目覚めたら伯爵がいらっしゃいました
目を覚ますと、とっぷりと日が暮れていた。
(……おや……?)
何も記憶がないが、いつの間に仕事が終わったのか。
そして、妙にお腹が満たされている。
よく分からないまま起き上がると、「ああ、起きたのか」という声がした。
「おはよう。といっても、まだ夜だけど。大丈夫? 食べ過ぎで気持ち悪くない?」
「それはまったく……というか、まだ食べられます」
寝ぼけた頭で返事をすると、声の主は目を丸くした。
「それは驚いた。今度からはもっとたくさん用意させるよ」
(ん……?)
夢にしては、やけにはっきりしてやいないか。
首をかしげたレティに、相手はやさしく微笑みかけた。
「あんまりよく寝ていたから、起こさなかったんだ。マーサとサンドラには言ってあるよ。君のおかげでおやつが増えて、とっても喜んでた」
(んん……?)
「大丈夫? まだ寝ぼけてる?」
歩いてきた彼に、ずいっと顔を近づけられる。目の前にある綺麗な顔に、レティの目が一気に覚めた。
「ウィルさまっ?」
「おはよう、レティ」
灯りを手にやって来たウィルが、そう言ってにっこりと笑いかけた。
何が起こっているのか分からない様子のレティに、「……もしかして、覚えてない?」と聞く。
「正直さっぱり」
「だろうと思った。ここは僕の部屋だよ。君はお腹いっぱいになったら寝ました。長椅子に寝かせておくのもなんだったから、ベッドに移したんだ」
「ウィルさまの……お部屋?」
見ると、確かに装飾が美しく、自分の部屋とはまるで違った。
ゆったりとしたベッドには、枕が二つ。柔らかな毛布と、鳥の羽を詰めた布団が掛けられている。シーツもいい匂いがして、手を伸ばすとふかっと沈む。国王陛下のベッドみたいだ。
(おお…)と、ひそかな感動に浸っていると、微笑ましげに見つめられた。
「レティは分かりやすいなあ」
「いえ、それほどでも」
答えたところで気がついた。
「……申し訳ありませんでした!!」
ベッドの上でがばっと身を伏せたレティに、ウィルはいいよと首を振った。
「連れてきたのは僕だから。君の部屋まで運んでもよかったんだけど、ルカに止められて。目立つだろクソバカ能無し伯爵って」
「ああ……」
主人に抱きかかえられて運ばれる使用人。確かに目立ちすぎる。悪い意味で。でも本当に口悪いなあの人。
そこではたと気づく。
(……もしかして、これはかなりまずい状況なのでは?)
婚姻前の貴族令嬢が、婚約者でも恋人でもない異性の部屋で、二人きり。
いや、貴族令嬢でなくてもまずいだろう。というか恋人だってまずい。おまけに相手はここの伯爵、外聞が悪いにもほどがある。
どうしようまずいと思っていたら、不思議そうに聞かれた。
「どうしたんだい? お腹空いた?」
「…………いえ大丈夫です」
――まったくもって、そんな心配はいらなかった。
よかったという思いと、そこはかとなく傷ついた気持ちに挟まれながら遠くを見る。何度も言うが、レティはお年頃である。なぜかそう見られないが、結婚適齢期でもある。ただし、相手はいない。
ちなみにこの時代、貴族間の婚約は十歳から十八歳くらいの間に行われる。ヒルダは十八歳だが、妹のパメラは十二歳だ。ただし、男子はその限りではない。
そこでふと、部屋の隅に目が留まった。
「……植物の種?」
ウィルの寝室には、小ぶりの種が置かれていた。
「これは父から受け継いだものだよ。伯爵位を継いだ時、大事に取っておくように言われたんだ。ずっとそうしているけど、意味は分からないな」
「何の種ですか?」
「父も知らないそうだよ。埋めてみたけど、芽は出なかったそうだ。僕も埋めたけど、同じだったな。多分、干からびてしまったのかもしれない」
この土地だからね、と苦笑する。
笑顔を浮かべてはいるけれど、頭の痛い話だろう。特にここ十年ほどは、不作に拍車がかかっているという。気候や気象条件は申し分ないそうだから、他に理由があるのだろう。
許可を得て種を見せてもらったが、レティも初めて見るものだった。
(不思議な形……)
穀物よりも大分大きく、やや硬い。草花というよりは、果物の種に似ている。
森で色々な種子を見てきたレティも、こんな種を見たのは初めてだった。
「……焼いたら食べられませんかね?」
「うん、さすがに父から受け継いだものを食すのはちょっとね」
「ですよね……」
残念だ。とてもおいしそうだったのだけれど。
「発芽条件があるのかもしれませんね。調べてみましょうか」
「できるのかい?」
聞いたところで、「ああ」と思い当たったように頷く。
「そういえば、君はグレーデから来たんだっけ。緑のグレーデの住人なら、頼りになりそうだ」
「それほどではないですが……」
レティが詳しいのは、森で食べ物を探していたせいだ。命を繋ぐと言っても過言ではない。そんな生活をしていたら、詳しくなるのも当然だろう。
種を受け取り、レティはふと顔を上げた。
「そういえば、お願いがあるんですが」
「何?」
「お庭の隅に、植えたいものがあるんです。それと、森へ立ち入る許可をお願いします」
「庭は好きにしていいけど、森は危ないな。誰かと一緒なら問題ないよ」
あっさりと許可をもらい、「はい!」とレティは頷いた。
「ところで、何を植えるんだい?」
「薬草をいくつかと、枝を一本。どうも地面じゃないと嫌みたいで」
「嫌って?」
「気難しい木なんです。ええと、あの、グレーデの風習というか、そういうやつで」
枯れ大樹の枝とはとても言えない。ウィルはふうんと頷いて、そちらもあっさり許可してくれた。
「薬草と言えば、この辺りではあまり根づかないんだ。植えるのは構わないけど、あまり期待はできないかもしれない」
「サンディから聞きました。でも、まあ、やってみます」
あの家にいたころは、薬草作りもレティの仕事だった。
森で手に入らないものは自分で栽培していたし、煎じるのも煮詰めるのも得意だった。栽培にはちょっとしたコツがある。簡単な事だが、慣れない人には難しい。マロリーとヒルダは土いじりが大嫌いだったから、聞こうともしなかったが。
(ここの土は痩せてるけど、手をかければなんとか……。多分、いけると思う)
枯れ大樹の枝があるのも心強い。
しばらく地面から離れていたせいか、最近は機嫌が悪いのだ。土に下ろしてやれば、少しは機嫌も直るだろう。小さいころからの付き合いだから、なんとなく分かる。
(あの木を残してきた時は、どうしようかと思ったけど……。よかった。枝があれば同じみたい)
今となっては、あの枝が家族みたいなものだ。
そう思ったところで、今日はまだお祈りを捧げていない事を思い出した。
「用事を思い出しましたので、これで失礼いたします。おやすみなさいませ、ウィルさま」
「おやすみ」
灯りを持っていくようにと言われ、ありがたく受け取る。
部屋に戻る途中、ふと窓の外を見た。
夜に包まれた森は暗く、静まり返っている。
けれど、それほど嫌な感じはしない。
(とりあえず明日、行ってみよう)
そう決意して、レティはうん、と頷いた。
お読みいただきありがとうございます。次回、森へ向かいます。




