こうやって慎重に中身をくるっと引き出せば……」
サザエなんかと一緒だ。ただ、小さい分、取り出しにくいかも知れないけど。肝の部分が途中で切れちゃって「ああー!」ってなるのは、誰しもが経験あるだろう。
「う、うわぁー……」
「何かちょっとグロいな……」
まあ、確かに見た目はあんま良くないよね。ただ、こう言うところで敬遠されがちなのは、ちょっと残念でもある。食べれば美味しいのにさ。
「見た目はあれだけど、それほどクセはなくて食べやすい方だとは思うんだ。まあでも、無理はしないでね。あたしの国でもガンガラを食べる人は少ないから。けど、二人には一度食べてみてほしかったんだ」
「ミコトがそんな風に言うの初めてじゃない?」
「かもね。それはあたしが小さい頃から食べていた、おやつみたいなものなんだ。思い出の味って言うのかな? 成長してからは頻繁に食べることもなくなったからさ。久しぶりのガンガラを、二人と一緒に食べたいなって思ったの」
くすっと笑った二人は、爪楊枝で初めてにも拘らず、上手に身を取り出した。
そして、誰が言うでもなく、あたしたちはそれが自然な流れかのように、無意識のうちに声を出していた。
「せーのっ!」
ぱくり。
あぁー、懐かしい味だ……。最後に食べたのっていつだっけ……。こっちのガンガラも味は変わらないんだな……。
「美味しい! 塩で茹でただけだよね!? なのに、海の香りがする……!」
「クロダイの時に言うてた磯の香りってやつやな! けど、ガンガラはクロダイよりもそれがもっと強い! これは冷酒か!? いや、焼酎やな!」
何のお酒が合うのかは、あたしにゃさっぱりわからん。ただ、お祖父ちゃんはビールを飲んでたな。あれは夏だったから、ってのもあるかも知れない。
ガンガラをよく食べたのは夏。何でかって言うと、海水浴に行ったついでにガンガラを拾って帰ってたからだ。そうすると、お祖父ちゃんは嬉しそうに微笑んで「ありがとよ」と日に焼けた真っ黒な腕を伸ばし、あたしの頭を撫でてくれたんだ。
「この、身を取り出す作業もちょっと楽しいかも!」
「何かちょっとわかるわ、それ。途中で切れへんか、ドキドキすんもんな」
「こんなに美味しいんだったら、私も拾っておけば良かったなぁー」
「けど、このガンガラって何の気なしに海覗いた時に結構普通におったと思うで。うちらでも簡単に獲れるんちゃうん?」
貝は動きも遅いし、種類によっては岩に張り付いて動かないものもいる。だから、虫取りなんかよりも簡単だ。
でも、
「その通りですけど、簡単であることと安全であることは別だと考えていて下さい。貝がいるのは主に磯場。滑って転んだら怪我しますし、もし海に落ちちゃったら大変です。だから、釣りが目的じゃなくてもライフジャケットは必ず着用して下さい」
毎年夏になると、嫌と言うほど水難事故のニュースを聞く。その多くが子供だ。川や海が危ない場所だって教わる前の子供が、溺れて亡くなってしまう。更に、それを助けようとした大人も一緒に溺れてしまうことが、毎年のように起きている。
ライフジャケットを着用して、川や海の怖さを知っていれば助かったかも知れない命が、あたしの世界では零れ落ちている。
だから、あたしは教えなくちゃ。この世界を、そんな風にさせないためにも。
「ユフィももう子供じゃない。一人で海に行っちゃダメ、なんて言わないよ。けど、もしも一人で釣りに行くのなら、誰かにそれを伝えておいてほしいの。あたしでも、メイドさんでもいい。ユフィに何かあった時、すぐに駆け付けられるように」
「うん、わかった。絶対、約束する」
「ありがと、ユフィ」
魚は釣れなかった。けど、また一つ海の魅力と魚介類の素晴らしさを伝えることができたような気がする。そこは満足な一日だ。
こんなボウズの日に、工房には笑い声で溢れていた。
この回に出てくる「ガンガラ」は「しったか」や「バテイラ」と言う名前の巻貝になります。私の祖父母がそう教えてくれたので、ガンガラとここでは書かせて頂きました。
スーパーではなかなか見掛けませんが、居酒屋さんで何度か見たことがあります。見掛けたら是非召し上がってみてはいかがでしょうか?
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引き続き宜しくお願い致します。




