花嫁の付添人
第一部と第二部の間くらいのお話です。
ボールドウィンのお屋敷では、ささやかなお遊びがいくつもある。
歴代当主の性格か、働いている人間の息抜きか、はたまたただの楽しみか。
理由は分からないが、みんなでちょっと協力して、少しだけ面白く過ごすのだ。
誰が一番おいしいお茶を淹れられるか競ったり、洗濯物をたたむ競争をしたり、一気に床の汚れを落とす方法を編み出したり。
みんなで意見を出し合いながら、和気あいあいと楽しんでいる。
中には悪ふざけに近いものもあるが、主人は割と黙認している。それだけでなく、お茶の競争の時にはビスケットを差し入れたり、洗濯物の時は見学したり(感心していた)、床の汚れに至っては、なんと主人自ら参加していた。心が広いにもほどがある。
そんな主人を頭上にいただく彼らの意欲は、常に非常に高かった。
――と、いうわけで。
「やっぱりこっちじゃないかと思うんだよねえ……」
「いや、あたしはこっちだね」
「あたしはこっちの方がいいと思うけど? やっぱりさ、できるだけ豪華じゃないと」
「何のお話ですか?」
ひょっこりとレティが顔を出すと、使用人(全員女性だ)が、わっと彼女を取り囲んだ。
「ねえレティ、あんたはどれがいいと思う?」
「はい?」
「こっちがいいよね、絶対黒!」
「あたしは深緑がいいと思うなあ。目の色と合っててお似合いだもん」
「いやいや、ここは白でしょう」
「な……何のお話ですか?」
わいわいと言い合う女性達に慄きつつ尋ねると、近くにいたサンドラが教えてくれた。
「旦那さまの服だよ。今年はちょっと気合いが入ってるみたいだから、すごいのができるんじゃない?」
「ふ……服、とは?」
ウィルの服は、専門の店から人が来て仕立ててもらっている。ルカのも同様だ。レティもついでにと言われたが、分不相応なので逃げている。でも一度だけつかまって、それはそれは素敵なワンピースを仕立ててもらった。もったいなさすぎて、一度袖を通して以来、着ていない。
彼らの仕事に主人の服を仕立てる事は入っていないが――はて。
首をかしげたレティに、サンドラは「いつものお遊び」と教えてくれた。
「旦那さま公認で、素敵な服を仕立てるのさ。出来上がったら着てもらう。ルーカスさまも一緒にね。楽しいんだよ」
「へぇ……」
「どんな衣装を仕立てても着てくださるから、近ごろは熱が入ってね。みんな大張り切りなのさ」
最初は冬の手慰みのつもりで始めた事だが、どんどん裁縫技術が発達して、最近ではかなり本格的になっている。おかげで伯爵家で働く人間は裁縫も得意だと、嫁入り先には事欠かない。ちなみに、男性は力仕事に駆り出され、こちらも働き者だと評判がいい。
彼らの情熱と、ささやかな楽しみが一致した行事だ。
初めて参加するレティは目を丸くしていたが、みんなの楽しそうな顔は素敵だった。
「私もお手伝いします。それで、どんな衣装に?」
声をかけると、彼女達はくわっと目を見開いた。
「これ!」
「これ!」
「これだってば!」
三枚の紙を突きつけられ、「おぉ…」と一歩下がる。
どうやら、話が元に戻ってしまったようだ。
「全身黒で、手袋とブーツも黒にして、鳥の羽根をいっぱいつけるの。片目は包帯で隠して、羽根を口で咥えるのもいいわね。ルーカスさまもお揃いにするのよ。素敵じゃない?」
「それなら旦那さまは深緑で、ルーカスさまは紺がいいわよ。頭に布を巻いて、色とりどりの宝石で飾って。ちょっと派手だけど、民族衣装でいいのがあるの。きっとお似合いよ」
「何言ってるの。絶対白よ。あの輝くような髪と瞳に一番似合う色じゃない。ルーカス様にも似合うわ。白はどんな色も引き立てるのよ。たとえ裸すれすれでも!」
どうやら三人とも譲る気はないらしい。あと三人とも性癖がちょっと偏っている。
ぎゃんぎゃん騒ぎながらも、どこか楽しそうなのはなぜだろう。
結論はすぐに出ない様子だったので、レティは「先に行きますね」と断ってから部屋を出た。
(うーん……)
どれも奇抜で良かったが、一番似合うと言われると。
「いつもの服が一番……かな?」
ある意味まともな意見であった。
――そして、当日。
「今回は趣向を変えることにいたしました」
そんなサンドラの言葉とともに、ウィルとルカは服を受け取った。
ウィルは楽しそうだが、ルカは心なしかげんなりしている。以前の全身極彩色や、王子様風仮装を思い出しているせいかもしれない。ちなみにどちらもウィルは完璧に着こなした。なんというか、さすがである。
「……ん?」
「お……?」
だが、袖を通した二人は目を見張った。
今年の衣装は、従来とは少し違った。
「……普通だな」
「うん、普通だ」
布は余った分を好きに使っていいと言ってある。一度着た後は希望者が持ち帰り、仕立て直したり売ったりする。なまじ手が込んでいるせいで、ひそかな人気商品になっているようだが、それはそれで構わない。みんなが楽しそうで結構だ。
だが、今年は。
「普通だな」
「うん、普通だ」
二回言った。
二人の服は、ごく普通の正装だった。
ウィルは白地に薄紫色のリボンタイで、ルカは黒地に青のタイだ。ちなみに、裸ではない。約一名、涙を呑んだ顔の女性がいたが、あまり気にしない事にする。
「すげーな。もう売り物だろ、これ」
「毎年技術が向上しているとは思ってたけど……専門店にも引けを取らない出来栄えだね」
それは彼女達の狂おしいほどの情熱の表れだが、それについては二人とも触れなかった。
上品なデザインの、まともな服だ。袖口や裾周りの刺繍が凝っていて、さすがだと思わせる。――だが、普通だ。動物の耳がついていたり、素肌に毛皮だったりしない。ちなみにどちらもウィルは完璧に着こなした。もうさすがとかいう話じゃない。
「でも、この恰好……」
「なんだ?」
「いや、ちょっと」
胸に花が挿してある。ルカは淡い青の小花で、ウィルは薄紫色の花。どちらもリボンタイと同じ色だ。それに合う緑の葉も添えられている。
名前は知らないが、レティが好んでいる花だ。だからよく覚えている。
みんなの前に出ると、彼らがわっと盛り上がった。
「素敵です、旦那さま!」
「ルーカス様もお似合いで!」
「どこかの王子様みたいですよ。本当に……黒い羽根もお似合いだと思ったんですけど……!」
ちょっと変な感想が混じったが、おおむね好意的である。あと一名、「深緑…」「紺…」と呟く女性もいたが、見なかった事にする。
何気なく周囲を見回して、ひとり足りないのに気がついた。
「あ? チビはどうした」
ちょうどルカもそれに気づいたのか、怪訝な顔になる。
それを聞き、サンドラがふっふと笑った。
「――それでは、こちらをどうぞ!」
その言葉と同時に、人垣が割れた。
「わ……っ」
彼らの影に隠れていた少女が、びっくりしたように顔を上げる。
その姿を見て、ウィルとルカは目を見張った。
「……レティ?」
ウィルの方がわずかに早かったのは、単なる反射の問題だ。
名前を呼ばれ、レティが観念したように頷いた。
「……はい、そうです」
レティは、薄いオレンジ色のドレスを着ていた。
あの色には見覚えがある。以前仕立てたはずのワンピースだ。あれ以来見ていなかったが、淡い色がよく似合っている。
だが、何かが違う。
ウィルの表情で察したのか、サンドラが嬉しそうな顔になった。
「気づきました? みんなであれこれ直したんです。糸をほどけば元通りだから、許してくださいね? せっかくの素敵な服なのに、あの子ったらちっとも着ないんだから」
もったいないと、サンドラはいたずらっぽく笑っている。二人は訳が分からないまま、レティの姿を見つめている。
「いつもあたしたちを楽しませてくださるから、今度はあたしたちがお二人を楽しませて差し上げたいなって思ったんです。生意気だって言われそうですけど」
どうですか? とサンドラが笑う。
「今年はあたしたち、あの子を飾りつけることにしたんですよ」
膝丈だったはずのワンピースは、足首まで届く優雅なドレスに変わっていた。
繊細なレースが惜しげもなく使われ、華奢な足元を隠している。ごてごてと重いわけではなく、流れるようなラインだ。上に同色の布を重ね、腰の位置で切り替えて、後ろをリボンで留めてある。子供っぽくならないよう、あまり大げさなものではない。
胸元は詰まっているが、初々しくて可愛らしい。小さな耳を小粒の宝石が飾っている。そういえば少し前にサンドラが借りに来たな――と思ったが、あまり気にしていなかった。
レティは髪を結い上げて、ドレスと同じ色のリボンをつけていた。
ワンピースも可愛らしくてよかったが、大人びたデザインも似合っている。
多分、化粧も施されているのだろう。いつもより少し深く見える瞳と、黒々と濡れたまつげ。以前よりも大人っぽく見えるのは、唇の色が華やかなせいだ。レティの肌の色に合わせ、ちょうどいい色を選んである。これなら年頃の令嬢に見える。
だが、中身は変わらない。
現にレティの表情は戸惑ったまま、窺うようにこちらを見つめている。
不安なのだろうかと思った直後、口は勝手に動いていた。
「――すごく可愛いよ、レティ」
「!!」
レティがびっくりした顔になり――すぐにほっとした表情になる。
「よく似合ってる。その髪はどうしたの? 素敵だね」
「あ、これは、みなさんがしてくださって……」
照れたように言いながら、嬉しそうに触っている。やはりレティも年頃の少女なので、可愛い恰好は嫌いじゃないらしい。
――それにしても。
「駄馬にも装飾、とは言うものの……。マジか」
隣で呟くルカに、三度目はさすがのレティも怒るんじゃないかと忠告しようとしたが、ここで指摘するのも無粋なのでやめておいた。あれだけ女性の心を奪えるくせに、どうしてこんなところだけ雑なのか。
それとも――彼女だから、雑なのか。
この従者が、気を許した相手にだけ素を見せるのは知っている。いつものすまし顔ではなく、ちょっとだけ気を遣わなくなる。
迷惑この上ない習性だが、ウィルはそこも気に入っている。
この従者が気を許す相手はいつも、信用に足る人間ばかりだ。
(それを思うと……レティには初対面からあれだったんだから、ある意味すごいな)
それだけ気を抜いていたのか、それとも、気を抜いても大丈夫だと判断したのか。
どちらにせよ、レティも今や屋敷の一員で、愛すべき家族だ。
この、胸の奥がくすぐられるような気持ちだけは、少し収まりがつかないけれど。
「この恰好、花嫁の付添人だね」
「は?」
一応言ってみると、ルカは眉根を寄せていた。
やっぱり気づいていなかったかと思いつつ、「だから、付添人」ともう一度言う。
「正式なものとはちょっと違うけど(※そもそも女性が務める役だ)、レティはさしずめ花嫁役かな? 白いドレスじゃないけど、手袋もレースも白だしね」
ついでに言えば、ドレスにあしらった花も同じだ。レティは髪にも生花を挿していて、なんとも言えず愛らしい。
明るいオレンジ色のドレスに、青と薄紫色の花はよく似合った。
「というわけで、可愛い花嫁をエスコートしに行こうか。もうひとりの付添人さん」
「いやどう考えても爛れてるだろ、その関係……まあ行くけど」
どっちかと言えば父親役じゃねーのかと毒づく彼は、意外にも紳士的な足取りで歩いていく。ルカは非常に有能な従者なので、やれと言われれば紳士になれる。本人の気分が乗っていればなおさらだ。
左右からレティに近づき、ほぼ同時に手を差し出す。
「――お手をどうぞ、レディ」
きゃあっと女性達の声にならない悲鳴が上がる。もはや半分絶叫だ。
レティはまごまごして、おろおろして、助けを求めるように自分達を見る。その反応にちょっと笑い、ウィルはレティの左手を取った。ほとんど同じタイミングでルカも手を取る。彼は右だ。
左右でレティをエスコートすると、周囲がわっと盛り上がった。
余裕の顔で手を振るウィルとは対照的に、ルカはげんなりした顔で、レティはおろおろした様子だ。手を取られたままなのも緊張している一因らしい。
それでもみんなの笑顔につられたらしく、少しずつ表情がほどけてきた。
「ありがとう、みんな。今年の衣装は特別素敵だ。心から楽しませてもらったよ」
というわけで、とウィルが言葉を切る。
「ここからは僕からのお返しだ。みんな遅くまで準備ご苦労さま。明日は半日休暇にするから、ゆっくり体を休めてほしい。だけど、その前に――」
パチンと指を鳴らして合図すると、ここにはいなかった数名の使用人が現れた。
「せっかくだから、思う存分楽しんでくれ。ささやかなパーティだ」
彼らはそれぞれ覆いのかかった大皿を抱えていた。
広間に設置してあった机に大皿を置くと、丁寧に覆いを取り去る。中を見て、彼らが一斉に歓声を上げた。
「鶏肉の丸焼きだ!」
「腸詰めの盛り合わせ!」
「薄焼きパンとチーズ! 揚げ芋も!」
「こっちは小さなケーキがいっぱい!」
使用人といっても色々いる。衣装作りに携わらなかった人間の手は空いているので、通常の仕事の隙間を狙い、宴の準備を手伝ってもらった。もちろん、費用を出したのは主人である。
向こうからワインも運ばれてきて、彼らはもっと歓声を上げた。
「楽しい夜を、みんな」
どこからか陽気な曲が流れ始める。それを合図に、みんな料理や酒に手を伸ばしたり、嬉しそうに笑い合ったり、即席のダンスが始まったりしている。ちなみに、演奏しているのはクレイヴだ。彼はバイオリンの腕前も相当なものらしい。
にぎやかな広間の様子をしばらく眺め、ウィルは何気なく横を見た。レティは隣に立ったまま、動こうとしない。
「レティは行かないの?」
「はい。ここで見ています」
レティの目はきらきらしている。思った通り、とても楽しそうだ。
上気した頬がうっすらと色づき、艶のある唇が笑みこぼれる。少しだけまぶしく見えるのは、広間に点った灯りのせいか、それとも。
「――レティ! そんなところにいないで、一緒に踊ろうよ。楽しいよ!」
その時、向こうから声をかけられた。
「サンディ、私、踊りはよく分からなくて」
「だいじょーぶだいじょーぶ! 教えてあげるから。旦那さまたち、この子借りてもいいですよね?」
「もちろん」
「好きにしろ」
「お、お二人とも!?」
あっさり二人に裏切られ、レティはサンドラに手を引かれて行ってしまった。すぐにみんなの輪に呑み込まれ、おっかなびっくり踊っている。その動きはどう見てもぎこちない。けれど、とても楽しそうだ。
「……どうせなら花婿役でもよかった、とか思ってない?」
ルカに話を振ると、しかめっ面で返される。
「アホかお前。冗談でもやめろよな」
「そう?」
「お子様はお呼びじゃねーんだよ。せめてあと五年だろ」
「……ん?」
「なんだよ」
「いや……うん、まあいいや」
ルカは自分の言った事が分かっているのだろうか。それはつまり、「今はまだ無理だが、五年後なら問題ない」という意味だ。
無自覚なのか、確信的か。それとも――。
(……まあ、その時になったらでいいか)
自分も過去、同じ判断をさせているとはまったく知らない主である。その時はまだ、どちらも「可愛がっている生き物」扱いだったが、今の感情は誰も知らない。自分と、隣にいる本人以外は。
いや――本人ですら、きちんと分かってはいないのかもしれない。
だから。
「あと二年」
「あ?」
「二年経てば大人になるよ。今よりずっと、もっと」
無邪気な愛らしさはそのままに、きっともっと成長しているだろう。身長も、内面も。
だから、考えるのは五年後じゃない。
「あんまりうかうかしてると、問答無用で掻っ攫うよ?」
「なっ……」
「おや、意味が分かった? ならそういうことでいいかな。何しろもう、年頃だそうだし」
いつ誰に攫われてもおかしくないのだと、さりげなく言っておく。
案の定、ルカが慌てた顔になる。
「お前……あのなあ!」
せいぜいじたばたしてもらおう。自分だけなんてもったいない。
あの子の成長と幸せを、一緒に見届けていきたいと思う。
たくさん笑って喜んで、誰よりも幸福にしてやりたい。
たとえ泣く事があったとしても、ひとりでないなら大丈夫だ。
その手が誰を選ぶのか、今はまだ分からないけれど。
「来年は父親役でもいいよ? それとも花嫁の友人にする?」
答えの分かっている質問をあえてぶつけると、ルカは思い切り顔をしかめた。
そして一言、「嫌だ」とだけ口にした。
了
お読みいただきありがとうございます。久しぶりに戻ってまいりました。
みんなが頑張ったので、予定よりも大分早い仕上がりになりました。
そのため、急遽もう一着、新しい衣装が用意される事になりました(ルカがものすごい顔をしていた)。誰の意見が採用されたかは、彼らの(というか主にルカの)名誉のために伏せておきます。あとウィルは完璧に着こなした。
*というわけで、おまけの話を追加しました。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。機会がありましたら、またいつか、何かお届けできればと思います。




