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根絶やし伯爵と枯れ枝令嬢  作者: 片山絢森
おまけ

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92/93

初雪の降った日


「そろそろ初雪の季節だね」

 外を眺めていたウィルが何気なく口にした。


「そうですね。寒くなってきましたし」

「本格的な冬になる前に、もっと備えをしとかねーとな。大雪が降ると厄介だ」


 レティとルカがそれぞれ答える。彼らがいるのは仕事部屋だ。執務室とも言うが、普段はここに集まる事が多い。


 暖炉にはあたたかな火が入り、床には厚手の絨毯が敷き詰められている。ルカの提案で、冬の間は入口で靴を脱ぎ、心ゆくまで暖炉で足をあたためるようにした。室内履きの靴もあたたかいが、裸足で火にあたる感覚は、それとはまた違った気持ちの良さだ。

 現に、レティはすっかりくつろいで、両足を火の前に伸ばしていた。


「男の前で素足を出すな、色気皆無の十六歳」

「だってあったかくて気持ちよくて最高なんですよ暖炉って……! このお屋敷はいいですね、使用人部屋にも温石(おんじゃく)が支給されるなんて」

「寒いのは嫌だからね、みんな」


 温石というのは、温めた石で暖を取る道具の事だ。この屋敷では使用人のために薪が用意されていて、厚手の毛布とともに支給される。

 レティもそちらにするつもりだったのだが、マーサとサンドラに「あんたはこっち」と、ぽいっとウィルの部屋に放り込まれた。


「寒さには割と強いと思っていたのですが……。この、炎のあたたかさが、私を駄目な人間に……」

「ジョセフィーンも犬の割にあったかいところが好きだったな。そうかそうか、一緒か」

「人間と申し上げましたが?」


「人も犬も同じだろ。よしよし、飴湯でも飲むか?」

「またそうやって私をごまかすおつもりで……い、いただきます」

「飲むのかよ」


 ルカの突っ込みにも構わず、レティはこちらを振り向いた。ちなみに、飴湯とは水飴と香料を湯に溶かしたものである。割と一般的な飲み物だが、ルカの作り方は少し違う。レティも飲むのは初めてのようで、期待に目を輝かせていた。


「ウィルさまも召し上がりますか?」

「そうだね、もらおうかな」

「では私もお手伝いを……あ、あれ?」

「いいからお前は座ってろ。足もっとあっためとけ」


 長い指で額を押され、レティはそのまま座り込んだ。

 釈然としない様子だが、足は言われた通りにあたためている。本人には言えないが、ちょっと犬のしつけに似ている。

 喉の奥で笑いを噛み殺し、ウィルはいいんだよ、とフォローした。


「ルカの飴湯は絶品だからね。そのうち教わればいいと思うよ」

「そうですが……」


 ルカを立たせて、自分が座っているのが落ち着かないらしい。別に遊んでいるわけではなく、空いた手で薬作りに励んでいるのだが、それでもどうにも気になるようだ。

 ウィルからすれば、両足を上げた状態で薬草をすり潰しているレティの方が、よっぽど大変なんじゃないかと思う。


 ちなみにこれは室内でも手軽に作れる入眠薬で、ベッドのそばに置くとリラックス効果があるらしい。


「……そういえば、前に面白い話を聞いたな」

「なんですか?」

「初雪が降った日に、キキリの葉を枕の下に置いておくと、不思議なことが起こるらしい」


 それはボールドウィンに伝わる昔話だった。

 初雪には小さな妖精が宿っていて、キキリの葉の匂いを好むという。

 そのため、初雪が降った日にキキリの葉を枕の下に置いて眠ると、妖精がお礼をしてくれるのだ。


 最初は不思議な夢を見られるという話だったはずだが、今では不思議な事が起こると言われている。ふと思い出したので言うと、レティは目を丸くした。


「キキリの葉ってこれですね。ちょうど入眠薬に使ってます」


 どうぞ、と差し出された葉を受け取る。細かなギザギザのついた、手のひらより二回りほど小さな葉っぱだ。鼻を近づけると、どこか不思議な香りがした。


「よかったら差し上げます。初雪、楽しみですね」

「そうだね」

 にこっと笑った少女に、ウィルも小さく微笑んだ。



    ***



 ふと気づくと、ウィルは森の中に立っていた。


(おや……?)

 自分はついさっきまで、あたたかな部屋の中にいたはずだが。


 いつの間にか、服装も外出着に変わっている。厚手のコートに手袋をつけ、首元には毛皮のマフラー。そのせいか、あまり寒さを感じない。


「あぁ? どうなってんだこりゃ」

 大きな声に振り向くと、そこにはルカが立っていた。彼も外出着を身につけている。


「よく分からないけど、外にいるみたいだね」

「見りゃ分かる。……けど、なんでだ?」

「さあ」


 こういう事は、深く考えても仕方ない。あっさり答えたウィルに、ルカもしぶしぶ納得した。


「ルカ、君、今、何を持ってる?」

「は? っと……ナイフに、携帯食糧と、水袋……マッチもあるが、この天気じゃ使えねーな。あとは雪を解かすための小鍋……と、飴もあるな」

「僕は温石が出てきたよ。とりあえず、凍え死にの心配だけはなさそうだ」

「そりゃいいけどな……ここ、どこだ?」


 周囲の景色に見覚えはない。空からは雪が舞い落ちて、地面を白く染めている。ボールドウィン領の近くならいいが、そうでなければちょっとまずい。知らない場所で雪に閉じ込められたら、命の危険があるからだ。


「さあ……でも、なんだか見たことがあるような気もするんだけど」

「本当か? ならさっさと思い出せ」

「うーん……」


 ウィルが首をひねっていると、さくりと雪を踏む音がした。

 反射的にルカが身構える。だがその直後、彼はぽかんと口を開けた。


「……おや……?」


 そこにいたのは、薄い服を着た子供だった。

 年齢は六、七歳といったところだろうか。小麦色の髪を背中に垂らし、ぶかぶかの靴を履いている。緑色の目を瞬かせ、子供はきょとんと二人を見た。


「……まいごですか?」

 その声は高く澄んでいた。


「うーん、どうだろう」

「帰り道が分からねえのは確かだけどな」

「ではまいごですね。よかったら、おうちにごあんないしましょうか」


「いいのかい?」

「おい、知らない大人を家に案内すんな。危機管理がなってねーぞ、チビっ子」

「ききかんり、ですか?」


 聞き返した言葉の意味が分からなかったのだろう。子供――おそらくは少女だ――は、うーんと考え込んだ。


「おとうさまとおかあさまが、いいことをしなさいと言いました」

「うん?」

「ひとにやさしく、どうぶつにもやさしく、しょくぶつにもやさしくしなさいと言いました。だから、おにいさんたちにもやさしくします」


 子供は真面目な顔をしていた。きりりと引き結ばれた唇は、使命感に燃えている。無理に断るのもどうかと思い、二人は顔を見合わせた。


「……じゃあ、ちょっとだけお邪魔しようかな」

「ちょっとだけな」

「はい!」


 子供が目を輝かせて頷く。

 こちらですと案内された先には、みすぼらしい小屋が建っていた。


「どうぞ、おふたりとも」

 子供が先に立って扉を開ける。

 中は狭く、がらんとしていたが、そこそこ清潔に片付いていた。コートの雪を払い、二人も続いてお邪魔した。


「……なんにもねー部屋だな」

「ルカ、そういうことを言わない」

「おちゃはありませんが、おみずをだしましょうか」


 真面目な顔で聞いた子供に、ウィルがやさしい顔で笑った。


「大丈夫だよ、ありがとう」

「それよりお前、家族はどうした? 誰もいないみたいだが」

「かぞく……」

 子供がきょとんと首をかしげる。


「お前みたいなチビをひとり残して出かけるなんて、ずいぶん不用心だな。急用でもあったのか? それとも雪に降られて足止め食ってるのか。どっちにしても、しょうがねえな」

「……かぞくは、いません」

 子供がうつむいてポツリと言った。


「おとうさまとおかあさまは、『はやりやまい』にかかったそうです。おばさまがおしえてくれました」

「おばさま?」

「わたしは『やっかいもの』だから、かぞくではありません。ちゃんとしごとをしないと、おいだされてしまいます。だから、おしごとをしています」


「……」

「……」


 二人は顔を見合わせた。


「おにいさんたちは、むらのひとですか?」

「ああ、いや」

「では、たびのひとですか?」

「いや、俺たちは――」


「キキリの葉の妖精一号と二号だよ。ちなみに僕が一号で、こっちの黒髪のお兄さんが二号」

「おいてめえ!」

 素早く割り込んだウィルに、ルカは声を荒らげた。


「なに適当なこと言ってんだお前、ちゃんと名乗――もが」

「うん、君はちょっと黙ろうか」


 ルカの口をあっさりふさぎ、もう一度「妖精です」とにっこり笑う。ルカはもがもがと暴れていたが、やがてあきらめたのかおとなしくなった。


「ようせい、ですか……?」

「うん、そうだよ」

「ようせい……」


 ぱちぱちと瞬きする目があどけない。その目がふいに輝いた。


「ようせいさん!」

「はい、なんでしょう?」


 ――あっさり信じた。


「ようせいさんは、葉っぱにいるのですか?」

「うん、そういう日もあるけど、こんな天気だと家の中でお茶を飲んだりすることもあるかな」

「まほうがつかえますか?」


「魔法の定義にもよるけど、場合によっては使えるかもしれないよ。もっとも、普通の人には分からないかもしれないけど」

「そらはとべますか?」

「飛べると言えば飛べるし、飛べないと言えば飛べない。だけど、何事も不可能はないと思うな」

「ふわぁ……」


 子供の目がどんどんきらきらしてくる。対するルカは苦虫を噛み潰したような顔だ。


「おいお前、いい加減に――」

 彼が怒鳴りかけた時、子供がくしゃみした。


「……くしゅっ」


 そこでようやく気づいた。この寒さの中で、子供の服は薄すぎた。

 まったく気にしていない様子だったので、ついうっかりしていたが、寒くないはずがないだろう。ほとんど同時にコートを脱いだが、ウィルの方がわずかに早かった。

 コートを着せると、子供は目を丸くした。


「……あったかい」

「ごめん、もっと早くに聞くべきだったね。ポケットに温石があるから、それも使って」

「おんじゃく……?」

「こんな寒い日には、暖炉で温めておいた石を布でくるんで、懐に入れておくんだ。そうするとずっとあたたかいし、風邪も引かない」


 やり方を教えてあげるよと言うと、子供は真剣に聞いていた。

 あたたかな石に触れ、驚いたような顔になる。それから嬉しそうに抱きしめた。


「ようせいさんのまほうですね」

「そうだね。そうかもしれない」

 子供の頭をなでると、くすぐったそうに首をすくめる。


「――ちょっと出てくる。すぐ戻るから待ってろ」


 説明の途中、ルカが小屋の外に出ていく。しばらくして戻ってきた彼の手には、湯気の立つ小鍋が握られていた。


「おいチビ、お前、飴湯好きか?」

「あめゆ……?」

「甘くてとろっとした飲み物だよ。こういう寒い日に飲むと、体の中からあたたまる」


 それを聞き、子供の目が一段と輝いた。


「あめゆ……!」

「よし飲め、チビ」

 縁の欠けたカップに入れて差し出すと、子供は両手で包み込んだ。


「……あったかい」

 小さな指先は白く、いくつものあかぎれができている。ふうふうと冷ましながら、おそるおそる口をつける。一口飲むと、その目がもっと輝いた。


「うまいか?」

「…………っっっ!」

 こくこくと何度も頷く。どうやら声も出ないらしい。


「そうか、よかったな。まだあるからうんと飲め」

「いただきます……!」

「携帯食糧もあったね。ルカ、よかったらそれもご馳走しよう。お腹の中にものが入ると、身体の中からあたたまる」


 干した果物、木の実類、小麦を練った焼き菓子に、大きめの干し肉。

 全部初めて見るものだったらしく、子供は目を真ん丸にしている。どれでも食べていいよと言うと、信じられないといった顔になった。


「ところで、聞いてもいいかな。君はどうしてあんな場所にいたの? しかも、そんなに薄着で」

「……きのう、どろみずのなかに、ふくがおちてしまって」

「もしかして、誰かにやられたのか?」

 その言葉に子供は困った顔になった。


「わたしが『ぐず』だからです。『やくたたず』の『ごくつぶし』だから、そうされてもしかたがありません」

 その言い方は、何度も言われ慣れている言葉に聞こえた。


「違うよ、それは」

 ウィルがきっぱりと首を振った。


「君は役立たずじゃないし、穀潰しでもない。雪の中で困っていた僕達を助けてくれて、家まで案内してくれた。とても助かったよ。ありがとう」

「ついでに言えば、グズでもねーな。ものすごく有能なお子様だ」


「ですが……」

「キキリの葉の妖精は嘘をつかない。キキリの葉は知っている?」

 首を振った子供に、「いつか、調べてみてごらん」とウィルはやさしく囁いた。


「それよりも、一緒においしいものを食べよう。ルカ、ちょっとこの干し肉炙ってきてくれる?」

「その流れでどうして俺を外すお前は……って、仕方ねーな、ちょっと待ってろ」


 ついでにいくつか材料を持って、ルカがぶつくさ言いながら出て行く。文句を言う割に、声をかけるより早く支度をしていた。彼はそういう青年だ。


「二号さんは、はたらきものですねえ」

 子供が感心した顔になる。

「うん、自慢のじ……じゃない、仲間なんだ」

「わたしもなかまになりたいです」


 子供がわくわくした顔で言ったので、ウィルは「なれるよ」と頷いた。

 そう、きっとなれるだろう。適当な事を言ったつもりはない。


「ところで、ここは隙間風がすごいね」

「あながたくさんあいています」


 ボロ布や干し草でふさいであるが、とても追いつかない様子だ。小屋の隅に粘土があるのを見て、ウィルはちょっと待ってて、と立ち上がった。


「素敵な家に招待してくれたお礼をしよう。妖精からの贈り物だ」

 片目をつぶると、子供は不思議そうな顔をしていた。


 それから少しの時間が過ぎて――。


 ルカが戻ると、小屋の中が一変していた。

「何してんだ、お前?」

「うん、ちょっと穴をふさいでた」


 見ると、小屋のあちこちにあった穴はすっかりふさがり、外気を完全に遮断している。それだけでも十分なのだが、子供の力では無理な家具を移動して、暮らしやすく変えていた。

 子供は目をきらきらさせて、「まほう…!」と言っていた。


「いやこれは腕力って言うんだぞお前」

「魔法でいいじゃないか、二号」

「二号って呼ぶな」

 顔をしかめたものの、ルカは「ほら」と腕を突き出した。


「ご要望通り炙ってきたぞ、肉。それと飴湯のお代わりもな」

「あめゆ……!!」

 よほど気に入ったのだろう。食いつき方が半端ない。

 それでも炙った肉の香ばしい匂いにもそそられるのか、子供はうろうろとまごついた。


「大丈夫だ、どっちも食え」

「まずは干し肉から食べようか。はい、あーん」


 おとなしく口を開けた子供に、肉をひと切れ放り込む。もぐもぐと口を動かしたかと思うと、子供はカッ!! と目を開けた。


「ほしにく……!!」

「おいしかったんだね、とっても」

「分かりやすいな、お前」


 ほら食えよし食えと、次々に食べ物を与えられる。その様子はまるで、親鳥からエサをもらうひな鳥だ。子供も素直に口を開ける。焼いた木の実や小麦粉の練り物も、ずいぶんお気に召した様子だった。

 あらかた食べ終えると、子供はルカの顔を見た。


「……あめゆ……」

「まだ食えるのか。ある意味すげーな」

 これはちょっと特殊なやつだと、ルカが飴湯を注ぎながら言った。


「妖精とやらの力が入った、特別な飴湯だ。これを飲んだら、お前は強くなる」

「つよくなる……」

「頭も良くなる」

「あたま……」

「ついでに言うと美人になる。それはもう、とんでもないくらいの絶世の美女だ」

「びじん……」

「そういうことが全部起こる、魔法の飴湯だ。だからチビ、心配すんな。お前は絶対に大丈夫だ」


 言っている事の半分くらいしか分からなかっただろうが、子供は素直に頷いた。


「あめゆ……おいしいです……」

「普通のとはちょっと作り方が違うからな。お前が飲みたいなら、またいつか作ってやる」


 頭をなでられ、子供が首をすくめる。その首も肩も細かったが、カップをつかむ手はしっかりしていた。


「ようせいさんの、おやくそくですか?」

「ああ、約束だ」

「約束するよ。妖精は嘘をつかない」


 二人がそれぞれ頷くと、子供はぱっと顔を輝かせ、それからこぼれるように笑った。

 しばらく経つと、雪は止んできたようだった。

 外を見て、子供は残念そうに呟いた。


「……もうおそとにでられますね」


 ぴょん、と椅子から飛び降りて、小屋の扉を開ける。

 冷たい風が吹き込んできたが、お腹が満たされているせいか、子供の顔には生気があった。


「おきをつけて、ようせいさんたち」

「うん、ありがとう」

「助かった、ありがとな」


 ぐしゃぐしゃと頭をなでられて、子供がふたたび首をすくめる。その割に嫌がっていないように見えるのは、こんな経験が少ないせいだろうか。


 少し歩いたところで、ウィルは足を止めた。

 子供は同じ場所に立っている。


 無言で近づき、膝をついて目の高さに合わせる。ルカは少し離れた場所に立っているが、ちょうど視線の先にいた。


「――いいかい、よく覚えておくんだよ」


 きょとんとした緑色の瞳が、二人の青年の姿を映す。


「君はいつか、親切な二人の青年に拾われて、大きなお屋敷に行くんだ。そこではおいしいものは食べ放題、友達もたくさんできて、ふかふかのベッドでぐっすり眠れる。そうしたらもう、君はお腹を空かせることも、寂しくて泣くことも、意地悪な親戚にひどい目に遭わされることもない」


「……」


「めちゃめちゃ食い意地張ったお子様になるからな。胃はしっかり鍛えとけ。あと、風邪引くなよ。足踏ん張ってしっかり生きとけ。あと十年くらいでいい」


 ルカもついでに声をかける。子供は交互に二人を見ている。

 だから。


「いつか絶対に見つけるから。大丈夫だよ、()()()


 小さな体を抱きしめると、子供ははっとしたように身を固くした。

 歩み寄ってきたルカが髪をなで、ウィルごと体を抱え込む。

 おずおずと小さな手が伸びて、二人の背中に回された。


「……わたし、は」


 私は――。


 そして、世界が白く輝いた。



    ***



 目を開けると、自分の部屋の中だった。


「……寝てたのか」


 よく見ると、すぐそばでレティも眠っている。すやすやと眠る彼女は、とても幸せそうだった。

 身を起こそうとして、はらりと何かが落ちてくる。


「……キキリの葉?」

 どうやら、うっかり頭の下に敷いて眠ってしまったらしい。それにしても、妙な夢を見たものだ。


(どんな夢だったかな……確か、雪が降っていて)


 目を覚ますまでははっきり覚えていたのに、今はよく思い出せない。ルカがそばにいた気がするのだが、何をしていたのだろうか。


「すまん、ちょっとうたた寝しちまって……あ、こいつも寝てんのか」

 飴湯を三つ持ったルカが戻ってくる。ひとつを受け取り、ウィルは座るよう促した。


「さっき、夢を見ていたよ」

「俺もなんか夢見てたな。起きたら忘れちまったけど」

「でも、いい夢だった気がする」


 コツン、と互いのカップを打ちつける。一口飲んだところで、レティが目を擦りながら起き上がった。


「いい匂いが……します……」

「すげえな。やっぱり犬か」

「さすがの嗅覚だね、レティ」


 どうぞと飴湯を勧めてみる。ルカが突き出したカップを、レティは素直に受け取った。


「……なんだかなつかしい匂いがします」

「そうか? 俺のは自己流だから、正式な飴湯じゃないんだよな。ウィルはこっちの方が好きだからよく作るけど」

「うん、ルカの作る飴湯が一番おいしい」

「どうやって作るんですか?」


 レティが聞くと、ルカは懐から飴を出した。


「これを湯の中に入れて、香料と一緒に溶かす。本物の飴湯とは別物だが、妙に旨いんだよな」

「甘さが控えめなのに、香りが広がる感じがいいんだ」

「どこかで……飲んだような……」


 こく、と白い喉が上下する。


他所(よそ)で飲んだことは一度もねえぞ。気のせいじゃないのか?」

「そうでしょうか……うん、まあ、そうかも……」


 こくこく、こくこくと、両手でカップを持ったまま飲む。よほど気に入ったのか、最後の一滴まで飲み干すと、ほうっと満足げなため息が漏れた。


「妖精さんの飴湯ですね」


「…………」

「…………」


 うん?


「レティ、どういうこと?」

「あれ、ううん? よく分からないのですが、そんな気がして」

「確かにキキリの葉がちょっと入ってるが、本当にちょっとだぞ」


 互いに首をかしげていたが、レティがふと窓を振り返った。


「あ、雪……!」

 見ると、ふわりと雪が舞い落ちていた。


「初雪ですね。きれいです」

「そうだね、レティ」

「いやだからよく匂いが分かったな……マジで犬か」


 窓の外は寒いだろうが、室内は変わらずにあたたかい。

 暖炉では火が()ぜ、湯気の立つ飲み物が手元にある。漂う空気はほんのりやさしく、お尻の下はふかふかだ。そこでふとウィルが問いかけた。


「そういえば、レティのいた小屋は寒くなかった?」

「寒いと言えば寒かったですけど、途中からましになったので、だいぶ楽でしたよ」

「ましってなんだ?」


「壁の隙間に粘土を詰めたり、家具の配置を変えたのがよかったようで。過ごしやすくなりました」

「子供ひとりでか? すごい力だな」

「あれ? ううーん、そう言われると……」


 考え込むレティをよそに、雪はひらひらと降り続く。



 ――初雪が降った日に、キキリの葉を枕の下に敷いて眠ると、不思議な事が起こるらしい――



「……まさかね」


 キキリの葉をつまみ上げ、目を閉じて匂いを嗅ぐ。

 そしてウィルは、それを大事そうにしまい込んだ。


お読みいただきありがとうございます。寒い冬の間も、ずっと幸せ。


というわけで、冬のお話です。

彼らはずっとこんな感じで、幸せに暮らしていくでしょう。

たまにギルバートがやってきて、妙な贈り物を置いていくかもしれません。

フォンドア子爵やパメラも訪れて、楽しい日々となるはずです。その先の未来がどうなるか、レティが誰を選ぶのか、まだ誰も知りません。


またどこかでお会いできる事を祈って。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!

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