エピローグに向けて
「……は?」
レティはぽかんと口を開けた。
何を言われたのか、まったく理解できなかった。
だが、ウィルはいつものように微笑んでいるし、ルカは苦虫を噛み潰した顔だ。ギルバートはいつも通りの無表情だったが、眉がかすかに跳ねたのを見た。
「レティに言うと、心配するだろうと思ったからね。それに、確証があるわけでもなかったし」
さらに言えば、ぎりぎりまで花を咲かせる方法も探っていた。
できればそちらの方が望ましかったが、別の方法も考えておく必要があった。
「目的を叶えようと思った場合、取れる手段はいくつかある。手柄を立てて相殺するか、王家を脅すか、それとも偽物を届けるか。案は色々あったけど、どれも確実じゃなかったからね。あとで問題になるのも避けたかったし」
「そこでさらっと『王家を脅す』とか出てくる時点で怖ぇよ俺は……」
「まあまあ。それで、考えてみた。花が咲かなくなった理由は何だろうって」
普通に考えれば天候不良か不作の年、あるいはただの偶然だろう。それは天の意志であり、そこに意図は入らない。
だが、もし、そうではなかったら?
「内乱と花は、本当に関係がないのか。普通に考えれば偶然だ。だけど、三度も続くのは珍しい。なんとなく、引っかかるなと思った」
ウィルで言うところの「野生の勘」だ。そしてこれが気になる以上、調べてみようと思い立った。
「何かが起こる時に、考えられる事柄は三つ。偶然か、故意か、なるべくしてなった場合か」
予期せぬ事態が起こった場合も含めて、大きく分けてこの三つだ。
だとすれば、今回は。
「なるべくしてなったのなら、そこには必ず理由がある」
そこでまず、膨大な資料を当たる事から始めた。
頭の中ではいくつかの仮説が浮かんでいたが、それに当てはめる事はせず、とにかく情報を吸収した。同時に、地図や知識を頭の中に叩き込み、花を咲かせる方法も並行して調べた。
ルカには使いと情報収集に当たってもらった。王都から地方まで、短い時間でずいぶん無理をさせてしまったが、彼は見事に期待に応えた。特殊な方法で届く手紙から、すべて順調に行っていると報告をもらった。彼に任せておけば安心だ。おかげで自分の作業に集中できた。
それと同時に、ぼんやりと形になっていた仮説が、にわかに現実味を帯びてきたのを感じた。
「あなたには話しましたね、ギル。内乱が起こるかもしれないと」
「ああ、聞いた。最初は信じられなかったが」
「ルカから届く手紙がそれを裏付けてくれました。本当によくやってくれたね、ルカ」
「もっと褒めろ、もっと」
軽口を叩きながらも、ルカは当然といった顔だ。ギルバートも無言で頭を下げる。やめろと手を振り、彼はぞんざいに肩をすくめた。
「こいつの人使いの荒さは異常だからな。それくらいできなきゃ、従者なんてやってらんねーよ」
「だが、内乱の証拠をつかんだあげく、その計画を潰すなど、とても一介の従者にできることではない」
「俺だけの力じゃないっての。ほとんどはこいつの情報だし、向こうも油断してたからな。そもそも、最初は証拠を見つけるだけのつもりだったんだ。それなら大したことじゃねえよ」
十分に大した事なのだが、彼の目標値はかなり高い。ウィルも特に否定はしない。それにとルカは口にした。
「正直、王都にいるやつらの力を借りなかったら、さすがに鎮圧はできなかった。そういう意味で、俺の手柄は無いに等しい。ちなみに、表向きは盗掘から気づいたってことになってるからな。あとで誰かに聞かれたら、そういうことで合わせとけ」
「分かった。ありがとう、ルカ」
ギルバートが生真面目に頷いたが、レティにはまだよく分からなかった。
「……あの、重ね重ね申し訳ないのですが、なぜそのようなことになったのか、さっぱり理解できないのですが……」
「――つまりね。これは偶然というより、必然と言うべきものだったんだ」
「必然……?」
「ドルキアンの土は他の物質と交わりやすい。それは覚えている?」
ウィルの言葉には覚えがあった。確か、本に出てきたはずだ。レティが頷くと、ウィルはいい子だねと言うように微笑んだ。
「交わりやすいということは、他所からの干渉を受けやすい、ということでもある。地力溜まりの話を聞いて、思ったんだ。この土地すべてがつながっているなら、花が咲かない原因は、もっと広い範囲にあるんじゃないかと」
そこで調べてみると、内乱が起こる数年前から、盗掘が増えている事に行き当たった。
ドルキアンの鉱石は質がいい。武器を作るには欠かせない。かといって、公に仕入れては怪しまれる。そもそもドルキアンが応じない。
盗掘のほとんどはただの盗人だ。だが、そうではない者がいたとしたら?
花が咲くのは十年に一度でも、継続した土地の変化がドルキアンの地に影響を及ぼしたのではないか。その考えに至るまで、そう時間はかからなかった。
土地の変化が原因なら、土地を元に戻せばいい。
ただし、どうすれば土地がよみがえるのかは分からなかった。
「やみくもに祈るのでは効果がない。どうしようかと思ったよ。僕には奇跡の力がないし、レティは放っておけば無理をするからね。今回も本当に肝が冷えた」
「も、申し訳ありません……」
小さくなって謝ると、ウィルは笑って首を振った。ルカが小声で「…あとでゆっくり聞かせてもらおうか」と言ったので、ひぇっと縮こまってしまう。これはお説教コースで間違いない。
情けない顔でウィルを見ると、彼も苦笑いを浮かべている。どうやら一緒に怒られるのを覚悟しているようだ。仕方ないとレティはあきらめた。
並んで一緒に怒られよう。それくらいはなんでもない。
そこでふと気がついた。
「……内乱と花に関わりがあったということは、つまり、ええと……」
「ここにいる全員が黙っていれば問題ないよ」
お茶菓子の好みを告げる気軽さで、ウィルがさらりと口に出す。
花が咲いたのに内乱が起こっても、花が咲かないのに内乱が起こらなくても、どちらにしても同じ事だ。
内乱と花は無関係。それが証明できればいい。たとえそれが真実ではなくてもだ。
「お……王家を欺くということですか……?」
「誰にも真実は分からないんだ。どちらにせよ、確かめる術はないわけだしね」
だから問題ないと言い切られ、レティはぎくしゃくと頷いた。
やっぱりこの人はとんでもない。ルカが深いため息をついている。
けれど、主に意見する気はないらしく、ひょいと肩をすくめてみせた。
(まあいいか……)
ギルバートの命が助かるなら、その方がいい。
そして、この先のドルキアンの領主が、その軛から解き放たれるならば。
そこでふと思い出した事があった。
「大樹と言えば、どうして岩山が光っていたんでしょうか? 小石や岩や、砂まで光っていたような……」
「気づいてなかったのかい?」
ウィルが目を丸くした。
「あれはね、枯れ大樹だったんだよ」
お読みいただきありがとうございます。あと一話です。




