本編28
「本当にすみません、突然押しかけて…」
立ち話もなんだから、と言ってくれたおばあさん──もとい、天城さんに甘えて家にお邪魔してしまった。
かぶっていたキャップを取り、案内された椅子に座る。
天城さんは人数分の麦茶を用意してくれ、俺の目の前のテーブルに2つ。
そして、ベランダ側の子供部屋で遊ぶ3人用に小さなテーブルに3つのコップを置いて戻ってきた。
「いいえ。でも、どうしてうちに……?」
おぼんをしまって俺の前の椅子に座った天城さんは、本当に心当たりがない、といった顔をしている。
…そりゃそうだ。
俺だって、何から言えば、説明したらいいかまとまっていない。
俺の自己紹介からしたらいいのか、ここに来た経緯をまるっと話したらいいのか。
…話したら、朝になってそうなレベルの濃さだけど。
「…あの子たち、ひ孫なのよ」
言葉に詰まる俺に、天城さんはシバたちに視線を向けながら口を開いた。
「へ?」
びっくりして、喉の思ってもないところから変な声が出る。
ひ孫って……え、何歳なんだこの人。
咄嗟に思った疑問を口に出さなかった自分をほめたい。
何も言えず天城さんの視線を追うと、彼女はお茶を一口飲んで立ち上がる。
そして、玄関の棚に飾ってあった写真立てを持って戻ってきた。
「右上がわたしと娘たち。その右の子の孫なのよ、あの子たちは」
手渡されたそれに、俺は言葉が出なかった。
右上の写真、面影の残る若いころの天城さんと、ヒナちゃん・ユナちゃんの祖母と言われた小学生くらいの女の子の真ん中。
シバたちの先にあるベランダで撮られたであろう画角。
窓の外には桜が散っていて、春に撮られたものだと悟る。
…制服姿の満面の笑みの女の子は、シュリにそっくりだった。
「私の孫とその夫…ヒナとユナの両親は、数年前に事故でね」
目を伏せる天城さんに、自然と左下の写真に目をやる。
ゆびを咥えた双子をそれぞれ抱える男女。
写真の中で愛おしそうに、見つめている。
「夫にも……その写真の真ん中の娘にも先に逝かれて、人生150年時代なんて言われる中、長生きしてるのは私と次女だけ。今は4人暮らしよ」
どうして。
得体の知れない、初めて会った俺に、そんな話をしてくれるんだろうって。
どこの誰かもわからない人間を家にあげて、親切にしてくれるんだって。
俺は写真立てを置いて、天城さんに向き直る。
聞きたいこと、知りたいこと。
この人なら、何か知っているかもしれない。
知っていたら教えてくれる……そんな気がした。
「…俺、星河ダイチっていいます。向こうは友人の木崎シバです。天城ツキさんに会いたくて来ました」
「………っ!」
改めて頭を下げれば、天城さんは口元を両手で覆った。
その顔は、驚き、というより畏怖に近いような。
よく見ないと気づかないくらいの細かな震えを刻んでいる手は、そっと写真立てに伸ばされる。
そして、裏返すと留められていた四隅が外され、1枚の写真を手渡された。
それは浴衣姿の女の子2人。
旅館の布団に横になって、ピースをしている。
「……その左の子が、ルナ。月って書いて、ルナって読むのよ」
「…………」
穴が開くほど見つめたが、そこには紛れもなく。
“シュリ”が写っていた。
あの桜の写真の真ん中の子。
しかし、天城さんがつづけた言葉は、俺の予想の斜め上をいっていた。
「………高校生の時、水難事故で他界したわ。もう何十年も前、『お土産買って帰るね!』って笑顔で出ていったのが最後だったわ」
はら、とひとひらの涙が天城さんの頬を伝う。
「そんな………」
天城さんの様子は、とても嘘を言っているようには思えない。
…でも、じゃあ、シュリは……誰なんだ。
そう疑問が生まれたとき、よぎったのはあのリスト。
「あの、本当に失礼なんですけど…当時のルナさんの、その、遺体とかって……」
直球過ぎたか?
でも、もし見つかっていないのであれば…そんな期待が、少しだけ膨らんだ。




