ブラクリ
ユフィとアサカさんの三人で海にやって来たのは、正午を過ぎた頃だった。途中、アサカさんがサンドウィッチを買ってくれて、それを頂きながらポイント探しをしている。
「海着いたらすぐに、その釣りってやつを始めるわけやないんやね?」
「そうですね。まずは魚がいそうな場所を探すんです。今はこう言う整備された港より、岩がゴロゴロ転がったところがいいですね」
「ほんなら、向こうの海岸がええんやないかな? 近くに石工のギルドがあって、失敗した石やら岩を海岸に積んでんねん」
「それは期待できそうです。案内頼めます?」
「もっちろんや」
港を横切り、ゴロタ浜を歩いて、あたしはその途中で時々カニを捕まえつつ、アサカさんの案内で岩場へとやって来た。
そこを思い描いていた通りの場所で、大きな岩がいくつも海に転がり、まるでテトラポットの堤防みたいになっていた。
「おおー、いい感じの岩場ですね。じゃあ、準備しますね」
アサカさんの工房に竹があったから、それを貰って、二人は前と同じ竹ロッドだ。
「竹にラインを結んだら、アサカさんに作ってもらったブラクリを付けます」
「面白い形だね。錘と針が一緒になってる?」
「そうだね。それをブラクリって言うんだ。釣り方としてはこの針に餌を付けて、岩場の隙間にこれを落とすの。こう言う岩の陰には魚が隠れていることが多いから、それを狙って釣るってわけだね」
「餌はさっき捕まえてたカニ?」
「うん。穴に落としたら、ちょんちょんってロッドを揺らして少し待つ。何の反応もなければ、餌を引き上げて違う穴に落とす。また、ロッドをちょんちょん。何もなかったら別の場所。その繰り返しだね」
餌を落とすだけだから、キャストする必要もない。釣り未経験の人や子供なんかでも楽しめる釣りの一つだ。
「けど、注意点を一つ。夢中になりすぎないこと」
「夢中に?」
「隙間や穴を探して釣るやり方だから、どうしても視線が下だけに向きがちなのね。けど、足許は不安定な岩場。転んだり、下手したら海に落ちたりすることもある。怪我や事故に繋がらないよう、ちゃんと周囲を確認すること」
「了解です」
ふんっと鼻を鳴らし、敬礼するユフィ。仕草がいちいち可愛いな、とか思っていると、隣から明るい笑い声が聞こえてきた。
「何や自分ら、ホンマの姉妹みたいやな。友達やって言うてたけど、長い付き合いなん?」
「あっ、ええっと……昨日初めて会いました」
「マジでか!? それでこの仲良しとか、気ぃ合いすぎやろ!?」
「あたし、いろいろあって今はユフィの家にお世話になってるんです。だから、スタインウェイ家の人たちには何か恩返しがしたくて。それで、あたしが持っている釣りと魚の知識を役立てられたらなって思ってるんです」
そう言う事情もあってすぐに仲良くなれたけど、何も知らないアサカさんから見ても、あたしたちが姉妹みたいに仲良しに見えたって言うのは、何だかむず痒くて嬉しかった。
「じゃあ、やってみようか。ユフィ、あそこの岩の隙間に落としてみて」
まずは釣り経験者のユフィにお手本としてやってもらうことにした。普通だとリールを使う釣りなんだけど、今は潮も引いているから水深もあんまりない。リールを使わない竿、延べ竿でもできる釣りだ。
「穴釣りのポイントは魚が掛かったら、ちょっと強引でもすぐに引き上げること」
「ラインが岩に擦れて切れない?」
「いいところに気が付くね。ユフィの言う通りだから、ラインは丈夫で強めのものを使ってるよ。すぐに引き上げるのは、掛かった魚が隙間の更に奥に逃げないように、だね。岩の奥に逃げ込まれたら、さすがに引き上げてくるのは無理だから」
何の反応もなかったようで、ユフィはまた別の隙間を探してそこに餌を落とす。
「あっ! 引いてる!」
落としてすぐ、ユフィは竿を振り上げた。ぐぐんとロッドが撓り、竿先がぴくぴく揺れている。これは何か掛かった。
「一気に引き上げる……!」
おまじないか自分に言い聞かせるみたいに呟いたユフィは、空を突くようにロッドを高く掲げた。
「つ、釣れた……」
「おおー、やったじゃん! カサゴだよ」
釣れたのはカサゴ。小さいけど価値のある一匹目だ。
「けど、これはリリースサイズ。逃がしちゃうね」
「食べられないの?」
「そんなことないんだけど、これはまだ子供だからね」
「小さいアジは食べるのに?」
「うーん……それはねぇ……」
何とも難しい質問だ。確かに小アジは食べた。何なら日本人はシラスとか、ちりめんじゃことか、もっと小さな魚を食べてる。
アジやシラス、イワシなんかは群れを作って生活していて、逆にカサゴなんかは単独行動。個体数は多分だけど、群れを作る魚の方が多いんじゃないかな。だから、群れる魚は小さいものでも食べちゃう。
これはあたしの個人的な考えだから、何も知らないユフィに植え付けるのは良くない気がする。自分で釣って、食べて、考えて、それで答えを出すべきなんじゃないかな。
「アングラーとしての信念、かな。けど、これは人それぞれだから、何が正解で何が間違ってるとかはないの。もしも、ユフィがこのまま釣りを楽しんでくれるのなら、ユフィなりの信念を見付ければいいと思うよ」
「な、何か奥が深いんだね……!」
単に答えが出なくて逃げただけなんだけどね……。
「ミコっちゃんの言うことはわかる気するわ。うちら職人もルールとか法律で決まってるわけやないけど、越えたらあかん一線ってどっかにあんねん。それは人それぞれ。自分の信念に従って仕事する。正に、ミコっちゃんは職人ってわけや」
いや、違います。ただのJKです。一応、大学進学希望です。
「うちも釣りっての、やってみてもええ!?」
「もちろんです。じゃあ、餌付けますね」
何か、楽しい。友達と釣りに行くって、こんな感じなのか。あたしがいた世界では味わえなかったことが、まさか異世界で味わえるとはね。
「おおー! 何か釣れたで!」
「メバルじゃないですか! しかも、結構大きい!」
「ミコト! こっちも何か来た!」
「キジハタ!? 何ここ!? めっちゃ魚いるじゃん!」
最初は二人のフォローに回っていたんだけど、あまりにも二人が釣るもんだから、いつの間にかあたしも自分の釣りに熱中してしまった。いやだって、こんなにも釣れるポイント、なかなかないんだから。あたしだって釣りを楽しみたいんだい。
釣れた魚はアサカさんが持って来てくれたネットを生け簀代わりにして、そこに入れていった。ここで釣れるのはカサゴやメバル、キジハタなんかの根魚って呼ばれる魚だ。正しい読み方は「ねうお」らしいんだけど、釣り人の多くは「ねざかな」って言うんだよね。だから、ここはあたしもアングラーらしく「ねざかな」って言わせてもらおうかな。
他にも根魚だと、アイナメとかクロソイとかがメジャーだ。
しかも、どれも美味しいってのが穴釣りの魅力だよね。
「しかし、よお考えたもんやな。こんな風にして魚を捕まえるなんて、考えたこともなかったわ。それに、魚の種類もこんなあったんやな」
「ミコトは魚の名前がすぐにわかって凄いね」
「お祖父ちゃんが魚好きだったからね。釣るのはもちろん、食べるのも」
「た、食べる!? 食べんの、魚!?」
ああ。そう言えば、アサカさんには言ってなかったか。そこまで引かれるのは地味にショックなんだけど。
「私も最初、不安だったんだけど、ミコトの料理は絶品だよ。魚がこんなにも美味しいなんて思わなかった。私たち、魚を勝手に毛嫌いして損してるって思ったもん」
「ユフィ様がそこまで言うんか……。それはうちも気になるな……」
「じゃあ、アサカさん、今晩うちに来る? ミコトに魚料理作ってもらったら?」
「ええの!? 行く行く!」
いや、いいの!? 貴族が普通に一般市民を招いて!? アサカさんも友達の家に行くようなノリだし!
「今日、お父様は仕事で屋敷には帰らないから、アサカさんが来てくれたら楽しいよ」
「ロイド様おらんの!? 最高やん!」
えっ? 何言ってんの、この人……。
「ガールズトークに花が咲くってもんやん!」
「飲み過ぎないでね? お母様もお酒が入ると人が変わっちゃうし……」
「そう言うもんやねんって、酒は。自分らも大人なったらわかるわ」
なるほど、そう言うことか。アサカさんもネリスタさんもお酒好きなのか。アサカさんは何となく想像できるけど、ネリスタさんがお酒好きって意外だ。
「ミコト、魚はこれくらいで足りる?」
「うん。いいサイズのが何匹かいるから、四人分も問題ないよ」
ただ、晩ご飯までにはまだ時間があるからと、あたしたちはキャッチ&リリースでもう暫く穴釣りを楽しむのだった。
よければ、いいね ブックマークして頂けると励みになります。
引き続き宜しくお願い致します。




