ショアラバ
ご飯を食べ終えたあたしたちは、釣り道具を持ってあの岬へ向かっていた。今日は快晴、風は緩やか。春とは思えない陽気に、歩いていると汗が浮かんでくる。
あたしはキャップを、ユフィは麦わら帽子を被って、お互い片手にはロッド。もうどこからどう見ても、釣りガールズじゃないか。
「ユフィ、暑くない?」
ベストタイプのライフジャケットの難点の一つに、暑さがある。最近のものはどうなのか知らないけど、レジャーなんかで使われてる発泡スチロールのやつなんて通気性は皆無だし。
あと、胸がある人はキツイとか聞くけど、あたしはその点はよくわかんない。ええ、ええ、わかんないですとも。
……悲しくなんかないしっ。
「うん、大丈夫。アサカさんが作ってくれたこれ、見た目より涼しいんだよ」
「へぇー、そうなんだ? 生地がいいのか、アサカさんの腕がいいのか……」
「私も聞いていい?」
「うん? 何?」
「タイラバなんだけど、色違いのものを作ってもらったでしょ? あれってどう使い分けるの?」
「そうだねぇ、使い分けはいろいろあるんだけど、わかりやすいところから言えば天気だね。今日みたいによく晴れた日は、水の中も明るいよね。だから、控えめな色でも魚に見付けてもらえる。けど、曇りや雨の日は暗いから派手な色の方が効果的だね」
「じゃあ、今日は黒とかオレンジがいいの?」
「絶対ではないけど、釣れる可能性は高いかな。でも、天気が晴れでも場所によっては水の中が濁ってる場合もあるよね。その時は派手な色がいいかな」
今のところ、ここで見る海の水質は結構綺麗だ。ただ、海にゴミを捨てるバカ野郎がいたように、この世界では海に対する意識はかなり低いと思う。このままだと近い将来、地球みたいなことにもなり兼ねないんだろうな。
「あとは、その時に食べている餌でも変わってくるよ。小さな小魚を食べているなら、それに近い青とか銀色とかがいい。カニやエビなら赤、とかね」
「いろいろ考えないといけないんだね。けど、それが楽しそう」
「そうなんだよ。ルアーフィッシングの魅力がそこなんだ。餌釣りに使う餌にも種類はいろいろある。けど、ルアーに関しては何千、何万って数のルアーがあるんだ。その中から釣れるルアーを選び抜く。そこに必要なのが経験と閃き」
「ミコトってそうやって煽るの好きだし上手いよね」
これは褒めてくれたのかな? うん、褒められたと思っておこう。
「さて、ユフィ。きみは何色を使うかな?」
「うーん……」
岬に着いたところで、ユフィは空と海を交互に眺める。ユフィには経験値が当たり前に、圧倒的に足りない。だけど、初心者の閃き、ビギナーズラックもバカにできないんだ。
長考の末、選んだのは、
「私はこれにする!」
「赤黒のミックスカラーか」
「ど、どうかな……?」
「ユフィが他を選んでたら、あたしはこれを使うつもりだったよ」
「ほんとに!? ちょっと自信が出て来たよ」
「じゃあ、ルアーの結び方を教えてあげるね。そうすれば、自分の変えたいタイミングでルアーをチェンジできるでしょ?」
「いつもミコトにやってもらってたもんね。自分のロッドもできたし、これからは自分でできるようにならないと」
ルアーの結び方もいくつかあるんだけど、あたしが最初に憶えて、今も使っている手に馴染んだ方法、ユニノットを教えてあげることにした。
「こうやってラインをくるくる回したら、引っ張る前にラインを……」
ぱくり、とあたしは結び目を口の中に入れる。
「不思議に思ってたんだけど、ミコトはいつもラインを結ぶ時に口に入れるよね? それって何かのおまじないなの?」
「そうじゃないんだよねぇ。ラインの結び目を引っ張る時に湿らせてあげることで、摩擦を少なくさせてるんだよ。だから、別に口に入れなくても、水を付けてあげるのでもいいんだよ」
けど、釣り人は大体口でやる。だって、何だか玄人っぽいじゃん。
いやまあ、先人の影響ってのもあると思う。あたしだってお祖父ちゃんの真似だし。あと、昔の人って口でラインを湿らせて結んで、余分なラインをそのまま歯で切るんだ。糸切り歯、でね。
だから、口で湿らせる理由の一つなのかもね。
ちなみにあたしはラインカッターを鞄に付けてる。小さな爪切りみたいな形で、これで挟んでラインを切るんだ。
「できたー」
「うん、上手い上手い。じゃあ、早速タイラバを使ってみますか」
「何かドキドキするね」
「あたしも。初めての釣りだし、何よりアサカさんの手作りタイラバだしね」
「どんな風に使えばいいのかな?」
「そこをまずは見てみようか。タイラバがどんな風に泳ぐのか、軽めにキャストして観察してみよう」
あたしはオレンジのタイラバをチョイスして、まずはただ巻きをしてみる。スカートがひらひら揺れて、魚かイカが泳いでいる感じがした。
次に着底させて、ロッドをぴょんと跳ね上げてみる。タイラバも軽く飛び上がって、またひらひらと沈んでいく。これはエビが驚いて跳ね上がった時に見えるかも。
あとはロッドを小刻みに揺らしながらリールを巻く。するとタイラバは、ふわふわと上下しながら泳いでいた。弱った魚を演出するにはいいかも。
一通り泳ぎ方を確認した結果、三つの使い方が頭に浮かんだ。
「何かわかった?」
「うん、何となくだけどね。やりながら説明するよ。まずはメタルバイブの時にもやった、ただ巻きだね」
「確かに、ひらひら泳いでて綺麗だもんね」
「これは前と同じように、リールを巻く速さやルアーを通すレンジをいろいろ試してみるといいよ。次はストップ&ゴー」
「止めて、進む……?」
「そう。これはただ巻きの変化形、って感じかな。こんな風にリールを何回か巻いて、止める。そしたらまた巻いて、止める。巻いて、止める。これの繰り返し。そうするとタイラバはひらひら泳いでたのが、巻きを止めたことによって沈む。また巻かれると泳ぎ出して、止めると沈む」
「泳ぎに変化を付けるってことだね」
「その通り。これはリールを何回巻いたら止める、ってのを変えてみるといいよ。最初は五回巻いて止める。暫くやって反応がなかったら十回、十五回、とかね」
もちろん、これは五の倍数じゃなくて全然いい。もう、これは完全に自分の好み、或いは気紛れでもいいと思う。
魚だって生き物で、魚にだって個性があると思う。同じマダイでも素早く動く奴が好きなものもいれば、ゆっくり泳いでいる奴が好きなマダイもいるんだ。
「最後はリフト&フォール。今度はロッドも使うアクションで、リールを巻きながらロッドを上に上げていく。真上くらいにまで立てたら、巻くのを止めてロッドを下ろしていく。これの繰り返しだね」
「これはどんな動きになるの?」
「ロッドを上げることで、ルアーがすぅーっと上に泳いでいく」
あたしはタイラバを手で持ちながら、リフト&フォールの動き方を再現する。
「巻くのを止めてロッドを下げると、そのまま真下にひらひらと落ちていくんだ。上がって落ちて、上がって落ちて、リフトしてフォールするってわけ。この三つを使い分けてやってみようか」
「オッケー。でも、ミコトって凄いね。初めて使うものなのに、ちょっと触っただけで使い方がわかるなんて」
「ルアーの種類は物凄くあるけど、使い方はそんなに多くないからね。基礎さえ覚えちゃえば、いくらでも応用は利くってわけ」
練習を終えて、いよいよ本格的に釣り開始だ。まずはユフィと二人でただ巻きを使って広範囲を探っていく。マダイでないにしても、まずは生命反応がほしい。ここに何かの魚がいるんだってわかれば、やる気も出るからね。
「思ったんだけど、もしも今日マダイが釣れちゃったらどうするの? 領主様に食事を出すことはまだ決まってないけど……」
「その時はあたしたちで食べちゃうか、逃がすかだね。でも、領主様に出す前に試作品を作って、ロイドさんに味見してほしいから、食べるのがベストかもね」
「い、いいの!? 何か勿体ない気が……」
「ちゃんと準備が整えば、また釣りに来たらいいんだよ。まずはここでマダイが釣れたって言う実績が大事だからね。何のヒントもないところで釣るより、この場所で経験を積むことで、またマダイと出会える可能性を上げておくんだよ」
「そっかぁ。じゃあ、安心して食べていいんだね」
「……ユフィって意外と食い意地が張ってるね」
「ミコト! その言い方は酷いぃー!」
「あはは、冗談だよ、冗談」
なんて笑いながらキャストを続けるけど、お互い何の反応もなし。海面も前みたいにボイルが起きることはなく、ただただ波が寄せて返すだけ。
「やっぱ、この時間はキツイか……? 鳥もいないしね」
「鳥がいるといいの?」
「カモメとかウミネコみたいな海鳥がたくさんいるってことは、周囲に餌となる小魚がたくさん泳いでいるってことだからね。魚を探す上でいい目印になるんだよ」
「へぇー! 魚を探すために鳥の動きまで観察するんだ!? 釣りって何だか壮大だね!」
考えたこともなかった。でも、ユフィが言葉にしてくれたことで、確かにそうかも、って思った。
陸から海を見つめ空を眺め、魚を探してキャストする。陸海空を総動員させ、楽しめるもの。
釣りって壮大。
ユフィがそう言ってくれたことで、あたしは更なる釣りの魅力に気付けたみたいだ。
「……ん!? アタった! あぁー! けど、乗んなかった! くそー!」
「魚がいたの!?」
「うん。ボトム付近で反応があったよ。着底してから、底をずるずる引く感じでやってみて」
二人で釣りをしていると、こうやって情報の交換や共有ができる。釣りって一人でしているように見えるけど、こうやって力を合わせて協力することもできるんだ。
お祖父ちゃんと一緒に釣りしてる時も、こんな感じだったな。
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