プロローグ7
「なに、ここ……」
長い廊下を進んだ先、扉の向こうには不思議な光景が広がっていた。
無数の青いカプセルに、何本もの管がつながれている。
卵型のそれは、開いているものと閉じられているものが不特定にならんでいた。
よく、人体実験とかの映画で見るような感じ…。
一瞬頭によぎる、ホルマリン漬けの標本。
い、いやいや!現代においてそんなわけ…ない、よね…?
入り口にあったスプレーを手に取った久遠さんは、アンズさんに声をかけながらスプレーを吹きかけた。
「…あなたにも、幸せを」
「?」
久遠さんが何か言っていたけど、ほとんど聞き取れない。
「…………………」
そのまま、聞き返すことも憚られ、沈黙が溢れた。
もしかして、久遠さんはスタッフさんだからまた上階に戻って案内とかをするのかな。
…わたしでも震災の知識は一応ある。
過去に日本で起きた津波で、何万人と亡くなっているのを授業で習った。
その中には、人助けを優先して命を落とした人だってたくさんいた。
「ルナちゃん」
その声に、咄嗟に顔を上げる。
…無意識に俯いていたんだ。
気づけば前にいた男性は言葉を交わすことなくスプレーを受け、いつの間にか前へ進んでいる。
「これからわたしが言うカプセルに入ってね。最低限のものしか入れられないから、カプセルに入ったら蓋をしめる前にアクセサリーを外して服を脱いで。あ、下着はつけたままでいいわ。服とスマホはカプセル右に入れる場所があるからそこに入れて」
「あの」
「今は緊急事態よ。安全が確保できるまでの間だから、言う通りにしてね」
淡々と早口で言われながらスプレーをかけられ、遮るも質問の隙も与えてくれない。
服を脱いで、カプセルに入れって…。
「一時的な避難なのに、なんで…」
「ここから歩いて7個目。一番突き当りの左のカプセルが開いてるから入って。しまっているカプセルには、もう人が入っているから安心して。行って」
とんっと背中を押され、有無を言わさず送り出される。
「そう、一時的なのよ……」
一瞬触れただけ、服越しでもわかったその手の冷たさに、振り返ることはできなかった。
コン、コン、と靴の音が一歩ごとに響く。
ほとんどのカプセルはもう閉じられており、うす暗い中緑色のランプが点灯している。
…蓋は黒く反射しており、中の人の姿はおろか、人がいるかどうかさえわからない。
「これだ………」
言われた通り、7番目。突き当りの一番左。
【靴を脱ぎ、右手の穴に入れてください】
とりあえずカプセルに入ると、目の前に画面が表示された。
【下着のみ身に着けた状態にし、衣服はすべて右手の穴に入れてください】
【スマートフォンを右手の穴に入れてください】
表示通りに進めていく。
下着…じゃなくて水着だけど、いいかなあ。
プールで遊びために、予め水着を着ておいたんだけど…。
形は一緒だし、大丈夫だよね。
【壁が開き、クッションが出ます。そのまま身を任せ、目を瞑ってください】
「へ?」
ウイーン………ぼふっ
後ろの壁が開き、その下にあったであろうクッションに身体が沈んだ。
ふかふかで、硬さもちょうどいい。
【5秒間の消毒をします。気にせずリラックスしてください】
左右を確認していると、画面が切り替わった。
ガシャン
ひとりでに蓋がしまり、空気が入れ替わるような、シューッという音が数秒響く。
なんとなく心地いい感覚と、今日起こった出来事を思い出し、自然と瞼が下がった。
怒涛、というか、詰め込まれ過ぎ、というか。
さすがに情報量が多すぎて、ようやく一息つけたんだ。
ガコン
すこしの揺れを感じたものの、嫌な感覚ではなかった。
そのまま不規則な緩い揺れを感じながら、クッションに完全に体を預ける。
「ちょっとの間だもんね」
ふぅ、と一呼吸して目を開けると、そこには展望台で見たような星空が広がっている。
それはあたり一面が星に囲まれており、
反射で自分が写ることもないため、本当に宇宙に放り出されたよう。
…現代の技術って、すごいな。
避難器具に娯楽をつけてるんだ。
これなら、しばらくは不安や恐怖から解放されていいアイデアかも。
「ふあ……」
急にリラックスしたからか、あくびが出た。
こんな時によくないかもしれないけど、ちょっと寝ようかな。
館内放送でも、『念のための避難』って言ってたし。
エリカもユウさんと一緒に安全な場所にいるよね。
…起きてるかわからないけど。
そんなことを考えて、今のうちに、と再び目を瞑った。
…だから、気づかなかった。
『出会えて、よかった』
誰かがわたしを見上げながら、微笑んでいたこと……。