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釣り人として




 アサカさんが作ってくれたライフジャケットは、ユフィにめちゃくちゃ似合っていて、救命胴衣って言うよりも普通にお洒落なベストだ。貴族の上品なお嬢様が、ラフでアクティブな恰好をするって言う、そのギャップもまたいいんだと思う。


「ミコト、今日は何を釣るの?」


 そのライフジャケットを着て、釣行へと出たある日のこと。

 時刻は午前七時。いつもより遅めになってしまったのは、昨日の晩のメンテに時間が掛かったからだ。


 釣り道具の多くは金属の部品だから、濡れたまま置いておくと錆びてしまう。特に、海釣りをする場合は海水に晒すわけだから、もっと錆びやすい。リールはもちろんだし、ルアーも一つ一つ水洗いしてよく乾かさないとね。

 そんなことをしてたら、寝坊しちゃったってわけだ。


「今日はちょっと遅刻気味になったから、磯に行って居付きの根魚でも狙おうか」

「前にブラクリで釣ったカサゴやメバルのことだね」

「うん。ユフィもアングラーらしくなってきたね」


 専門用語と言うか、業界用語と言うか。釣り人しかわからないような言葉も、ユフィは学習して憶えていっている。それが何だか嬉しかった。


 磯までは浜辺を歩いて少し歩くことになる。気温的には春くらいかな? こっちの人が海で泳ぐのかは知らないけど、海水浴にはまだ早い季節だ。だからか、普段から海には人が少ない。

 日本ならこんな浜辺、釣り人がたくさんいるし、友達同士で波打ち際で遊んだり、カップルが身を寄せ合ったりしている。けど、こっちの人たちは魚どころか、海に対してもあんまり関心がないんだろうな。


「うん? 珍しく人がいるな……」


 少し向こうに三人組の男グループが見えた。元からなのか染めたのか、金や茶色の髪で、半袖半パンにサンダル。ビーチでよく見掛ける見た目ではあるけど、あんまり関わり合いになりたくないパリピ感のある人たちだ。


 ユフィもいるし、ここは少し離れて歩こうかな。

 距離を取りつつも、横目で彼らのことを窺いながら通り過ぎようとしていた時だった。


「せーのっ!」


 何やら掛け声を合わせたかと思うと、海に向かって大きな袋を放り投げた。それは高く舞い上がり、ドボンと大きな水柱を立てて沈んでいった。


「ちょ、ちょっと……!」

「ミコト?」

「ちょっと、何してるんですか!?」

「ええっ!? み、ミコト!?」

「ユフィはここにいて。危ないって感じたらすぐ逃げて。いいね」


 あたしは早口でそれだけを伝え、すぐさま男三人の許に駆け寄った。彼らもいきなりのことで面食らったのか、最初は驚いた表情をしていたけど、こっちが女一人とわかったからか、憮然とした態度を取っている。


「何、お前?」

「今、海に何投げたんですか?」

「いや、普通にゴミだけど? 何か文句あるの?」


 普通にゴミ? いや、普通に文句あるでしょ、このクソ野郎っ。


「海にゴミ捨てるとか、マジでふざけんな! お前らみたいなバカがいるから、あたしら釣り人の肩身が狭くなってんだよ!」

「は、はぁ!? いきなり何言ってたんだ、おま――」

「何言われてるかもわからないからバカなんだ、お前らは! お前らにしたら、たった一つのゴミ、たった一袋のゴミかも知れない。けど、海に住む生物がそのたった一つのゴミのせいで、どれだけ死ぬかわかってんのか!?」

「別に死んでもいいだろ。俺らに関係ないし」


 クソ! クソクソクソクソクソっ!

 異世界に来て、初めて思った。魔法みたいなものが使えたらいいのに、って。そしたら、こいつらに鉄槌を下すのに。


「じゃあ、お前ら二度と塩を口にすんなよ」

「何言い出すんだ、お前? バカなのか?」

「あたしがバカならお前らはそれ以下だ、クズ。塩の原料は主に海水」


 まあ、これは日本での話だ。世界的に見ると塩の原料は岩塩が三分の二、海水が三分の一程度。ただ、日本ではあまり岩塩が採れないから海水が主な原料ってわけ。


「その海水が汚染されたら、あたしたちが普段料理で使ってる塩はなくなってしまう。そんなことも知らず、よくもまあ生きてこられたね。感心するよ」

「こ、この――」

「お前らが捨てたゴミによって、たくさんの魚が死ぬ。それはこの浜辺や港にも打ち寄せて、悪臭を放つだろうね。それがずっと街中を漂い続けるんだ。

 多くの魚が死ぬってことは生態系にも悪影響を及ぼす。小さな魚を餌にしていた大型魚類の餌がなくなる。そうなると、普段は温厚だった魚も生きるために獰猛になる。船を襲うこともあるだろうし、こんな浅瀬にまで入って来て、お前らみたいな人間を食べちゃうだろうね」


 わざと大袈裟に言ってはいるけど、嘘ってわけじゃない。

 釣り人のルール違反、マナー違反は悲しいけど、よくあることなんだ。立ち入り禁止エリアに入って釣りをしたり、禁漁期間に釣りをしたり、ゴミのポイ捨て、車の路駐などなど。

 釣りとは直接関係なくても、そこに住む人たちや漁業関係者の人たちに迷惑を掛けてしまうことがある。そうなると、せっかくのいい釣り場も、一部の人たちのせいで釣り禁止にされてしまうことが多々あるんだ。


 釣りができる環境を守る、釣りを楽しめる場所を守る、釣りをしに来た時以上にそのエリアを綺麗にする。

 それはアングラーにとって当たり前で、それ故に最も尊ぶべき精神、プライドだ。


「お前、さっきから何言ってんの? 塩とかなくても別にいいし。魚が死ぬ? いや、死ねばいいじゃん、別に。あいつら、何でいるのかもわかんねえし。食えるわけでもない、利用価値もない、生きてる意味もない。それが魚だろ?」


 ヤバい……ヤバい……!

 こいつら、マジでぶっ殺したい!


「おいおい。何、急に震えてんだ、お前?」

「ビビっちまったか、小娘!?」


 ああ。何であたし、鞄の中に手を入れてるんだろ?

 そっか、そうだよね。

 そこにナイフがあった……よね。これで、こいつらを……。


「おいっ! 待てー! きみたち、そこで何をしている!?」


 こ、この声は……!?


 振り返った先にいたのは、駆け寄って来るユフィと、ロイドさんだった。状況がよく呑み込めなくて、あたふたするあたしと男三人の間にロイドさんが割って入り、あたしを庇うように背中に隠してくれた。


「彼女は我がスタインウェイ家で預かっている客人。いや、私の娘にも等しい者だ」

「ろ、ロイドさん……?」

「私の娘に手を出そうものなら、スタインウェイ家としてではなく、父親としてお前らには容赦しないぞ!」


「や、ヤベ! 貴族はさすがになしだろ……!」

「こんな小娘が貴族と繋がってるのかよ……!」

「逃げるぞ、お前ら!」


 パリピ三人衆はロイドさんの登場と、ロイドさんの威光に、これぞ負け犬って感じで逃げて行った。


「ロイドさん、何でここに?」

「ユフィに呼ばれてな」

「そ、そうなんですか……。ありが――」


 お礼で下げようとした頭に、ロイドさんが拳をコツンっと当てた。


「何であんな無茶をした?」

「え、いや、あの……」

「ユフィを危険から遠ざけてくれたのは感謝する。だがミコト、お前も自分の身の安全をちゃんと確保しろ。一人で無理そうなら大人を頼れ」

「で、でも……――」

「さっきの言葉に嘘、偽りはないぞ」


 握った拳を解いたロイドさんは、そっとあたしの頭を撫でた後、優しく抱き寄せてくれた。


「ミコト。お前が自分の故郷に帰るその日まで、私はミコトの親も同然だ。ミコトに何かあったら、お前の両親に顔向けできないだろう? ミコトが怒るなら、私も一緒に怒ろう。ミコトが悲しいなら、私が一緒に泣こう。だから、共有させてくれ。お前の心を、お前の想いを」


 ああー……ダメだ。抑えようとしても溢れちゃう。溢れて溢れて、止まらない。

 ありがとうって感謝と、涙が。


「ぐすっ! だ、だって、だって、あいつら海にゴミ捨てたんだよ! ふざけんなし! あたしら釣り人の聖域を汚して、それで――ひくっ、ヘラヘラ笑ってんだ!」


 嗚咽を漏らしながらも、あたしはただただぶちまけた。あたしの心を知ってほしくて、あたしの想いを知ってほしくて。

 そして、共有してほしくて。


「海は確かに広くて大きいよ! そこに捨てるゴミなんて些細なものとか思っちゃうよね。けど、その大きな海に生きてる魚たちは、本当に小さな生き物なんだ! その小さな生き物の命を頂いてるのが、あたしたち人間でしょ!? それに感謝もせず、あまつさえゴミを捨てるとか……!」

「今のミコトの怒りは、私にもよくわかる。それはミコトが私に魚の魅力を教えてくれたからだ。だが、それを知る者は残念ながら、私たち以外にいない。魚の魅力を知らないものに海の環境保全を説いても、反応はあの若者たちと変わりないだろう」


 ぐっ……。悔しいけど、ロイドさんの言う通りだと思う。こっちの人たちは海を、魚を何とも思ってない。

 けど、だったら、共有してほしいって思ったあたしの気持ちはどうなるんだよ……!?


「意識を変えるなら上からだ」

「えっ?」

「魚と言うものが我々人類にとって有益なものだと広く知らしめるには、上に立つ人間にそれを知ってもらい、国民に広げるのが最も有効で簡単なことじゃないか?」

「え、えっと、つまり……?」

「ミコト、領主様にお前の魚料理を食べてもらうぞ!」


 ほへ? 領主、様……?


「それはいい考えだと思うの、お父様!」

「だろう? 実は前々から考えてはいたんだ。領主様にはいつかミコトの料理を食べてほしい、とな」


 いやいや、待って。

 ようやくあたしは我に返ったらしい。この状況は何だ。父親でもない、血の繋がりも全くない中年男性の胸に顔を埋めながら、あたしが歩む道が勝手に決められている、この状況は何だ?


「え、ええっと、領主様って……?」

「このフィーリアの街を統べるお方だ」

「そ、そんな人にいきなりあたしの料理を出すなんて、さすがに無理じゃ……」

「いや、そこは私がどうにかしよう。ミコトは領主様への料理だけを考えてくれ」


 あたしから少し距離を置いて、両肩にロイドさんは手を置いた。あたしの肩を力強くも、優しく掴んでいる。


「ミコト、お前は精一杯釣りと料理をしてくれ。いや、楽しんでくれ」


 オッケー、やってやろうじゃん。任せて、ロイドさん。


 いや、お父さん……何つって。




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引き続き宜しくお願い致します。

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