本編36
京都に帰ってきたら、会いに来てやってくれ。
兄から写真と共に送られてきたのは確か、そんな文章だった。
名前を呼ばれた2人は、俯いていた顔を同時にあげる。
……二卵性、だったか。
確かに顔は似てるのに、雰囲気は真逆の2人。
1人は今にも泣きそうな顔をしており、現実を受け止められない様子。
もう1人は濁った瞳で無表情。
その顔はまるで、両親に起こった現実を、
もう過去のことにしようとしているように見えた。
確か、泣きそうな顔をしているのが兄のハル。
無表情の方が弟のリョウだ。
まさか、こんな形で初対面を迎えるなんて、誰が想像できただろう。
ゆっくりと2人に手を伸ばした時、看護師が耳打ちをしてきた。
「明石さん、その、特にお兄さんの状態が酷くて…この子達にはとても……」
「…わかりました」
伸ばしかけた手を引っ込め、霊安室に入る。
手前に横たわった女性は、確かに兄貴の嫁・セイコさんだった。
顔に大きな内出血があるものの、原型は留めている。
青白い手を握れば、生気の感じられない、冷たい感覚だけが残った。
感じたことのことのない、恐怖と少しの嫌悪感が湧き上がる。
…魂の宿っていない、空の器に触れるのは、両親の時以来だ。
あの時と同じ感覚がした。
俺はその手を離し、もうひとつの台へ寄る。
「あの、お辛かったらお兄さんの方は……」
よほどひどい状態なんだろう。
看護師がまた気遣って、声をかけてくれる。
「いえ、大丈夫です。」
そう言って顔の布を捲ってもらったが、一瞬で目を逸らしてしまった。
そこには、確かに兄貴がいた。
いた、のに…。
頭の半分以上が潰れ、生前の面影はほとんどなかった。
「旦那さんの方は、体もほとんど潰れてばらばらに…」
体にかかった布を捲ろうとすれば、看護師に制される。
…セイコさんのときにはなかった制止。
恐らく、今は腕が無いんだろうと悟った。
「そうですか…」
涙が出ないのは、受け止められないからか。
これが全部夢で、明日には自分の家のベッドから起きて、変わらない日常を送っているとでも思っているのか。
自然と視線が下がり、無意識に冷たくなった2人を見つめる。
沈黙が流れる中、部屋の引き戸がガラッと開いた。
「お話中ごめんなさいね。……急患よ」
入ってきたのは別の看護師で、俺に付き添ってくれていた看護師に近づくと小声でそう伝えた。
「……!明石さん、すみません。お帰りの際は受付に一声かけてくださると助かります」
「はい。お忙しいのに対応いただいて、ありがとうございました。」
ぺこりと頭を下げ、足早に部屋を出る看護師の少し後。
部屋を出ると、先程と変わらず、
長椅子に座る2人と目が合った。
……この子達の顔を見ても、まだ夢だと思うのか?
明日には、いつも通りだと?
「おじさん、父さんに会った?」
「俺ら、母さんにしか会えなくて。父さんもここにいるって…!」
リョウ、そしてハルの順で問いかけてくる。
身を乗り出してくる2人に、何も答えられない。
「母さんも、顔に大きい怪我してて!俺ら、治してあげたいけど部屋に入れてもらえなくて!」
堰を切ったように捲し立て、わんわん泣き出すハル。
隣のリョウはそれ以上は口を開かず、ハルの手を強く握っていた。
なんて声をかけたら、なんて答えるのが正解なんだ。
変わり果てた兄の姿。
数年ぶりに会う俺でも耐えられなかったのに。
産まれた時から毎日、1番近くでその顔を、その姿を見てきた2人にはとても見せられない。
「…お前らの父さんと母さんな、大きな怪我してここで治療してんだ。俺は父さんの弟で、元気になるまでの間、お前らのこと頼んだって言われて来たんだよ」
…だからか、咄嗟に嘘が出たのは。
俺は2人の前にしゃがんで、頭にぽんと手を置いた。
その体温に、温かさに、安心したのは誰だったか。
そのまま2人まとめて抱きしめれば、ハルはさらに言葉を重ねる。
「元気になるのっていつ?俺ら、どこで待ってたらいいの?待ってたら帰ってくるの?」
「俺と一緒に待ってよう。そしたらすぐだ、すぐ」
そう伝えれば、ハルは俺の肩に手を回ししがみついてきた。
「……………」
一方のリョウは、一言も発さない。
しかし、ほんの少しだけ。
ワイシャツが濡れた感覚がした気がした。
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