帰郷の前に――ギルバートとウィルフレッド――
領地に戻る直前、ウィルがギルバートの部屋を訪れた。
「お借りしていた地図と、資料のすべてです。残りは火にくべましたので、ご安心ください。得た知識を他に漏らすこともいたしません」
「あなたのことは信頼している、ウィル。……だが、まさか、資料すべてを手放すとは」
「もったいない、ですか?」
いたずらっぽく尋ねたウィルに、ギルバートは苦笑した。
「……いや、そんなことはない。ありがとう、ウィル。……いや、ボールドウィン伯爵」
略式だが、胸の上に拳を当てる。ウィルも自らの胸に手を置いた。
「こちらこそ。私を信じてくださってありがとうございます。花を咲かせるために、少しでも正確な情報が欲しかった。結局はレティが解決してくれましたが……」
「――それでも、あなたがいなかったら、内乱は防げなかっただろう」
首謀者とて無能ではない。気づかれぬように、細心の注意を払っていたはずだ。それを見つけ出した従者も従者なら、命じた主も主である。だが、それを言うとウィルは苦笑した。
「怪しいところの目星はついていましたから。あとはそれを実行に移せるかどうかです」
そしてウィルの知る限り、目立ったほどの動きはなかった。
今回の件がなければ、後手に回っていただろう。実際、今は金と武器を集めている程度であり、それほどの準備が整っていなかった事も幸いした。
「表向きは盗掘と武器の密売で終わりそうです。未遂とは言え、内乱というのは刺激が強い。――ですがこれで、うるさ型の一角も黙るでしょう」
首謀者の実家が、王都でも権勢を誇っていた公爵家のひとつだったのだ。彼はドルキアンの花が咲かなければ死罪と言い立てていた勢力の急先鋒であり、言い換えれば国王の目の上のたんこぶでもあった。
「今回の件を内密に処理する代わりに、彼の王宮での発言権はぐっと落ちる。あなたの手柄にできなくて申し訳ありませんが……」
「構わない。そもそも、私は何も動いていない」
「そんなことはありませんよ。力になっていただきました」
「違うだろう、ウィル」
ギルバートが目をやると、ウィルは涼しい顔で微笑んでいた。
「何かあった場合、こちらに火の粉がかからないようにしたのだろう。自分が勝手にやったと言い張るために」
「何のお話でしょう?」
「とぼけなくてもいい。それくらいは分かる。だからこそ、申し訳ないとも思った」
失敗すれば自分の咎に、成功すればギルバートの手柄に。
結局あなた方を巻き込んでしまった、とギルバートが息を吐く。それにウィルは首を振った。
「そんな顔をなさらないでください。正しきことをする時はためらうな、という家訓があります」
「いい家訓だな」
「その時に浮かぶ顔が友人の笑顔なら、それは良き友になるだろうと。私もそう思います。あなたとは良い友人になりたいと思った」
「なっているだろう、とっくに」
「そうですね」
ふっと笑い、一度瞬く。
「――これはお話しするべきか迷いましたが、今回の調査で、ひとつ分かったことがあります」
「なんだろうか?」
「私は多分、地図の謎を解いてしまいました」
「…………!!」
ギルバートがはっと息を呑んだ。
「それは……」
「もちろん、誰にも明かしません。それは真っ先に灰にしました。レティにも、ルカにも話していません。あなたと私の秘密です」
あの地図は、と口を開く。
「ドルキアンにおけるすべての鉱脈のありかを記したものですね?」
「…………」
「それを見つけることで、花が咲かない理由が分かるかもしれないと思いました。けれど、あなたに言うことはできなかった。それはドルキアンを裏切る行為だ。余所者に話すことも、余所者がそれを提案することも」
だから自力で調べようと思った。
地力溜まりの話を聞き、エネルギーや土との関連を調べ、多くは推測のみで組み上げながら、あるひとつの結論を得た。
「ドルキアンの領主は、どこにどんな鉱石が眠るのか知っている。それがドルキアンの秘密ですね?」
「――ああ、その通りだ」
そしてそれこそが、花を献上していた理由のひとつだったのだろう。
ドルキアンは武器として使える鉱石が産出される。だが、その量は安定しない。領民は小麦や牧草を育て、馬とともに生活している。生活は貧しくもないが豊かでもなく、貴重な鉱石が採れるというのに、それに固執したりはしない。
ドルキアンでのみ採れるというのは魅力でも、生活の基盤にするには弱い。領地の人間でさえそうなのだ。たとえ王家が命じようと、ないものはない。それが分かって、当時の国王もあきらめたという話が残っている。
――だが、もし、そうではなかったら?
その気になれば、ドルキアンの領主は鉱石を掘り出す事ができる。武器を作り、戦に備え、準備を整える事ができる。国の勢力図は一夜にして塗り替えられる事だろう。
ドルキアンの領主はそれを承知で、その事を隠し続けていた。
大きな力は争いを呼び、平和を脅かす。
そうならぬように、彼らは口をつぐんでいたのだ。
だが、王家はそうはいかない。国王の地位を脅かすほどの鉱石を持つ土地。そこに何らかの「証」を欲しがっても不思議ではない。
彼らは鉱石については口をつぐんだが、それ以外では従順な僕である事を誓った。決して逆らわないという証に、理不尽な条件も受け入れた。すべては平和な世のためだ。
もっとも、だからこそ「ここだけの話」と称して、真偽のほどが定かではない盗掘が繰り返されるのだが、それはまた措いておく。
その場所を受け継ぐのは代々の当主のみであり、他領の人間が存在を知る事は許されない。
それを漏らした者には死を、と言われている鉄の掟だ。当然、解き方を知らせるはずもない。
「私は秘密を突き止めましたが、それは必要なくなった。ですから、この部屋を出るのと同時に忘れます。それはあなた方だけが知る秘密であればいい。ですが、あの地図をお借りした以上、経過は話さなければならないと思いました。これがそのすべてです」
「……驚いたな。正直、手引きもなくあの暗号を解ける人間がいるとは思わなかった」
「あなたの命がかかっていたので、必死でしたよ。久々に頭を使いました」
「久々に、か」
そこでおかしそうに笑い、ギルバートは柔らかな目を向けた。
「隣人があなたのような方でよかった、ウィルフレッド・ボールドウィン伯爵」
「こちらこそ。ギルバート・ドルキアン伯爵閣下」
恭しく礼をして、二人で顔を見合わせる。どちらからともなく笑みがこぼれた。
「ところで、この部屋は私と君の二人だけだ。いい加減、言葉を崩してはくれないのか?」
「そうですね。では、失礼して」
そこでにこりと笑い、ウィルはいたずらっぽい顔になった。
「僕としては、恋敵にリーレの葉を贈ったわけですが。実際のところ、どこまで本気だったんです?」
「もちろん全部だ。レティはとても好ましい、魅力的な少女だ。もちろん今は年齢的に問題があるが……」
「……その辺りの誤解を解くか解かないかは悩ましいところですが、一応本人に聞いてください」
「? 了解した」
リーレの葉とは、古くから使われていることわざのひとつだ。
遠い昔、二人の青年がひとりの少女をめぐって争っていた。その最中、片方の身内に重病人が出た。争いは一時棚上げとなったが、その際、病気を治すにはリーレの葉が必要だと言われた。
男はそれを欲したが、それは高い山にしか生えない貴重な草だ。たったひとりの身内を放っておけず、看病に明け暮れていたある日、男の元にリーレの葉が届いた。
それは恋敵の青年からだった。
男は青年のやさしさに感動し、心からの感謝を捧げた――という昔話だ。
以来、対立関係にある相手に手を差し伸べる事を、「リーレの葉を贈る」と言うようになった。特に恋敵の事を指すが、それ以外でも使われる。
「レティはきっと、もっと魅力的になりますよ。何しろとてもいい子なので」
「だろうな。その姿を近くで見られないのが残念だ」
「いつでも遊びに来てください。僕もルカもレティも歓迎します」
「君たちも遊びに来てくれ。どんな時でももてなそう」
「では、友情の証に」
そう言ってウィルが取り出したのは、美しい封蝋が押された手紙だった。
「今回必要ではなくなりましたが、しばらく前に準備したものです。時間はかかりましたが、エリオットが届けてくれました」
「これは……?」
「王母殿下の白紙状です」
それを受け取ったギルバートが目を見開いた。
「それは……公爵家でもめったに手に入らないという、幻の招待状では……?」
「いただくのに手間はかかりますが、絶対に手に入らないものでもありません。今回、あなたのために使ったので、これがその返事となります」
つまり、事前にこれだけの準備を整えて、万全の態勢を敷いていたわけだ。
王母殿下の白紙状とは、彼女が出す難題のひとつを解き明かし、その代わりにひとつ、彼女に願い事を申し出る権利を得る。それが叶うとは限らないが、国王に直接話が伝わるため、常よりも色よい返事が来るといった代物だ。
だが、それにはひとつの条件があった。
「自分のために使ってはならない、という決まりです。そして、彼女の手元に届くまで、どれくらいの時間がかかるか読めなかった」
間に合わないくらいなら、さっさと使ってしまえばいい。
難題はまた解き明かせる。けれど、失った命は戻らない。
「ドルキアンの領主に対しての、正式な招待状です。もしまだ何か言ってくる人間がいれば、これを使うといいでしょう。たいていは二度と言い出さなくなりますよ」
「だが、これは……使わせてしまったのだとしたら、あまりにも……」
「いいですか、ギル。これはあくまでも『自分では使えないただの紙』です。いつか使えるかもしれないと思っていましたが、今回は役に立ちました。これを届ける過程で、私兵を貸していただけたのですから」
「つまり、内乱を鎮圧した王都の兵士というのは……王母殿下の」
「内緒ですよ、ギル。ここだけの秘密です」
しいっと片目を閉じたウィルに、ギルバートは深々と息を吐いた。
「……私が思うより、君はとんでもない人間だったようだ」
「それはこちらのセリフです。あの武技には見とれました」
「興味があるなら兵士を貸そう。なかなか腕のいいやつがいる」
「それはとてもありがたい」
ウィルが答えたところで、ギルバートが深々と礼をした。
「――改めて礼を言う。ウィルフレッド・ボールドウィン、私のかけがえのない友人よ。あなたの誠実さと深い思慮に、心からの尊敬を捧げる」
「ギル、それは」
「その思いやりに敬愛を、与えてくれたものに深い感謝を。私の命が続く限り、変わらぬ忠誠と友情を誓う。この空がつながっている限り、ドルキアンはボールドウィンの友となる。ドルキアンの狼の誇りに懸けて」
「……もったいない言葉です、ギルバート」
私からも心からの友情を、と告げたウィルに、ギルバートは微笑んで頷いた。
「礼はいずれまた改めて。――ところで、私の方もひとつ質問があるのだが」
「何でしょう?」
「レティにかけたあの言葉、私は本心だと思ったのだが……違うのか?」
真顔で聞かれ、ウィルはちょっと言葉に詰まった。
三秒ほど悩んだ後、困ったように笑ってみせる。
「そうですね。僕は――」
――その先は、二人だけの秘密の話。
お読みいただきありがとうございます。友情が芽生えました。




