迷子の小鳥
ツーイ、と鳥が鳴く。
高らかに響く声に、レティは空を仰ぎ見た。
「どうしたんだい、レティ?」
「今、鳥が鳴いたので。何の鳥でしょうか」
抜けるように澄んだ空の下、鳥の姿はどこにもない。と、ふたたびツーイと鳴き声が響く。声の方を見上げると、ちょうど小鳥が飛び立ったところだった。
「リゼラヒバリだね。渡り鳥の一種だよ」
「あの鳥、海を渡るんですか?」
ややくすんだ灰色の、可愛らしい小鳥だ。大きさはレティの手のひらほど、とてもそんな風には見えない。目を丸くしたレティに、「飛ぶよ」とウィルは頷いた。
「大きな海を渡って、彼らは南の国に行くんだ。そして、また戻ってくる。この時期にいるのは珍しいな。もしかして、群れからはぐれてしまったのかもしれない」
「ちゃんと戻れるでしょうか……」
「まだ冬じゃないし、大丈夫だとは思うけど。気になるなら、追いかけてみる?」
尋ねられたが、レティは少し迷って首を振った。
「やめておきます。脅かしてしまいそうなので」
そのせいでもっと群れからはぐれたら可哀想だ。そう言うと、ウィルも「そうだね」と頷いた。
「きっと大丈夫だよ。彼らは感覚が鋭いから」
「そうですね」
できるなら、早く群れと巡り会ってほしい。
そんな事を思いながら、レティは鳥の去った枝を見つめた。
だが、翌朝。
「……あれ、いる……?」
ツーイ、と鳴く声。
昨日見たはずの小鳥が、ふたたび木の枝に止まっていた。
昨日は後ろ姿しか見えなかったが、今日はばっちり正面だ。
(……か、可愛い)
つぶらな目をした、可憐な小鳥だ。
灰色っぽく見えた羽は、よく見れば一部がくすんだ緑で、それが愛らしい取り合わせになっている。尾は長く、体はころんと丸っこくて、とても海を渡るようには見えない。それとも、ここから減量するのだろうか。
まじまじと見ているのに気づいたのか、小鳥はつい、と顔を向けると、ぱっとその場から飛び立った。そのままパタパタと遠ざかっていく。ちょうどやってきたウィルに教えると、彼も目を丸くした。
「昨日の鳥とは限らないけど……どうだろう」
「置いてきぼりになってしまったんでしょうか」
「それはないと思うよ。南に渡るのは、まだ先のはずだから」
それでも今の時期ならばもう少し南下しているそうなので、やっぱり少し心配だ。二人で考え込んでいると、「どうした、お前ら?」という声がした。
「ルカさま、小鳥の迷子ってどうしたらいいんでしょう?」
「あ? 鳥?」
現れたルカが目を瞬く。かいつまんで事情を説明すると、彼は「捕まえて食うのかと思った」と、非常に失礼なセリフを吐いた。
「食べませんよ! 迷子の野鳥です」
「野鳥でも食えるやつあるだろ……ってのはおいといて。別にほっといても平気だろ。腐っても野生だしな」
「それはそうですが……」
「もし海を渡らないなら、この辺りで冬を越すことになるね。雪が降る前に、仲間と会えるといいんだけど」
ウィルが空に向けて呟く。
雲ひとつない空は青く晴れ、秋の涼しさを伝えていた。
そしてまた、翌朝。
「ま……またいた……」
ツーイ、と小鳥が鳴く。
愛らしい羽の色に、ころんとした体型。リゼラヒバリの迷子(推定)だ。
「お友達、いないの?」
レティが声をかけたが、小鳥は答えない。ただあちこち見回して、ふたたびツーイ、と短く鳴く。
ツーイ、ツーイ。
その声は仲間を探しているようにも、レティに呼びかけているようにも聞こえる。窓を開け、レティは身を乗り出した。
体を近づけても、小鳥は逃げなかった。
(もしかして、寂しいのかな……)
完全にはぐれてしまったのかもしれない。だとすると、一羽で海を越える事は難しいだろう。ウィルの言う通り、この近くで冬を越すのかもしれない。
もしそうなら、何か準備をした方がいいだろうか。
なんとなくそわそわしながら、レティは着替えて庭に出た。小鳥がその上に現れる。
その後も小鳥は毎日のように現れて、ツーイ、ツーイと鳴くようになった。レティの姿にも慣れたのか、今では目の前にいても逃げようとしない。ウィルに対しても同様だ。
逆にルカの姿が見えると、ぱっと飛び立つ。その姿はいっそ清々しい。食べると言ったからなのか、熊と見間違えられているせいなのか、理由は未だ分からない。そしてちょっとルカが傷ついている。
小鳥は可愛いが、一羽で冬が越せるだろうか。
さんざんためらって、レティはウィルに相談した。
「ウィルさま、小鳥が過ごせそうな場所はないでしょうか……?」
「そう思って、見当はつけてあるよ」
ウィルが案内してくれたのは馬小屋の一角だった。
外へつながる窓はあるし、雨風がしのげ、あたたかく、柔らかい藁もたっぷりある。近くには木も生えていて、地面を掘れば虫もいる。
「木の実と水を置いておけば、この冬くらいは大丈夫だと思うよ」
「ありがとうございます、ウィルさま!」
目を輝かせて礼を言うレティを、ウィルはにこにこと見つめていた。
うまく小鳥を誘導し、馬小屋の辺りに連れてくる。
物珍しげに辺りを窺っていたが、小鳥はやがて馬小屋の上にとまり、ちょいちょいと嘴を擦りつけ、そして中に入っていった。
(やった……!)
これできっと大丈夫。
ほっと息をついたのも束の間、小鳥はつと首を上げ、ツーイ、と大きく鳴いた。
ぱっと馬小屋の外に出て、ふたたびツーイと高らかに鳴く。
ツーイ、ツーイ。
その声は空に広がって、高く高く響いていく。
と、ツーイ、と答える声がした。
「あ……」
見ると、そっくり同じ姿の小鳥がもう一羽、少し離れた木の枝にとまっていた。
ツーイ、ツーイ。
ツーイ、ツーイ。
互いに鳴き声を響かせ合い、観察するように見つめている。
次の瞬間、二羽が同時に飛び立った。
まるで先導するように、寄り添って仲良く飛び去っていく。その姿はやがて空の彼方へと消えていった。
「仲間が見つけに来てくれたんだね」
いつの間にか隣に来ていたウィルに、レティも小さく頷いた。
「そうですね、よかったです」
「でも、ちょっと寂しい?」
「かもしれないです」
でもよかった、ともう一度呟く。
あの小鳥がひとりぼっちにならずに済んで、本当によかった。
みんなでかばい合い、守り合って、彼らは海を越えていく。その先にはきっと、あたたかい世界が待っている。
会えなくなるのは寂しいけれど、元気でいてくれるといい。
いつか戻ってきた時、また顔を見せに来てくれるだろうか。
次にあの鳴き声を聞く時、季節は春。
ツーイと、遠くで鳥の声がした。
――ちなみに、ルカはひそかに小鳥の巣箱を作っていたらしい。
お読みいただきありがとうございます。食べるなんて言うから……(鳥は耳がいい)。




