午後の密談
ウィルが部屋でくつろいでいると、軽いノックの音がした。
「悪い、ちょっといいか? この書類の件なんだが」
入ってきたのはルカだった。手に紙の束を持っている。
「小麦ならあれで問題ないよ。備蓄は少し多めに、流通させるなら加工して。不作の年が長かったからね。あるうちに準備はしておきたい」
「……いやまだ書類見てねーのに、なんで分かるんだよお前……」
「だって君が分からないことと言ったら、それくらいだろう?」
それは図星だったのか、ルカがぐっと言葉に詰まる。
「……ああクソ本気で憎たらしい。分かってて丸投げしやがったな、お前」
「君なら気づきそうだと思って。僕に何かあった場合、回せる人間はひとりでも多い方がいい。その点、君なら理想的だ」
冷静で公平で頭が切れて、腕っぷしもめっぽう強い。加えて屋敷の人間にも信頼があり、国のあちこちに知り合いがいる。
「誰でもいいわけじゃないんだよ、ルカ」
「……るせ。分かってるよ」
それを承知しているのだろう。不機嫌な口調ながら、ルカの声に怒りはなかった。
「つーかお前、帰った早々働きすぎだろ。少し休めよ」
「今まさに休んでいるところなんだけど、そう見えない?」
「そういう意味じゃねえよ」
分かってんだろとにらまれて、ウィルは早々に白旗を上げた。降参、のポーズを取る。
「とりあえず山は越えたから、それほど忙しくはないつもりだよ。……とは言っても、しばらく領地を離れたのは確かだからね。もう少し頑張っておかないと」
「とりあえず、睡眠はちゃんと取れ。あと飯食って運動しろ、たまに茶も飲め」
「ルカは本当に僕のことを心配してくれるよね」
「気持ちの悪い言い方すんな。心配じゃなくて忠告してんだ。ぶっ倒れたらマジで殴るぞ、お前」
「そういうことにはならないよ。何しろ僕は丈夫だからね」
「だからお前は……まあいい。とにかく、無理すんなよ」
しかめっ面でそう言うと、また出て行こうとする。だがその直前で、ふと気を変えたように振り向いた。
「そういえば、聞いてもいいか?」
「なんだい、ルカ」
「お前あの時、全部言わなかっただろ。なんでだ?」
端的に聞かれ、ウィルはわずかに黙り込んだ。
「……何の話かな、と言っても無駄だろうね」
「言いたくなきゃ別にいいけど、気づかないわけねーだろうが。話の途中でやんわりそらして、そのままごまかしちまったくせに」
「人聞きが悪いな。必要ない場所を端折っただけだよ」
「物は言いようだな」
まあいいけど、と肩をすくめる従者に、ウィルはちょっと考えた。
「……急に君のお茶が飲みたくなったんだけど、時間はどうかな」
「飲み終わるまでは付き合ってやる」
そう言うと、すぐに近くの戸棚を開ける。ここにお茶の道具が入っているのだ。ポットを手に取り、流れるような手つきでカップに注ぐと、ほら、とウィルに突き出した。
「相変わらず惚れ惚れするような手際だね」
「褒めても何も出ねーぞ。……で、どういうことだ?」
「どうもこうも、君が推測してる通りだよ」
「俺が気づいたのは、お前が何か隠してることだけだ。いくつか予測はできてるが、答え合わせをしたい。言えない部分は言わなくても構わねーよ。あと、さすがに全部は無理だしな」
ただし、必要な事は別だ。
そこは教えろと、偉そうな顔で命じる。ちなみにちゃっかり自分の分のお茶も淹れている。一口飲むと、好みにぴたりと合っていた。
「どこから話したらいいかな……。内乱の可能性について考えたのは、本当に最初の方だったんだ。ただの偶然とは思ったけど、妙な胸騒ぎがしたからね。ドルキアンに行く前に、最低限の準備を整えておいた」
「そこがまず化け物だな。まあいい、続けろ」
「あの花の噂は知っていた。だから予測ができたんだけど……調べていくうちに、思った以上に大事になりそうだったから、迷ったんだ」
手の中でカップを揺らし、琥珀色の液体が揺れるのを見つめる。
「迷った?」
「うん――そうだね」
そこでウィルは目を上げた。
「君はレティをどう思う?」
「はっ?」
「可愛いとか好きとかは横に置いて。レティは普通の女の子だ。そうだろう?」
「まあ……確かにな」
何か言いたげだったが、ルカが不承不承に頷く。お茶を一口飲んだのは照れ隠しか。わずかに目を泳がせた後、ふたたびウィルの顔を見る。どうやら続きがあると悟ったらしい。
「だとすれば、これ以上権力に近づけるのは望ましくない。そう思ったんだ」
「権力?」
「君はどこまで気づいてる?」
逆に問うと、ルカは束の間黙り込んだ。わずかにためらった後で、ぼそぼそと言う。
「……枯れ大樹とやらが、思った以上に国の成り立ちに関わってる。それくらいだ」
「僕も同感だよ。そして、だからこそ、真実を話すのはやめようと思った」
「真実?」
「レティ達に話したのは嘘じゃない。ドルキアンの土地には異変があった。長年の盗掘による地質の変化と、枯れ大樹の発芽によるエネルギーの枯渇。地力溜まりによって蓄えられていた力が、すべて枯れ大樹に注がれてしまった」
それは間違いじゃない。実際、それらは本当にあった出来事だ。
でも、とウィルは言葉を切る。
「その後、土地はよみがえっているんだよ」
「ああ……それは俺も気づいてた」
枯れ大樹が復活した事により、涸れたエネルギーは補充された。だとすれば、地力は十分みなぎっていた事になる。
だとすれば、地質の変化が原因か。
だが、これにも疑問が残る。
「レティは気づいてなかったみたいだけど、普通に考えるとおかしいんだ。内乱と盗掘は、必ずしもイコールじゃない。規模もまちまちだし、成果にもばらつきがある。そもそも、いくら土がほかの物質と交わりやすいと言っても、まったく別の場所で花が咲かないほどじゃない。そうだろう?」
「ああ、まあな」
加えて言えば、内乱のない年にも大規模な盗掘が起こったが、花は変わらずに咲いていた。それは記録にも残っている。
だが、現実は。
「内乱と花の有無は完全に一致していた。十年に一度なのに、完全に一致だ。これがどういうことか分かるかい?」
「それは……偶然だろう?」
「まるで内乱が起こるのが分かっていたようだと思わないか?」
ウィルに見つめられ、ルカはその場に固まった。
「いや……それはまあ、タイミングが良すぎるとは思ったが……。お前がそれっぽいことを言ってたから、とりあえずは呑み込んだというか、なんと言うか……」
「そう聞こえたなら幸いだよ。この先はレティに聞かせるつもりがない。君もそのつもりでいてほしい」
「チビに?」
「ドルキアンの土地が関わっているというのは嘘じゃない。だけど、それは地質という意味じゃない」
これは推測だけど、とウィルが口を開く。
「多分、土じゃなくて根の方だ。花が咲かなかった原因は」
「――――……は?」
「君も見ただろう、岩山が光ったのを。あれはレティの祈りに反応した。地中に眠る結晶も同じだ。あれは今でも生きている。どういう形でかは分からないけど」
ドルキアンの土と溶け合って、あの地に埋まるすべての鉱石。
あとで話を聞いたところ、輝きは領地中に広がっていたという。すぐに消えたそうだが、あの場所を中心として、もっと遠くまで広がっていたはずだ。
その素となったのは枯れ大樹であり、今でも力を失っていない。
そして枯れ大樹は女神の樹だ。少なくとも、そう言い伝えられている。
だとすれば――。
「枯れ大樹の根が戦の気配を察すると、花を咲かせなくなる。そうは思わないか?」
「な……」
武器の製造過程で出る汚水、それによる廃棄物、流通の変化や傭兵の数。理由は色々と考えられる。どんなに隠そうとしても、相手が大地なら意味がない。
地上に暮らす人間が、土そのものから離れて生きる事ができないように。
天から身を隠しても、大地からは逃れられない。人が生きている以上、土を踏みしめて暮らすのだ。
普通ならあり得ない話だろう。大地が戦の気配を察して動くなんて、馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
けれど、それが枯れ大樹なら?
相手が女神の樹ならば、それも可能だ。
伝説によれば、枯れ大樹ははるか昔からこの土地に存在しているという。
気が遠くなるほどの時間、人間の歴史を見守ってきた大樹ならば、数え切れないほどの戦も見ている事だろう。だからその気配を察すると、反応する。そして花が咲かなくなる。
まさに繁栄の花だ。
戦を厭い、平和を愛し、青空の色を宿して咲き誇る。
そして、枯れ大樹が唯一反応する少女。
枯れ大樹の正統な所有者であり、二度も奇跡を起こしてみせた、グレーデの血を引く後継者。
彼女が望めば、ドルキアンの土は鉱石に変わる。誰もが欲しがる奇跡の力。そしてそれは容易に争いへと転化する。
「もちろんこれは推測だよ。何か証拠があるわけじゃない。前にも言った通り、盗掘が原因の可能性もある。――だけど」
そうではない可能性も秘めているのだ。
そしてその結果を左右するのは、ひとりの少女の存在だ。
「僕としては、このまま真実を伏せておきたい。誰にも知られずに、気づかれることなく、あの子が幸せに暮らせるように」
「ウィル、お前……」
「そのためには力が必要だ。力と仲間。君もそうであってほしいと思う。――どうかな?」
微笑むと、ルカは我に返ったような顔をした。
「……思った以上にとんでもない話だった」
「あくまでもこれは想像だよ。実際に確かめたわけじゃない」
だが、まるっきりのでたらめでもない。
――それで、君の返事は?
視線で問われ、ルカは手元のお茶を飲んだ。小さく息をつき、中身が残ったままのカップを向ける。
「決まってんだろ。聞くな、アホか」
「そう言うと思ったよ。やっぱり君は頼りになる」
「るせ。チビには絶対気づかれるなよ」
「もちろん」
とはいえ、噂はいずれ広まるだろう。
二度の奇跡と乙女の話は、いつまでも隠しておけるものでもない。すでに領地外でも奇跡の乙女の話は広まり始めている。
けれど、それでも。
「どんな手を使っても守ってみせるよ。根絶やし伯爵の名に懸けて」
「いっそ呪われそうだよなその名前……」
言いながら、もう少しカップを前に出す。ウィルも察して、ついとカップを持ち上げた。
カチン、と硬質な音が響き、無言の誓いが成立する。
カップを手にしたまま、ウィルはふと窓の外を見た。
下ではレティが何やら植物を干している。マーサとサンドラにも手伝ってもらっているらしく、明るい笑い声が響いている。
小麦色の髪が陽光に輝き、スカートの裾がふわりと揺れる。
この先に何が待っているかは分からない。波乱があるかもしれないし、嵐に呑み込まれる事もあるだろう。けれど、折れる事はない。
「頼りにしてるよ、従者殿」
「こっちのセリフだ、ご主人様」
共犯者の笑みで微笑んでから、カップの中身を一息に飲み干す。
空になった容器を片づけると、ルカは部屋を出て行った。
よく晴れた、穏やかな午後の事だった。
了
お読みいただきありがとうございます。二人に守られて、レティは今日も笑っています。
これにて後日談も終了です。
第一部に続き、いいね、ブクマ、評価など、どうもありがとうございます。とても励みになりました。この後は、いくつか番外編 (おまけ)をお届けできたらなと思っております。のんびり更新の予定なので、お気が向かれましたら是非どうぞ!




