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根絶やし伯爵と枯れ枝令嬢  作者: 片山絢森
おまけ

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パン祝いを一緒に


 ボールドウィン領には、面白い行事がいくつもある。

 その中のひとつが「パン祝い」で、みんなで小麦の収穫を祝う。その際、一束ずつの小麦を持ち寄って、みんなで交換し合うのだ。


 豊穣の恵みを隣人にも、というきっかけで始まったそうだが、今では楽しいお祭りだ。もちろん、最後には小麦を()いて、一粒残らずパンにする。


 さすがに当日食べる事はできないが、パンを食べるまでがパン祝いだ。

 できるだけたくさんの人と交換すると、それだけ豊穣の加護があるという。そのため、一本ずつ小麦の房を差し出して、どんどん小麦を交換していく。最後にはどれがどれだか分からなくなり、互いに笑い合っていた。


 レティもそれに漏れず、せっせと小麦を交換していた。


「おっ、レティちゃん。俺の小麦と交換するかい?」

「はい、喜んで!」

「レティちゃん、あたしとも交換しようよ。はい、一房」

「どうぞ、私のも!」

「嬢ちゃんの小麦はいい粒だなあ。こっちのとも交換してくれるかい?」

「もちろんです!」


「……大人気だな」

 それを見ながら、ルカは呆れたように呟いた。


「レティが来てから収穫量が段違いに増えたからね。あながち間違いじゃないと思うよ」


 ウィルも小麦を持っている。若く美形な領主は人気者なので、あらかた交換し終えている。さすがにすべての地域を回るのは無理なので、いつも一番近い村か、そうでなければ屋敷で行う。ウィルも割と好きな行事だ。


 手元の小麦を弄びながら、大切そうに粒に触れる。その姿を見て、村娘達が内心で身もだえている事は知らない。ちなみにルカも人気が高いが、一番人気はクレイヴだ。なんでも、若いころは銀宝石の貴公子と呼ばれていたらしい。


「ここ数年は、こんなににぎやかにできるとは思えなかったけど。変われば変わるものだね」

「まあ、うちの土地で交換できるほど立派な粒ってのはなかなか難しかったしな……。でもまあ、やってたけど」


 ボールドウィンの実りの恵みは、もちろん小麦にも降り注いでいた。

 今年の小麦は質がいい。おそらく、他領に輸出しても売れるだろう。今までは考えられなかった事だ。


 さすがにそんな摩擦を起こすような真似はしないが、領民に小麦が行き渡れば、食糧事情も一気に良くなる。実際、今年は飢えとは無縁そうだ。

 この「パン祝い」を誰よりも楽しみにしていたのは、実はウィル自身なのかもしれない。


「ウィルさま、ルカさま!」

 その時、枯れ草まみれになったレティが戻ってきた。


「みなさんと交換してきました。ほら、こんなに!」

「よかったね、レティ」

「いやお前も同じだけ渡したんだから、量は変わってねーだろ。普通に考えて」

「でもみなさんの気持ちですから!」


 髪に小麦の切れ端をつけながら、目をきらきらさせている。ウィルが笑ってそれをつまむと、ルカはスカートの端についた汚れをはたいてやった。


「あとはパンですね。焼き立てのパンをみんなで食べる……!」

「いや、パンは各家庭で食べるんだよ」

「集まってもいいけど、焼き立てじゃなくなるしな」


 あくまでも小麦の交換までがみんなの行事で、その後は家単位の催しになる。それを知らなかったらしいレティは、目を丸くした後、分かりやすくがっかりした顔になった。


「みなさんの秘伝のレシピが……。超絶においしいという生魚入りのパンもあったのに……」

「うん、それは色々と問題だね」

「どう考えても旨くねーだろ……」


 どうやら、村人からどんなパンを食べるのか教えてもらっていたらしい。パンにも各家庭の特徴が出るので、確かに交換して食べると楽しい。実際、パン祝いの翌日、ささやかに村人同士での交換会はある。

 だが、さすがに領主がそこに加わった事はないので、すっかり失念してしまっていた。


「――じゃあ、今年はうちも参加しようか」

「え?」

「おい、ウィル!」


 何を言ってるんだこいつはという顔でルカがにらんできたが、特に気にせず「いいよ」と言う。


「たまにはそういう年があってもいい。せっかくの豊作で、みんなもこんなに喜んでいて、うちには十分な量の小麦がある。だから、いいじゃないか」

「お前なあ……」

「それに、多分、女神さまはそういうのもお好みだと思うよ」


 野性と評された自分の嗅覚に間違いはない。

 多分、ここでみんなと交流を持つ事は悪くない。そんな気がするのだと言外に告げる。予想通り、ルカは渋い顔をしながらも引き下がった。


「ほんとにチビに甘いよな、お前」

「それは君も同じだろう?」


 レティが望むなら、どんな小さな望みも叶えてやりたい。


 幼いころにあきらめたいくつもの事を、ひとつひとつ塗り替えていきたい。

 それはたとえば、家族と過ごす夜であったり、村人と楽しく笑い合う事だったり、焼き立てのパンをみんなで食べる事だったり。

 楽しい出来事が積み上がっていけば、それがレティの思い出になる。


「い……いいんですか……?」

「もちろん」

「生魚の内蔵入りのパンと、毒イチゴの毒を抜いたパン!」


「うん、それは色々と問題だね。衛生的にも、あと安全面でも」

「その二つはやめとけ。多分、いや絶対に腹下すから」

「大丈夫だって言ってましたよ! 他のみなさんは必死の形相で止めてましたけど!」


 レティはとても嬉しそうだ。握りしめた小麦がさわさわと揺れる。


「……お前、責任取れよ」

「それは僕が最初に食べて確認しろと……?」

(ちげ)えよ! 主人毒殺する従者がどこにいんだよ、危険物の混入は禁止って命じろ!」

「えーでも、レティが楽しみにしてるしなあ」

「でもじゃねえよ!! 止めろバカ伯爵!!」


 ぎゃあぎゃあ騒ぎながらも、夜は楽しく更けていく。

 この日、レティの思い出に新たな一ページが加わった。


 ――余談だが、生魚入りのパンは非常においしかったらしい。

お読みいただきありがとうございます。絶品でした(レティ談)。

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