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Epilogue ファーストフィッシュ

釣り。魚。海鮮料理。そして、大人たちはお酒!

魚と肴を楽しんで頂ければ嬉しいです。



 ふわぁー……ねむ……。時間は……四時か。ちょっと寝すぎた。


 あたしはベッドから跳ね起きて、顔を洗って歯を磨いて着替えして……。昨日の晩に用意しておいた荷物と朝ご飯を持って、部屋を静かに出て行った。


 ここは、異世界の、とあるお屋敷。

 何人かの使用人と、ある貴族が暮らしている。日本だと普通の、どこにでもいる女子高生が暮らせるような場所じゃないし、暮らしていいような場所でもない。


 けれど、あたしはその権利を手に入れてしまった。


「ミコト」

「わっ、ユフィ!」


 くすっと悪戯な笑みを浮かべる、この少女。ユフィ・スタインウェイ。


 金髪美少女って、今までのあたしの生活では全く関わりのなかったジャンルだから、こんな子が傍にいるのは新鮮で、何だかむず痒くもある。

 この小さな貴族様に気に入られたお蔭であたし、波満奈海琴(はまなみこと)は異世界でも不自由なく贅沢な、釣りライフを送っているのです。



◇◇◇◇◇



「おおぉー! 異世界にも海あんじゃん!」


 川や海を見るとテンションが上がってしまうのは釣り人の性ってやつだろうか。しかも、異世界の海、ってところがプラスポイントだ。


 そうなんだ。あたしは今、異世界にいる。釣りに行こうと出掛け、良さげな場所を見付けて土手を飛び下りたら転び、気が付いたら見知らぬ森の中にいた。

 最初はただの勘違いかと思った。けど、スマホは圏外だし、誰にも繋がらないし、ようやく見付けた街でここはどこなのか聞くと、聞いたことのない地名ばかり出て来るし。


 まあ、日本語で話ができたことはありがたい。


 漫画やアニメにはそこまで詳しくないけど、この手のストーリーは聞いたことがある。異世界行っちゃう系の。

 だから、それなんだ、とあたしは受け入れることにした。悩んでも仕方ないし。


 じゃあ、異世界に来たら何をするか。あたしが知ってる範囲のお話だと勇者になったり、英雄になったり、知らぬ間にハーレム状態だったり。そんなところ。

 けど、あたしは闘うのとか苦手だし、大して運動もできない。土手から飛び下りて転ぶ女だよ?

 街の人に聞いたところ、近くに海があるって言うんで、あたしはこうして海に来たってわけだ。


 あたしが異世界でしたいこと。それは釣りだ。


 幸いにも釣りに行こうとしていたところを異世界に飛ばされたお蔭で、釣り道具は持ったままだった。


「異世界の海か……。何がいるんだろ?」


 雑木林を抜けた先にあった浜は、砂浜のビーチって感じじゃなく、大きい石や岩が転がっている「ゴロタ浜」ってやつだった。海底にも同じように石や岩が転がっていて、そこに魚が身を隠せるから、釣り場としては好条件のポイントだって言える。

 どんな魚がいるのかわからないから、まずはシンプルな釣りからやってみよう。錘を付けて針を結んで、そこに餌を付けて海に放り込む。あとは魚が餌を食べるのを待つだけ。

 ぶっ込み釣り、ってやつだ。餌は浜にいた小さなカニを捕まえて付けた。


暫く待っていると、早速魚からの反応があった。慌てず、慎重にリールを巻いて魚を引き寄せる。手応えからしてそんなに大きくはなさそうだけど、異世界最初の一匹目はサイズなんて関係ない。


「やったー! 釣れた!」


 赤黒い魚体に刺々しいヒレ。大きさは十五センチくらいで、あんまり大きくないんだけど……。これってカサゴじゃん。異世界にもカサゴいるんだ?


 カサゴ。関西だとガシラ。九州の方だとアラカブって呼ばれたりもする。煮付けで食べられることが多いけど、唐揚げもあたしは好きだな。あとはお鍋に入れたり。


「けど、このサイズはリリースだな」


 キャッチ&リリースって言葉があるけど、あたし的にはキャッチ&イート派だ。でも、さすがにこんな子供サイズのカサゴを食べるのは可哀想でしょ。

 釣ったカサゴを優しく海に帰して、軽く手を洗っている時だった。


「す、すっごーい!」

「へっ?」


 背後で声がしたかと思うと、雑木林の陰に女の子が立っていた。その子はゆるふわウェーブの金髪を靡かせて、如何にも「お嬢様です!」って言うふわふわのドレスを着て、どこか興奮した様子であたしの方へと駆け寄って来た。


「今の魚だよね!?」

「う、うん。そうだけど……?」


 あなた、誰? あの街の子供、かな?


「魚を捕まえられる人、初めて見た!」

「そうなの? 結構いると思うけどな。あなたが日々、食べている魚は漁師が獲って来たものでしょ?」

「りょうし? って、何? あと、魚ってできれば食べないよ? 美味しくないし」


 おおっと!? 身形からちょっと思ってたんだけど、この子もしかして……異世界の貴族か何かかな? 恵まれた暮らしのせいで、自分たちの食料を供給してくれる人たちの存在すら知らないんだ。

 あと、魚嫌いの子供って多いよね。あたしも小さい頃はそうだったし。


「漁師って言うのは、魚を獲って、それを売って生活をしている人たちのことだよ。あなたの……――あなた名前、聞いてもいい?」

「ユフィ・スタインウェイだよ」


 おお、異世界っぽい名前……。


「じゃあ……ユフィって呼んでもいい?」

「うん」

「ユフィのお父さんやお母さんは魚を食べるでしょ?」

「食べないよ?」


 魚嫌いの一族なのか……?


「じゃ、じゃあ、親戚でも友達でもいいよ。誰か魚を食べる人はいるよね?」

「いないよ? 魚って生臭いし骨も多くて食べにくいんでしょ? そもそも獲り方がわからないし。だったら、そんなものをわざわざ獲って食べる必要ないでしょ?」

「えっ、待って!? じゃ、じゃあ、この世界で魚って言うものは……食材じゃないの?」

「食べ物じゃないよぉ。魚は海にいる……変な生き物? みたいな?」


 うおぉい……マジか……。この世界の人たちは人生の八割方を損している。魚介類を食さない人生なんて、勿体なさすぎる!


「けど、生臭くて骨が多いってことは知ってるんだね? じゃあ、食べる人もいるってことだよね?」

「こんな言い方はしたくないんだけど……お金に困っているような人たちが、仕方なく、って感じで……」

「それはどこから、どうやって獲って来るの?」

「こう言う浜に打ち上がっていたものとか、どうにか手掴みで捕まえたものって聞くよ?」


 確かに、大量の魚が浜辺に打ち上げられるってニュースはあたしの世界でもたまに聞く。けど、そのほとんどは死んでしまった魚だ。美味しく頂けるわけない。


「そして、魚を食べた大体の人がお腹を壊す、って……。とんでもない腹痛に見舞われた人もいて、死人も出たとか……」


 そりゃ、死んだ魚を食べたら下痢にもなるって……。とんでもない腹痛で死人、か……。食中毒、アニサキス、腸炎ビブリオ菌とかかな……。

 魚介類を食べるにあたって、気を付けなきゃいけないことは確かにある。けど、それをちゃんと処理して調理すれば、美味しい料理になるんだ。


「ユフィ。今からあたしが魚を食べさせてあげる、って言ったら、あなた食べる?」

「ええっ!? 魚は不味くて毒で、危ないものだってお父様に……――」

「不味くもないし、毒でもない! ま、まあ、毒を持ってる魚もいるんだけど! 知識があれば危ないものなんかじゃないんだよ! 信じられないなら、あたしが最初に毒味みたいな感じで食べるから!」


 何か、悔しかったんだ。

 あたしは釣りが好きだから魚が好き。魚が好きだから釣りが好き。この子の言い分は、あたしの根本を否定しているみたいで、ただただ悔しかった。


「……あなたの名前、まだ知らない。そんな人を信用は……できないかな」

「ああ、ごめん! あたしは――」


 波満奈海琴。

 多分これは、こっちの世界だと違和感のある名前になるんじゃないかな? まだ、ユフィの一例しかないんだけど。

 でも、ここは……。


「あたしの名前はミコト・ハマナ。十七歳だよ」

「ミコト、ね。私は十六だからミコトは一つお姉さんね」


 そ、そうだったんだ!? この子、一個下かよ……。全然、もっと下かと思ってた……。


「じゃあ、ミコト。私に魚を食べさせてもらえる?」

「もちろん、いいけど……。名前を教えただけで信用してくれるの?」

「興味があるの」

「興味?」

「うん。さっきミコトは、偶然魚を捕まえたんじゃなくて、知識と技術によって魚を獲ったんでしょ? それは私たちが全然知らないもの。だから、ミコトなら魚の食べ方も知ってるんじゃないか。そう思ったの」


 見た目は幼いけど、頭の回転は十六歳くらい――ううん、もしかしたら、あたしよりも速いのかも知れない。


「だから、食べさせて、ミコト」

「う、うん……。わかった、ちょっと待ってて……」

「ミコト? 顔が赤いよ?」

「な、何でもない! ちょっと暑いだけ!」


 な、何だろ、この子……。物理的にも精神的にも、距離感がとにかく近い。何かドキドキしちゃった……。

 一人っ子だから、そう思うのかな……?

 こんな妹がほしい!




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引き続き宜しくお願い致します。

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