根魚ざんまい
釣った魚は内臓を取ってから、一旦アサカさんの工房に戻ってスチールボックスと氷を借りて、ユフィの屋敷に運ぶことにした。アサカさんは屋敷に行く支度をするからと工房で別れ、あたしは今、キッチンで根魚を眺めながらどう料理しようかを考えていた。
「たくさん釣れたけどカサゴが多いね」
「そうだね。穴釣りでは一番メジャーな魚かな。今日はこれをメインにしようか」
カサゴは年間を通して釣れる、釣り人にはありがたいお魚だ。二十五センチ以上の大きめのものは煮付けにしようと思う。
内臓はもう取ってあるけど、包丁は入れてない。エラを手で引き千切る時に内臓も一緒に掻き出しておいたんだ。更に口からブラシを入れて中の血合いをよく洗う。お腹に包丁を入れないから煮崩れしにくくなるんだ。
頭を左にして中央に「✕」の飾り包丁を入れる。味が染み込むのと、完成した時の見た目もいい。川の字に包丁を入れる人もいるけど、そこはお好きな方で。
「お鍋で煮込むの?」
「カサゴで一番ポピュラーな食べ方かな。カサゴは臭みも少ないから、煮付けにしやすいんだよね」
それでも気になるから霜降り処理をしておこう。
熱湯を満遍なく掛けたら冷水でよく洗って、ぬめりを落とす。そうすることで生臭さが落ちて、それが煮汁に溶け込むのを防ぐってわけだ。あと、取り切れなかった鱗も、この時に取ることができる。
味付けは醤油、酒、味醂、砂糖。生姜は臭い消しで少しだけ使おう。
あたしの料理は基本、目分量だ。教えてくれたお祖母ちゃんがそうだったから。
まずは酒と味醂を一対一入れて、アルコールが飛ぶまで火に掛ける。味見をして、この時の甘さでどれくらい砂糖を入れるか考える感じだ。醤油を入れたら、今回はスプーン二杯分の砂糖を入れておいた。
ここはもう人の好みだと思うけど、あたしの味付けは一般的なものよりも濃い目だと思う。濃い目の煮汁で、魚の表面にだけ味を染み込ませるイメージかな。
「魚を鍋に入れたら火を弱くして煮込む。一緒に豆腐も入れておこうかな。この煮汁を吸った豆腐もまた美味しいんだよね」
「完成前だけど、もう美味しいもん!」
「はははっ、言いたいことはわかる気がする」
一般的なレシピを見ると水を入れて、魚全体を煮汁に浸して煮るみたいなんだけど、あたしの場合は水は使わない。だから、日保ちがして、この煮汁を他の料理に使ったりできるんだ。
その分、鍋の魚は半身浴みたいな形になるから、たまにお玉で汁を掬ってカサゴ全体に掛けてあげる。引っ繰り返すのもいいけど、変に触って身が崩れるのも嫌だしね。あと、表面に照りも出る。
「小さめのカサゴ、メバルは唐揚げにしちゃおう。小さいと骨まで食べられるから、おやつ感覚だね」
唐揚げは鱗を取った魚に塩を振って、少し放置。余分な水分と臭みが出て行くから、キッチンペーパーで水気をよく切ってから、片栗粉を全体に塗して揚げる。
「最後はお刺身。根魚の刺身は釣り人の特権だよねぇ」
「そうなの?」
「まあ、お店とかで食べられないことはないんだけど、スーパー……市場にあんまり出回らないから、ちょっとお高いんだよ。前に釣ったアジなんかは群れを作っているから、例えば大きな網で一気に掬って、大量に獲ることができるよね。そしたら、市場にもよく並ぶから安く手に入る」
「そっか、カサゴとかは岩の隙間に隠れてるから、一気にいっぱい捕まえるのは無理なんだね?」
「たまに間違って網に入っちゃうやつもいるけどね。でも、あたしたち釣り人は根魚を狙って釣れるから、鮮度のいい根魚をゲットできるってわけ」
あと、釣りは魚の体をあんまり傷付けずに捕まえられるって言う、大きな利点がある。網で大量に捕まえると、どうしても圧し潰されちゃったり、網に擦れて傷が付いちゃったりするんだよね。
そう言う魚は見た目も良くないし、鮮度も落ちちゃうから売り物にはならない。けど、釣りだと基本的には口に針が掛かるだけだから、魚を綺麗な状態でゲットできるんだ。
「少し大きめのメバルとキジハタを刺身にしようか。半分は皮を引いて、普通の刺身に。もう半分は皮を残して炙りにしよう」
根魚は皮と身の間に旨味が詰まっているから、刺身と炙り、二種類の美味しさを堪能してもらおう。
「煮付けと唐揚げもいい感じだね。あとは綺麗に盛り付けて、と……」
煮付けには白髪ネギを乗せて、唐揚げにはレモンを付ける。これは一人、一皿ずつ盛って、刺身と炙りは大皿にワサビとおろし生姜を添えて、盛り付けていった。
メイドさんが大根のツマを作ってくれたお蔭で、刺身は我ながらマジでお店で出て来るレベルに仕上がったと思う。
「かーんせーい! ミコト特製、根魚尽くし、根魚三昧のフルコースだよ!」
「星三つです!」
「……ユフィ、それは食べ終えてから言おうか?」
いや、別に言わんでいいけど。
ダイニングテーブルには既にアサカさんが座っていて、食前酒なのか、ネリスタさんと白ワインみたいなものを飲んでいた。
しかも、楽しそうに。もう酔っ払ってないよね?
あたしはネリスタさん親子に向き合うように、アサカさんの隣の席に腰を下ろした。
「今回は前のなめろうと違って、魚の形を残したままのものが多いわね……」
「こっちは生の切り身やんな? ミコっちゃんを信用してないわけやないんやけど……ホンマに大丈夫……?」
二人の心配はある程度、予想はしていた。魚丸ごとの煮付けも唐揚げも、魚を食べる文化のない人たちにとっては、なかなかのハードルの高さだとは思う。けど、まずは魚を食べることへの抵抗感を払拭したかったんだ。
そして、生魚。なめろうも確かに生ではあるけど、見た目は調理されたものだ。けど、刺身は切ってそれを盛り付けただけ。調理した感のなさに不安を感じるんだろう。
「味の好き嫌いは別として、食べても絶対に大丈夫です」
アニサキスは青魚に多いんだけど、根魚に寄生しないってわけじゃない。だから、そこの注意も万全だ。
「じゃあ、まずは刺身から。ワサビ醤油、もしくは生姜醤油でどうぞ」
ネリスタさんとユフィは経験済みだから、そこまでじゃないけど、アサカさんはかなり緊張した面持ちで口へと運んでいた。
「なはっ!」
「うふっ!」
出た。スタインウェイ家特有の謎の効果音。
「な、何や、これ……。ぷりぷりで、めっちゃ美味しいやん……!」
「うん! あっさりしてて淡泊なんだけど、仄かに甘さも感じるよ!」
「生臭さも全くないわ! 前のなめろうは味噌と薬味の味が強かったけれど、この刺身は醤油だけでも全然食べられるのね!」
白身魚は寝かせた方が美味しい、とも言うんだけど、それはまた別の機会にしよう。ちゃんと処理をすれば、刺身でも美味しいんだってことを今日は知ってほしかったんだ。
「こっちの炙った方はまた違う味がするのね!」
「ホンマや! 皮が香ばしくて、食感もまた違うやん! うわっ、何これ!? ホンマにおんなじ魚なん!?」
期待以上の反応に、思わずにやけてしまう。
「唐揚げはお好みでレモンを絞って、そのままでもいいですし、ちょっとポン酢を付けても美味しいですよ」
ポン酢には万能ネギを刻んで入れている。あたしは更に、もみじおろしを使うんだけど残念ながら、それはなかった。この世界には存在しないのか、それともたまたまユフィの家にはなかったのか。
他の調味料や薬味が揃っているから、存在はしてると思うんだよね。一般家庭に、なかなかもみじおろしって置かないし。
「唐揚げ、うまっ! 外はサクサクで身はふわふわやん!」
「アサカさん、これは……!」
「うちも思いましたよ……! この唐揚げには……ビールや!」
「ビールを持って来なさい!」
こっちにもビールってあるんだ。しかも、瓶ビールだし。
二人は自分のグラスに琥珀色の液体を注ぐなり、唐揚げを口に運んで、すぐにグラスを傾ける。
「ぷはぁー!」
二人揃って仕事終わりのサラリーマンみたいだね……。ユフィがちょっと心配してたのがわかった気がする。
「焼いた魚とはまた違った、ふんわり感があるね」
「時間を掛けて焼く焼き魚と違って、高温で一気に揚げるからね。魚の旨味が外に漏れず、濃縮されるんじゃないかな」
さて、最後に今晩のメインディッシュ。やっぱり根魚と言えば、煮付けでしょ。
「煮付けは箸で解した身を、まずはそのまま食べてみて下さい」
「おっ、ここにもミコっちゃんのこだわりがあるっぽいね?」
「こだわりって言えば、そうかもですね。煮付けに関しては、あたしなりの工夫をしてるんで」
「おお、楽しみや。じゃあ、まずは一口……」
箸で身を解すと、白い綺麗な身が出て来る。皮の表面は醤油の色に染まっているんだけど、中までは染みていないんだ。
「少し薄味、なのかしら? 物足りないと言えばそうだけど、魚の味はよくするわね。身もふわふわしていて美味しいわ」
「じゃあ今度は、箸で取った身を煮汁に浸して食べてみて下さい」
「煮汁に? さっきの刺身を食べるような感じかしら?」
三人は同時に煮付けを食べて、同時に目を大きく見開いて、同時に息を呑んでいた。
リアルな絶句、初めて見たよ……。
「うっまー! 何なん、この汁! めちゃめちゃ美味いやん!」
「煮汁が身全体に染み渡って、さっき感じた物足りなさがまるでなくなったわ!」
「醤油と砂糖の甘さが凄く前に出て来るんだけど、ちゃんと魚の味も感じる! これ、ご飯が進むよー!」
「豆腐も汁吸ってて、こっちもめっちゃ美味いし!」
後で動画配信でもするの? ってくらい見事な食レポ、ありがとうございます。
てか、ユフィ。貴族のお嬢様がお茶椀片手に、そんな掻き込んじゃダメだって。
「この煮汁には、カサゴの出汁が余すことなく溶け込んでます。何なら刺身を作った時に出たアラ、使わない部分も一緒に煮たんで、更に濃厚な煮汁になってます」
「せやったら、もっと煮込んで魚全体にこの汁を染み込ませた方がええんちゃうん?」
「そう言う作り方をする人もいますよ。でも、あたしは煮込み時間を短くして、わざと染み込ませなかったんです」
「えっ? な、何で……?」
「確かにこの煮汁は美味しいです。でも、濃い味付けのものって、ずっと食べてると飽きてきたり、重く感じてきたりしちゃいません?」
「うーん……確かに」
「でも、この煮付け方だと、自分の好みの味で食べられますよね。物足りない時は解した身を煮汁に浸して、あっさり食べたい時は、そのまま食べる。一つの料理でも、違った味を楽しめる料理にしたんです」
何ならスープみたいに、身を食べた後にスプーンで煮汁を掬って飲んでもいいんだ。味の濃さの調節ができて、食べ方の自由度もある。それがあたしの煮付けだ。
「お箸が止まらないよー!」
「酒も止まらんっちゅうねん! ネリスタ様、この煮付けには冷酒ちゃいますか!?」
「それね! すぐに冷酒を!」
どうやら、根魚三昧は大成功を収めたみたいだ。
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