めでたい
ロイドさんから領主様に海鮮料理を献上することを提案されてから数日、あたしは悩んでいた。何を悩むかって、そりゃ料理のことだけど、その料理に使う魚をどう釣ろうかってことを悩んでいた。
釣る魚はもう決まってあるんだ。偉い人に食べてもらうんだから、豪華で贅沢なものがいい。そして、おめでたい魚。
そう、めでたい、鯛だ。
「けどなぁ、あたし……」
実はあたし、タイを釣ったことがないんだ。いやまあ、タイ釣ったことのあるJKって、だいぶ珍しいとは思うけど。
正確に言うとタイを狙って釣ったことはなくて、キスを釣っていた時にたまたま釣れたことはある。しかも、サイズ的にはチャリコだった。
チャリコって言うのは真鯛の幼魚のこと。大体二十センチ以下くらいのサイズかな。まあ、厳密に言えばチャリコも真鯛ではあるんだけど。
あとちなみに、鯛と真鯛はほぼ同義だ。鯛って言うのはタイ科の魚の総称で、真鯛はもちろんクロダイ、チダイなんかのことを広い意味で鯛って言うんだね。ただ、やっぱり鯛って言うと真鯛が有名だから、鯛=真鯛ってイメージが付いちゃってるんだ。
「タイって言ったらタイラバだよね」
タイ狙いの釣りで有名なのはタイラバって言うルアー、それを使った釣り方だ。タイラバは丸っこい錘に針と水中をふわふわ漂うスカートが付いたもので、見た目で似てるのは……子供が思い描くタコみたいな宇宙人、かな?
タイラバは基本的に船に乗ってやる釣りだから、陸から釣る釣り――おかっぱり、とかショアフィッシングとか呼ばれる釣りが専門のあたしには経験がないんだ。
まあ、最近だとショアからやるタイラバ、ショアラバって言う釣りもあるみたいだけど。だから、陸からタイが釣れないってことはないんだ。普通の、簡単な仕掛けの餌釣りでも釣れないことはない魚なんだ。
「ミコト、こんなところで何してるの?」
「あっ、ユフィ。ちょっと考え事を、ね」
こんなところとは、スタインウェイ家の庭の木陰にあるお洒落なテーブルとチェアがあるところだ。今日みたいに天気がいい日には、ここでお茶でもするんだろう。
英国貴族っぽい。会ったことないけど。
「前に言ってた、領主様に出す魚のこと?」
「うん。何を釣るかはもう決まったんだけど、どうやったら釣れるかを考えててね。その魚はとっても有名で人気な魚なんだけど、あたしはちゃんと釣った経験がないんだよ」
「釣るのが難しい魚ってこと?」
「大きいサイズだと、そうだね。狙って釣りに行って、一匹も釣れませんでした、なんて日もあるだろうから」
ちなみに、マダイは最大でメーターオーバーまで育つらしい。あたしが記憶している限りだと百二センチくらいで、重さは十数キロのマダイを釣り上げた人がいるとか。
そんなタイ、泳いでいる時に出会ったら、めちゃ怖だろうね。
「けど、とっても美味しい魚で、あたしの国ではおめでたい時に食べたりする、縁起のいい魚なんだよ。だから是非、領主様にも食べてほしいんだよね」
「へぇー、魚にも縁起がいいものとかがいるんだね。じゃあ、その魚が釣れたら嬉しくなっちゃうよね。何かご利益ありそう」
「そう言えば、縁起がいいのとは逆の話なんだけどね……。前に梅干しを料理で使ったの憶えてる?」
「うん、なめろうの時だよね」
「そうそう。あの梅干しね、防腐効果があるから食中りしないって言われてるんだけど。その『食中りしない』ってのと、魚からの『アタリがしない』ってのを掛けて、アングラーにとって縁起が悪い食べ物って言われたりするんだよね。だから、釣りする前とか、釣りしてる時に梅干しは食べないって人もいるみたい」
何を隠そう、あたしのお祖父ちゃんがそうだったのだ。お握りの具はいつも、おかか。あたしも意識しているわけじゃないんだけど、釣りに行く前にコンビニに寄ってお握りを買う時、そこに梅干しは絶対入らないんだよね。
あと、ユフィには絶対わからないだろうから話さなかったけど……漁業の神様である恵比須様は酸っぱいものが苦手なんだとか。だから、酸っぱいものの代表的存在の梅干しは縁起が悪い、って由来もあるそうだ。
「って、話が逸れた。今回狙う魚はマダイ。一般的にはタイって呼ばれる魚だよ」
「タイ? ああー! だから、おめでタイなんだね! いいんじゃないかな。今って春だから、おめでたい行事が多い時期だし」
おお、やっぱ今は春なんだ。てか、四季あるんだね、ここ。
けど、そっか……。タイで春って言えば……産卵期だ。
「ねえ、ユフィ。ここら辺の地図、特に海岸線がよくわかるような地図ってないかな?」
「んーっと……多分、あったと思う。持って来るね!」
「うん、お願い」
屋敷に駆け出していくユフィを眺めながら、あたしは記憶を辿っていた。
マダイは基本的には沖の深場にいるんだけど、浅瀬にやって来ることもある。その機会が多いのが春。
春はマダイの産卵期で、それに向けて体力を付けておきたい時期だ。だから、浅瀬に来て餌を荒食いすることがある。つまりは陸からでもタイが釣れやすいタイミング。
……って、お祖父ちゃんに教わったんだけど……あたしの記憶、間違ってないよね!? た、多分、大丈夫!
「ミコト、地図あったよー!」
「ありがとう、ユフィ」
テーブルの上に地図を広げて、近場の海岸線を指でなぞる。この辺りはよく釣りに行く場所だ。港があって砂浜があって、少し歩くと磯場。これまでにチャリコでも釣れていたのなら、マダイが釣れる可能性を感じるんだけど、今まで行ったポイントでタイの釣果はなし。
だから、もっと別の場所を探さないといけないんだ。
「……ここ。……ここだ! ねえ、ユフィ、ここってどんな場所かわかる!?」
「えっ? ええっと……」
港から磯場とは逆方向、これまで行ったことのない場所。地図上では北側に位置する場所に外海へと突き出すように張り出した部分がある。岬って言われる地形だ。
「この岬の先端に行きたいんだよね。歩いて行けるような場所かな?」
「それは大丈夫だと思うよ。そんなに遠くないし。ここの手前は雑木林になってるんだけど、迷子になっちゃうような森じゃないから」
「朝マヅメも狙えるね。けど、あとは……」
「何か心配事?」
「うん。釣り方としては疑似餌を使ったルアーフィッシングを考えてるんだけど、それに適したルアーを持ってないんだよね……」
「ないなら、作ってもらえばいいでしょ?」
にんまりと笑うユフィ。あたしも今、それを考えたんだ。
「けど、あの人に頼むなら肴が必要だからね」
「肴になる魚を釣りに行くんだね」
「そゆこと」
お酒の宛てを作るんだから、夕飯頃に合わせた方がいいよね。今は午後二時過ぎ。下見も兼ねて、その岬に行ってみようかな。
「ユフィ、その岬への案内頼める?」
「あいあいさー」
何、その可愛い反応。
可愛いの破壊力、エグいな。
案内を頼んだ岬は屋敷から歩いて三十分掛からないくらいの場所だった。
海へと張り出した岬は、雑木林を抜けて二十メートル以上は伸びている。今は潮が引いた状態だから、満潮時がどんな感じかは気になるところだ。
岬の先は右から左へと潮が流れていて、多分だけどそんなに浅くない。海底は見えてる岬の部分から推測するに、砂と砂利が入り混じったようなボトムだろう。ああ、ボトムって言うのは水底のことだ。
「ミコト、ここは釣り人的にはどんな感じ?」
「正直……」
ごくり、とユフィが喉を鳴らす。わざと溜めを作ったあたしとしては、ありがたい反応だ。
「最高だよ、ここは!」
「やった!」
マダイを釣る上で大事なのは潮通しのいい場所、だ。潮の流れがよく効いているところが好ましい。基本的に船から狙うってことは、深場に住んでいる魚ってこと。だから、ここみたいに水深がありそうなポイントは好条件だ。
そして、マダイは磯って言うよりかは砂と砂利が混ざったような、こんなエリアが好き。
マダイを釣る条件が揃いまくってる! ううん、マダイ以外の大型魚も狙えるホットスポットだよ!
「じゃあ、今日はユフィがメインで釣りをしてみようか」
「えっ、いいの!?」
「いつかはアサカさんにロッドやリールも作ってもらいたいからさ。それが叶った時に、ユフィもすぐ釣りができるように練習しときたいでしょ?」
「やりたい、やりたい!」
「それじゃあ、まずはキャスティングを習得しようか。キャスティングって言うのは、仕掛けやルアーを狙ったエリアに放り込む、キャストすることを言うんだ」
「何となく、わかるよ。いつも、ミコトが隣でやってるのを見てるからね」
頼もしい限りだ。
あたしのリールはスピニングリール。リールは大きく分けて二種類あって、あたしのスピニングと、もう一つがベイトリールだ。
どっちも釣り糸を巻く道具なんだけど、あたしも含め、おそらくほとんどの釣り人がまずはスピニングリールから釣りを学び、その後でベイトリールも使うって流れだと思う。
何でかって言うと、ベイトリールの方がちょっとだけ扱い方が難しいんだ。
「よーしっ。では、ユフィにリールの使い方を教えます」
「お願いします、先生」
新しい玩具を買ってもらった子供みたいに瞳を輝かせて、ユフィは軽く手を挙げた。
いつか元の世界に戻ってしまったとして、あたしは誰かとこんな風に釣りを楽しめるんだろうか。今ふと、そんな疑問のような不安のようなものが思い浮かんだのだった。
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