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根絶やし伯爵と枯れ枝令嬢  作者: 片山絢森
おまけ

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89/93

野イチゴの茂みで


 ルカに誘われたのは、うららかな午後の事だった。


「うわぁ……!」

 目の前に広がる光景に、レティの目が輝いた。

「すげえだろ。穴場だ」

「ものっすごく、おいしそうです……!」


 目の前には、野イチゴが一面に広がっていた。

 自慢げに胸を張る彼は、いつもより楽な服装だ。馬に乗るから準備して来いと言われたのだが、まさかこんな事だったとは。

 レティも汚れてもいいようなエプロン姿で、貴族令嬢とは程遠い恰好だった。


「ウィルさまも来られたらよかったですね。残念です」

「しょうがねえだろ、仕事が優先だ」


 書かなければいけない手紙が山ほどあり、今日は参加できなかったのだ。

 別の日にしようかと言ったのだが、せっかくだから行っておいでと言われてしまった。


「あいつが仕事溜めるなんて珍しいな。手伝うって言ったんだが、断られて」


 領主の仕事は多岐にわたる。人に任せているものもあるが、自身で確認しなければいけない事も多い。ルカもある程度は任されているが、最後の確認はウィルの役目だ。


「ウィルさまは大変ですねえ」

「俺も割と大変だけどな」


 あいつには遠く及ばないと、自戒のように呟く。

 近くにあった一粒を摘み、ルカは口に放り込んだ。「ほら」ともう一粒を差し出され、反射的に従う。すぐに放り込まれた赤い粒は、瑞々しく張りつめていた。


 まるで宝石のような果実を、もぐもぐと咀嚼する。

 甘酸っぱい果汁が口の中に広がり、思わず頬がゆるんでしまう。


 枯れ大樹が花をつけてから、この領地で採れるものがおいしくなった。木の実や果実、作物も含め、すべてがすくすく育っている。

 この野イチゴも、少し前までは酸っぱくてとても食べられなかった。加工に適してはいるものの、小さくしなびて形も悪く、ほとんど食用にはならなかったのだ。


 それが、今。


「食べ放題ですね、ルカさま……!」

「おう、好きなだけ食え。腹壊さない程度にな」


 ウィルのお土産用に形のいいものを選びながら、選に漏れたものは自分で食べる。ルカもそれを手伝いながら、結構な頻度で平らげている。そこそこいい粒が見つかると、「ほらチビ、口開けろ」と言って口の中に押し込まれるので、多分レティの方が食べている。小さな籠いっぱいに摘み取るころには、さすがにお腹も満たされていた。


「最高の外出です……」

「そりゃよかったな。俺も旨かった」


 ごろりと寝転がるルカに合わせ、その隣に座り込む。茂みの周りは小さな野原になっており、丈の短い草が生えていた。周囲もわずかに開けていて、日当たりがいい。


 一緒に寝転びたくなったが、さすがにお行儀が悪いだろう。

 そう思っていると、「寝ないのか?」と聞かれた。


「いえ、私は年頃なものですから」

「気にすんな、まったく年頃には見えないから」

「フォローになってないですが!?」


「年頃の貴族令嬢が口の端に野イチゴの汁つけるかよ。……ああ、そっちじゃない、逆だ」

「え、こっちですか?」

「だからそっちじゃないってのに……ああもうしょうがねーな、こっちだよ」


 起き上がったルカが、親指で口の端の汚れをぬぐう。そのままぺろりと指先を舐め、「甘い」と呟いた。


「……どうも、お手数をおかけしまして」

「気にすんな。ジョセもよく食べこぼしてた」


 あいつは本当に可愛くてなと、しみじみした顔で語られる。犬扱いを抗議したいところだが、犬と同じ面倒をかけてしまった手前、怒れない。

 いいから寝ろと額を突かれ、レティも一緒に寝転んだ。


 見上げた空は綺麗に晴れて、白い雲が浮かんでいる。

 そよそよと吹いてきた風が、心地よく首元をかすめた。


「気持ちいいですねえ……」

「ああ、最高だな」


「こんな場所があったなんて知りませんでした。お屋敷にも近いのに」

「俺とウィルしか知らない場所なんだよ。と言っても、以前は大して旨くもなかったからな。普通に秘密基地って感じだった」


 あいつも来られたらよかったんだけどな、とひとりごちる。レティも小さく頷いた。


「お土産いっぱいですから、きっと喜んでくれますよ」

「違いない」


 そのまま、なんとなく二人で空を眺める。

 どこかで鳥の声がする。空気は爽やかで、土と草のいい匂いがする。

 どれだけの時間が経ったのか、ルカがふと切り出した。


「お前、ここでの生活は幸せか?」

「え……?」

「前の家に戻りたくならないのか。お前が育った屋敷だろう」


 暮らしていたのは小さいころだが、それでも両親の思い出の残る家だ。パメラが心を砕き、以前の形を取り戻すように尽力しているが、自分でも好きなようにしたいと思わないのか。

 そう言われたが、レティはちょっと首をかしげた。


「そうですね……。もちろん、そう思ったこともありましたけど。今はそれほどでもないですね」

「なんでだ?」

「なんでと言われましても……」


 しばらく考えて、ようやくレティは思いついた。


「ここが家だからじゃないでしょうか」

「あん?」

「おうちというのは、帰る場所なわけですから。もちろん、あちらの家にはパメラがいるので、なつかしいとは思うのですが」


 ふと両親の事を思い出す時、浮かんでくるのはあちらの家だ。

 両親の匂いや手のぬくもり、今はおぼろげな記憶を紐解けば、あの家とともに思い出がある。それを消す事はできないし、そうしようとも思わない。


 けれど、今、帰りたいのは。


「……ここに帰ろうと思うので、私の家はこちらかと」

「…………」


「あっ、とは言ってもですね? 別にそこまでずうずうしく居座ろうとは思っていないわけでして、できればあと二年くらいはこのままでいられたらなあと思ったりして……!」


「いればいいだろ」

「いえ一年でも……え?」

「いればいいだろ、一生でも」


 目を瞬くと、ルカはこちらを見つめていた。

 真っ黒な髪。吸い込まれそうな青い瞳。


 巷の女性をとろけさせるような笑顔でも、歯の浮くようなセリフでもなく、当たり前の顔で、当たり前のように言ってのける。


「お前がいたいなら、一生だっていればいい。うちの伯爵家を舐めんなよ。お前のひとりや二人や百人くらい、余裕で養える金持ちだ」

「いえ私は百人もいませんが……」

「例えだ例え。ひとりなら小指一本で食わせてやれる」


 もし駄目なら、とルカがちょっと笑った。


「俺が個人的に養ってやる。一生」

「……え」

「心配すんな。犬を飼うのは得意だ」

「いえ私は人間なのですが……!?」

「だから例えだってのに」

 そう言ってまたちょっと笑い、ルカはレティの頭をがしがしとなでた。


「妙な心配すんなよ、チビ。俺の主はお前が思うより有能で、お前が思うよりずっとお前を大事に思ってる」

「ウィルさまが……?」

「まあ俺も……って、まあ、それはいいか。とにかくお前は余計なことを考えてないで、今日の夕飯の心配でもしとけ。食いすぎで胸やけ起こさないようにな」

「今はそんなに失敗しませんよ……!」


 レティの答えに返事はせず、ルカは勢いをつけて起き上がった。


「じゃ、そろそろ帰るか。ウィルも待ってるだろうしな」

「そうですね」


 立ち上がろうとして、ごく自然に手を出される。

 おとなしく手を乗せると、軽々と起こされた。その手が離れて行かないのに気づき、レティが首をかしげる。


「ルカさま?」

「お手」

「?」

「……犬みたいだと思ったら、ツボに入った」


 くくくくく、と笑うルカに、レティが頬を膨らませる。


「また犬扱いを……!」

「仕方ねーだろ、許せ」

「許しません!」


 ぶんぶんと腕を離そうとしたが、まったく離れない。

 他愛ない言い合いは、しばらく続きそうだった。


お読みいただきありがとうございます。ちょっぴり本音。


※本来は『午睡』の後くらいに持ってくるべきお話でした。ウィルはせっせとお仕事です。

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