それは青空の色にも似た
「……え……」
え?
「正確に言えば、化石というか、ドルキアンの土と反応してできた結晶かな。伝説にもあっただろう。ひとつの根が隆起して岩山になったって」
「あの岩山が、枯れ大樹……?」
――その幹は岩となり、葉は無数の石となり、細かなかけらは砂となって、ドルキアンの地を守り続けた――
そして地面に眠る方は形を変えた。
ドルキアンの土と交じり合い、おそらくは石と融合して、様々な鉱石を生み出したのだ。
「もっと正確に言えば、あの一帯はすべて枯れ大樹のかけらが眠っていると思うよ。貴重な鉱石が多いのも当然だろうね。何しろ元が枯れ大樹だ」
「い、いつの間にそのようなことを……!?」
「この間、レティと岩山に向かった時に」
さらっと言われ、枯れ大樹のかけらを渡した事を思い出す。あの時に、そんな推測を立てていたというのか、この人は。
だが――あの一帯が枯れ大樹、とは。
「ドルキアンの土は女神から与えられたという伝説もある。ドルキアンの土そのものが、そもそも何らかの成分を含んでいたのかもしれない」
「なるほど。それは興味深い考察ですね」
そして枯れ大樹は岩山となり、ドルキアンの地を守り続けた。
鉱石と交じった地中とは違い、あれは純粋なる結晶だ。もっとも強い力を帯びていても不思議ではない。
花の色が変わったのも、おそらくはそれが原因だろう。
レティによって結晶が目覚めた事により、花に力が注ぎ込まれた。あの青い色は、枯れ大樹と反応して起こったものだったのだ。
もっとも、あれだけの花が咲き乱れるのは予想外だったが――。
「か……枯れ大樹はもう少し小さい木だったと思うのですが……」
「これは僕の推測だけど、遠い昔、枯れ大樹はもっとずっと大きかったんじゃないかな」
そして国中に根を張って、人々を見守ってくれたのではないか。
今はその一部が残るだけ、忘れ去られてしまったおとぎ話だ。――けれど。
「緑の乙女がよみがえったように、枯れ大樹も生きている。だから、奇跡だって起こると思うよ」
「ウィルさま……」
「もっとも、それをしてくれたのはレティだけどね」
本当にお手柄だ、と言われ、レティは盛大に照れてしまった。
「いえ、あの、私のは偶然の産物と言いますか……」
「それでもだよ。ありがとう」
「もったいないお言葉です……」
恥ずかしさのあまり視線を逃がすと、ルカもギルバートもこちらを見ていた。ルカは仕方なさそうに、ギルバートは無言で頭を下げる。その目に映るのは混じりけのない親愛の情で、視線の行き場がなくなってしまった。
(ど、どうすれば……)
「――レティ」
ギルバートに名前を呼ばれたのはその時だった。
「改めて感謝する。言葉を許していただけるだろうか」
「は、はい」
「失礼だが、立ってもらえるとありがたい。正式な礼を」
レティが頷くと、そっと手を取って引き起こされる。この間もお礼を言われたのに、本当に律儀な人だと思う。泥まみれの手に口づけられて、申し訳なさの方が先に立ったのは、つい昨日の出来事だ。
ウィルもルカもその様子を見守っている。
改めて向かい合い、ギルバートはレティの目の前に立った。
間近で見ると、本当に背の高い人だ。初めて見た時と同じように、その目は静かな色をたたえている。
銀色の毛を持つ、金目の狼。
乾いた風を思わせるその人物は、レティの前に跪いた。
左手を取って口づけ、そして言う。
「――君に結婚を申し込みたい。受けていただけるだろうか」
「…………え」
え?
「もちろん、すぐにではない。君が年頃になったらでいい。その時は考えてもらえないだろうか。年の差はあるが、私は妻を大切にする。決して泣かせることはしない」
「あ……あの、ええと……ええっ?」
「以前君に、ドルキアンは住みにくくないかと聞いた。覚えているだろうか」
「は……はい、覚えています」
「君はこの土地が好きだと言ってくれた。ありがとう、レティ」
「ど、どういたしまして……?」
「君が来てくれたらとても嬉しい。ガストルも君を推している。他の皆も大歓迎だ。あと五年経ったらでいい。私のことを思い出してほしい」
「いえ私はすでに年頃で……いえ、そうではなくてですね、ギルさまは領主さまなわけでして、いえウィルさまもそうでしたね、いやそういうわけでもなくて、あのですね……!」
「落ち着け、チビ。そして深呼吸しろ」
背中を叩かれて、すー、はー、すー、と深呼吸する。ようやく落ち着いてはみたものの、見る間に顔が真っ赤になった。
「あの、ええと、私……っ」
「――失礼ですが、私も遠い未来、彼女に申し込みたいと思っておりますので」
「う、ウィルさまっ?」
「そうか。ならば堂々と戦おう。相手にとって不足はない」
「望むところです」
またウィルがしれっと嘘を吐く。おろおろするレティと目が合い、いたずらっぽく片目を閉じた。
(あ、なんだ……)
どうやら今の衝撃を和らげてくれるつもりらしい。ありがたいのだが、手段がひどい。そして遠い未来というのはなんだ(今が年頃)。
頼みの綱のルカに目をやると、彼は最初よりも不機嫌な顔をしていた。眉間に深いしわが寄る。
「る、ルカさま……」
情けない声を上げたレティに、彼はちらりと目をやった。仕方なさげに息を吐く。
「……まあ、あきらめろ、チビ」
「ひどいです!」
「なんだ、ルカは参加しないのか?」
ギルバートが不思議そうな顔になる。
「レティが今十三歳として、あと数年もすれば立派なレディだ。自分の気持ちには正直になった方がいい」
「な……」
「え、十三歳?」
ルカとレティの声が重なる。
「そうだよ、ルカ。この場は無礼講なんだから、自分の気持ちには正直にならないと」
「お前……」
「十三歳って私がですか? 年頃まで五年って言われたのに? 十三歳ですか?」
「ドルキアンの年頃は十八だ。君は十三歳くらいに見えた」
「一歳増えた!」
喜びに顔を輝かせるレティは、すでにプロポーズが頭から吹き飛んでいる。その横にいたルカは、ぐしゃぐしゃと自分の髪をかき回した。
「だからこいつは本当に……おいチビ」
「はい?」
「よく食って飲んで寝て成長しろよ。話はそれからだ」
「はい……はい? 急に何のお話ですか?」
「というわけで、保留だ。三人とも」
「分かった」
「だろうね」
「保留ですか。何が?」
ひとり首をかしげるレティに、彼らはそろって首を振った。
「なんでもないよ、レティ」
「こっちの話だ、チビ」
「そのうち話す」
「はい……はい?」
どうやらすっかり仲良くなったようだ。
窓に目をやれば、晴れた空がいっぱいに広がっている。あの花と同じ色をした、ドルキアンの青空だ。
花達は今もあの場所で、美しく咲いているだろう。
そしてこの先もきっと、ドルキアンを見守り続けるに違いない。
だから。
「みんな幸せでよかったですね」
そう言ったレティに、彼らは目を丸くした。
それからふと笑み崩れ、掲げた拳をぶつけ合った。
了
お読みいただきありがとうございます。ドルキアン編、完結です。
※後日談をいくつか載せる予定です。よかったらそちらも是非どうぞ!




