本編44
「そこからは、当日を迎えてその夜、宇宙に飛ばされて終わりや」
明石さんは話終えると、三本目のビールのプルタブをあける。
…つまり、明石さんは。
「無事に帰ってきた人の、一人……」
俺がそう呟くと、明石さんはベランダの窓をあける。
ずる、と鼻をすすった明石さんの顔は見えなかった。
カラカラと音を立てて開いた隙間から、外の空気が入り込んできた。
生ぬるい、湿った空気。
気づけば日付も回って、時計の針は深夜1時近くを指している。
「そ。結局、俺だけ無事に帰って、残ったのは虚しさと金だけや……」
planetは打ち上げから30年後、数機機体を見失ってしまった。
そこに、ハルさんとリョウさんの機体の名前もあったそうだ。
そして、天城ルナさんの機体も……。
「……せやから、天城さんがどんな理由で参加したかは知らん。ただとても、他人事とは思えんくてな」
30年振りに降り立った地球は、明るかった。
健康観察の為、入院して1ヶ月。
退院出来たタイミングで大橋さんに連絡を取り、
本当は10年でおろす予定が、月の発火により先延びしてしまったと説明を受けた。
太陽に負けじと燃え盛るようになった月は、文字通り、夜を”飲み込んで”いた。
そんなこんなで実験時に預けた荷物を全て返却してもらい、荷物にあったカメラのデータから天城月さんが写った写真を送ったらしい。
…じゃあ、この金髪の後ろ姿は、ハルさんだったのか。
話の流れから推察する。
というか、明石さんて元々京都から東京に出て、今は大阪住まいって言ってたよな。
…なら、
「あの、元々東京にあったご自宅は、今は…?」
おずおずと聞けば、ああ、と気の抜けた返事が帰ってきた。
「今もそのままよ。2人の帰る場所やし、こっちに来たのは仕事の関係やから。…まさか、俺がそんな薄情なヤツに見えとんのか?」
くくっ、と喉を鳴らす明石さん。
そ、そうだよな……!
じいちゃんの実験から50年以上経ってしまっているけど、
それでも明石さんは待っているんだ。
……見失った期待の名前に、2人のものがあったとしても。
温くなって炭酸も抜けたサイダーをあおる。
ぷはあ、と空の缶を大袈裟にテーブルに置けば、カン、と缶らしい軽い音を立てた。
「……?………、?」
そこで、黙って聞いていたシバが、しきりに左耳を触っていることに気づく。
「……どしたん?」
首を傾げれば、いや、と返答し眉を寄せるシバ。
「なんか疼くというか、頭に直接音が響いてる、変な感じ…謎」
なんだそれ。
頭痛…てわけでもないのか?
とりあえず大丈夫、と言うシバを信じ写真を回収すると、ベランダから戻った明石さんが思い出したような顔をした。
「そういや、こんな時間だけどホテルとか平気なん?」
東京からなら取ってるやろ。
明石さんのその言葉に、
「あ!!!」
姉ちゃんからのメッセージを思い出した。
【22時までにチェックインするように!】
やべえ…。
恐る恐るスマホの画面をつけると、電池切れ表示。
縋る思いでシバを見れば、同じく充電切れのようでモバイルバッテリーを刺している所だった。
「ウチでよければ泊まってき。高校生2人がこれから出歩くと、さっきみたいなことになるしなあ」
着替えと風呂用意してくるわ、と言ってくれた明石さん。
ついでにスマホの充電器も貸してくれ、神様だった。
とりあえず、姉ちゃんに連絡、姉ちゃんに連絡、姉ちゃんに連絡……。
あああ、何件通知が来てるか…。
スマホの画面が着くまでの間、俺は恐怖で震えていた。




