思い掛けないゲスト
納涼祭が近付くにつれて、街の様子は徐々に変わってきた。もう出店を建てているギルドもあれば、それに追われているギルドもある。聞こえてくる話はどれも納涼祭のことばかりで、いつも以上に活気で溢れている。
そのテンションとノリにあたしも徐々に引っ張られつつあるのか、日課の早朝フィッシングがちょっとずつ早くなっている気がする。
そして、とうとうまだ陽も昇らない真っ暗な午前三時頃に港へと来てしまった。
「ふわぁー……今日のミコトはやる気みゃんみゃんだねぇー……」
「眠いなら無理しなくても良かったんだよ?」
あたしとしては嬉しいけど。寝惚けユフィ、めちゃカワっ!
「だってぇ、風邪引いてたからミコトと釣り行けてなかったし」
と、剥れるユフィもまた可愛い。
「あたしもユフィが隣にいてくれないと寂しかったよ。だから、体調管理は気を付けてね。寝惚けて転んで怪我もしないように」
「うぅー……はいっ!」
気合いを入れたのか、カッと目を見開くユフィ。目、ギンギンじゃねえか。いちいち仕草が可愛すぎる。
「今日は何を狙うの?」
「特に狙いは決めてなくて、できれば真新しい魚を釣って、料理のインスピレーションを広げたいな、と……って、おお?」
「どうしたの、ミコト?」
「ユフィ、静かに。そっと近付こう」
「う、うん」
港の桟橋を歩いていると、真っ暗な海に更に黒い影がいくつか浮いているのが見えた。腰を落として姿勢を低くさせ、桟橋を軋ませないようにゆっくり歩いていく。
目標に近付いたと思しき辺りで止まり、ゆっくりと海面を覗き込むように顔を上げる。
マジか!? ありゃ、烏賊だ! しかも、何匹もいる!
「ミコト、あれって魚なの?」
「魚とはちょっと違うけど、海に住むポピュラーな生物だよ。名前は烏賊」
「イカ?」
「うん。その中でも、あれはアオリイカだね」
イカって海の生き物なのに漢字で書くと鳥の「烏」って文字が入るよね。これは何でか。
昔、イカが死んだふりをして海に浮かんでいるのを、カラスが食べようと突きにきたそうだ。それをイカは長い触手で絡め取って、逆に食べちゃったんだとか。
それで「烏」を騙して食べちゃう「賊」ってことで、烏賊となったらしい。
ただ、カラスを食べちゃうイカが実際に確認されたことはないらしいけど。
「くそー……。エギは持ってないんだよな……!」
「エギって?」
「イカ釣り専用のルアーのことだね。エビに似せた、あたしの国では歴史のあるルアーなんだ」
「エビに似てるからエギなの?」
「形は似てるけど、ちょっと違うくて……」
エギは漢字で書くと餌木。餌になる木、なんだ。
と言うのも、エギが生まれたのは江戸時代のことらしく、漁師さんが誤って松明を落としてしまい、それにイカが抱き付いたんだとか。それで、これは使えるかも知れないと思った漁師さんは、木を餌に見せ掛けてイカを釣るための道具を作りだした。諸説あるそうだけど。
それが日本最古のルアーとも言われる餌木なんだ。
「エギでイカを狙う釣りをエギングって言うんだけど、あたしはあんまりやらなかったんだよね。だから、エギは持ってなくてさ」
「興味がなかったの?」
「そう言うわけじゃないんだ。単にあたしが住んでた家から行ける範囲の海では、イカってあんまりいなかったんだよね」
だから、エギングをやったのは幼い頃。お祖父ちゃん手作りのエギでやっただけ。あの時は全く釣れなかったんだよなぁ……。
「けど、せっかくのチャンスだからな。逃したくはないよね」
イカって沖合にいるイメージかもだけど、実はこうやって浅瀬に寄ってきたりもするんだ。今まで見て来なかったのは本格的に夏になってきたからなのか、もしかしたらいつも以上の早起きのお蔭なのかも。
「一か八か、ジグでやってみるか……」
「そのエギってやつじゃなくても釣れるの?」
「効果的なのはやっぱりエギなんだけど、他のルアーでも釣れたって言う話は聞いたことがあってね。その一つがメタルジグなんだ」
それよりも効果的なのは泳がせ釣りって言って、生きた魚を餌にする釣り方で、主にアジを餌にする。けど、今ここで餌用のアジを釣ればイカが逃げちゃうし、別の場所でアジを釣ってきたところでまだここにイカがいてくれるとは限らない。
「ちょっとフックを交換しよう」
「イカ用にカスタマイズするんだね?」
「うん。イカを釣る場合、魚と違って口にフックを掛けるんじゃなくて腕に掛けるんだ」
「……えっ? イカって腕があるの……?」
ああ、そっか。見たことないんだから、どんな姿形をしているかなんてわからないよね。
「魚とは全然違った姿をしていて、もしかしたらちょっと怖い見た目かもだけど、めちゃくちゃ美味しい海の幸だから、釣れるのを願ってくれたら嬉しいな」
「うん、応援してるよ!」
「ありがと。それで、イカって生き物は十本の腕を持ってるのね」
「じゅ、十本!?」
「まあ、驚くよね。でも、虫とかは人間よりも多い手足を持ってるでしょ? それで考えたら、別にイカだけが特別ってわけじゃないよね」
「確かにそうだね」
「イカって生き物はこの腕を使って餌を捕まえるの。捕まえて抱き抱えて、口へと運ぶ。だから、この抱き抱えた時にフックを掛けたいわけ。じゃないと、口に運ぶまでに餌が偽物だってことがイカにバレちゃうからね」
だから、メタルジグのリアフックをトリプルフックに変えて掛かりやすくした上で、フロントにもシングルフックを付けておく。
「よし、準備完了。初挑戦だけど、上手くいきますように……!」
「頑張れ、ミコト」
エギングの基本的なアクションはジャーク&フォール。素早く水中でルアーを跳ね上がらせ、またフォール、沈めさせる。アオリイカはこのフォール中にバイトしてくるんだ。
準備している間にさっきの小さな群れは少し沖合に出たのか、目視はできない。けど、まだ近くにはいるはずだ。派手な赤いライトジグをキャストして、まずはボトムを取る。
そこから鋭く、素早くロッドを「シュンシュン」と二回シャクる。少し何もしないで沈めたら、また二回シャクる。これの繰り返しだ。
「正直、エギングはちゃんと教わったことがないから見様見真似なんだよね。しかも、エギじゃなくてメタルジグでとなると……」
ファーストキャストにアタリはなし。けど、あたしは構わず続けて二投目をキャスト。
あたしの世界じゃ望み薄だけど、ここでなら可能性は大いにある。だって、この世界の魚たちは釣られるってことを知らないんだから。エギだろうがメタルジグだろうが何だろうが、初めて見るルアーに興味津々になっても不思議じゃない。
「やっぱり難しそう?」
「ううん。あたしの国では通用しなかったものでも、フィーリアでなら通じるってことはあると思うんだ。だから、諦めずに続けていけば……!」
気合いを入れ直してロッドをシャクった瞬間、竿先が撓り、手許には重い手応え。これは完全にバイトだ。
「来たっ!」
アワせるって言うよりかは、そのままリールを巻いて引っ張るって感覚かな。シャクった時にフックはしっかりと掛かっているはずだから。
「あんまり大きくはないけど、ここは慎重に……!」
タモ網を手に取り、ゆっくりとランディング。最後に少しだけ抵抗を見せたけど、無事に網の中に納まってくれた。
「こ、これが……イカ、なの……!?」
「そうだよー、って何でもないように言ってみたいけど……あたしもびっくりだよ! 釣れたよ、ジグで! よっしゃ、アオリイカは初めてだ!」
感極まって握った拳を何度も振り下ろすあたしに、ユフィは満面の笑みで掌を掲げる。あたしはそれに力強くタッチして、二人でお祭り騒ぎみたいな笑い声を上げていた。
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