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チニング




「これの使い方は基本的にはメタルバイブとあんまり変わらないんだ。キャストしてリールを巻く。ただ、この時にちょっと竿先を小刻みに揺らしてほしいの。こんな風に、ちょんちょんちょん、ちょんちょんちょん、って」

「凄い! ルアーが泳いでるのが見えるんだね!」

「そう。それがトップウォーターの面白いところだよ。今正に、あのルアーに魚が食い付いてくるって考えたらドキドキするでしょ」

「それに何か、動きも面白いね。左右、ジグザクに泳いでる?」

「これがこのポッパー、その中でもペンシルポッパーとも呼ばれるルアーの特徴だよ。弱った魚や大きな魚に追われて混乱する魚に似せているんだ」


 そして更に、抉れた先端が水を噛むことによって水飛沫を上げたり、ピシャっと音を鳴らしたりする。そうやってアピールすることで、ルアーの存在を魚に気付かせるんだ。


「ボイルがあった辺りで反応がなかったとしても、魚が追い駆けて来る場合があるから、もう少し足許まで泳がせて、回収。そして、すぐにキャスト。一回で食わなかったとしても諦めない。数回はチャンスがあるって思って」


 そして、その三投目のことだった。ジグザグ泳ぐルアーの後ろで飛沫が上がったかと思うと、水面が僅かに盛り上がり、黒い魚体と鋭い背ビレが僅かに姿を覗かせた。


「よっし! 来た!」

「う、うわっ! な、何か大きそうだね! 頑張れ、ミコト!」

「頼むよ……! バレないでよ……!」


 ―—あっ!


 撓っていたロッドから手応えが一瞬で消えた。掌に強い引きの余韻だけを残して。


「み、ミコト……」

「バラしちゃったー! 悔しいぃいいいいい!」

「ミコトでもそんな風に悔しがるんだね。ちょっと意外かも」


 四つん這いになって項垂れるあたしの肩に、ユフィはそっと手を置いて慰めてくれる。ありがたい反面、悔しさが増す気分だ。


「今の魚、あたしは数回しか釣ったことがないんだよね。しかも、餌釣りで。こんな風にルアーで釣るのに、ちょっとした憧れがあったんだよ」

「さっきので今の魚が何なのかわかるの!?」

「ちらっと姿が見えたからね。あれはクロダイだよ」


 関西での呼び名はチヌ。クロダイって言っても真っ黒ってわけじゃなく、灰色や銀色に近くて、黒の縦縞が入っていたりもする。カッコいい魚の一匹だと、あたし的には思っている。


 最大で七十センチを超える大物もいるそうだけど、意外と浅瀬に住んでいたり、海水と真水が入り混じる汽水域にもいるから、河口近くの川なんかでも釣れる時があるんだ。

 しかも、劣悪な環境にも結構強くて、東京湾や大阪湾みたいな工業地帯の海でも釣れるそうだ。ただ、そう言うところで育ったクロダイはどうしても身が臭くなるらしく、釣って食べるって言うより、キャッチ&リリースが多いみたい。引きは強いから、釣って楽しい魚だしね。


「クロダイ? もしかして、ミコトが狙ってるマダイの仲間?」

「そうだよ。クロダイも美味しい魚だから、是非ゲットしたいね」


 ここの海なら食べるのも問題はないだろう。だから、あとは釣るだけ。


 アジのルアーゲームをアジングって言うように、チヌのルアーゲームをチニングって言う。クロニング、じゃ語呂が悪いからだろうね。チニングって言葉に関しては東西一緒みたい。

 そして、トップウォーターでチヌを狙うことをトップチニングとも呼んだりする。このトップチニングで重要になる要素の一つが水深だ。ルアーは水面でアピールしているんだから、あんまり深くない方がいいよね。

 ここは深場に入るまで遠浅になっているから、クロダイは深場で餌を物色して、それを見付けたら浅瀬に追い込んで捕食しているんだろう。


「やり方はわかったよね? 今度はユフィがやってみなよ」

「いいの?」

「釣りも譲り合いが大切だからね」

「ありがとう、ミコト」


 クロダイは昼間でも活性が高い魚だ。無理して早起きする必要もないし、寝坊しちゃっても大丈夫な、ありがたいお魚さんなのだ。

 だから、朝マヅメにアジやイワシなんかの回遊魚を狙って、昼の落ち着いた時間にクロダイ、夕マヅメにまた青物狙いやシーバス狙い、なんて言う素敵すぎる一日を送ることが当面のあたしの目標かな。


「ユフィ、あっちでボイルだ!」


 助け合いも大切な釣り。竿を持っていないあたしにもできることはあるんだ。ボイルを探す見張り役、とかね。

 あたしが見付けたボイルの方向に、ユフィはすぐさまキャストする。少しズレてしまったけど問題はない。そのために音を出したり、飛沫を立てたりしてアピールしているんだ。


 ボイルがあった傍をルアーが通る。ロッドを持っていない、見ているだけのあたしにも緊張が走る。


 その時だ。


「な、何か出た! けど、ルアーに掛かってない!?」

「ユフィ、落ち着いて! 多分、魚の方がルアーを食べ損ねたんだよ! また食い付いてくる可能性は高い! 一旦リールを巻くのをやめて、ロッドの動きだけでルアーをその場で動かしてみて。少ししたらリールを巻く。また止めて、その場でアピール」

「わ、わかった……!」


 ルアーの動きを一度止めることで、魚に捕食のタイミングを与えるんだ。

 クロダイの口って、そんなに大きく開くわけじゃない。どっちかって言えば、おちょぼ口。だから、食らい付くのが下手な魚、フッキングが難しい魚って言えるんだ。


「や、やった! また出た!」


 ルアーにアタックしてきた魚が水飛沫を上げる。


「焦らないで、ユフィ! 竿に魚の重さが乗るまで待って! 早アワセは要注意だよ!」

「う、うん!」


 ぐっと堪えたロッドが一気に撓り、ラインが沖に向かって走った。


「今だ!」


 あたしの合図でユフィはロッドを振り上げた。その瞬間、リールが「ギギー!」と歪な音を響かせる。


「み、ミコト! リールから変な、壊れそうな音がしてるけど大丈夫かな!?」

「大丈夫だよ。それはドラグの音。アングラーにとっては嬉しくて楽しくて、興奮する音色だよ」

「……今のミコトはちょっと怖い」


 あっ、さすがのユフィもちょっと引いちゃったか……。


「これはドラグ音。リールにはドラグって言う装置が付いていて、簡単に言えばラインのブレーキ機能だね。スピニングの場合は天辺に付いてる、この摘まみの部分がドラグだよ。これを回して緩めたり、強めたりするの」

「じゃ、じゃあ、これ以上引っ張られないためにも、ブレーキを強くした方がいい……?」

「そうとも限らない。ブレーキを強くしすぎちゃうと、今度はラインに負担が掛かって切れちゃうからね。今はこのままで大丈夫」


 ギギーっとドラグ音が響く度に、少しずつラインが引っ張られて出て行ってしまう。けど、そんなに慌てることじゃない。寧ろ慌てず、冷静に魚と駆け引きするんだ。それが釣り。


「魚が右に逃げたらロッドを左に倒して。左に逃げたら逆に。魚がジャンプしそうになったら、ロッドを下げる。そうやって魚の動きをコントロールすることで、魚を疲れさせるんだ」


 あと、岩やゴミなんかの障害物がある場合、魚をそっちに近付けないようにするのも重要だ。岩に潜り込まれたら面倒だし、ラインが岩に擦れて切れちゃうこともある。

 こうやって魚をロッドでコントロールすることをランディングって言うんだ。


「何か少し引きが弱くなってきたような……?」

「じゃあ、一気に巻き上げよう、ユフィ」


 ほとんど抵抗をやめたクロダイは水面を滑るように足許まで寄って来て、最後は岸へと釣り上げられた。

 大きさは二十センチ後半、三十はないってところかな。けど、大きさは関係ない。


「凄いよ! 凄いじゃん、ユフィ! 初めてのルアーでクロダイ釣っちゃったじゃん!」

「う、うん……! すっごく嬉しいんだけど……何て言えばいいのか、言葉が出て来ないよ、どうしよ……!」


 嬉しさのあまりに、あわあわしている子を初めて見たよ。可愛くて面白いから、ちょっとそのままにしておこう。


「さて、早速締めますか」

「クロダイは潮氷を使わないの?」


 正気に戻ったのか、ユフィがあたしの作業を覗き込んでいる。


「このサイズだとちょっと難しいから、今回はナイフを使って締めるよ。まず……あっ、言い忘れてたけど、クロダイは歯に気を付けてね」

「歯に? 鋭いの?」

「ううん、そうじゃなくて噛む力がめちゃくちゃ強いんだ。もし指を噛まれたら、骨が砕かれちゃうかも」

「えっ……!」


 息を呑むユフィ。けど、あたしも大袈裟に言ったつもりはない。本当に危ないことは、ちゃんと伝えておきたいからね。


 クロダイは何でも食べる。小魚もイソメみたいな虫も、そして貝も。あの硬い貝殻を噛み砕いて、その中身を食べるんだ。だから、細い釣り針だと噛み切られる時もある。


「じゃあ、作業に戻るね。魚の締め方は大体同じ。エラの内側から刃先を入れて、魚のこめかみの方に向かって刺す」


 すると、クロダイはバタバタと体を跳ねさせ、暫くすると動かなくなった。


「今のが、言い方が少し残酷かもだけど、最後の抵抗ってやつかな」

「けど、これで魚の鮮度が保てるんだよね?」

「そう言うこと。せっかく食べるんだから、感謝を籠めて美味しく頂きたいからね」

「あとはこれをスチールボックスに入れて持って帰るだけ?」

「いや、まだだよ。魚を締めたら、今度は血抜きをするんだけど……ユフィって血を見るのは大丈夫?」

「そ、そんなにドバーって出る……?」

「噴水みたいに出る感じじゃないけど、体の血を抜くんだから、それなりの量の血は出て来るかな」

「大丈夫……! これも魚のことを知る、いい機会だもん……!」


 ほんと、ユフィのこう言うところには感心してしまう。きっと不安で怖いはずなのに、前へ進んでいこうとする勇気と好奇心は、あたし以上のものだよ。


「じゃあ、血抜きをしていくね」

「お、お願いします」


 ちょっと改まった言い方に、あたしは少しだけ緊張を覚えるのだった。




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引き続き宜しくお願い致します。

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