タイラバ
アサカさんにタイラバを依頼してから三日後、完成品をわざわざ持って来てくれたアサカさんは満面の笑みを携えていた。
これは期待通りの出来になったんじゃないかな!?
「こんな感じでどうや」
じゃーん、と見せてくれたタイラバはあたしが描いたイメージ図通りだった。そして、カラーバリエーションも赤、オレンジ、黒、蛍光色の黄色とそして、赤と黒のミックス……って、
「い、五つもあるじゃないですか!?」
「うちは最低ラインで四つって言うたからね。コツを掴めば生産スピードも上がるってもんよ」
「最高ですよ、アサカさん! しかも、赤と黒を混ぜるとかセンスが神です!」
「そ、そう!? まあ、知ってたけどねぇ、えへへ」
タイラバはスカートの色を変えることでバリエーションを出していて、この色で釣れたり釣れなかったりする。もちろんそれは、マダイ以外の魚にも言えることで、ルアーのカラーローテーションは釣果を左右するコツの一つでもある。
あたしはタイラバ未経験だからあんまり詳しくないんだけど、赤とオレンジは持ってた方がいいメインカラーらしい。あと、釣り番組で赤と黒のミックスがあると心強いって、アングラーが言ってた。
「魚ってこんなのも食べるんだね。どう見ても美味しそうじゃないけど」
「まあ、マダイがこれを何だと思って食い付くのかは、あたしにもわからんよ。ただ、好奇心で食い付いて来るとも言うし、そう言う意味じゃ興味は惹きそうじゃない?」
「それは確かに」
魚の目ってどこまで見えてるのかもわかんないしね。色を認識できてるのかも不明。だから、そう言う研究をしている大学もあるって聞いたことがあるな。進路を考えた時にちょっと調べたことがあるんだ。
「アサカさん、これの依頼料は――」
「ええよ、そんなん。この前、絶品クロダイ料理で十分や。どうしてもって言うなら、これもうちの工房で売る権利ちょーだい」
「もちろんですよ。けど、このままだとアサカさんの工房が釣具屋さんみたいになっちゃいそうですね」
「釣具屋……。それって釣りの道具を売る店って意味やんな?」
ああ、そっか。釣りがない世界だから、釣具屋って単語もないんだ。
「そうですよ。前に作ってもらったライフジャケットやこのタイラバみたいなルアー、ロッド、リール、ライン。釣りに関する道具はもちろん、釣りに適した服や靴なんかも売っているお店です」
「ええやん、それ! そのアイディアもうちにくれへん!? うちの工房を釣具屋第一号店にしたいんや!」
「そんなの、あたしもめちゃめちゃ嬉しいですよ! この世界に釣具屋ができたら最高ですもん!」
「この世界……?」
「あっ、いや、違います! この街にって言おうとしたら、興奮して世界規模になっちゃいました……」
どんな言い訳だよっ。
「まあ、ええわ」
良かったぁ……やり過ごせたぁ……。
「釣りが世間に広まった時に、ばーんっと打ち出すんよ。アサカの釣具屋。いや、ちゃうな。『アサカ釣具店』やな」
「その時はスタインウェイ家も宣伝してあげるよ」
「マジで!? 絶対やで、ユフィ様! 言うたからね!」
アサカ釣具店はあたしも楽しみだけど、それが叶うかどうかはこのタイラバに懸かっている。これでマダイを釣って料理して、領主様に食べてもらわないといけないんだ。
このミッションは全てにおいて難易度が高め。まずはマダイを釣ることだ。
「ミコト、これでマダイを釣る準備は整ったね」
「うん、まあ、ね……」
「ミコト?」
「前に言ったけど、あたしはちゃんとマダイを釣ったことはないんだよね。ましてや、実はこのタイラバを使うのも初めて」
「そ、そうやったん!?」
「知識はあったんですけど、実際に使ったことはないんです。しかも、使い方としては最近になって確立されてきた釣り方で、そこに関しては知識すら乏しいんですよね……」
日本にいたならすぐにググって調べられるんだけどな……。ショアラバなんかする機会ないからって、ネットの記事を読み飛ばしていた過去のあたしを殴りたい。
「けど、釣るよ。いや、釣りたいんだ、あたしは」
「その意気だよ、ミコト! あたしも手伝うから!」
「うん。アジの時みたいに、二人でマダイを釣ろう」
未経験とは言え、タイラバもルアーフィッシングの一つだ。全く未知のものじゃないし、タイラバに似たルアーも他の魚を釣る時に使うことがある。少し使ってみれば、どう動かせばいいのか、どう動かせばマダイが釣れるのか。それはすぐに理解できるはずだ。
どこからか、いい匂いが漂ってくる。もうお昼か。
「時間的にはいい時合いとは言えないけど、お昼を食べたらあの岬に行ってみようか。そこでまず、このタイラバの使い方を覚えよう」
「本番の前に練習しておくってことだね」
「うん。運が良ければ、その練習で釣れちゃうかもね」
「そう言えば私、今日魚を釣ってる夢を見た!」
「おお、それはいい予感がするね」
夢でも釣りしてるのか、ユフィは。そこまで気に入って、好きになってくれたんだとしたら、ほんとに嬉しい。
「うちにもまだ手伝えることないかな?」
「い、いいんですか?」
「遠慮なんてせんでええよ。うちも魚と釣りの魅力を広める、ミコっちゃんの仲間やで」
ありがたい言葉だ。こっちの世界の人は本当に温かい人たちばかりだな。
「じゃあ、網って作れますか?」
「網? それって虫取り網みたいなん?」
「形状としてはそれで合ってます。釣れた魚を安全に、確実に獲るために持っておきたい道具なんです」
「うんうん、使い方は何となく想像できるわ。それやったら、網目はもっと荒くてええよな」
「ですね。小さい虫を捕まえるものじゃないし、水の中に入れて使うから水の抵抗が少ない方がいいです。あと、柄の部分が伸びたり縮んだりできたら最高です」
「収縮可能な棒か……。了解や。今回は全くの未知のもん作るわけやないから、すぐに出来上がりそうや。釣りしてる場所だけ教えといて。完成したら持って行くから」
アサカさんに岬の場所を教えると、そのままアサカさんは屋敷を後にした。
さて、こっちも釣りに行く準備をしないとね。まずは腹ごしらえだ。
こっちに来て、いろいろと料理しているけどスタインウェイ家の食事をあたしが全部作ってるわけではない。大体はメイドさんの担当だ。
この世界と言うか、フィーリアの料理は基本的にスパイスやハーブを多めに使う。フィーリアの家庭料理ってものを食べさせてもらったけど、ほぼほぼカレーだ。ちょっとサラサラしてたけど。それをパスタに掛けたり、パンに付けたりして食べる。
今日のお昼もトマトベースのスープに、ハーブの香りと唐辛子の辛みを加えたスパイシーなスープパスタ。トマトの優しい酸味の後に、ピリッと来る唐辛子の辛み。最後に残るのはハーブの爽やかな香り。
普通に、めちゃくちゃ美味いんだよ、こっちの料理も。
「ミコト、今日もおかわり?」
あっという間に平らげてしまったあたしを見て、ユフィはくすっと笑いながら言う。
「し、仕方ないじゃん。美味しいんだもん」
「ミコトが作ってくれる料理も美味しいよ」
「ありがと。けどさ、あたしが作る料理とメイドさんの料理ってジャンルと言うか、方向性が全然違うって思わない?」
「それはそうかも。ミコトの料理って薄い味だよね」
ふむ。このパスタに比べたら、確かにそうだ。
「あっ! これは全然悪い意味じゃなくて! 優しい味付け? って言うのかな……。でもその分、ちゃんと食材の味がわかる料理だなって思うの!」
「別に怒ってないから気にしないで。てか、ユフィの感想はあたしが目指していたものだから、それが伝わっていたみたいで嬉しいよ」
あたしが思う和食はそうなんだ。食材の旨味、食材から出る旨味。それを活かすことができれば、調味料なんてほんの少しでいい。
少しでいい時もあるんだけど……逆のパターンもあるんだ。濃いめに、甘めに、辛めに味付けることで食材の味を引き立たせるって方法。煮付けがそんな感じかな。
アイディア一つでいろんな味に変化させられる。料理ってある程度の手順、方程式はあるんだけど、その答えは一つじゃないんじゃないかなって思うんだよね。塩焼きにしろ煮付けにしろ、作る人それぞれの正解がある、正解があっていいんじゃないのかな、なんて。
「ミコトは将来、凄腕のシェフになれそうだね」
「シェフ? それは考えたことなかったな……。けど、ありかも。進路希望の一つに入れとくか」
「だったら、就職先はスタインウェイ家だよ」
「おおっ、それは将来安泰だねぇ」
笑い声が零れる食卓。
こんな風に誰かとお喋りしながら笑ってご飯を食べるって、前にいた世界じゃしてなかった。小さい頃はお祖父ちゃんとお祖母ちゃんがいてくれたけど、成長して実家に戻ってからは、両親は仕事で忙しいからほとんど一人っきり。
前までは、ぼっちご飯でも全然気にならなかったんだけどなー。今は違う。
誰かと……ううん、ユフィと。
ユフィといつまでもこんな風に、笑いながらご飯を食べてたいなって、結構割りとマジで考えてるあたしだった。
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