私の薔薇
その日はちょっと用事があり、普段使われていない部屋へと足を向けた。
中は思ったよりも広く、雑多なものが積み上がっている。
目当ては二十年以上前に仕舞われたはずの小物だったが、そちらは早々に見つかった。
「ウィルさま、これはなんですか?」
レティが手に取ったものに、ウィルはああと頷いた。
「楽器だよ。昔使っていた練習用だ」
なつかしいなと言いながら、慣れた手つきで取り上げる。形はバイオリンそのものだが、もっとずっと小さい。弦の数は四本。まだしっかりしていて、音が鳴りそうだ。
近くにあった弓を手に取ると、ウィルは弓毛の張り具合を確かめた。それから、二、三、簡単に音を鳴らす。
――次の瞬間、美しい旋律がこぼれ落ちた。
「わぁ……!」
本格的なバイオリンとも遜色のない、澄んだ音色だ。
指運びが少し窮屈そうだったものの、ウィルは難なく弾きこなしている。弾いているのはレティも聞き覚えのある曲だった。多分、子供のころに聞いた曲だ。
「レティ、歌える?」
「え? ええと、分かりません」
昔歌った事があるかもしれないが、さすがに覚えていない。
そう言うと、ウィルは静かな声で歌い始めた。
空の星 ひとつ数えて
夢を見る 静かな夜に
指さし選ぶ 今夜の灯り
きらきら光る 金の星
「ふわぁ……」
ウィルの声は甘くやさしく、聴き惚れてしまうくらい見事だった。
子守歌に似ているが、童謡かもしれない。
曲自体は単調で、覚えやすい感じだ。
最後まで弾き切ると、ウィルはふたたび最初から演奏を始めた。
また聴けるのかとわくわくしたレティの前で、ウィルはいたずらっぽく囁いた。
「次はレティも一緒に歌おうか」
「へ?」
「大丈夫、簡単だから。せーの」
はい、と言われて、慌てて歌い出す。
「そーらーのほし、えっと……?」
「ひとつ数えて。夢を見る」
「ゆーめーをみる……」
「静かな夜に」
「しずかなよるに……ええっと」
「指さし選ぶ、今夜の灯り」
ウィルが先に立って教えてくれるので、思ったよりも歌いやすい。何度か歌ううちに、レティも歌えるようになってきた。
「楽しいですねえ……!」
「うん、歌は楽しいよ」
にこにこ笑いながら、ウィルは飽きずに同じ曲を繰り返している。彼が弾くには子供っぽい曲だが、いいのだろうか。
首をかしげたが、「一緒に歌える曲がいい」と言われてしまい、結局同じ曲になった。
「じゃあ、次はちょっと頑張って」
「え?」
「せーの」
歌い始めるように促され、慌てて歌い出したところ、ウィルが違う旋律で加わった。
(こ、これは……!)
おそらく低音の部分を歌っている。
引きずられないよう頑張ると、高音の部分が怪しくなる。けれど、ウィルが弾いてくれているのは主旋律なので、そちらに合わせれば問題ない。同じ音程で歌うのも楽しかったけれど、別々に歌うのはもっと楽しくて、レティは目を輝かせた。
「すごい、すごいです、ウィルさま!」
「そんなに喜んでくれると、僕も嬉しいよ。せっかくだから今年の冬は、みんなで音楽会を開こうか」
「音楽会、ですか?」
「できる楽器を持ち寄って、みんなで演奏するんだよ。楽器ができない人は手拍子や、歌を歌う。打楽器といって、叩いて音を出す楽器もあるんだよ」
「ふわぁ……」
「特にルカの歌声は最高だから、ぜひ一度聴いてもらいたいな」
「え、ルカさまは歌が得意なんですか?」
「正直、僕よりずっと上手い。でも照れ屋だから、あんまり歌ってくれないんだよ。秘蔵の古酒一本でいけるかな」
「聴いてみたいですねえ……」
レティがそう答えたところで、タイミングよくノックの音がした。
「おーい、そろそろ昼飯の時間だぞ……って、どうしたお前ら」
必要なものは見つかったのかと聞いたルカに、二人が同時に声をかける。
「ルカ」
「ルカさま」
「え……」
迫ってきた彼らに、ルカが顔を引きつらせる。
「ちょうどいいところに来た。歌おう」
「は?」
「ぜひお願いします、ルカさま!」
目をきらきらさせるレティに、ルカが(嫌だ)といった顔になる。どういう事だとウィルを見たが、主は素知らぬ顔をしている。だがしかし、口元が面白そうに笑っている。
「お前……」
「ウィルさまが、ルカさまの歌はとてもお上手だって。もしよかったら、ぜひお聴きしたいです!」
レティの目はとてもきらきらしている。まるでおやつを待ち望む犬のようだ。
もう一度主に目を移し、それからレティに目を戻し、眉間にしわを寄せた後、はあっとルカは息を吐いた。
「……仕方ねえな、一曲だけだぞ」
何弾いてるとウィルに聞き、「子供の歌じゃねーか」と毒づく。ならこっちはどうかと言われ、別の曲が流れ出した。
「おい、この曲……」
「得意だろう?」
片目を閉じた主に舌打ちし、ルカがレティに目をやった。
「?」
「一回だけだからな」
念押しし、すうっとルカが息を吸い込む。
ああ、私の愛しい人よ
空に稲妻が走り 雷鳴がとどろく
嵐の中で咲き誇る 私の薔薇よ
その紅いつぼみは色あせず
匂い立つかぐわしさは衰えず
永遠に胸の中で咲き続ける
私の薔薇よ
どれだけ時が流れても 消えることのない
あの日の夢よ
ああ 私の愛しい人よ
私の薔薇よ
「ふわぁ……」
余韻を残して歌が終わると、レティは息を吐き出した。
「どうだ、チビ」
「すごい、すごいです、ルカさま!」
レティが熱心に拍手すると、ウィルも感心した顔になる。
「やっぱりルカの歌はいいな。何度聴いても聴き惚れる」
「るせ。褒めても何も出ないからな」
ぶっきらぼうに言うと、さっさと部屋を出て行ってしまう。もっとこの感動に浸っていたいのに、呆れるほどに思い切りがいい。まだ興奮冷めやらぬまま、レティはウィルを振り返った。
「すごかったです、ウィルさま……」
「あの美声が今日限りなんてもったいない。今年は絶対に音楽会を催そう」
小さく頷き、ウィルがふたたび演奏する。
「あれ、その曲……?」
「この歌には続きがあるんだよ」
ああ、私の愛しい人よ
稲妻は遠く過ぎ去り 雷鳴は消える
朝露の庭で咲き誇る 私の薔薇よ
その白いつぼみは清らかに
手折られず茂みの中で香り立つ
永遠に胸の中で咲きほころぶ
私の薔薇よ
どれだけ時を重ねても 色あせることのない
あの日の恋よ
ああ 私の愛しい人よ
私の薔薇よ
同じ曲なのに、ルカとウィルでは歌い方がまるで違った。
歌詞が違うせいだろうか。受ける印象もまるで違う。
ルカは嵐のようで、ウィルは嵐の後のように穏やかだ。甘くやさしく、それなのに少し切なくなる。
先ほどの曲とは違う、深みと艶を残して歌は終わった。
拍手をしなければと思ったのに、聴き惚れていて忘れてしまった。口からは感嘆のため息しか出てこない。
目を真ん丸にしたレティに、ウィルはひそやかな声を落とした。
「どっちが好き、とは聞かないよ。これはただの歌だから」
「ウィルさま?」
「次は三人で歌える歌を探そうか」
笑って言うと、レティは顔を輝かせた。
「はい!」
今年の冬は、とても楽しくなりそうだ。
お読みいただきありがとうございます。 ウィルはルカの歌声の大ファンですが、そういう彼も実は同じくらい歌が上手い(でも屋敷の中で一番上手なのはクレイヴ(老執事)さんです)。
ちなみにあの歌は、さらっと聞くと恋の歌ですが、二度目に聞くと「あれ、これって実らなかった初恋を歌ってるんじゃ…?」と微妙な気持ちになる歌詞。




