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クロダイの昆布締めと塩焼き




 夕方前くらいから調理を始め、テーブルの上にクロダイ料理が並んだのは午後七時を少し過ぎた頃だった。本当はもう少し早めに完成する予定だったんだけど、予想外のものを見付けてしまったお蔭で、ちょっと時間が掛かってしまったんだ。


 その予想外のものって言うのが、昆布。


 昆布を見付けたことで料理の幅が広がったんだけど、ちょっとばかり手間を取った。けどそれは、別段面倒なことでもなくて、ただただ美味しく食べたいって言うあたし自身の欲求に従ったまでだ。


「ちょっと遅くなっちゃいましたけど、完成です。早速、刺身からいっちゃって下さい」

「これ、さっき食べさせてもらった刺身とはまた別のもの、なんだよね? ミコト、刺身を昆布で挟んでたし」

「そう。昆布は旨味成分をたくさん含んだ、料理には欠かせない相棒なんだ。この昆布の旨味を刺身に移すことで、さっき食べた刺身とは全然違うものになってるよ」

「見た目は何も変わらないけどな……」


 そうなんだ。でも、食べた瞬間にわかる。これが全く別物の料理に変貌しているってことに。


「ええっ!? 何で!?」

「嘘やん! 味が違うってのもあるけど、食感と舌触りも全然変わってるやん!」

「ぷりぷりだった身が、少しねっとりになってる! それに何より口中に広がる昆布の香りがクロダイの身に合うよね!」

「刺身でも普通に美味かったけど、これはまた別もんの、上品な美味さやで!」


 上品。確かにそうかも。家でわざわざ刺身にここまでの手間は掛けないだろうし。刺身を買って来たら、そのままお刺身で食べるのが普通だ。

 だから、こう言う料理は飲食店や料亭とかで食べるもの。料理人が食材に一手間加えて、ただの切り身を「上の品質」にランクアップさせたもの。つまりは上品な料理ってことかもね。


「これが昆布締めだよ。昆布締めは魚の身を昆布に挟んで寝かせないといけないから、その分だけ時間が掛かっちゃったんだよね」


 元は富山県の郷土料理で、魚の身を昆布で包むことによって昆布が水分を吸い、身が傷むのを防いで長持ちさせてくれる。食感が変わったって言う要因もこれだ。ねっとりするのは海藻特有のぬめりが付いてるのもあるだろうね。

 しかも、昆布の旨味成分であるグルタミン酸が身の方に移り、深い味わいを出してくれる、一石二鳥の料理なんだ。


「じゃあ、もっと寝かせれば、もっと美味しくなるの!?」

「うーん、そこは必ずしもそうとは限らないんだよね。一般的な昆布締めだと一日くらい寝かすんだけど、それ以上寝かせちゃうと今度は昆布の風味が強くなりすぎちゃって、せっかく美味しい魚本来の味が失われちゃうんだよね。あと、昆布の色素が移るのか、身が黄ばんで見た目も悪くなるの」

「けど、今日は三時間くらいだったよね?」

「そうだね。それはクロダイの刺身を切る時に薄切りにしておくことで、寝かす時間を短縮させたんだよ。薄い身の方が味が早く染み込むでしょ?」


 ユフィが言っていたように、薄切りの場合の昆布締めは三時間から四時間寝かすのが、ちょうどいい食べ頃だ。昆布は予め、日本酒を染み込ませたキッチンペーパーで拭いておくといい。これをすることで酒が昆布の旨味を引き出してくれる上に、魚の臭い消しにもなる。

 関西だと酒じゃなくて酢を使うこともあるみたいだね。たまに昆布の上に白い粉みたいなものが浮いている時があるんだけど、これは汚れとかじゃなくて旨味成分だから拭き取らない方がいいよ。


 準備した昆布に、薄切りにした身を並べるんだけど、この時に身が重ならないように注意だ。そして、上から昆布を乗せて、ラップで包む。あとは冷蔵庫で冷やしながら寝かすんだけど、上にお皿やバッドなんかの重石を乗せることで、旨味がより早く刺身に染み込むよ。


「これ、醤油付けんでも全然美味しいな」

「そうですね。昆布が余分な水分を吸い出してくれるんで、旨味だけがぎゅっと濃縮されるんですよ」

「まさか、邪魔者で厄介者やと思ってた昆布がこんないい仕事するとはな……」


 魚料理を作ることで、魚以外の、魚料理に係わる食材も見直されることもあるんだ。

 壮大なことを言ってるのかも知れないけど、これってこの世界の食文化を繁栄させることに繋がっていくんじゃないかな。


「ねえ、ミコト! こっちの塩焼きも食べていい!?」

「ユフィ様、待ちきれへん感じやな。けど、うちもわかるわ。同じ気持ちやもん。この見た目はさすがに、な……!」


 見た目で楽しんでもらえたなら、丸焼きにした甲斐があるってもんだ。


「二品目はクロダイの塩焼き。これは是非、生姜醤油で食べてほしいな」


 大きさは関係ない。切り身の塩焼きよりも、魚丸ごとの塩焼きの方が豪快に見えるよね。それに、魚を食べてる感も存分に味わえるし。


「こ、これは……!?」

「あかん……! あかんって、これ……!」


 生姜醤油で、って言うのは完全にあたしの好みだ。

 焼き魚って言ったら、やっぱり大根おろしだよね。あたしもサンマの塩焼きには大根おろしをたっぷり使う。けど、クロダイに関しては……いや、ここは敢えてチヌって言わせてもらおうか。


 チヌの焼きは生姜醤油で食うのが一番美味い、ってお祖父ちゃんが言ってたんだ!


 とまあ、完全に個人的な感想なわけなので、ご自由に食べればいいと思う。

 けど、


「めっちゃ美味いやん! 刺身よりも甘いで、これ!」

「身もほくほくしてて最高! 甘いのもそうだけど、さっきミコトが言ってた海の香りって言うのが、より強く感じるようになったかも!」

「んで、そこに生姜のアクセントがまたいいんよな! 塩焼き食って、それをビールで流し込……んぐ、んぐ、んぐ……ぷはっー!」

「表面の方は塩が効いててそのままでもいいんだけど、中の方は醤油を付けて食べるのがちょうどいい味かも」


 どうやら二人も生姜醤油がお気に召したみたいだ。アサカさんに至っては、食べて喋って酒飲んで、を一人勝手に慌ただしくやっている。


「そう言えば、キスの時とは違ってアルミホイルに巻いて焼いてたね? あれは何か理由があるの?」


 ここのキッチンには魚焼きのグリルもあるんだけど、あたしは敢えてそれを使わなかった。使わなかったと言うより、別で使ってみたいものを見付けたって感じか。

 それが七輪みたいな焚き火台だった。工房には薪もあって、火を使って加工する時に使うそうだ。あたしはそれを料理に、正に七輪として使ってみたんだ。

 これも時間が掛かった理由の一つだね。


「包み焼きにすると、旨味や香りを逃がすことなく料理できるんだよ。あと、直接火に当てないから焦がす心配も減るしね」

「ミコっちゃんが言うてた顔の身ってのを頂こかな」

「あっ、私もー」


 リアクションはもう見るまでもない。


「体の身とはまた違った感じがするな。筋肉質って言うか、身が締まってるような感じがするわ」

「けど、ミコトが言ってたみたいに食べられる部分が少ないね……って、アサカさん! そこは私のだよ!」

「早い者勝ちや、ユフィ様ぁ」


 大体の魚に言えることだけど、顔周りの身は絶品だ。やっぱりエラをずっと動かすからか肉質が良くて、脂も程好く乗ってる。兜焼きもそうだけど、ブリのカマ焼きとかマグロの頬肉ステーキとか、頭部だけで一つの料理が出来上がっちゃうくらい美味しいってことだ。


「んで、これが目玉、と……」


 さすがにこれは、勢いでパクっ! ってわけにはいかなかったみたいだ。箸で抉り取った目玉が、ぷるぷると揺れている。


「あ、あの、別に無理しなくても――」

「はぐっ!」


 無理した様子で、アサカさんは目を閉じたまま、クロダイの目玉を咀嚼する。程なくして急に目を見開き、一気にビールを流し込んだ。

 やっぱり口に合わなかったんだろうか。無理矢理にでもお酒で飲み込んだのかも。


「……ええやん、目玉」

「はい?」


 囁くように呟くんで、よく聞き取れなかった。


「ええやん! 美味いやん、目玉! 確かにこれ、酒に合うで!」

「生臭くないです?」

「まあ、多少は感じるかな? けど、嫌な感じの生臭さやないんよ。海の香りのゼリー食べてる感じ? いやこれ、説明ムズいわ」


 その後、ユフィももう片方の目を食べるんだけど、こっちは少し顔を顰めていた。


「ううーん……美味しいんだけど、眼球を食べてるんだって想像しちゃうと、気分的に何か嫌な感覚に……。不味いわけじゃないんだよ……!?」


 これは年齢の差、なのかもね。子供の頃には飲めなかったブラックコーヒーが、大人になると飲める、みたいな。


「このスープにもクロダイ使ってんの?」

「それはクロダイのアラ汁です。いい出汁、出てますよ」

「どれどれ……」


 吐息で少し冷ましてから、アサカさんとユフィはお椀を傾ける。ごくり、と喉が鳴った瞬間、二人は暫くフリーズしてしまった。


「うわぁー……何かホッとする味だよぉ……」

「優しっ……! ホンマ、優しい味やでぇ……」


 一瞬固まったかと思ったら、今度は蕩けちゃったよ。


「これ、二日酔いの時とか飲みたいかも」

「ああー、確かにうちのお祖父ちゃんも飲み過ぎた次の日の朝によく飲んでたような……」


 あと、お酒を飲む人にはシジミがいいって聞くよね。こっちでも獲れたら、いつかアサカさんに作ってあげよう。


「そんで? 二人が今日来た理由は何なん? ご飯作りに来てくれたってだけやないんやろう?」

「さすが、アサカさん。実は作ってほしいものがあるんです。紙に描いてきたんですけど、見た目はこんな感じで……――」


 と、あたしはタイラバの説明をしていく。アサカさんはお酒片手にだけど真剣に聞いてくれ、どうやら二、三日で作れそうとのことだ。

 更に嬉しいニュースがあって、何とアサカさんはロッドを作り上げたそうだ。


「す、凄い……! ちゃんとロッドだ……! これを手作りで……!?」

「ただ、これで完成ってわけやないねん。まだ強度の面でのテストはできてないし、それは使いながらデータ取ってく感じがええかなって。やからさ、使ってみてくれへん? 試作品ってことで、お金はいらんから」

「じゃ、じゃあ、私が使っていいかな!? 私も自分のロッドがほしい!」


 高く、手を挙げたユフィ。

 そりゃそうだよね。あんな竹でできた竿で満足できるわけがない。自分の、自分専用の道具がほしいって思うのは釣りだけじゃなく、あらゆるスポーツ、あらゆる分野で思うことだろう。


「いいんじゃないかな? リールは二つあるから、あたしのを使えばいいし。アサカさん、釣り糸に使えそうなラインってありますか?」

「ああ、あの糸やったら普通に手に入るで。太さの種類も結構ある」

「タイラバの量産ってできそうですか? できれば色違いで何種類かほしいんですけど」

「一個作ってもうたら量産は簡単やと思う。せやな……三日間で四種類が最低ライン。どうや?」

「最高です」


 ほんと思わず、無意識のうちに、あたしはなぜかアサカさんに拳を突き出していた。


 何してんだ、あたし! こんなの馴れ馴れしいって言うか……あたしがいた世界でも

やったことないよ、こんなの……!


 差し出した拳の居場所に困り果て、恥ずかしいからもう引っ込めようと思ったその時。アサカさんが勝気な笑みを浮かべて、あたしの拳に自分の拳をコツンと当ててくれた。


「天才アサカさんに任せとけ」


 お姉ちゃんって、いたらこんな感じなのかな?

 波満奈家にこんな気さくな娘が生まれるとは思えないけど、アサカさんみたいなお姉ちゃんがいたら、毎日楽しいんだろうなって想像するあたしだった。




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引き続き宜しくお願い致します。

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