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根絶やし伯爵と枯れ枝令嬢  作者: 片山絢森
【第二部】ドルキアンの青い花

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荒れ地の女神-1


    *

    *

    *


 ――さあ、もう一度お話をしてあげましょうか。


 何の話がいい? やっぱり、あの大木の話かしら。

 大木は大樹とも言うのよ。とても大きい木のことなの。

 ええ、そうね。その木はドルキアンに今もあるの。形を変えて、今でも存在しているのよ。


 ……え? 見えないなら、ないのと同じですって?


 いいえ、そんなことはないわ。

 あの木はドルキアンの大地と溶け合い、たくさんの鉱石や宝石を生み出し、今もこの地に眠っているの。何かあれば、すぐに分かるようになっているのよ。


 その逆に、平和な時も教えてくれる。


 そう――そうね。美しい花が咲くの。

 空の色を映した、綺麗な花よ。国中でここにしか咲かないの。


 荒れ地を潤すように、乾いた大地に染み込むように、青い色の花が咲く。それはドルキアンが平和である証拠なの。だから、繁栄の花と呼ばれているのよ。


 ドルキアンは荒れ地が多いでしょう? 暮らしにくいと思う人もいるわ。

 でも、ドルキアンには花が咲くの。

 ドルキアンの繁栄を言()ぐ花が。

 ここでしか咲かない、世界で一番美しい花が。


 ――だからね、ギルバート。


 いつか、あなたも見るかもしれない。

 一面に咲き誇る、青空にも似た花園を。


    *

    *

    *


 二人が到着した時、すでに事態は膠着していた。


 場所は女神の爪先だ。どうやら、女神に祈りを捧げてから向かおうと思ったらしい。迷わずにたどり着いたウィルもすごいが、振り落とさないでくれたスターブライトもすごかった。


 ギルバートが役に立つと言ったわけだ。性質がやさしいという意味だけじゃなかった。それはこの少しの時間で十分すぎるほどに理解した。

 空は重い雲が垂れ込め、雨が静かに降りしきる。


「ギルさま……!」


 叫ぶ声に、彼らは一斉に振り向いた。


 ギルバート達がいたのは、花より少し手前に当たる位置だった。

 彼らに対峙するように、武装した兵士が立っている。その数はおよそ十数名。館で見た時よりも人数が増えている。この間より数は少ないが、今回は全員が殺気立っている。それでも、目の前に現れた領主に対して、やや腰が引けている様子だ。


「レティ、それにウィルも。なぜここへ?」

 ギルバートに問われたが、レティは答えられなかった。


「わ……分からないです」


 けれど、なぜか行かなくてはと思ったのだ。


 外套を着ているのに濡れそぼった少女と、それすらもなく濡れている青年に、他の面々が困惑した顔になる。レティとウィルの顔は、それなりに広まっているはずだ。彼らの中にも見知った顔があり、気まずい表情を浮かべている。

 その中のひとりが、思い切ったように口にした。


「あんたたちには感謝してる。ドルキアンのために、どれほど力になってくれたかも分かってる。でも……やっぱり俺たちは、お頭のことを助けたいんだ」

「みなさん……」


「お頭、ここにいる全員と勝負してください。そして俺たちが勝ったら、王都へ行かせてください!」

「こんなの許せねえよ! 俺はもう我慢できねえ……!」

「ドルキアンを追放になったって構わない。俺たちはお頭を助けたいんだ!」


「てめえら、何をっ……」

「――いい、ガストル」

 怒鳴りつけようとしたガストルを制し、ギルバートが淡々と言う。


「それがお前たちの望みか」

「……はい!」

「なら、来い。相手をしてやる」


 そう言うと、ギルバートは外套を脱ぎ捨てた。腰に帯びていた剣を抜き払う。雨は変わらずに降り続き、すぐに全身が水をまとう。剣に水滴が当たって弾けた。


「おおおおおっ!」


 それが合図のように、最初のひとりが斬りかかってきた。

 すさまじい気迫とともに、ギルバートへと襲いかかる。それを受けるギルバートは、やはり静かな目をしていた。


「遅い」


 手首をひらめかせ、みぞおちの辺りを一撃する。「ぐっ」という声を立て、男がその場に昏倒した。


「お頭、すみません、許してください……!」

「許すも許さないもない。お前たちは私の部下だ」


 続くひとりを受け流し、首筋に剣の柄を叩き込む。彼は音もなく崩れ落ちた。

 三人同時にやってきた相手を、ギルバートは綺麗に剣で受けた。反動をつけて姿勢を崩し、そこへ次々と剣を振るう。よく見ると、すべて柄での一撃だった。


 彼の動きは洗練されていた。この間見た時よりもはるかになめらかで無駄がない。これが彼の実力なのか。だとすれば、以前に見たのは児戯にも等しい。

 あっという間に数名を倒してしまうと、ギルバートは濡れた髪を払った。


「――次」


 そこから先は、決められた演舞を見ているようだった。

 彼の手は優雅に動き、足さばきは流麗で、見る者すべてを魅了した。時折飛び散る雨の粒さえ、その効果を高めているようだった。

 最後のひとりが倒れた時も、ギルバートは息ひとつ乱していなかった。


「――皆に言っておく」


 動けないでいる彼らを見下ろし、ギルバートは静かな声で言った。


「私はそんなことを望んでいない。皆が幸せであることが、領主としての心からの望みだ。花は咲かなかったが、お前たちはできるだけのことをしてくれた。隣人も懸命になってくれた。私にはそれが嬉しい。この上なく、幸せだと思う」

「お頭……」

「私は口下手で、うまく本心が伝わらないこともあっただろう。だが、これだけは言っておく」


 一呼吸置き、そして。


「私は、皆に生きてもらいたい」


 静かだが、響き渡るような声だった。


「……お頭……」

「私の命ひとつで、ドルキアンは不穏分子のそしりを免れる。それならそれでいい。この世界は、すべて平等というわけにはいかない。仕方のないこともある」

「けど、それじゃあ!」

「――だが、いつか花は咲く」


 その言葉に、彼らははっとしたように顔を上げた。


「十年後、きっと花は咲くだろう。二度咲かなかったためしはない。しばらくの間、ドルキアンは安泰だ」


 そしてその先はきっと、流れを変える事ができる。


「過去三度、花が咲かないことは内乱の表れだった。だが、今回は違う。内乱と結びつかなければ、死を強制されることはないだろう。そうならないように、すでにいくつかの手は打ってある」

「お頭、でも……」

「世の中は変わる。平和が続けば、きっと風向きも変わるはずだ。だが、それは今ではない。父も祖父も、そのまた祖父も、少しずつ努力を重ねてきた。王家に(くさび)を打ち続け、悪習を断つために動いてきた。あともう少しでそれが叶う」


 そして自分が最後だ、とギルバートは言った。


「何の(とが)もない領主が命を落とせば、それは王家の汚点となる。蛮行が続くことはないだろう。私の子孫は無事でいられる。私にはそれで十分だ」


 ギルバートは微笑んでいた。

 ああ、そうかとレティは思った。


 今までの領主が、何もしなかったわけではない。

 無事に花が咲けばよし、咲かなければ死罪になる。そんな危険な賭けをしたい人間がいるはずはない。彼らは王族に働きかけて、打開策を探ったはずだ。

 それでも、過去三度とも内乱が起こったという事実は重い。たとえ無関係であろうと、疑心暗鬼になった当時の王が、過剰な「忠誠」を求めても不思議ではない。


 ――二心無き誓いの花。


 それを差し出す事により、わずかな安寧を得ていたのだ。


 だが、それは今の時代にそぐわない。

 かといって、何もなくやめると言ってしまえば、政敵に足元をすくわれる。

 だからギルバートは自らの命を懸けて、将来の禍根を断とうとした。


 無事に花が咲けば次代のために、そうでなければ自分自身が。

 それはドルキアンのためになる。――だから。

 それが分かり、他の面々も言葉を失っていた。


「そんな……お頭」

「なんで、お頭がそんな目に……」

「悪いのは国王じゃねえか! お頭は真実忠誠を誓ってた。それなのに!」


 彼らの声が辺りに満ちる。怒りの声が大半だが、すすり泣くような声がそれに混じった。ガストルも唇を噛みしめていたが、泣いているのかは分からなかった。


「――そういうわけだ。分かってほしい」


 レティ、と名前を呼ばれた。


「今までのこと、本当に感謝する。ウィルも、ここにはいないがルカもだ。心から礼を言う。ありがとう」

「ギルさま……」


「以前、私がいなくなっても領地に来てくれるかと聞いたな。覚えているか?」

「……はい、覚えています」

「いつか君に、繁栄の花を見てもらいたいと思った。平和なドルキアンで、美しく咲く花を見てほしいと。お願いできるだろうか?」

「……っ」


 レティは息を呑んだ。

 彼の言っているのは、つまり――。


「……残念ですが、そのお約束はできません」


 震えるレティを後ろから支えたのはウィルだった。

 彼も濡れそぼったまま、レティを腕の中に抱えている。恋人同士の触れ合いというよりは、親鳥が雛を守るような動作だった。


「あなたには生きていただかなければ。領地を思うのも、領民を守れるのも、生きていればこそです。死によって(あがな)う罪はあれど、死をもって成立する忠誠はない」

「ウィル……」

「――それに、あなたがいなくなったら、レティがきっと悲しみます」


 そんな事はさせない、と。

 そうだよね、とレティに向かってやさしく囁く。レティはぶんぶんと頷いた。


「……は、花は、白い花は、ここにある、じゃ、ないですか……。まだ、あき、あきらめないで、くださいっ……」


 しゃくりあげているせいで、つっかえつっかえになってしまった。ギルバートが困った顔になる。


「だが、私にはほかに方法がない。どうすることも――」


「……ちくしょうッ!!」


 その時だった。


 若い兵士のひとりが、岩山へと駆け出した。そのまま、岩壁を拳で殴りつける。彼らにとって神聖視されている山のはずなのに、誰もそれを止めなかった。


「何が女神だ! 何が聖なる地だ! お頭ひとり守ってくれないで、何がドルキアンの奇跡だ……!」

「離れろ、危ない」


 ギルバートが声をかけたが、兵士は聞かない。何度も岩壁を殴りつける。


「女神がいるなら、お頭を助けてくれればいいじゃねえか。なんで何も言わねえんだ!? なんで見捨てるんだよ、このっ……」


 その時だった。

 折からの雨で脆くなっていたのか、岩壁の先端が崩れ落ちた。轟音を上げ、いくつもの岩が降ってくる。そのうちのひとつは花の咲く場所へ、もうひとつは若い兵士目がけて落ちてきた。


「危ない!!」


 叫んだのは誰だったか。

 ギルバートはためらわず地面を蹴って、花ではなく、兵士を渾身の力で突き飛ばした。


「ギルさま!!」

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