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初めてのリール




「最初はあたしが実演しながら説明するね。

 まず、ラインを人差し指に掛けて、リールのベールを起こす。後ろに誰もいないことを確認したら、ロッドを後ろに振り被る。そして、ロッドを振り抜く。この時にロッドの撓りを利用して、仕掛けやルアーを飛ばすんだね。そのためには指に掛けておいたラインを離すんだけど、このタイミングはそうだな……頭の真上にロッドが来た時、かな。

 見てて、こんな感じ」


 ヒュッと、か細い風切り音が鳴ると、少し遠くにルアーが落ちた。

 今、あたしがキャストしたのはメタルバイブって言うルアーだ。鉄板ルアーとも言われて、その名の通り金属でできた、薄っぺらいルアー。


 これを使った理由は三つあって、まずは水深がどの程度かを知りたかったから。

 鉄板なんだから当たり前に沈む。潮の流れや水の流れに多少は影響されるけど、どれくらいの速さで底に着くかって知っていれば、そのエリアの水深を把握することができる。

 うん、十メートルは確実にあるな。


 二つ目は地形の変化を探るため。

 見える範囲では砂と砂利が混ざったエリアだけど、沖の方がどうなってるかはわからない。だから、メタルバイブをボトムに落とし、海底をずるずる引くことで、どんなタイプの海底なのかを知ることができる。石が多ければコツンコツンと何かぶつかる感触があるし、何かによく引っ掛かるのなら海藻がよく生えている可能性がある。

 あと、地形そのものを知ることもできるんだ。例えば、沖からゆっくりした上り坂になっているのか、急に深場から浅瀬へ崖のような地形になっているのか。

 ルアーが伝えてくれる感触で、それらを把握することができる。

 ここは少し沖で急に深くなるな……。駆け上がり、ブレイクって呼ばれる地形だ。


 三つ目は、これからユフィが使うから。単純に、初心者におすすめのルアーってわけ。


「着底したら、リールを一定の速度で巻いてきて。回収したら、またキャスト。こう言う何もない拓けた場所だったら、違う方向に投げるのがいいかも。どこに魚がいるかわかんないからね。あと、毎回じゃくてもいいけど、キャストする時はたまに後ろを確認すること」

「後ろに人がいたら危ないから、だよね? けど、釣りを知らない人たちが私たちに近付こうとするかな?」


 それは何だか、痛い質問だ。現状、ユフィが言う通り、あたしたちに近付こうとする人なんていないと思う。あいつら何やってんの? って、遠巻きに見て言われてるんだろう。

 でも、これからのために、ユフィには憶えてもらいたいんだ。


「確かに今はそうかも知れないね。けどいつか、釣りってものがここの人たちに普及した時、釣り場にはたくさんのアングラーがやって来るんだ。今は開放的に釣りを楽しめているけど、将来すぐ隣にアングラーがいたりするかも知れないね」


 習慣って長くやるから身に付くんだ。その時になって「じゃあ、やってみて」って言われても、なかなかできない。だから、今のうちに背後の安全を確認するクセを付けておいてほしいんだ。


「そんな時のためって言うか、あたしたちは『そんな時』を目指してるわけでしょ? みんなに釣りや魚を知ってもらいたい。だったら、あたしたちがそのお手本にならなきゃいけないんじゃないかな?」

「ご、ごめん、そうだよね……」

「別に怒ってるとか、そんなのじゃないから。そんな急に釣りが広まるとは思ってない。少しずつ周りに知れ渡っていくんだと思うんだ。だから、ユフィも今みたいな感じで、ちょっとずつでいいから興味を持ってくれた人に教えてあげてほしいんだ」

「うん、わかった!」


 みんなで守るからルールやマナーって意味があるんだ。

 ゴミの問題だってそう。あたし一人がゴミを出さないようにして、見付けたゴミを拾うように努力しても限界ってものがある。

 でも、釣り人みんながそれをやればどうなるか。全部のゴミを拾え、なんて言わない。一個でもいいから拾ってちゃんと捨てようよ。それを世界中の釣り人がやればどうなるか。


 ここの人たちはまだ釣りのことを何も知らない。だから、今からルールやマナーを根付かせておかないと。あたしがこの世界に持って来ちゃった異文化なんだ。流布させる責任ってものがあると思う。


「じゃあ、ユフィ。早速キャストしてみようか」

「う、うん。何だか緊張するね……」

「しないでいいよ。寧ろ、肩の力を抜いて。ほんと、単純な作業だから」

「指を引っ掛けて、ベールを起こして……後ろの確認っと……」


 ユフィはぶつぶつ呟きながらも、軽快にロッドを振った。すると、ルアーは大きな放物線を描いて、少し沖にちゃぷんと小さな波紋を作った。


「何か、あんまり飛ばなかった……?」

「ちょっと指を離すタイミングが早かったかな。けど、キャスト自体に問題はないよ。一発目でちゃんと前に飛ばせただけで十分だよ」

「あとは着底したらリールを巻く、と……」


 ルアーフィッシングの難しいところに、動きやスピードに変化を加える、アクションを付けるって部分があると思う。ロッドを細かく振ってみたり、リールの巻く速さを変えてみたり、手許を返してみたり。そのアクションが釣果を左右してしまう。

 けど、このメタルバイブってルアーは、ただリールを巻くだけで水中でアクションしてくれるんだ。どんなアクションかって言うと、その名の通り細かく振動、バイブするんだ。

 この振動とキラキラしたボディーによって、魚にアピールする。


 ちなみに、こんな風にリールを巻くだけの釣り方を「ただ巻き」って言ったりする。


「回収したら、今度は違う方向に……」

「全然、力なんていらないから。ロッドの撓りを上手く利用して。力み過ぎるとラインに負担が掛かっちゃうからね」


 今度はタイミングが良かったみたいで、結構遠くまで飛んだみたいだ。


 ルアーフィッシングって初心者にはハードルが高いって思われがちな気がするんだけど、あたし的には逆におすすめだ。特にリールの使い方を学ぶ上では。

 ぶっ込み釣りでもリールは使うけど、一度キャストしたらあとは放置。魚が掛かるか、餌がなくなるまで次のキャストの機会はないんだ。

 けど、ルアーの場合だとキャストして回収、キャストして回収の繰り返し。だから、キャストやリールの練習にはルアーフィッシングが向いていると思うんだ。


「いいね、ユフィ。キャスティングの初級編はほぼマスターしたね」

「初級編ってことは中級や上級があるの?」

「うん。今は障害物も何もない、だだっ広い海にキャストしてるよね。けど、場所によっては岩と岩の間とか、木の枝と水面の間にできた隙間とか、そう言うピンポイントなキャスティングをしないといけないケースがあるんだ。この場合は少し技術がいるよね」

「そっか、ただ遠くにキャストすればいいってだけじゃないんだね」

「そゆこと。じゃあ、ユフィ、次のステップに進もうか」

「えっ、もう? だ、大丈夫かな……」

「大丈夫。簡単なことだから。キャストを繰り返したことで、ルアーが海の底に着底する大体の時間ってわかったよね? 今度はルアーが着底する少し前にリールを巻いてみて」


 どうして、と言いたげにユフィは首を傾げた。


「さっきまではルアーをボトム付近でずっと引っ張ってきた。けど、魚からの反応は何もなかったよね。それはユフィが下手とかじゃなく、単純にボトム付近に魚がいないってことなの。だったら、もう少し海底より上の水深、レンジを狙おうってわけ」

「そっか、そうやって魚がいる場所を探すんだね!?」

「その通り。ユフィはほんと物わかりが早くて助かるよ」


 こんな風に水深や地形、魚の場所を探ってくれるルアーはとても重要なんだ。しかも、キャストして回収するだけだから、手早くサーチしてくれる。

 メタルバイブの他にはクランクベイトやスピナーベイトなんかがサーチルアーの代表格だ。


「わわっ! み、ミコト! 何か、何か掛かった!」

「アタリだ! ユフィ、巻いて巻いて!」

「うーん……あっ!」


 急激に撓った竿だったけど、すぐに元に戻り、引っ張られていたラインも弛んでしまっていた。


「バレちゃったね」


 魚が釣り針から外れ、逃げちゃうことを「バレた」って言う。


「逃げられちゃった……?」

「……うん。でも、落ち込むところじゃないよ、ユフィ! 深場ではなかったアタリが、レンジを上げて数回でアタったんだ。つまり、魚は海底より上にいる。いいヒントを貰ったってこと」

「そうだよね、これで終わりじゃないんだもんね。何度でも挑戦していいんだ」

「その意気だよ、ユフィ。今度、さっきみたいな反応があったら、ロッドを自分の体に引き寄せるように振り上げてみて。それをフッキングって言うの。魚の口に釣り針をしっかり掛けることができるから」

「わかった、やってみる!」


 数回キャストすると、ユフィは鋭くロッドを振り上げた。撓る竿、震える竿先。魚が掛かったんだ。

 けど、


「あっ!」


 またバレた。

 もしかして、フグ? フグは結構何でも食べるから、ルアーにも食い付いてくることがあるんだ。でも、あいつらは口が小さいから針に掛けるのは難しい。てか逆に、針が掛かるとフグって歯が硬いからラインを噛み切られたりもするから、バレていいんだけど。


「私、下手なのかな……?」

「いや、多分相手が悪いんだと思う。釣り針にはなかなか掛かりにくい魚がいて、多分そいつが食い付いてるんだと思うんだ。しかも、あたしが予想してる魚は食べられない」

「じゃあ、釣れない方がいいんだ?」

「そうだね。釣って楽しむって言うなら、それでもいいんだけど。あたしたちの目的はアサカさんのおつまみだから――」

「ミコト?」


 突然話を切るものだから、ユフィは小首を傾げている。可愛い仕草だけど、今はそれどころじゃない。水面を何かが跳ねたんだ。

 もう一度、その辺りをじっと見つめる。すると、小魚が狂ったように水面を飛び跳ねて、縦横無尽に泳ぎ回っていた。


 ボイルだ!


「ユフィ! ちょっとルアー変えよう!」

「え、えっ?」

「今の見た? 小さい魚が飛び跳ねてたの」

「う、うん。ぴちゃぴちゃ跳ねてたね」

「あれは餌となる小魚を、大きな魚が追い駆け回しているんだよ。それをボイルって言うの。つまり、ボイルが起きたところにルアーを投げれば釣れる可能性が高い」

「さっきのメタルバイブじゃダメなの?」

「ダメってわけじゃないけど、見てわかるように大きな魚は小魚を水面付近に追い込んで食べようとしてる。だから、沈んじゃうルアーじゃ分が悪い。じゃあ、逆に浮かぶルアーにすればいいじゃん、って話だよ」


 付け替えたのは、イワシカラーのプラスチック製のルアー。ボディーの中は空洞になっているから、とても軽い。そして、このルアーの最大の特徴は大きく抉れた先端だ。


「これはポッパーって言うルアーだよ」

「ボッパー? 何か可愛い名前だね」

「水面で威力を発揮するトップウォーターって呼ばれる部類のルアーで、これの特徴は――って、またボイルだ! ユフィ、とりあえず最初はあたしがやるね! やりながら説明するから!」


 あたしはボイルが起こる少し先に、ルアーをキャストした。




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引き続き宜しくお願い致します。

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