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納涼祭に向けて




 キャンプのお蔭でやりたいこと、構想はかなり纏まってきたけど第一にクリアしておかないといけない最優先事項がある。それが孤児院の協力だ。あたしたちの話は孤児院の協力を前提に進めているんだから、これがダメだった場合、話は振り出しだ。


 てなわけで、あたしは一人で孤児院を訪ねることにした。ユフィも「行く」って言ってたんだけど、貴族様の力を借りるのはちょっとなぁ、ってことで留守番しててもらうことにした。

 ユフィを連れて行けば、嫌でもスタインウェイ家の力がチラついてしまう。それじゃあ、院長先生だって断れないよ。あたしたちは無理にでも協力してほしいわけじゃないんだ。孤児院と子供たちの意思で決めてほしい。


「……――と言うわけなんですけど、どうでしょうか? あたしたちと一緒に納涼祭を盛り上げませんか?」


 まずは院長先生にだけ話を聞いてもらったんだけど……感触としては五分五分って感じだな、これは……。もうちょっといい反応が見れると思ってた、あたしが甘かったのか……?


「とりあえず、提案としては嬉しい限りです。これまで孤児院として納涼祭に参加することはありませんでしたし、子供たちにも楽しませてあげることはできなかった。あの子たちにとって納涼祭は、ただただ見ていることしかできないお祭りでしたから」

「だったら、是非!」

「ミコトさんはこの街のご出身ではないですよね?」

「え、ええ、まあ……」

「だから、あまり気付かないかも知れませんが、フィーリアの街の人々にとって孤児院はあまりいい印象ではないのですよ。見ず知らずの身寄りのない子供たちに割くお金より、自分や自分の家族の暮らしが豊かになる方が当然いいでしょう? ですから、私たちが協力している、と言うのはいい宣伝効果にはなりませんよ?」

「お客さんが寄り付かない、最悪いちゃもん付けられる。そう言う話ですか?」

「そうですね」


 ふっふっふっ。そんなの上等だ。


 にやりと笑うあたしに、院長先生は首を傾げていた。


「ミコトさん?」

「そんなの、孤児院の協力があろうがなかろうが関係ないですよ。だって、あたしたち釣りギルドの出店では魚料理を提供するんです。その時点でもう逆風ですよ。あたしたちは向かい風の中からスタートするんです。孤児院がどうこうなんて関係ない」

「……ミコトさん、あなたはどうしてそこまで私たちのことを考えてくれるのですか?」


 だよね。普通は疑っちゃうよね。何か裏があるんじゃないかって。孤児院を守る立場としては正解だと思う。上手い話、甘い話にはすぐ飛び付かない。


 あたしだって当然、詐欺を働いてるわけじゃない。騙すつもりなんてないし、嘘も吐きたくない。だから、ここでスズカゼの名を使えるわけないよね。


「実はあたしも家族とは離れ離れで暮らしているんですよ。ただ、あたしの場合は幼い頃からってわけじゃなく、最近になって急に、ですけど。しかも、あたしは裕福な家庭で面倒を見てもらっています。孤児院の子供たちとは全然違う。それなのに、エミリたちと自分を重ねてしまうのは烏滸がましいって言うか、軽々しいって言うか……。

 けど、だからって見て見ぬ振りはしたくない!」

「ミコトさん……。あなたにはパスタのご恩があります。疑ってすみませんでした。ただ、あなたの正直な気持ちを聞いてみたかったのです」

「いえ、大事なことですから院長先生としては当然の質問だと思います」

「では、子供たちに聞いてみましょうか。これは私の一存では決められませんからね」


 あたしと院長先生は子供たちが集まる広間へと行き、そこで子供たちに今回のことを話した。ちょっと難しい話かなって思っていたんだけど、案の定すぐには返事がない。


「人様からお金を頂いて、食べ物を提供する以上、これは遊びではなくて仕事です。それなりの覚悟を持って臨まねばなりません。ですが、私はとてもいい経験だと思うのです。あなたたちもいずれは大人になり社会を知り、仕事をしてお金を稼がないといけません。これはそれを知るいい機会だと思いますよ」


 まっ、言ってしまえばバイトだよね。軽い気持ちでやってほしくないのは確かだけど、あんまり重く考えてほしくもない。難しいところだ。


「それって、私たちでミコトお姉ちゃんに恩返しができるってこと?」


 そう尋ねたのはエミリだった。


「そうですね」

「だったら、私やる!」


 エミリの声に、周りの子供たちもどんどん声を上げていく。


「俺もやるよ! あの時のお礼しなきゃだもん!」

「僕も! ミコト姉ちゃんの手伝いする!」

「みんなでやりましょうよ!」


 どうやら答えは全員一致のようだ。

 孤児院の協力を得たことで進められる準備がいろいろと増える。まずはパンを焼くための窯を造ること。これはアサカさんが他のギルドの人にも声を掛けているみたいで、着工したら完成は早いとのことだ。

 その間、子供たちには屋敷のメイドさんからパン作りを教わってもらい、窯ができ次第、どんどん調理の練習を重ねてもらう予定だ。

 そして、パンを作るには当然材料がいる。主に小麦粉が。これを大量に、安く仕入れたいところだ。

 釣りギルドとしての準備はフライに使う魚を釣ること。お惣菜やお弁当なんかに入っている白身魚のフライって、スケトウダラが使われていることが多い。ただ、この魚は普段水深三百メートル前後の場所に生息している魚で、今のあたしたちには釣ることは不可能な魚だ。

 だから、タラ以外でハンバーガーに合う魚を是非とも見付け出したい。



「と言うわけで、早速魚を釣って試食してみようってことなんだけど……」

「ミコ姉と二人っきりなんて嬉しい限りですわ!」


 アサカさんとキーナさんは他の作業で忙しく、ユフィはまさかの夏風邪でダウン。キャンプではしゃいだのもあるのかも。

 そんなわけで、今回はシルキーと二人で釣りに出掛けることになった。


「はしゃぐのはいいけど、海に落ちないでよ」

「落ちても、アサカさんのライフジャケットがあるから大丈夫ですわ」

「ライフジャケットがあっても危ないことには違いないんだから、油断しないこと」


 夏でもまだ涼しい午前五時。あたしが釣り場に選んだのは砂浜の先にある小磯だった。根魚に青物、砂地が好きな魚などなど、いろんな魚種が狙える。


「じゃあ、シルキーはウキ釣りで五目釣りに挑戦してもらおうかな」

「頑張りますわ!」


 あたしはライトジグを投げてのライトショアジギング。もう一本のロッドはイソメを付けてぶっ込み釣りだ。


「ミコ姉はどんなお魚が釣れたら嬉しいですか?」

「フグ以外なら大体嬉しいかなぁ」


 シルキーもユフィから魚のことをいろいろと学んでいるみたいで、仲間入りが一番遅くても知識はみんなとそう変わりはない。


「今、何かアタリが……!」

「おっ? 早速、何か釣れた?」

「はい! 何か掛かったようです……!」


 どれどれ、と覗き込んでみると、小さいけど青黒い宝石のように輝く綺麗な魚体が見えた。


「つ、釣れました! 何だか綺麗なお魚です!」

「それはグレだね。可愛いコッパグレ」

「コッパ……グレ……?」


 ああ、しまった。釣り人としてはいいかもだけど、魚のことを教える身としては偏った言い方をしてしまった。


「ええっと、正式な名前はメジナなんだ。けど、あたしの国では地方によって呼び方が違ってて、あたしはグレって言う方が馴染み深いんだよね」


 東はメジナ、西はグレ。そう呼ばれる魚は青黒い、ものによってはもっと青色の濃い綺麗な魚だ。形で言えばタイに似てるかな。磯釣りではメジャーな魚だ。その小さいサイズのことをコッパグレって言ったりする。


「さすがにこのサイズはリリースですよね?」

「そうだね。あと、この時期のメジナは美味しくないって言われてるんだよね」

「そうなのですか?」

「旬は秋から春で、冬場は特に美味しいってされてるね。寒グレとも呼ばれて、磯釣り師たちは挙って磯に出掛ける時期だよ」

「では、大きなメジナが釣れてもあまり喜べないですわね」

「そうでもないよ。美味しくないって言っても一般的な話であって、ちゃんと処理すれば美味しく頂けるんだよ。ただ、冬場の方が美味しすぎるってだけ」


 美味しくないって言われる原因は磯臭さにある。これさえ、きちんと取ってあげれば刺身でも食べられるんだ。それに今回はフライにする魚を探しているから、多少の磯臭さなら簡単に誤魔化せる。


 コッパグレをリリースしたシルキーは、自分で餌を付けてキャストする。ユフィ同様、もう立派なアングラーだよ。


「み、ミコ姉ぇ……」


 なんて思っていたのに、暫くするとシルキーがそんな情けない声を上げた。


「何なに? どうしたの?」

「ら、ラインが大変なことに……」

「あらま、お祭りじゃん」

「……納涼祭はまだですよ?」

「知ってるよ。そうじゃなくて、釣り用語のこと。正確には手前祭りって言って、そんな風に自分の仕掛けがぐちゃぐちゃに絡まった状態のことを言うんだ。別の人の仕掛けと自分の仕掛けが絡まっちゃった場合のことを、お祭りって言うの」


 由来についてはいろいろあるみたいだけど、糸がてんやわんやの大変になった状態と、それに騒ぐ釣り人の様子から来ているんだと個人的には思う。


 それはともかく、あたしはぐちゃぐちゃになったラインをじーっと見つめ、ゆっくりと解いていく。


「波に遊ばれちゃったんだね。ラインが絡まった時に重要なのは落ち着くこと。無理に引っ張っちゃうと余計に絡まったり、結ばれてダマになっちゃたりするからね」

「ごめんなさい、ミコ姉……」

「全然いいよ。釣り糸が絡まるのは仕方ないことだし、釣りをしていれば誰もが通る道みたいなもんだもん。あたしもよくお祭りして、お祖父ちゃんにその糸を解いてもらってたよ」


 今回は単純な仕掛けだったから解くのも簡単だった。解けない時は最悪ラインを切るしかないからね。その場合はまた仕掛けを結び直さなきゃだし、ラインも無駄にしちゃうから可能な限り解きたいよね。


「よし、解けた。釣り再開だ」

「ありがとうございます、ミコ姉」

「それはいいんだけど、なぜに抱き付く?」

「ユフィには悪いですが、今日は存分にミコ姉成分を吸収しておきたいので」


 それ、吸収されすぎて干からびるってことないよね……?


「ユフィも早く元気になって――」


 んん?


 いきなりラインが引っ張られるような感覚がしたかと思うと、リールが重くなって全く巻けなくなった。一瞬、大物でも掛かったのかと思ったけど、すぐに勘違いだと気付いた。


 これは違う。この感覚はあんまり知りたくないけど、知っている。


「のぉおおおおおー! 地球を釣っちゃったぁあああああー!」


 あたしの叫び声にシルキーがかたりと首を傾げる。


「……チキュウ?」




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引き続き宜しくお願い致します。

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