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釣りガール



 スタインウェイ家での生活にも少しずつ慣れてきた。とは言っても、あたしは結構自由な生活をさせてもらっていて、天気がいい日は大体早朝から釣りに出掛けている。メイドさんに一言、言伝をしておけばいいだけだから、実家にいた時よりも釣り三昧の日々だ。

 だから、ネリスタさんには「もっと可愛い服を着ればいいのに」とか言われるけど、こっちで買い足してもらった服はどれも、機能性と柔軟性重視の、動きやすいものばかりだ。


 ただ、ここでちょっとばかり問題が起きた。


 あたしと一緒に釣りに行くユフィが、あたしと同じような服装をし始めたんだ。地味で武骨で、JKが決して着ることのないような服を、あろうことか貴族のご令嬢がお召しになっているんだ。


 これはさすがにヤバいんじゃん? 貴族のメンツとかもあるじゃん? 多分。知らんけど。


 と言うことで、あたしはアサカさんに相談してみることにしたんだ。


「可愛くてお洒落な釣り人ファッションを考えてほしい? って、何のこっちゃ?」

「ユフィが着ていても貴族としての威厳が損なわれないような、それでいて釣りに必要な機能を備えた服を作ってくれませんか?」

「服作りはうちの分野やないで」

「いや、まずは服と言うか、ある装備のことを聞きたくて。アサカさん、ライフジャケットってわかります?」

「ああ、救命胴衣やろ? それがどしたん?」


 一先ずホッとする。こっちの世界にもライフジャケットはあるんだ。


「それってどんなものですか?」

「袖のない、まあベストみたいなもんで、胸の辺りに浮袋が入っとんねん。てか、それが普通やないの?」


 極一般的な、誰もが想像するようなライフジャケットだ。水のアクティビティとかクルージングなんかで使われるタイプのやつだね。あたしの世界じゃ、浮力材は発泡スチロールが一般的だけど。


「こう言うタイプのものもあるんですよ」

「何それ? 腰巻き?」

「そうです。例えば水の中に落ちた時、この紐を引っ張ると中身が飛び出て膨らんで、浮き輪になってくれるんですよ」

「マジで!? 何それ、見せてや!」

「出すと仕舞うのが面倒なので、これは緊急時にしかやりません」

「ええー、ケチぃ……」


 口を尖らせながらも、アサカさんは手渡したライフジャケットをまじまじと観察していた。


「結構軽いんやな」

「そうですね。なので、釣りをしていても邪魔になりません。一般的なライフジャケットはゴツくてゴワゴワしてるから、釣りするのにはちょっと邪魔になるんですよね」

「なるほどな。釣りの支障にならんライフジャケットがほしいってわけや? けど、ライフジャケットってそんなに重要?」

「もちろんです。前の穴釣りみたいに、釣りに集中しすぎて海に落ちちゃうことだってありますし、雨が降ってきたりしたら足許も滑りやすくなる」

「まあ確かに、ユフィ様相手やと心配にもなるわな。泳げるかどうかわからんし」


 それもあるけど、それだけじゃないんだ。逆にアサカさんみたいな人の方が心配だったりする。


「泳げる、泳げないはあんまり関係なくて、人って水に落ちるとどうしてもパニック状態になっちゃうんですよね。海だと深いし川だと流れがある。服は水を吸って重くなるから、泳ぎが得意な人でも簡単に溺れます」

「そ、そか、確かに……」

「安全に釣りを楽しむ上でライフジャケットはとても重要なんです。だから、それを作ってもらえないかなって思って。デザインも考えてきたんです」

「へぇー、見せてや」


 絵を描くのはあんまり得意じゃないんだけど、絵にした方が伝わりやすいかと思って、説明文も付け加えたデザイン案をアサカさんに見てもらった。


「ふむふむ……形状はうちも知ってるベストタイプやね。けど、なるべく生地は少なめって感じか。うちも釣りやってみて思ったけど、意外と体動かすもんな。特に肩周り、腕の上げ下げの邪魔にならんのがええな」

「あたしもそう思って。できるだけ軽くしたいんですけど、大丈夫そうですか?」

「それは問題ないと思うで。水、海水にも丈夫で軽い生地はいくらでもあるから。あと、思ったんやけどポケット多めやね?」

「釣りって細かい道具とか小物が結構多くて。持ち運ぶのは鞄があれば十分なんですけど、いざ使おうって時にすぐ取り出せた方が楽じゃないですか。鞄の中を漁るよりも、ポケットに入れておいた方が早いし楽だなって」

「確かにな。ミコっちゃん、アイディア豊富やな」


 あたしのアイディアって言うか、釣り用のライフジャケットって大体がそんな感じなんだ。ただの救命胴衣に、衣服としての要素も取り入れたもの。


 あたしじゃなくて企業の、メーカーさんのアイディアだね。


 少し前だけど、山ガールって言葉が流行ったように、アウトドアを趣味にする女性が増えてきた。その理由の一つとして、ファッション性が上がった、ってものがあると思う。

 昔はアウトドアって言うと機能性重視で地味なものが多かった。けど、今はいろんなブランドがファッション性も取り入れた、お洒落でカラフルなアイテムを出しているんだ。 山ガールに続けと、釣りガールも絶賛売り出し中なんだ! 


「色はピンクがいいと思うんです!」

「おお、そこは強めにきよったな。まあでも、わかるよ。ユフィ様が着るならピンクがええな。ただ、柄まではミコっちゃんの理想に近付けるかはわからん。そこだけは堪忍な」

「それはわかってます。無理言ってるのはこっちなんで」

「裁縫ってなるとうちだけじゃ無理やから、知り合いのギルドに頼んでみるわ。完全に未知なもん作るってわけやなくて、原型は既にあるもんやから……そうやな、夕方くらいまでには完成しそうやで」

「そ、そんなに早く!? 一日、二日くらい掛かっちゃうのかと思ってました」

「アサカさんを舐めんなや」


 にしし、と勝気に笑うアサカさんに、あたしは親戚のお姉ちゃんの笑みを勝手に重ねて、どこか温かい気持ちになっていた。


「んで、依頼料に関してなんやけど……」

「も、もちろん払います! 今すぐに、ってのは手持ちがなくて無理なんですけど……。ちゃんとお支払いします。何の担保もないし、こんな口約束でほんと申し訳ないんですけど……」

「ええよ、気にせんで」

「えっ?」

「依頼料は、せやな……。仕事終わんの夕方頃やん? 仕事終えてからの酒って格別なわけよ。それに合う魚料理。それで手ぇ打ったるわ」

「え、ええっ!? そ、そんなのでいいんですか!?」

「その代わり、って言ったら何やけど、ミコっちゃんのこのライフジャケットのアイディア、うちにくれへん?」

「ど、どう言うことですか?」

「ミコっちゃん特製のライフジャケットを増産して、売り捌く権利がほしいってこと。うちのギルドに並べて売ってもええか、って話や」


 詳しくはわからないけど、著作権の問題みたいなことかな?


「それはもう、全然大丈夫です。アサカさんの好きにして下さい」


 詳しいことがわからない以上、あたしが言えることなんて何もない。


「けど、こんなの店に並べて売れるんですか?」

「船乗りの需要はあると思うよ。あとは、ゆくゆくのため、かな」

「ゆくゆくの?」

「ミコっちゃんとユフィ様は釣りってものを広めていきたいんやろ? それでもし、釣りがみんなに知れ渡った時、このライフジャケットを求めて世界中から釣り人が押し寄せるんや。そうなったら、うちは丸儲け。やからこれは、未来への投資やね」


 関西改め、オワセーヌのノリに流されがちだけど、アサカさんは結構真面目に物事を考えている人なんだ。


「記念すべき第一号はユフィ様に。そんで、第二号はうちが貰う」

「えっ? アサカさんが?」

「何やねん、仲間外れにせんといてや。うちもこれから、ミコっちゃんとユフィ様と一緒に釣り行かせてや」

「もちろん! もっといろんな釣り、いろんな魚を知ってほしいです!」


 あたしがいた世界でも、思い切って釣りのことを話してみれば意外と食い付いてくれる人がいたのかも知れない。明るい高校生活があったのかも知れない。

 けど、それは「たられば」の話。今、あたしは異世界にいるんだ。だったら、こっちで明るく楽しく生きてやろうじゃあないか。


「ほんなら今日のツマミ、期待してんで」

「任せて下さい!」



 意気揚々とアサカさんの工房を飛び出したのは昼を過ぎた頃。

 陽が昇り切ったこのタイミングは、大体の魚の活性は落ちている。大体の、ね。前に釣ったキスなんかは昼間から活性が上がるタイプだ。あとはハゼとかカワハギとか。

 だから、寝坊しちゃったからって言って、釣りに行かないのは損なんだ。


「とりあえずはキスを狙ってみますか」


 餌は何とイソメだ。何が「何と」なのかと言うと、イソメを捕まえて餌にするなんて初めてなんだ。

 イソメって言うのは、まあ海に住むミミズだね。似たような生き物でゴカイってのもいる。どっちも餌釣りの餌としてはポピュラーなものだ。けど、普通の釣り人はこれを釣具店で買う。わざわざ捕まえて釣りをするなんて、あたし以上の釣り好きだよ。


 海で餌釣りをする以上、絶対に手に入れておきたいイソメ。けど、当然イソメなんてどこにも売ってない。

 それで、最近釣りに出掛けた時に、イソメがいそうな場所を探してみたんだ。そして、いくつかのポイントを見付け出し、今日もそこでイソメを捕まえてから砂浜にやって来たってわけだ。


「アサカさんはまだキス食べてないからな。お酒に合うって言ったら天婦羅なのかな?」


 当たり前にお酒なんて飲んだことないから、酒飲みの気持ちがわからない。ただ、お祖父ちゃんはよく、キスを釣って来ると天婦羅にしていた記憶があった。


「やっぱり定番、王道からいくべきだよね」


 とか呟いてたら、早速のアタリだ。竿先がピクっと震え、手許にも魚の引きが伝わってくる。そんなには大きくなさそうだけど、幸先のいいスタートだぞ。


「よしっ、ゲット……って、おい」


 釣れた魚を手繰り寄せて、あたしは思わずツッコんでしまった。




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引き続き宜しくお願い致します。

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