クロダイパーティー改め、チヌパ?
血抜きをする理由は魚の身を劣化させないため、生臭さと鬱血を防ぐためだ。アジなんかの小さい魚は血抜きをしてしまうと旨味まで全部抜けちゃうから、前みたいな氷締めがいいんだ。
さて、血抜きの方法だけど、やり方はめちゃ簡単。
「片方のエラからナイフの刃を入れて、中骨とエラを切り離すような感覚かな。ここにある血管を切っちゃうの。そしたら……」
「う、うわぁ……血が出て来たね……」
「うん。これを今みたいな釣り場にいる状況だったら、海の水で洗っちゃうんだ。魚の体を海の中で揺すってあげればいいよ」
この後更に、脳や神経を細いワイヤーで潰す、神経締めって作業をするともっと魚の保存状態が良くなるんだけど、あたしはこの細いワイヤーってものを持ってないんだよな。
まあ、ワイヤーなら簡単に手に入るだろうし、欲を言えば形状記憶のものがいいから、アサカさんに聞いてみるのもいいかも。
「もうちょっと放置して血を抜いたら、スチールボックスに入れて保冷しようか」
「ミコト、私意外と大丈夫だったかも」
「ほんとに? じゃあ、ユフィにはじゃんじゃん釣ってもらおうかな」
「任せて、ミコト」
ユフィもキャストに関してはコツを掴んだようで、ボイルを見付けては正確なポイントにキャストできているみたいだ。それでも必ず釣れるってわけじゃないから、そこが釣りの難しいところであり、面白いところでもある。
それも至極当然のことで、ボイルしている魚は絶賛本物の餌を追っているわけで、そこに偽物のルアーを投じて騙す方が難しいに決まってる。
けど……釣り人とはそれでもキャストしてしまう、不思議な生き物なのだ。
陽が傾いてきた頃までキャストを続け、ユフィの釣果はトータルで三十センチほどのが二匹。どうやら本人は少しガッカリした様子なんだけど、初めてのルアーでクロダイを二匹なんて上出来だよ。
あたしはルアーでクロダイ、釣ったことないんだからねっ。
「じゃあ、アサカさんの工房に行くわけだけど……いきなり行って迷惑じゃないかな?」
「多分、大丈夫じゃないかな? 仕事終わりの一杯がないと死んでまう、っていつも言ってるから」
ああ……そりゃ大丈夫そうだ。寧ろ、歓迎してくれそう。
釣ったクロダイを持って、工房を訪ねると出迎えてくれたアサカさんは、少し驚いた表情を浮かべていた。
「ユフィ様とミコっちゃんやん!? どないしたん?」
「さっき釣れた魚なんですけど、良かったらどうですか? 美味しいおつまみ作りますよ」
「マジでか!? そんなん食べるに決まってるやん! 上がって、上がって!」
予想通りの反応に、思わず笑ってしまう。
そのままアサカさんの工房にあるキッチンへと向かい、釣ったクロダイ二匹をまな板の上に並べる。
ふむ、何にしたものか……。
「どう料理するか考えてるの?」
「一匹はもう決まってるんだよね。クロダイって言ったら、やっぱり塩焼き。このまま丸ごと焼いちゃおうかなって思うんだ」
「豪快だね。けど、美味しそう!」
「あとの一匹をどうしようかなー……」
新鮮なんだから刺身で、って言うのもわかる。タイのお刺身って聞くだけで高級感あるもんね。けど、アサカさんには根魚三昧の時に刺身は食べてもらった。だから、同じ生食でも、ちょっと趣向を変えられないかなって考えてるんだ。
そのために、アサカさんちのキッチンの棚をあれこれ捜索させてもらっているんだけど……。
「うん? これってまさか……!?」
「どうしたの、ミコト?」
「ユフィ、これ何!?」
「何って……昆布だよ?」
知ってるよ! 昆布だよね、昆布ですよね、これ!?
前にメゴチを料理させてもらった時にはなかったはずなのに……。単純にあたしが気付かなかっただけ? いや、そんなことよりも……!
「えっ? 昆布、普通に使うの?」
「使うみたいだよ? 私は料理詳しくないから使い方までは知らないけど……」
これがキッチンに置いてあるってことは、アサカさんは昆布を使ってるってことだ。
アサカさんは工房の片付けがあるからって、キッチンにはいないから、あたしは昆布を手に持って工房に駆け込んでいた。
「アサカさん! これ、何に使ってるんですか!?」
「うわっ! ミコっちゃんかい、びっくりさすなや……。てか、昆布持って何してん?」
「だ、だから、この昆布を何にどう使ってるんですか?」
「いや、普通に出汁取るためやけど……?」
何なんだ、この異世界は。魚は食べないのに、昆布は食用として使ってるじゃないか。昆布は海藻。海藻は海の植物。つまりは野菜。だから食べられる。そんな発想なのか?
何か納得いかないけど、嬉しい収穫であるのは確かだ。ないと思っていたものが、あったんだから。
昆布があれば、少し料理の幅も広がるし、味付けに関しては大きな味方だ。
「これ、どこで手に入れたんです? 前にキッチン使わせてもらった時には見付けられなかったんですけど」
「それは最近、スズカゼから来たって言う露店商から買ったんよ。向こうも大変な時やから、できるだけスズカゼのもんは買うたろうって。そう言うことでしか、応援でけへんからさ」
自分の出身地ではなくても、祖父母が住む国だから、所縁のある土地だから。
そう考えるアサカさんはとても優しいと思うし、そんなアサカさんに自分を重ねてしまうのは烏滸がましい気がするけど、あたしも同じ感情を抱いている。
「せやけど、使い方があんまりわかってなくてな……。露店商の店主に聞いてはみたんやけど、上手いこと使いこなされへんくてさ……」
「簡単な使い方としては、この昆布を水に漬けて二十分くらい置いておきます。その水を沸かして煮物なんかを作るんです」
「って聞いてやってみたんやけど、沸かしたお湯が何かぬめーってして気持ち悪くて」
「それは昆布を煮詰めたからですね。お湯が沸いたら昆布は取り出さないとダメです」
あたしの世界だとそう言うことは昆布が入った袋、パッケージに書いてあるけど、アサカさんちで見付けた昆布は半透明のビニール袋に入れられたものだった。
「そうなん!? じゃあ、片付けも終わったことやし、ちょっとうちにも料理のこと教えてもらってもええ?」
「もちろん。あたしで良ければ」
一緒にキッチンに戻ってからは、ちょっとしたお料理教室みたいになっていた。
「これはクロダイって魚です。まずは鱗を落とします。尻尾の付け根から顔の周りまで、しっかり落とすのが大切ですね」
「魚ってこんなんが付いてるんやね。この鱗は食べられへんの?」
「硬くて無理ですね。だから、身に鱗が残ってると口に残って不快なんですよ」
そっか、魚を食べないと初歩的なこともわからないのか……。もしかしたら、泣く泣く魚を食べたこっちの世界の人は、鱗を処理せずに食べてしまったのかも。だとしたら、不味いわけだよ。
「この一匹は丸々塩焼きにしたいので、頭を残したまま捌きます。まずはエラの接続部分を切り離して、お腹に包丁を入れます。内臓を傷付けないように慎重に。肛門の辺りまで切ったら、エラを持ち上げて、奥の方にも接続部分があるのでそこを切って、内臓と一緒に取り出します」
「頭を残す理由は何かあんの?」
「身は少ないんですけど、頭の部分にも食べられるところはあって、そこが抜群に美味しいんですよ」
「そうなん!?」
「頬っぺたとか目の周り、あとは目そのものとか」
「め、目も食べれんの!?」
「まあ、好き嫌いが凄く分かれる部分ではあると思うんですけど、アサカさんは好きかも」
「何で?」
「酒飲みは絶対好きだって、うちのお祖父ちゃんが言ってました」
ふふふっ、と小さな笑い声を上げたアサカさんは徐に冷蔵庫へ。何をするんだろうと眺めていると、缶ビールを取り出して「ぷしゅっ」と言わせ、そのまま缶を傾けてぐびぐびいってしまった。
「ぷはっー! 楽しみでフライングしてもうたわ」
「だったら、クロダイの刺身をちょっと摘まみますか?」
「マジで!? ミコっちゃんのそうゆうと好きやわ」
「ミコト! 私も食べたい!」
「オッケー。もう一匹も急いで捌くね」
こっちは鱗を取って、三枚おろしだ。
この包丁もアサカさんの手作りなのかな? 物凄く切れ味がいい。使ったことないけど、刺身包丁とかアサカさんに頼んで作ってもらおうかなぁ、なんて。
とか、考えている間に刺身を二切れずつ用意してあげた。綺麗なピンク色の身はタイならではの色合いだ。自分で言うのも何だけど、ちゃんと締めておいたからって言うのも鮮度がいいポイントだ。
「ほんなら頂きます」
「頂きまーす」
ワサビ醤油に付けて、二人は刺身を口へと運ぶ。クロダイの刺身が口の中に消えたかと思うと、なぜか二人は大きく仰け反るのだった。
リアクションが大袈裟だな……。それとも、こっちではこれが普通なの……?
「うまっ! 前に食べた刺身と全然違うやん!」
「こんなに薄く切ってるのに、身の弾力がちゃんとあるんだね! しかも、甘い!」
「そうそう! メバルとキジハタの刺身と一緒で淡泊ではあるんやけど、甘味を感じるんよね! あと、何やろ……。海の香りって言うんかな……? 悪い意味やなくて、クセがある感じもするかも?」
そっか、そう言うことか。
あたしは最初、ユフィの親子やアサカさんの舌がいいんだと、単純に思ってた。けど、違う。ここの人たちは魚を食べ慣れていないから、魚に対する味に敏感なんだ。
だから、仄かな刺身の甘味やクセにも気付ける。
「甘味はクロダイの脂の乗りがいいからですね。釣りをした場所は餌が豊富なので、小さな個体でもたくさん餌を食べてるんでしょう。そして、その食べた餌によって、魚の味が変わることがあるんですよ。アサカさんが言うクセは、それだと思います」
「確かに! 牛や豚なんかでも、オリーブとかワイン作りで出たブドウの残りを餌に混ぜて育てると、美味しい肉になるって聞いたことあるで!」
それ、あたしの世界にもあるな。街並みが古いから勝手に中世くらいとか思ってたけど、意外と進んでるのかも……。
実際、キッチンの設備だって、あたしの家とそう変わらないんだし。
「クロダイって雑食性で何でも食べるんですよね。あの場所は小魚が豊富だったけど、多分海底にはエビやカニの甲殻類も結構いるはず。それを食べてるから海の香り、磯の香りが身に溶け込んでるんだと思います」
「魚って釣った場所で味が違うんだね! 面白い!」
「全部の魚がそうってわけじゃないし、変わったとしても些細なものだよ。でも……」
ユフィたちなら、この世界の人たちなら、そんな些細な味の変化にも気付き、感動してくれるかも知れない。これは海鮮料理を広めるにあたっての、力強い支えになってくれるだろうね。
「ミコト?」
「ううん、何でもない。普通の刺身の美味しさをわかってもらえたから、今日はこの刺身にひと手間加えようかと思うんだ」
「こ、このお刺身が更に美味しくなるってこと!?」
「マジか!? こらもう、クロダイパーティーやな!」
「わーい! パーティー、パーティー!」
こらこら、はしゃぎなさんなってユフィ。可愛いけどさ。
あと、アサカさんはいつの間にか缶ビール二本目いってるし……。ペース速すぎじゃない?
けど、何か嬉しい。
これまでは自分で料理して、自分で食べるだけだった。でも今は、あたしの料理を待ってくれている人がいる。
それだけで何か、嬉しくて、料理するのが楽しいなって思えたひと時だった。
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