初雪の降った日
「そろそろ初雪の季節だね」
外を眺めていたウィルが何気なく口にした。
「そうですね。寒くなってきましたし」
「本格的な冬になる前に、もっと備えをしとかねーとな。大雪が降ると厄介だ」
レティとルカがそれぞれ答える。彼らがいるのは仕事部屋だ。執務室とも言うが、普段はここに集まる事が多い。
暖炉にはあたたかな火が入り、床には厚手の絨毯が敷き詰められている。ルカの提案で、冬の間は入口で靴を脱ぎ、心ゆくまで暖炉で足をあたためるようにした。室内履きの靴もあたたかいが、裸足で火にあたる感覚は、それとはまた違った気持ちの良さだ。
現に、レティはすっかりくつろいで、両足を火の前に伸ばしていた。
「男の前で素足を出すな、色気皆無の十六歳」
「だってあったかくて気持ちよくて最高なんですよ暖炉って……! このお屋敷はいいですね、使用人部屋にも温石が支給されるなんて」
「寒いのは嫌だからね、みんな」
温石というのは、温めた石で暖を取る道具の事だ。この屋敷では使用人のために薪が用意されていて、厚手の毛布とともに支給される。
レティもそちらにするつもりだったのだが、マーサとサンドラに「あんたはこっち」と、ぽいっとウィルの部屋に放り込まれた。
「寒さには割と強いと思っていたのですが……。この、炎のあたたかさが、私を駄目な人間に……」
「ジョセフィーンも犬の割にあったかいところが好きだったな。そうかそうか、一緒か」
「人間と申し上げましたが?」
「人も犬も同じだろ。よしよし、飴湯でも飲むか?」
「またそうやって私をごまかすおつもりで……い、いただきます」
「飲むのかよ」
ルカの突っ込みにも構わず、レティはこちらを振り向いた。ちなみに、飴湯とは水飴と香料を湯に溶かしたものである。割と一般的な飲み物だが、ルカの作り方は少し違う。レティも飲むのは初めてのようで、期待に目を輝かせていた。
「ウィルさまも召し上がりますか?」
「そうだね、もらおうかな」
「では私もお手伝いを……あ、あれ?」
「いいからお前は座ってろ。足もっとあっためとけ」
長い指で額を押され、レティはそのまま座り込んだ。
釈然としない様子だが、足は言われた通りにあたためている。本人には言えないが、ちょっと犬のしつけに似ている。
喉の奥で笑いを噛み殺し、ウィルはいいんだよ、とフォローした。
「ルカの飴湯は絶品だからね。そのうち教わればいいと思うよ」
「そうですが……」
ルカを立たせて、自分が座っているのが落ち着かないらしい。別に遊んでいるわけではなく、空いた手で薬作りに励んでいるのだが、それでもどうにも気になるようだ。
ウィルからすれば、両足を上げた状態で薬草をすり潰しているレティの方が、よっぽど大変なんじゃないかと思う。
ちなみにこれは室内でも手軽に作れる入眠薬で、ベッドのそばに置くとリラックス効果があるらしい。
「……そういえば、前に面白い話を聞いたな」
「なんですか?」
「初雪が降った日に、キキリの葉を枕の下に置いておくと、不思議なことが起こるらしい」
それはボールドウィンに伝わる昔話だった。
初雪には小さな妖精が宿っていて、キキリの葉の匂いを好むという。
そのため、初雪が降った日にキキリの葉を枕の下に置いて眠ると、妖精がお礼をしてくれるのだ。
最初は不思議な夢を見られるという話だったはずだが、今では不思議な事が起こると言われている。ふと思い出したので言うと、レティは目を丸くした。
「キキリの葉ってこれですね。ちょうど入眠薬に使ってます」
どうぞ、と差し出された葉を受け取る。細かなギザギザのついた、手のひらより二回りほど小さな葉っぱだ。鼻を近づけると、どこか不思議な香りがした。
「よかったら差し上げます。初雪、楽しみですね」
「そうだね」
にこっと笑った少女に、ウィルも小さく微笑んだ。
***
ふと気づくと、ウィルは森の中に立っていた。
(おや……?)
自分はついさっきまで、あたたかな部屋の中にいたはずだが。
いつの間にか、服装も外出着に変わっている。厚手のコートに手袋をつけ、首元には毛皮のマフラー。そのせいか、あまり寒さを感じない。
「あぁ? どうなってんだこりゃ」
大きな声に振り向くと、そこにはルカが立っていた。彼も外出着を身につけている。
「よく分からないけど、外にいるみたいだね」
「見りゃ分かる。……けど、なんでだ?」
「さあ」
こういう事は、深く考えても仕方ない。あっさり答えたウィルに、ルカもしぶしぶ納得した。
「ルカ、君、今、何を持ってる?」
「は? っと……ナイフに、携帯食糧と、水袋……マッチもあるが、この天気じゃ使えねーな。あとは雪を解かすための小鍋……と、飴もあるな」
「僕は温石が出てきたよ。とりあえず、凍え死にの心配だけはなさそうだ」
「そりゃいいけどな……ここ、どこだ?」
周囲の景色に見覚えはない。空からは雪が舞い落ちて、地面を白く染めている。ボールドウィン領の近くならいいが、そうでなければちょっとまずい。知らない場所で雪に閉じ込められたら、命の危険があるからだ。
「さあ……でも、なんだか見たことがあるような気もするんだけど」
「本当か? ならさっさと思い出せ」
「うーん……」
ウィルが首をひねっていると、さくりと雪を踏む音がした。
反射的にルカが身構える。だがその直後、彼はぽかんと口を開けた。
「……おや……?」
そこにいたのは、薄い服を着た子供だった。
年齢は六、七歳といったところだろうか。小麦色の髪を背中に垂らし、ぶかぶかの靴を履いている。緑色の目を瞬かせ、子供はきょとんと二人を見た。
「……まいごですか?」
その声は高く澄んでいた。
「うーん、どうだろう」
「帰り道が分からねえのは確かだけどな」
「ではまいごですね。よかったら、おうちにごあんないしましょうか」
「いいのかい?」
「おい、知らない大人を家に案内すんな。危機管理がなってねーぞ、チビっ子」
「ききかんり、ですか?」
聞き返した言葉の意味が分からなかったのだろう。子供――おそらくは少女だ――は、うーんと考え込んだ。
「おとうさまとおかあさまが、いいことをしなさいと言いました」
「うん?」
「ひとにやさしく、どうぶつにもやさしく、しょくぶつにもやさしくしなさいと言いました。だから、おにいさんたちにもやさしくします」
子供は真面目な顔をしていた。きりりと引き結ばれた唇は、使命感に燃えている。無理に断るのもどうかと思い、二人は顔を見合わせた。
「……じゃあ、ちょっとだけお邪魔しようかな」
「ちょっとだけな」
「はい!」
子供が目を輝かせて頷く。
こちらですと案内された先には、みすぼらしい小屋が建っていた。
「どうぞ、おふたりとも」
子供が先に立って扉を開ける。
中は狭く、がらんとしていたが、そこそこ清潔に片付いていた。コートの雪を払い、二人も続いてお邪魔した。
「……なんにもねー部屋だな」
「ルカ、そういうことを言わない」
「おちゃはありませんが、おみずをだしましょうか」
真面目な顔で聞いた子供に、ウィルがやさしい顔で笑った。
「大丈夫だよ、ありがとう」
「それよりお前、家族はどうした? 誰もいないみたいだが」
「かぞく……」
子供がきょとんと首をかしげる。
「お前みたいなチビをひとり残して出かけるなんて、ずいぶん不用心だな。急用でもあったのか? それとも雪に降られて足止め食ってるのか。どっちにしても、しょうがねえな」
「……かぞくは、いません」
子供がうつむいてポツリと言った。
「おとうさまとおかあさまは、『はやりやまい』にかかったそうです。おばさまがおしえてくれました」
「おばさま?」
「わたしは『やっかいもの』だから、かぞくではありません。ちゃんとしごとをしないと、おいだされてしまいます。だから、おしごとをしています」
「……」
「……」
二人は顔を見合わせた。
「おにいさんたちは、むらのひとですか?」
「ああ、いや」
「では、たびのひとですか?」
「いや、俺たちは――」
「キキリの葉の妖精一号と二号だよ。ちなみに僕が一号で、こっちの黒髪のお兄さんが二号」
「おいてめえ!」
素早く割り込んだウィルに、ルカは声を荒らげた。
「なに適当なこと言ってんだお前、ちゃんと名乗――もが」
「うん、君はちょっと黙ろうか」
ルカの口をあっさりふさぎ、もう一度「妖精です」とにっこり笑う。ルカはもがもがと暴れていたが、やがてあきらめたのかおとなしくなった。
「ようせい、ですか……?」
「うん、そうだよ」
「ようせい……」
ぱちぱちと瞬きする目があどけない。その目がふいに輝いた。
「ようせいさん!」
「はい、なんでしょう?」
――あっさり信じた。
「ようせいさんは、葉っぱにいるのですか?」
「うん、そういう日もあるけど、こんな天気だと家の中でお茶を飲んだりすることもあるかな」
「まほうがつかえますか?」
「魔法の定義にもよるけど、場合によっては使えるかもしれないよ。もっとも、普通の人には分からないかもしれないけど」
「そらはとべますか?」
「飛べると言えば飛べるし、飛べないと言えば飛べない。だけど、何事も不可能はないと思うな」
「ふわぁ……」
子供の目がどんどんきらきらしてくる。対するルカは苦虫を噛み潰したような顔だ。
「おいお前、いい加減に――」
彼が怒鳴りかけた時、子供がくしゃみした。
「……くしゅっ」
そこでようやく気づいた。この寒さの中で、子供の服は薄すぎた。
まったく気にしていない様子だったので、ついうっかりしていたが、寒くないはずがないだろう。ほとんど同時にコートを脱いだが、ウィルの方がわずかに早かった。
コートを着せると、子供は目を丸くした。
「……あったかい」
「ごめん、もっと早くに聞くべきだったね。ポケットに温石があるから、それも使って」
「おんじゃく……?」
「こんな寒い日には、暖炉で温めておいた石を布でくるんで、懐に入れておくんだ。そうするとずっとあたたかいし、風邪も引かない」
やり方を教えてあげるよと言うと、子供は真剣に聞いていた。
あたたかな石に触れ、驚いたような顔になる。それから嬉しそうに抱きしめた。
「ようせいさんのまほうですね」
「そうだね。そうかもしれない」
子供の頭をなでると、くすぐったそうに首をすくめる。
「――ちょっと出てくる。すぐ戻るから待ってろ」
説明の途中、ルカが小屋の外に出ていく。しばらくして戻ってきた彼の手には、湯気の立つ小鍋が握られていた。
「おいチビ、お前、飴湯好きか?」
「あめゆ……?」
「甘くてとろっとした飲み物だよ。こういう寒い日に飲むと、体の中からあたたまる」
それを聞き、子供の目が一段と輝いた。
「あめゆ……!」
「よし飲め、チビ」
縁の欠けたカップに入れて差し出すと、子供は両手で包み込んだ。
「……あったかい」
小さな指先は白く、いくつものあかぎれができている。ふうふうと冷ましながら、おそるおそる口をつける。一口飲むと、その目がもっと輝いた。
「うまいか?」
「…………っっっ!」
こくこくと何度も頷く。どうやら声も出ないらしい。
「そうか、よかったな。まだあるからうんと飲め」
「いただきます……!」
「携帯食糧もあったね。ルカ、よかったらそれもご馳走しよう。お腹の中にものが入ると、身体の中からあたたまる」
干した果物、木の実類、小麦を練った焼き菓子に、大きめの干し肉。
全部初めて見るものだったらしく、子供は目を真ん丸にしている。どれでも食べていいよと言うと、信じられないといった顔になった。
「ところで、聞いてもいいかな。君はどうしてあんな場所にいたの? しかも、そんなに薄着で」
「……きのう、どろみずのなかに、ふくがおちてしまって」
「もしかして、誰かにやられたのか?」
その言葉に子供は困った顔になった。
「わたしが『ぐず』だからです。『やくたたず』の『ごくつぶし』だから、そうされてもしかたがありません」
その言い方は、何度も言われ慣れている言葉に聞こえた。
「違うよ、それは」
ウィルがきっぱりと首を振った。
「君は役立たずじゃないし、穀潰しでもない。雪の中で困っていた僕達を助けてくれて、家まで案内してくれた。とても助かったよ。ありがとう」
「ついでに言えば、グズでもねーな。ものすごく有能なお子様だ」
「ですが……」
「キキリの葉の妖精は嘘をつかない。キキリの葉は知っている?」
首を振った子供に、「いつか、調べてみてごらん」とウィルはやさしく囁いた。
「それよりも、一緒においしいものを食べよう。ルカ、ちょっとこの干し肉炙ってきてくれる?」
「その流れでどうして俺を外すお前は……って、仕方ねーな、ちょっと待ってろ」
ついでにいくつか材料を持って、ルカがぶつくさ言いながら出て行く。文句を言う割に、声をかけるより早く支度をしていた。彼はそういう青年だ。
「二号さんは、はたらきものですねえ」
子供が感心した顔になる。
「うん、自慢のじ……じゃない、仲間なんだ」
「わたしもなかまになりたいです」
子供がわくわくした顔で言ったので、ウィルは「なれるよ」と頷いた。
そう、きっとなれるだろう。適当な事を言ったつもりはない。
「ところで、ここは隙間風がすごいね」
「あながたくさんあいています」
ボロ布や干し草でふさいであるが、とても追いつかない様子だ。小屋の隅に粘土があるのを見て、ウィルはちょっと待ってて、と立ち上がった。
「素敵な家に招待してくれたお礼をしよう。妖精からの贈り物だ」
片目をつぶると、子供は不思議そうな顔をしていた。
それから少しの時間が過ぎて――。
ルカが戻ると、小屋の中が一変していた。
「何してんだ、お前?」
「うん、ちょっと穴をふさいでた」
見ると、小屋のあちこちにあった穴はすっかりふさがり、外気を完全に遮断している。それだけでも十分なのだが、子供の力では無理な家具を移動して、暮らしやすく変えていた。
子供は目をきらきらさせて、「まほう…!」と言っていた。
「いやこれは腕力って言うんだぞお前」
「魔法でいいじゃないか、二号」
「二号って呼ぶな」
顔をしかめたものの、ルカは「ほら」と腕を突き出した。
「ご要望通り炙ってきたぞ、肉。それと飴湯のお代わりもな」
「あめゆ……!!」
よほど気に入ったのだろう。食いつき方が半端ない。
それでも炙った肉の香ばしい匂いにもそそられるのか、子供はうろうろとまごついた。
「大丈夫だ、どっちも食え」
「まずは干し肉から食べようか。はい、あーん」
おとなしく口を開けた子供に、肉をひと切れ放り込む。もぐもぐと口を動かしたかと思うと、子供はカッ!! と目を開けた。
「ほしにく……!!」
「おいしかったんだね、とっても」
「分かりやすいな、お前」
ほら食えよし食えと、次々に食べ物を与えられる。その様子はまるで、親鳥からエサをもらうひな鳥だ。子供も素直に口を開ける。焼いた木の実や小麦粉の練り物も、ずいぶんお気に召した様子だった。
あらかた食べ終えると、子供はルカの顔を見た。
「……あめゆ……」
「まだ食えるのか。ある意味すげーな」
これはちょっと特殊なやつだと、ルカが飴湯を注ぎながら言った。
「妖精とやらの力が入った、特別な飴湯だ。これを飲んだら、お前は強くなる」
「つよくなる……」
「頭も良くなる」
「あたま……」
「ついでに言うと美人になる。それはもう、とんでもないくらいの絶世の美女だ」
「びじん……」
「そういうことが全部起こる、魔法の飴湯だ。だからチビ、心配すんな。お前は絶対に大丈夫だ」
言っている事の半分くらいしか分からなかっただろうが、子供は素直に頷いた。
「あめゆ……おいしいです……」
「普通のとはちょっと作り方が違うからな。お前が飲みたいなら、またいつか作ってやる」
頭をなでられ、子供が首をすくめる。その首も肩も細かったが、カップをつかむ手はしっかりしていた。
「ようせいさんの、おやくそくですか?」
「ああ、約束だ」
「約束するよ。妖精は嘘をつかない」
二人がそれぞれ頷くと、子供はぱっと顔を輝かせ、それからこぼれるように笑った。
しばらく経つと、雪は止んできたようだった。
外を見て、子供は残念そうに呟いた。
「……もうおそとにでられますね」
ぴょん、と椅子から飛び降りて、小屋の扉を開ける。
冷たい風が吹き込んできたが、お腹が満たされているせいか、子供の顔には生気があった。
「おきをつけて、ようせいさんたち」
「うん、ありがとう」
「助かった、ありがとな」
ぐしゃぐしゃと頭をなでられて、子供がふたたび首をすくめる。その割に嫌がっていないように見えるのは、こんな経験が少ないせいだろうか。
少し歩いたところで、ウィルは足を止めた。
子供は同じ場所に立っている。
無言で近づき、膝をついて目の高さに合わせる。ルカは少し離れた場所に立っているが、ちょうど視線の先にいた。
「――いいかい、よく覚えておくんだよ」
きょとんとした緑色の瞳が、二人の青年の姿を映す。
「君はいつか、親切な二人の青年に拾われて、大きなお屋敷に行くんだ。そこではおいしいものは食べ放題、友達もたくさんできて、ふかふかのベッドでぐっすり眠れる。そうしたらもう、君はお腹を空かせることも、寂しくて泣くことも、意地悪な親戚にひどい目に遭わされることもない」
「……」
「めちゃめちゃ食い意地張ったお子様になるからな。胃はしっかり鍛えとけ。あと、風邪引くなよ。足踏ん張ってしっかり生きとけ。あと十年くらいでいい」
ルカもついでに声をかける。子供は交互に二人を見ている。
だから。
「いつか絶対に見つけるから。大丈夫だよ、レティ」
小さな体を抱きしめると、子供ははっとしたように身を固くした。
歩み寄ってきたルカが髪をなで、ウィルごと体を抱え込む。
おずおずと小さな手が伸びて、二人の背中に回された。
「……わたし、は」
私は――。
そして、世界が白く輝いた。
***
目を開けると、自分の部屋の中だった。
「……寝てたのか」
よく見ると、すぐそばでレティも眠っている。すやすやと眠る彼女は、とても幸せそうだった。
身を起こそうとして、はらりと何かが落ちてくる。
「……キキリの葉?」
どうやら、うっかり頭の下に敷いて眠ってしまったらしい。それにしても、妙な夢を見たものだ。
(どんな夢だったかな……確か、雪が降っていて)
目を覚ますまでははっきり覚えていたのに、今はよく思い出せない。ルカがそばにいた気がするのだが、何をしていたのだろうか。
「すまん、ちょっとうたた寝しちまって……あ、こいつも寝てんのか」
飴湯を三つ持ったルカが戻ってくる。ひとつを受け取り、ウィルは座るよう促した。
「さっき、夢を見ていたよ」
「俺もなんか夢見てたな。起きたら忘れちまったけど」
「でも、いい夢だった気がする」
コツン、と互いのカップを打ちつける。一口飲んだところで、レティが目を擦りながら起き上がった。
「いい匂いが……します……」
「すげえな。やっぱり犬か」
「さすがの嗅覚だね、レティ」
どうぞと飴湯を勧めてみる。ルカが突き出したカップを、レティは素直に受け取った。
「……なんだかなつかしい匂いがします」
「そうか? 俺のは自己流だから、正式な飴湯じゃないんだよな。ウィルはこっちの方が好きだからよく作るけど」
「うん、ルカの作る飴湯が一番おいしい」
「どうやって作るんですか?」
レティが聞くと、ルカは懐から飴を出した。
「これを湯の中に入れて、香料と一緒に溶かす。本物の飴湯とは別物だが、妙に旨いんだよな」
「甘さが控えめなのに、香りが広がる感じがいいんだ」
「どこかで……飲んだような……」
こく、と白い喉が上下する。
「他所で飲んだことは一度もねえぞ。気のせいじゃないのか?」
「そうでしょうか……うん、まあ、そうかも……」
こくこく、こくこくと、両手でカップを持ったまま飲む。よほど気に入ったのか、最後の一滴まで飲み干すと、ほうっと満足げなため息が漏れた。
「妖精さんの飴湯ですね」
「…………」
「…………」
うん?
「レティ、どういうこと?」
「あれ、ううん? よく分からないのですが、そんな気がして」
「確かにキキリの葉がちょっと入ってるが、本当にちょっとだぞ」
互いに首をかしげていたが、レティがふと窓を振り返った。
「あ、雪……!」
見ると、ふわりと雪が舞い落ちていた。
「初雪ですね。きれいです」
「そうだね、レティ」
「いやだからよく匂いが分かったな……マジで犬か」
窓の外は寒いだろうが、室内は変わらずにあたたかい。
暖炉では火が爆ぜ、湯気の立つ飲み物が手元にある。漂う空気はほんのりやさしく、お尻の下はふかふかだ。そこでふとウィルが問いかけた。
「そういえば、レティのいた小屋は寒くなかった?」
「寒いと言えば寒かったですけど、途中からましになったので、だいぶ楽でしたよ」
「ましってなんだ?」
「壁の隙間に粘土を詰めたり、家具の配置を変えたのがよかったようで。過ごしやすくなりました」
「子供ひとりでか? すごい力だな」
「あれ? ううーん、そう言われると……」
考え込むレティをよそに、雪はひらひらと降り続く。
――初雪が降った日に、キキリの葉を枕の下に敷いて眠ると、不思議な事が起こるらしい――
「……まさかね」
キキリの葉をつまみ上げ、目を閉じて匂いを嗅ぐ。
そしてウィルは、それを大事そうにしまい込んだ。
了
お読みいただきありがとうございます。寒い冬の間も、ずっと幸せ。
というわけで、冬のお話です。
彼らはずっとこんな感じで、幸せに暮らしていくでしょう。
たまにギルバートがやってきて、妙な贈り物を置いていくかもしれません。
フォンドア子爵やパメラも訪れて、楽しい日々となるはずです。その先の未来がどうなるか、レティが誰を選ぶのか、まだ誰も知りません。
またどこかでお会いできる事を祈って。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!




