フィーリアトラウトのお味
一匹の猿がちょこんと腰を下ろしているのは、多分あたしが締めたフィーリアトラウトがある場所。背中を見せていて、あたしの存在には気付いてないみたい。だから、背後から大声出せば、びっくりして逃げていくと思う。
けど、あたしはこれをチャンスだと思っていた。
身を隠せるような場所はないから、腰を落として身を小さくさせて、静かに猿の背中を観察する。辺りをきょろきょろ見回しているうちに、あたしと目が合ったような気がしたけど、この距離だからかあんまり驚いた様子はなかった。
すると、徐に腰を上げた猿は少しずつあたしから離れていく。その手に白い魚を持って。
さあ、そいつをどうする気だい、お猿さん?
少し大きい石に腰掛けた猿が、フィーリアトラウトをくんくん嗅いだ後、何の躊躇いもなく頭からぱくり。
食べたー!
あたしは心の中でガッツポーズ。
動物が食べても大丈夫ってことは、人間が食べても大丈夫って考えられる。これが同じ哺乳類なら確実性は上がる。
しかも、あの食べ方からして何か食べ慣れてる気がするんだよね。
猿はフィーリアトラウトを食べきると、もう一度だけあたしの方を向いて、川を下って行った。ご馳走になったお礼でもしてくれたんだろうか。寧ろ、あたしがお礼したいくらいなんだけどな。
「よーし、気合い入れてもう一匹釣るぞ」
一撃必釣の餌を見付けてしまったから、もうこっちのものだ。あのカニさえ手に入れてしまえば怖いものなんてない。
また川の中へ入ってカニ探し。見付けたら餌にしてキャスト。さっき一匹釣ってしまったから魚が散ってしまったのかも知れない。すぐに反応はなかった。
けど、五分としないうちにヒット。十九センチほどのフィーリアトラウトをゲットした。
「薪はもうあるから火熾ししてっと……」
フェザースティック、だっけ? あれ、やってみようかな。
キーナさんに教えてもらった焚火のテクを、せっかくだから実践してみることにした。できるだけ真っ直ぐな木にナイフの刃を当てて、表面を削ぐように右手を押していく。
こ、こんな感じ? けど、キーナさんはもっと薄く皮を削ってたような……。
って、ああ! 力入れすぎて切り落としちゃった!
ただ木の皮を削ぐだけなんだけど、これが意外と難しくて、何度も削いだ木の皮を切り落としてしまった。まあ、この木のクズも火種になってくれるから気にすることはない、とキーナさんは言ってたけど。
「焚火オッケー。じゃあ、いよいよ捌きますか」
今回はフィーリアトラウトの味をシンプルに味わうために塩焼きにする。だったら、普通はおろさないで内臓だけ取って串焼きにするんだけど、どんな魚なのか知るために三枚におろすことにした。
「へぇー! マジか!」
片面をおろした瞬間、あたしは思わず声を上げてしまった。なぜなら、白く輝くフィーリアトラウトの身は、鮮やかなピンク色だったから。
サーモンピンクってやつか。普通は川を下って海に出たトラウトがこうなるんだけど、あのカニのせいだな。
割りと有名だと思うけど、鮭って白身魚なんだ。あんなに身は赤いのに。それは海に出てエビやカニ、オキアミなんかを食べるから。こいつらにはテナガエビと同じで、「アスタキ何とか」が含まれているから、その色素が蓄積していくんだ。
そもそも白身か赤身かって、見た目の色で決めてるわけじゃないからね。筋肉内に含まれているタンパク質の量で決まってるんだ。
「餌がいいからかな? 脂の乗りが良さそうだぞ」
切り身にしたフィーリアトラウトを枝で作った串に刺して、塩を振る。皮には少し強めに。あとは串を焚火の近くに固定させて、遠火で焼いていく。
途中、身からは脂が滴り落ちて、何とも香ばしい匂いが辺りを包み込んだ。
「フィーリアトラウトの塩焼き、完成……!」
ごくり、とあたしは喉を鳴らす。それは空腹だからじゃない。不安、心配だからだ。
まだ、この魚が安全だと決まったわけじゃない。猿は大丈夫でも人間にはアウト、って可能性はあるんだから。そして、食べられたとしても、その味が果たして人間に合うものなのか。
「……頂きます!」
これが最後の食事にならないことを力一杯願いつつ、フィーリアトラウトの身を噛み締めて飲み下す。
舌が痺れるとか、気持ち悪いとか、お腹が痛いとか、そう言うのは全くない。あるのは、ただ一つ。
美味しい。
ただそれだけだった。
「うっわ、何これ……!? めちゃくちゃ美味しいんだけど……!」
渓流の魚は確かに甘いって感じることがある。アユはよくスイカの匂いに譬えられるよね。どっちかって言うと爽やか系。
フィーリアトラウトは違う。もっと濃厚な、インパクトのある甘さだ。ジャガイモ、サツマイモみたいな、ねっとりとした甘さって言うのかな? とにかく、この魚が持つ味が濃いんだ。
これなら、タルタルの濃厚さにも負けない。
「あとは今日一日、あたしの体調に変化がなければオッケーかな」
この美味しい脂が実は人間には分解できない成分でした、なんてこともあり得るからね。みんなにこの案を伝えるのは明日以降だ。
あまりの美味しさに不安や心配なんて吹き飛んだようで、知らないうちにフィーリアトラウトは頭と骨しか残っていなかった。
翌日、あたしの体調は頗る良かった。だから、その日もミリアナ湖に向かい、あの真っ赤なカニを使ってフィーリアトラウトを狙い続けた。
今回は試しに本湖の方でも釣りをしてみたんだけど、こっちでもフィーリアトラウトが釣れることがわかった。しかも、本湖の方がサイズがいい気がする。
スチールボックスいっぱいに、とまではいかなかったけど、それなりに数を釣ることができた。今日は夕方に孤児院に集まる予定になっていて、あたしはそのまま孤児院へと向かう。
「おお、ミコっちゃん。みんなももう来てんで」
「すみません、遅くなっちゃって」
「ええよ、ええよ。ユフィ様に聞いてるで。釣り行ってたんやろ? やから、一番最後になるやろうなって、みんなで言うとったし」
ユフィの風邪もようやく治り、今日の集まりには参加しているんだ。
「ミコト、おかえり。いいなぁ、私も釣りに行きたかったよぉ……」
「病み上がりなんだし、無理しちゃダメだって。それに、本番はこれからだよ。納涼祭のためにじゃんじゃん釣ってもらわなきゃだから、その日のために力を溜めておいてよ」
あと運もね。
「それより、これがパンを焼く窯ですか!?」
「せや! 立派なもんやろ」
今日集まった目的はこれなんだ。アサカさんと他の職人ギルドの皆さんの協力もあって、窯がもう完成したんだ。だから、早速子供たちにパンを焼いてもらおうことになった。一応、念のためにユフィの屋敷のメイドさん立ち合いの許、だけどね。
「アサカさん、私たち孤児院のためにこんな立派なものを……。本当にありがとうございます」
「いえいえ、いいですって。誰かの役に立つもんを作る。それがうちらの仕事ですから」
子供たちはパンの生地を作る班と、窯の火熾しをする班に分かれていて、もう早速動きが統率されていた。さすがはお屋敷のメイドさんの指導だな……。
「ミコト、私たちの出店の場所が決まったわ」
「ほ、本当ですか!? 一体どんなとこに?」
「噴水広場の一角よ。ここは競争率の高い場所なんだから。私たちは相当運がいいわ」
「や、やった!」
噴水広場はフィーリアの中心って言ってもいい場所だ。普段から人が集まる場所だから、納涼祭のメイン会場って言っても過言じゃないんじゃないかな。
「ただ、その分ライバルも多いから気を抜けないわ。それで、ミコトはシルキー様とハンバーガーに合う魚を探してたのよね? そっちはどんな感じなの?」
「よくぞ聞いてくれました。ちょっと試したい魚が見付かったんですよね」
「そ、そうなのですか!? もしかして、そのスチールボックスに!?」
「うん。シルキーもきっと驚くよ」
テーブルにスチールボックスを置いて、勿体ぶるようにゆっくりと蓋を開ける。それを覗き込むユフィたち。
「こ、これはまさか……!?」
「フィーリアトラウトだよね!? た、食べて大丈夫なの!?」
「そっちも気になりますが、こんなにもたくさん釣ったことも驚きですわ!」
アサカさんとキーナさんは見るのが初めてだから、まずはフィーリアトラウトの美しさに驚いているみたいだった。
「実は昨日食べてみて、安全性は確認済みなんだ。しかも、これが美味しいんだよ」
「た、食べたの!?」
「食べても大丈夫そうだって言う確証を得てからね。ただ昨日は塩焼きで食べてみただけだから、実際にフライにして、バーガーとして食べてみたいなって。もちろん、孤児院の子供たちともね」
実際に自分たちが作るハンバーガーがどんな味なのか。それは知っておいてほしいもんね。
「じゃあ、あたしたちも料理していこうか。あたしがどんどん捌くのでアサカさんとキーナさんでフライにしていって下さい。ユフィとシルキーはタルタルをお願い。バンズが焼き上がったら、バーガーにしていきましょう」
「おおー!」
子供たちの方からも声が上がった。みんなで同じ目的に向かって、一つのものを作っていく。これって何か、文化祭とか運動会の準備みたいなノリと似ている。こう言う時だけクラスが一致団結する、みたいな。
あんまり親しい友達がいなかったあたしでも、この時だけはクラスの一員になれてた気がする。
まあ、そんなことはどうでもいいか。
あたしたちのハンバーガーを作り上げるぞ。
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